
医彩―Leader's insight 第8回 病院長と語る病院経営への思い―小田原市立病院 川口竹男病院長―
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
2回にわたって、株式会社Save Medical代表取締役社長の淺野 正太郎氏をお迎えし、デジタルセラピューテクス(以下、DTx)について議論をする企画の後編です。前編に続く話の流れの中で、DTxを普及させていく上で乗り越えるべき課題や市場成長の見通し、さらには有力なパートナーである製薬会社がDTxをどのように見ているのかなど、DTxの今後を考える上で欠かせないインサイトを淺野氏に共有していただきました。
株式会社Save Medical代表取締役社長
淺野 正太郎氏
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
河 成鎭
PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター
大川 雄也
(左から)河、淺野氏、大川
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
大川:
前編では、Save Medicalの創業の経緯のほか、DTxの開発における治験や保険償還といったテクニカルなお話を中心にお話を伺いました。DTxにしろ、医薬品や医療機器にしろ、開発と市場への浸透とでは、また異なる課題が立ちはだかっているのだと思います。後編ではこの点から話を始めます。医師や患者さんにDTxを浸透させる道のりを考えた場合、今はどの程度の段階にあるとお考えですか。
淺野:
私どもはまだ販売者としての立場ではありませんが、アプリの開発過程でお会いする医師などの医療者から得る印象としては、アーリーアダプター、さらに言うとそのもう一段階前のイノベーターのポジションにおられる先生方に、いかに熱狂していただくかという段階だと思います。浸透にはもう少し時間がかかると思います。ですから、弊社の場合は、1社で全部作り切るよりも、DTxへの参入意欲がある企業と組んだ方が、結果的にはより長く走れるのではないかと考えています。時間はかかってしまいますが。
河:
医師へのトレーニングや、医師に納得してもらうための働きかけをするプロフェッショナルとしては、製薬会社のMRが今は適任だとお考えでしょうか。
淺野:
はい。想定した患者ペルソナに医師からどう説明いただくかなど、処方シーンを組み立てるプロフェッショナルだと認識しています。
河:
医療機器のスキームで社会実装するとなると、時間もコストもかかる割に、不確定な投資にならざるを得ないところがあると思います。例えばそうではない領域、医療機器ではないアプリのようなプロダクトを出すといったアプローチはありますか。
淺野:
ヘルスケアアプリとして磨き上げてから、DTxとして出すような流れはあり得ると思います。ただ、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に提出する文書の作成や体制構築の整備を考えると、医療機器にする際にアプリを作り直す必要が生じるので、多少の手戻りというか、リードタイムは発生することになります。
河:
考え方次第というところですね。健保組合や民間の保険会社などと組むケースは理論的にはあり得ると思いますが、実際はどう見てらっしゃいますか。
淺野:
可能性はあると思いますが、課題もあります。実は、保険会社と組んでアプリを開発しようとすると、保険会社の方から「アプリの使用を継続してもらえない」というお悩みを必ずと言ってよいほど聞きます。ヘルスケアアプリの投資家として多くの事例を見てきた経験からすると、ユーザーの継続率は、最初の1カ月でガクンと落ち、3カ月目でまた大きく落ちる傾向が強いです。一方で、医師から「これは治療の一環です」との説明を受けてから処方される場合と、ただヘルスケアアプリを受け取った場合とでは、患者さんの継続意欲に大きな差が生まれることも分かっています。使い続けようという気持ちが整っていない中で、どれだけこのアプリが使用に足るものになるのかという、鶏と卵の関係になっている状況ですね。健保・保険会社向けのアプリの課題はそこにあると考えています。ですから、患者さん側に大きなペインがあって、患者さんが使い続けたいという動機が強い疾病領域を選定して行くことになろうかと思います。
