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本連載の第2回「“楽しい”ヘルスケア」でも触れた通り、日本の健康意識はグローバルで比較すると、いまだ相対的に低い水準にあります。日本において、ヘルスケアを一人ひとりが取り組むべき、あたり前の生活習慣として定着させるには、ヘルスケアに対するニーズを喚起し、人々の意識を変える必要があります。
そのためには、潜在的なニーズはあるものの、それがまだ顕在化していない新たなサービスを市場に投入する際のマーケティングと似たアプローチが有効です。
まず、市場をセグメントに分割し、どのセグメントをターゲットにするかを定める必要があります。一言で「ヘルスケア」といっても、サービスの目的が「生活習慣病の抑制」なのか「認知症の予防」なのか、「若い世代に向けたサービス」なのか「高齢者に向けたサービス」なのか、「あらゆる人にあまねく提供するサービス」なのか「リスクが高い人に集中的に提供するサービス」なのかといったように、その特徴にはさまざまな観点があります。こうした観点が曖昧なまま、漠然と「ヘルスケアに取り組みましょう」と訴えたところで、それは誰にとっても自分ごととして捉えにくい、心に響かないサービスとなってしまいます。
例えば、PwCでは今、リモートワークによって増加が懸念される生活習慣病を抑制するサービスに取り組んでますが、それを例にとって考えてみたいと思います。
リモートワークによる運動不足と、それに伴う体重増加や生活習慣病リスクの増加は図1および図2のグラフに示すように各所で報告されています。しかし「リモートワークによる運動不足が引き起こす体重増加に気を付けましょう」と漠然と訴えたところで、全ての人がリモートワークに取り組んでいるわけではありませんし、リモートワークには取り組んでいるものの、体重の変化は特に感じていないという人も大勢います。ですから、訴える側としては「リモートワークによる体重増加を課題として感じているのは主に誰なのか」をまず明確にする必要があります。
総務省が公開している「令和3年版 情報通信白書」によると、リモートワークの導入率は業界によって大きく異なっており、1.情報通信業、2.学術研究、専門・技術サービス業、3.金融業、保険業の順に高いことが分かります。
また、厚生労働省が公開している「令和元年 国民健康・栄養調査報告」によると、メタボリックシンドロームに該当する割合*1は、主に男性の30代から40代にかけて急増しています。
これらの調査結果から、リモートワークによってリスクが増加している生活習慣病を抑制するサービスは、情報サービスや専門・技術サービス、金融機関などに勤める、30代から40代の男性をターゲットにして展開するのが良さそうだということが分かります。
次に考えるべきは、一見需要がありそうであるにも関わらず、なぜ国内においてヘルスケアに対する需要が十分に喚起できていないのか、という点です。
このような点を検討する際にしばしば用いられるのが、ターゲットセグメントのペルソナがヘルスケアに取り組む際のカスタマージャーニーを作成し、その過程におけるペインとゲインを洗い出し、そこから初期仮説を構築するという手法です。その上で、アンケート調査やインタビュー調査などを実施し、仮説を検証していきます。
PwCでは、リモートワークにより増加する生活習慣病のリスクを抑制するヘルスケアサービスをターゲットセグメントにぴったり当てはめるため、上記の手法でペインとゲインを洗い出してみました。その結果、以下のような洞察が得られました。
【ペイン:ヘルスケアに取り組む際の阻害要因】
【ゲイン:ヘルスケアに取り組む際の期待値・達成できると嬉しいこと】
ペインとゲインは互いに裏返しの関係になっているものもケースも多いですが、いずれにせよサービスをデザインする際には、ペインを取り除き、ゲインを強化することが必要です。今回のケースでは
といった要件を満たすようなサービスをデザインできれば、勝ち筋が見えそうです。
上記の分析に基づき、PwCでは現在、「仕事を休まずに、楽しんで健康を改善する」をコンセプトに、ワーケーションとヘルスツーリズムを足し合わせたサービスを企業の福利厚生の一環として提供するプログラムの開発に取り組んでいます。
