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世界で最も早く超高齢社会に突入した日本。介護の課題先進国であり、介護システムを維持する上で、多くの課題に直面しています。では、日本の介護システムが持続可能でより良いものになるためには何が必要なのでしょうか。また、課題克服の先に、産業としてどのような成長の可能性があるのでしょうか。業界大手・SOMPOケア取締役 執行役員の岩本隆博氏をゲストに迎え、さまざまな観点から日本の介護および介護ビジネスのあるべき姿と将来を議論しました。
(本文敬称略)
岩本 隆博 氏
SOMPOケア株式会社 取締役執行役員 CDO(最高デジタル責任者)兼 egaku 事業本部長
河 成鎭
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
西田 雄太
PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター
鈴木 勝也
PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー
(左から) 西田 雄太、河 成鎭、岩本 隆博 氏、鈴木 勝也
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
西田:
本日は、介護業界のフロントランナーのお一人である岩本さんに、日本の介護業界の現状や課題をお伺いしながら、日本の介護システムが持続可能でより良いものになるためには何が必要かを考えていきたいと思います。
日本の介護システムは、社会保険制度の1つとして2000年に始まった介護保険制度を柱として成り立っています。ただ、介護サービスの利用者は高齢化の進行とともに増加が続いており、介護給付費と自己負担を合計した社会保障給付費ベースの介護費用は、2022年度に11兆円強と、制度創設時の2000年度の3倍以上に及んでいます。まずはこうした介護費用や財政といったあたりを切り口に、日本の介護の現状についての課題感をお伺いできますか。
岩本:
はじめに前提を申し上げますと、日本の介護保険制度は、社会保障の観点でも、労働集約型の業務が多い介護を産業として成り立たせる意味でも不可欠で、よくできた制度だと認識しています。ただ、制度の維持は簡単ではありません。介護サービスの担い手不足が深刻化する一方でサービスを必要とする人は増えていきますので、今のまま何も手を打たなければ、日本の介護システムの維持は困難になってくると危機感を持っています。
西田:
内閣府から発表された今後の介護給付費の伸び率を基に試算すると、介護費用は2040年度には約19兆円、2060年には約27兆円まで上昇すると予測しています。ただ、昨今のインフレに伴って人件費を含む運営コストも上昇していますから、この予測を上回るペースで介護費用が増加していく可能性がありますよね。
岩本:
その上振れにいつまで耐えられるかは不透明です。2024年4月の介護保険料改定で、全国平均の介護保険料基準額が初めて6000円/月を超えました。最も高額な大阪市は9000円を超えています。国民負担が増加する一方だと、この先、「これ以上は負担できない」という日がやって来ます。そのときに、「お金がなくて介護サービスを維持できないので、介護保険制度をやめます」という選択は許されないはずです。
介護事業を営んでいる企業は、介護を単なるもうけの手段として見ているのではなく、何らかの“思い”があって取り組んでいる事業者がほとんどです。だからこそ、こうした状況を解決するための策を出し合う必要がありますし、その解決策を業界内で共有して、介護の仕組みを社会全体で維持できるようにすることが求められていると思います。
西田:
SOMPOケアは、各施設の介護データを統合し、それを解析して介護サービスの質向上やオペレーションの効率化に生かすデータプラットフォームを運用されています。この仕組みは御社の施設だけで活用するのではなくて、先ほどのお話にあった解決策の1つとして、同業他社も料金を払えば利用可能な仕組みになっているのですよね。
岩本:
はい。システムとしては改善を続けており、現在はプロトタイプとして、社外の方には個人情報等のファイアウォールを設けた上で、一部のサービスをご提供しています。
河:
介護ビジネスは労働集約的な産業で、事業的には一般に高い利益率を見込みづらい産業と言われます。一方でSOMPOケアのようなDXの推進やデータ活用でオペレーションの効率化が図られて利益率が改善した場合、介護保険の報酬が引き下げられるような事態も想定され得るのでしょうか。
岩本:
2024年度の介護報酬改定で、生産性の向上に取り組む施設で、介護職員の配置基準が緩和されました。仮に施設入居者に対する介護職員の数がこれまでの基準より10%減らせたときに、その分、報酬を減らすような仕組みにはなっていません。反対に、今の報酬体系の総額をできるだけ維持しながら、生産性を上げて再投資する、もしくはスタッフに還元する余力を残した形で制度をつくっていただいたと理解しています。
河:
介護の世界では、国と民間が共に「日本の介護を成り立たせていく」という目的を共有した、パートナー関係にあるわけですね。
岩本:
廃業や倒産に至る介護事業者が増えていて、介護サービスの受け皿がなくなるかもしれないという懸念が、現実化しつつあります。そうさせないために国も施策を考えていただいているのではないでしょうか。
SOMPOケア株式会社 取締役執行役員 CDO(最高デジタル責任者)兼 egaku 事業本部長 岩本 隆博 氏