河:
保険会社の方で、使用継続率に応じて契約条件を優遇するようなアイデアは、いかがでしょうか。
淺野:
住友生命が販売している、健康プログラムを組み込んだ生命保険がそれに近い考え方をされているんじゃないかと思います。
株式会社Save Medical 代表取締役社長 淺野 正太郎氏
河:
医薬品は、グローバル展開が当たり前ですよね。一方アプリは、基本的には地場の企業が各ローカル(地域)で開発している状況です。それはまだ黎明期であって、スタートアップにリソースの限界があるからだという事情が関係しているのかもしれないと思っています。しかし、もう1つ先の段階で直面するはずの問題認識として、日本という国においてアウトカムを出すことができた場合に、保険償還にきちんと結び付くスキームになり得るのでしょうか。そう考えると、国や地域によってDTxの取り扱いが異なるために、個別のビジネス上の見立てがローカルにならざるを得ないのではないかと思っています。
淺野:
基本的にはローカルビジネスだと言い切っていいと思います。何らかのハードウェアと組み合わせてデータを解析するコンポーネントがあれば、一気にいろいろな国や地域に適用可能になるかもしれません。ただ、患者エンゲージメントと言われるような、UIやUXのような領域において、ユーザーがそのアプリに対する心地良さを感じ、医療体験の中で医師のコミュニケーションに使われるレベルにまで到達しようとすると、アプリのフロントエンド周りは国・地域ごとに全て替えることになると思います。日本と東南アジア、米国の体験はそれぞれ全く異なっているはずなので、1つの製品を他の国・地域にそのまま持っていくのは難しく、どこかのローカルで勝ったプレーヤーが他国・地域のDTxを買収してコングロマリット的に事業を展開していく形になるのだろうと想像します。
大川:
国内でも、今後市場が大きくなってプレーヤーが増えていくと、他の市場と同様に棲み分けが進んで、ポジショニングの違いが見えてくるはずです。
淺野:
なるほど。まずは棲み分けが必要なほどまでプレーヤーが増えてほしいですね。ニーズが明確になって、市場性が出てくれば、ビジネスとして成立すると考えて参入が相次ぐという状態になるということですから。
そこから先は、普通のIT製品の戦い方と同じだと思います。1つの知財で10年間は安泰という分野ではありませんし、ヘルスケアアプリで起きている競争と同じ構造に収れんされていくと思います。強い組織があって、設計・開発ができて、フィードバック、データ解析のループが回っているという、オーソドックスなITの経営のイメージです。
大川:
上市されている国内のDTxは、ピーク時の売り上げ予測が10億~20億円程度です。将来は、さまざまな疾患で1製品あたりの販売規模でどの程度のDTx製品が出てくると見ているでしょうか。医薬品におけるブロックバスター的な製品が出てくるのかどうかも含めて、市場の構成についてお伺いしたいです。
淺野:
現在のモダリティとしてのデータの強さと、医療機器と医薬品の製品ごとの売上高のバランスを考えると、1製品あたり年間数十億円の販売規模になるだろうと私は見ています。MRIやCTのように数百億円、数千億円に達する医療機器もありますが、医療機器は品目も多く、そこまでいかないものが大半です。医薬品のブロックバスターのような規模感は、現在の形態や枠組みではイメージがつきません。
その前提で考えると、企業としては開発コストを下げるためのさらなるブレークスルーが必要になりますし、販売可能なアプリの本数を増やしていく方法論も見出していかなければなりません。またアプリという形態ではない提供形態の模索も開始しています。開発そのものをプロセスの前半とすれば、CureAppとサスメドにより、開発プロセスの後半部分にある治験成功と保険償還が現実のものとなりました。つまり、開発プロセスの不確実性については、きちんと取り組めば突破できることは証明されています。となると、やはりDTx全体における最大の課題は売れるかどうか。そこは、細部まで突き詰めて開発した良い製品であるか、例えば、UI/UXが優れていて使い勝手が良く、使う価値を有効性以外にも感じられるかどうかといった点が大切です。イテレーションを回しにくい土壌にあって、いかに高回転で、さまざまな試行錯誤を重ねられるかがカギとなります。
