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2022-06-08
ヘルスケア業界のフロントランナーと、業界事情に詳しいPwCアドバイザリーのプロフェッショナルが業界の最前線について語る本企画。第1回目は、個人向け遺伝子解析サービスを手がけるジーンクエスト代表取締役の高橋 祥子氏に、PwCアドバイザリー パートナーの河 成鎭とディレクターの西田 雄太が、ゲノム解析とビジネスをテーマにお話を伺いました。日本における遺伝子解析などについてお聞きした前編に続き、後編では遺伝子解析の将来像などについて意見を交わします。
株式会社ジーンクエスト 代表取締役
高橋 祥子 氏
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
河 成鎭
PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター
西田 雄太
(左から)河、高橋氏、西田
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
西田:昨今、AIを活用したパーソナライズドヘルスケアへの取り組みや、医療オンライン診断、DTx(Digital Therapeutics)など、デジタルを核としたヘルスケア分野の進化が目覚ましいと感じています。ゲノム解析とデジタルヘルスとの連携による今後のビジネスの成長について伺いたいです。
高橋:ゲノムデータはあくまで基礎情報で、その人の状態を表しているものではないため、弊社としては身体の状態という可変的な情報と併せて解析したいと思っています。腸内細菌や尿中の代謝物の解析サービスも弊社では行っていますが、現在どのような状態なのかというデータと併せていくことは重要になっていくと思います。
西田:近年では、活動量や睡眠の質などの各種生体データをトラック可能なウェアラブル端末が一般化していると感じます。このような情報を補足的な生活習慣データとして活用するなど、連携の可能性についてはどのようにお考えですか。
高橋:方向性としては連携していくことになると思います。ただ現状ではウェアラブルだとデバイスをつけていることが前提になってしまいます。デバイスの装着率や、今後の継続率がデータの取得・解析に影響することはもちろん、データノイズの大きさなど、得られる情報精度がデバイスの状態に左右されてしまうという問題点があります。もちろんデバイスも日々進化しているので、情報連携に良いデバイスがないかは常にウォッチしています。
河:究極的な将来像としては、ゲノムデータ、ウェアラブル端末などから得られるヘルスデータ、PHRなどが個人に名寄せされた形で整備され、そこからさまざまなヘルスケアインサイトが導き出されるようになるかもしれません。それにより個人で疾患予防や医療機関における治療選択などをより効果的に行えるようになり、その結果、国レベルで見たときの健康寿命の増進や医療費削減につながれば理想的だと思います。
こういった世界観の実現に資するような取り組みが、ボトムアップでさまざまな企業により進められている一方で、そういった将来像を実現するためには国がある程度トップダウンでリーダーシップを取ることが求められるとも思っています。特にマイナンバーなどデータのインフラ基盤を整えるにあたっては、国のリーダーシップをもっと期待したいのですが、その点についてはいかがでしょうか。
高橋:ゲノムデータなどフォーマットがある程度決まっているものは良いのですが、医療データはフォーマットがバラバラなために統合が進んでいない状況なので国がリーダーシップを取って整備してほしいところだと考えています。
河:データの整備自体は民間のプラットフォーム事業者のようなプレイヤーが出てくれば良いのですが、そもそもさまざまな個人のヘルス情報がばらばらで、連携されていないとどうにもやりようがないと思っています。
高橋:私自身は、インフラをどう整備するかは国の論点で、インフラが整備されたときにどういった未来を描くかはやはり民間の企業が形を作っていくものだと思っています。
河:そうですよね。漠然とした質問で恐縮ですが、未来のヘルスケアのエコシステムを想像したときに、ゲノム解析を活用することでビジネスはどのように社会に貢献できるとお考えでしょうか。
高橋:私自身、家族・親戚のほとんどが医者なのですが、父の病院に行くと、そこに来ている沢山の人は皆、身体のどこかに不調を抱える患者さんでした。私はそこに違和感を覚えて、「病気をもっと事前に予防することができるのではないか」と思い、この領域を進んできました。
今後、超高齢化社会の次の社会を迎えると認知症患者をはじめ、患者の数はどんどん増えていきます。そんな中で、サイエンスとデータを使うことで、事前に察知して疾患の予防に貢献できるのではないでしょうか。
実際に、ゲノムによりアルツハイマー型認知症になるリスクが高いかどうかはある程度わかります。そして、リスクが高い人に対して予防を実施していけば、効果的な措置ができると思っています。このような広がりがある中で、私はゲノムデータだけでなく医療データを突合させてサービスを広げていきたいと思っています。
河:PwCコンサルティング合同会社にはTechnology Laboratoryというものがあり、そこでは脳のMRI画像の灰白質のパターンと認知症のリスクなどとの関係性の解析、社会への実装の推進支援のような取り組みも行っています。これは一例ですが、さまざまなデータを組み合わせることで、いくらでも広がりようのある世界だと思っています。
高橋:これまで、医師には医療に関する沢山の知見と情報がある一方で、患者さんにはそれらが全くなく、情報の非対称性が大きかったと認識しています。データをどこでどのように活用するか、というのは今後も積極的に考えていくべきだと思っています。
河:このようなことを進めていくにあたっては、既存の製薬や医療機器などのプレイヤーに加え、データ事業者や医療機関などさまざまなプレイヤーがお互いにWin-Winなビジネスモデルの下で協創的に事業推進を行っていかねばならないところに難しさがあると思われます。その観点で、実務上はどのような苦労があるでしょうか。