まず「プログラム自体の魅力を高める」という点についてです。「ヘルスツーリズム」とは健康回復を目的とした旅のことですが、気分的にリフレッシュできるように地方のリゾート地で実施することで、プログラムの魅力を高めたいと考えています。
次に「参加の阻害要因となる時間と費用の確保に対して何らかの手立てを行う」という点に対してですが、「時間がない」というペインを深堀りすると、「健康改善を理由に会社を休めない」ということが本音であることが分かりました。そこで、健康診断の結果などに基づき、ワーケーションのための設備が整った環境で日中は仕事をしつつ、朝や夕方の時間に健康改善に取り組むというプログラムを設計しました。また、福利厚生の一環として企業が費用の一部を負担する形で提供することで、「費用負担が難しい」というペインも解決できると考えています。ヘルスケアが必要な従業員に対し、会社が福利厚生サービスへの参加を奨励することは、「周囲の目が気になって参加しにくい」という心理的ハードルを緩和するというメリットもあります。
最後の「継続的な取り組みをサポートする仕掛けを作る」という点については、食事、運動、サプリメント、健康器具などさまざまなアプローチからプログラムを体験できるようにし、無理なく続けられる自分に合ったプログラムを見つけられるようにしたいと考えています。また、ウェアラブルデバイスを使ってデータを取得し、改善効果の見える化や将来予測をすることで、継続のモチベーションを保ちやすいようにすることを計画しています。
魅力的なヘルスケアプログラムの設計ができても、それがビジネスとして回らない限り意味がありません。ビジネスモデルを検証し、必要であれば修正していく必要があります。
PwCではビジネスモデルを検証するため、企業向けのアンケート調査を2022年3月に実施しました。結果、人事評価の高い従業員など、企業にとって必要性が高い人材のためであれば、例えそれが80万円という高額なプログラムだったとしても、費用の7割まで負担してもよいとする企業が全体の半数以上に上ることが分かりました。さらにヘルスケアサービスを提供している企業の半数以上が、このプログラムに自社のサービスが組み込まれるのであれば、年額100万円以上のスポンサーフィーを支払う意向があることも分かりました。
これらの調査結果から、ビジネスモデルとして実現性が低くないことが分かりました。
日本で近い将来到来すると考えられる「人生100年時代」に備え、ヘルスケアに対する人々の意識を変えていくことは急務です。そのためには、人々が参加したいと思える魅力的なヘルスケアサービスを提供していくことが必要です。本稿では、魅力的なヘルスケアサービスをどのようにデザインするかについて解説してきましたが、最後に考えなければならないのは、サービスをどのような体制で提供していくのか、そのエコシステムのデザインです。
健康を改善するためには、生活習慣全般にわたる包括的なアプローチが求められるため、1社で全てを提供することは容易ではありません。また、本コラムで例として取り上げた、PwCが開発を進めているワーケーションとヘルスツーリズムを組み合わせたようなサービスを提供するにあたっては、宿泊施設や現地での移動手段、ワーケーションのための機器なども準備する必要があります。
こうした状況の中でいち早くサービスを提供していくためには、異なる分野に強みをもつ企業や、全体を取りまとめてコーディネーションできる企業との連携が必要になります。マーケットから協力すべきプレイヤーを見つけ出し、Win-Winとなれる関係をデザインできてはじめて、魅力的なヘルスケアサービスの提供が可能となるのです。
*1:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/index.html
*2:調査回答者のうち、血圧、腹囲、ヘモグロビンA1c、血清HDLコレステロール値の測定を行い、身体状況調査の問診において血圧を下げる薬、コレステロールを下げる薬および中性脂肪(トリグリセライド)を下げる薬の服用状況に全て回答。かつインスリン注射または血糖を下げる薬を有効回答とみなした20歳以上の者を集計対象とした。集計対象のうち、「メタボリックシンドロームが強く疑われる者」と「メタボリックシンドロームの予備軍に考えられる者」の合算をメタボリックシンドローム該当割合とした。