河:
今おっしゃった取り組みを実現するためにも、医師や製薬会社など、医療に関係する多様なステークホルダーと交流が不可欠なのだろうと思います。将来、医療データの関連ビジネスを手がけるようなことがあれば、他社のアプリとも接続して連携する日が来るのかもしれませんよね。CureAppのような同業他社を含め、普段、どのような関わりを持っているのかを差し支えのない範囲でお教えいただけますか。
淺野:
製薬会社とは密な交流がありますし、ベンチャー同士でプロジェクトを検討したり、アカデミアと協力したりと、さまざまな形を試しています。当社から話を持ちかけるだけでなく、ITに興味のある医師が起点となって検討が始まることもあります。逆に海外にヒントを得た事例であれば、日本の臨床現場への適合性を探るために、若手から学会の理事クラスまで幅広く医療者とディスカッションをします。2015年頃から日本でもデジタルヘルスが盛り上がってきて、今の40代前後の医師や、私みたいなビジネス関連の者がハッカソンや勉強会などを開催していました。当時の顔ぶれがほぼそのまま、「デジタルヘルス団塊の世代」みたいなボリュームゾーンとなって意見交換などをしている印象です。
河:
既存の製薬会社の新規事業とか、テック企業の新規事業はもちろんドライビングフォースとしてあるのだと思いますが、先ほど「よそ者」のお話で出たように、異業種・異分野との融合が起こってくると、市場が一層活性化するはずです。もっとも、適切な未来は想像できるけれども、そこへの道筋や方法論がなかなか想像できないのが難しい部分ではありますね。
淺野:
どの会社も、山の峰が2つあるように見えているはずです。一番高いピークは、やはりDTx製品が単体でドーンと売れるところです。でも、取り組み始めると、そこに至るまでに時間かかることに気づくはずです。
すると、そのピークまでを資金面でつなぐ“何か”が必要になります。事業の継続に欠かせない日常的な売り上げか、エクイティによる資金調達か、あるいはその両方です。健康経営や健康保険向けの製品でマネタイズをしたり、臨床研究のデジタル化とDTxを組み合わせたり、遠隔診療と組み合わせたりというように、企業ごとにマネタイズの手法は異なりますが、その先の取り組みは同じだと思います。弊社もDTxやSaMDの範囲でいかにしっかりと日銭を稼いでいくかを重要視しています。
河:
製薬会社と提携して開発を進めていく上で、進め方やカルチャーについてどのような違いを感じていますか。
淺野:
スピードは大きく違いますね。これはある程度仕方ない部分ですし、慎重な検討から得る学びも多くあります。ただ、事業の成功確率について先方から問われると、答えるのが難しいというのが正直なところです。そこが不確実だからこそ、DTxは私たちのようなベンチャーが活躍できるフィールドとして存在しているわけですから。
医薬品であれば数百億円を投じて数千億円を回収するようなビジネスの規模感だと思いますが、DTxの場合、おそらく開発費用全体で10億円ないし15億円程度で収まります。一方で、まだ販売開始後の予測が立ちにくいこともあり、成功への見通しを都度検証して判断を重ねていくのは健全な考え方だとは思います。そのスピードアップに弊社は貢献できると思います。
河:
製薬会社は、御社との提携による果実として何を得ようとするのでしょうか。DTxそのものの売り上げで貢献度に応じた配分を求めるのか、自社の医薬品とのタイアップで薬のシナジーを期待するのか。
淺野:
それは企業ごとに異なります。ただ、最近は単体で医薬品と同程度の利益を作れると考えている企業はないはずですし、薬の販売を促進するためにDTxに参入する例もあまり聞きません。それよりも、エコシステム全体への寄与といった文脈で社内説明をしている場合や、アンメットメディカルニーズで、従来の医薬品では届かなかったアウトカムを実現するために取り組むというロジックが主流だと思います。