高橋:苦労しているのは、データ連携のフォーマットが統一されていないことです。加えて、データの多くが医療機関を通さないと入手できないという点もあります。例えば、レセプトデータを持っている会社がありますが、それを個人と紐づけるには、医療機関の協力が必要になります。
株式会社ジーンクエスト代表取締役 高橋 祥子 氏
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 河 成鎭
西田:異なる運営母体の中で、それぞれサイロ化されていた情報を連携していくためには、技術的なハードルがあるだけでなく、意思決定構造の再整備も必要になることが想定され、対応は容易なことではないと感じます。予防医療の進展に向け、あるべきエコシステムの構築を目指すためには、他にどのような部分が課題になっているのでしょうか。
高橋:医療データにアクセスできる医療機関や医療従事者と、ビジネスができる人たちのマッチングが特に今後必要だと思っています。
河:昔からアカデミアと企業との間がつながらないというのは問題としてずっとありますね。日本のPhD人材のキャリアに多様性がないという問題もあると思います。
高橋:昔とは異なり、現在の大学院生は博士課程修了後に大学にポストがないことが多々あるため、キャリアを多様化させる必要があります。しかしながら、多くの大学教員側にそのような認識はあまりないように感じますし、博士課程の大学院生たちも大学のポストを希望する以外の事例をあまり知らないことも多いです。私は、これからは自然科学系の人がビジネスの世界に来たり、逆に経済学部の人たちがAIなどを学んだり異なる領域の結合を促進することも必要だと思っています。
河:生命科学系のポスドクたちが大学のポストになかなかつけない様子を今の若い学生たちは見ているので、そもそも生命科学の分野に進まなくなっているように思えます。
高橋:例えばSTEM系の学生の数は、欧米では増えている一方で日本は微減なんですよね。環境問題や高齢化問題などあらゆる問題にサイエンスは必要なのですが……。
河:これまで一般的に、日本の生命科学のレベルは高いと言われてきました。科学論文数から見てみると、実は日本は臨床系の論文数は世界的にそこまで多くはなかったものの、基礎研究は世界的にみてもとても高いレベルにありました。ただ悲しいことに、ここ10年くらい主要国の中で唯一基礎論文数が右肩下がりに落ち続けているのが日本であり、私はそこに大変危機感を覚えています。
西田:教育分野以外、例えばヘルスケアビジネスの中で、これから大きく成長するビジネスは、異業種とのコラボレーションによって生まれる可能性が高いのではないかとも思っています。特に、これまで閉鎖的だった領域においては、自分たちにはない要素を他の領域から吸収していくことが、今後の成長を加速させるための一助になるのではないでしょうか。
高橋:イノベーションは異分野の新結合によって起こると思っています。新結合が起きるかは、努力するか否かの問題ではなく、新結合をどうやって作るかといった環境やシステムづくりが重要だと思っています。例えば産官学が結集してエコシステムを形成し、イノベーションを創発しようという取り組みはとても良い事例だと思います。
大学内でもそのような取り組みを行っていくことが重要だと思っています。
西田:ベンチャーから成長を加速させる取り組みとして、大企業とさまざまな形で連携するケースもあると思いますし、それ以外にもベンチャー同士のつながりを大切にしながら成長を目指すケースもあるかと思います。また、タイミングによって必要な取り組みも変わってくると思います。どのように取り組んでいくべきなのでしょうか。
高橋:弊社はIT企業との連携が成長のきっかけとなり、その後、製薬企業との連携も進めてきました。
一方で、ベンチャー企業同士の連携という形も考えられます。例えば新しい治療法の開発を目指しているベンチャー企業の持つ資産と、弊社のゲノムデータベースを連結するなど、ベンチャー同志で持っているノウハウを出し合うという取り組みを進めています。
西田:ベンチャー同士のつながりを見つけるにあたっては、どのような場所からオポチュニティを得ているのでしょうか。
高橋:ITの分野では、ベンチャーキャピタルや経営者のカンファレンスなども充実しており、エコシステムができています。一方で、ライフサイエンスの分野は途上段階にあると思います。ただ、ITほどではありませんが、ライフサイエンス系のベンチャーが結集したインキュベーションオフィスの取り組みは先進的と言えます。
西田:ITと同様に、ヘルスケアの分野においても、ベンチャー企業が成長機会を捉えられる環境が、より一層充実してくると良いですね。
河:日本のGWAS研究が進展するには、個人向け遺伝子解析の普及によるデータベースの拡大が重要な要素となると思いますが、個人向け遺伝子解析市場の今後の見通しについて聞かせてください。米国と比べるとまだまだ市場は小さいですが、今後の成長余地は大きいと言えるでしょうか。
高橋:米国では既に人口の1割強である3,000~4,000万人の遺伝子解析が行われています。米国は日本の5~6年先を行っていると考えると、日本でも5~6年以内には1,000万人規模の解析が行われるようになるのではないかとみています。
河:今後人口の増えるアジア市場においてこの領域はまだまだ未開拓だと思います。アジアへの事業展開についてはどのように考えていますか。
高橋:アジアの新興国では、法律もまだ厳しくないですしDTCの大きなプレイヤーも多くない状況にあります。個人向け遺伝子解析はお金がかかるので、比較的富裕層から浸透していくことが想定されます。ただ、中国は法律でDNAデータの国外への持ち出しが禁止されているので、進出は難しいかもしれません。私もアジア展開は考えていますが、自社だけで行うのはハードルが高いので、パートナー企業と組んでいくことを模索しています。
河:ゲノム情報をはじめとした様々なヘルス関連情報の横断的な分析・活用は、今後も国内外での発展が注目される分野ですね。この分野の推進は、健康寿命の増進や高騰する医療費負担への対策といった観点で、国家レベルの命題だと思います。企業や自治体や国の制度等の視点から論点を整理すると同時に、異分野のプレイヤー間の新結合を速やかに推進する実行力が日本の将来にとっても非常に大切だと感じます
河・西田:本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター 西田 雄太