河:
製薬会社も患者さんをトータルでサポートする取り組みを進めていますよね。最終的には薬の販売でのマネタイズを想定しつつも、必ずしもそこを明確にせずに進めている部分もあるようです。製薬会社とのタイアップでは、治療だけでなく、予防、診断、予後なども含めてアプリでサポートしたいという相談があると思います。そこは御社として興味のある領域なのでしょうか。
淺野:
実際に最近は、ウェアラブルデバイスを使ってみるとか、他の診断的なプロダクトと組み合わせた治療をするとか、診断機器と治療機器が一緒になった形態のプロジェクトや調査が増えています。ですから、薬のように「これだけ投与しておけばよい」といったアプリの形以外も、在宅モニタリングや、診断機器に行動変容を促す何かを表示するようなハイブリッド形式のアプローチはあり得ると考えています。
河:
治療領域の外で「マネタイズの解」を見つけるのは簡単ではないですよね。
淺野:
そうですね。ただ、そこにやりがいも感じています。現時点では販売先については2つです。ダイレクトに医療機関に販売するのか、製薬会社のような何らかの製品を拡販したいプレーヤーに販売するのか。
大川:
この2~3年で、DTxに対する医師や製薬会社からの期待値が大きく変わってきている感じがします。中長期の観点で見たときに、DTxは今後、どのような変化をしていきそうですか。私は、医薬品、医療機器、DTxの組み合わせで治療をしていくのが一般的になっていくと想像しています。
淺野:
注目のされ方が少し変わってきた感覚はあります。何かが世に出るまでは期待の方が高まるので、DTxに関しても、医療者や製薬会社が、魔法のようなものが出てくるのではないかと期待している節がありました。技術のハイプサイクルで言う「幻滅期」の段階はどうしても訪れるはずですが、それは過剰だった期待が適正に戻るだけです。私たちはエビデンスをきちんと積み重ね、患者エンゲージメントがきちんと成立する製品の形を追究して、その山をしっかり登っていくだけだと思っています。
その先のどういう未来が待っているのかは計りかねる部分もありますが、例えば、患者さんの自宅での食事やストレスの値などのデータを提供して、限られた診察時間で判断をしなくてはならない医師の負担を減らすというように、診療の在り方を改善できるはずです。DTxは、診察の場と、患者さんの日々の行動改善とを行き来できる可能性のある分野ですので、医薬品や医療機器の使われ方が変わっていく土台になるのは間違いないと思います。そういう未来像を描くとき、「患者さんにストレスなく使ってもらう」という点についてはまだまだギャップがあります。ここが私たちが一番力を注ぎたい領域です。
大川:
リアルワールドデータや個別化医療のようなテーマでのプロジェクトでは、私どもも、従来のように1つの薬をいろいろな患者さんが使うのではなく、一人ひとり異なる食生活やライフスタイルと治療を組み合わせて、個別に最適な治療を提案するようになるだろうとお話をさせていただいています。今のお話はまさに、そこに通ずるものがありますね。
淺野:
例えば、糖尿病治療の食事療法においても、総論として有効と思われる糖質制限のようなテーマも、患者さん個人個人の体調や状況によっては別のリスクを産むこともあるため、結局はケースバイケースで判断する必要があります。そのケースバイケースとして見えていなかった部分をITの力で可視化できれば、医療の進化に貢献できるはずです。そういう新しい医療作りに、私のような非医療者も参画できるのは意義深いことですし、そこに貢献するのだという使命感と心意気で取り組んでいきたいと考えています。
河:
外の世界から医療ビジネスに飛び込み、前例がないなかで奮闘しているからこそ得られる、貴重な体験やお考えを惜しみなくご披露いただいたと思っています。どうもありがとうございました。
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