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 河 成鎭
西田:
業界内の課題解決のためには事業者間の有機的な連携も必要になってくると思います。ただ、日本の介護事業者は約6万社のうちの大半が、1〜2カ所の事業所を運営する小規模な事業者です。御社のような大手と小規模な事業者とではどのような形での連携が考えられますか。
岩本:
介護サービスは、施設系、居住系、在宅系サービスに大別され、それぞれ事業を手掛ける企業や団体が異なります。さらに在宅サービスなら居宅介護支援、訪問介護、デイサービス等に分かれていて、全部を手掛けている事業者もあれば、訪問介護だけに取り組む事業者もあります。
現状、必ずしも連携ができているとは言えませんが、今から連携を意識しておかないと、介護の仕組みが持たないと思っています。例えば、当社は北海道の利尻島で在宅サービスを提供していますが、介護が必要な方がご自宅で暮らしていくためには多様なサービスが必要です。それを1社で全て提供するのはなかなか難しいのが実情です。
鈴木:
地域に必要な介護関連のメニューを一通り提供できるようにするためには、複数のプレーヤーの連携が欠かせませんね。それが過疎の地域でも求められるとなると、民間だけの連携では難しい気もします。
岩本:
各自治体で、社会福祉協議会(社協)や社会福祉法人との上手な連携が必要になってきます。社協は、社会保障の一環として、地域に根を張ってサービスを提供すべく動かれていますので。
西田:
実際に連携を検討する上ではどのような課題が大きいでしょうか。
岩本:
まずは情報ソースの不統一です。在宅サービスを例にとると、サービスの類型ごとに情報のソースが異なります。事業者によって使っているシステムが違いますし、デジタル化に取り組んでいる事業者がある一方で、紙ベースで業務をしている事業者もいます。
加えて、民間の場合、個人情報保護の関係で、情報連携のハードルが高いことも課題の1つです。ご本人やご家族のご了解をいただいたとしても、他社に情報を渡したときに不測の事態が発生する可能性を考えると、連携に向けた開示をしづらい部分があります。
河:
どういうフォーマットで情報を取るべきかは、ボトムアップで意見を吸い上げてから、「こういうサービスを連携するためにはどのような情報の共有が必要か」という、トップダウンによる演繹的な情報の整理が必要ですね。
岩本:
介護情報を利活用する上では、PHR(Personal Health Record:個人の生活に紐づく健康・医療・介護等のデータ)が広がっていますが、多くの仕組みが並立していて連携が大変なはずです。医療は電子カルテの連携方式であるHL7 FHIRで医療連携を進める流れになっていますが、介護はそういったコンセンサスの形成には至っていないのが現状です。
西田:
利用者、高齢者に名寄せをしたPHRに加えて、より広範なデータをカバーした介護関連のデータインフラが必要だとすると、国が進めているLIFE(Long-term care Information system For Evidence:科学的介護情報システム。介護サービス利用者の状態やケアの計画・内容のデータを全国の介護施設・事業所から集め、データを分析し、結果をフィードバックする情報システム)がその役割を担うことが期待されていると思います。
御社は独自データプラットフォームでデータの収集を進められています。国がデータ収集を進める「LIFE」とはどのような棲み分けや役割分担が考えられますか。
岩本:
LIFEは非常に良い取り組みです。多くの個人のデータが集まることで、その情報を参照できれば早めの対処が可能になりますし、生産性も上がっていきます。さらに、データの規模が大きいので、高い精度で重症化予測などを出せる可能性があると思います。
当社のデータプラットフォーム上でもデータを収集していますが、力点を置く部分が異なります。そのデータをどう活用すると現場の介護サービスの改善に落とし込めるのか、そのデータを見て次に何を考えるのかといった現場の業務改善にフォーカスしています。
西田:
LIFEは、活用による報酬の加算が設けられていることもあって、施設系では7割程度の事業所のデータが入っており、在宅でも3~5割程度はデータが取り扱われ始めています。多くのデータが集まると、分かること、できることも増えますよね。
岩本:
介護付きホームを例にご説明します。当社は約300施設を運営していますので、施設Aが今どんな状態にあるかが300カ所全体の数値や指標に照らして比較できると、現場のスタッフは、「ここは直した方がいい」「ここは私たちが優れているんだ」といった気付きや改善のヒントが得られます。一般論で話すよりも、効果が高いはずです。一方、1つの施設を運営する事業者さんでは、内側に比較対象がありません。そのため、こうした指標を設定して比較ができるようになると、改善すべきポイントが自ずと明らかになり、生産性の向上につながるってくると思います。
西田:
今後、LIFEを含め、介護のデータをより活用しやすくするためには、どんなことが必要でしょうか。介護は定量的なデータだけでなく、定性的なデータも重要なはずです。一人ひとりがどういう状況にあって、それぞれどういう反応をするのか。日常生活や行動に関する定性データをどのようなデータセットとして持っておくかは、検討するに値するものと考えています。
岩本:
定量、定性という整理と少し異なりますが、LIFEが集めようとしているのはアセスメントや、ケアプランの一部といった静的なデータです。それはもちろん必要なのですが、「薬を飲んだかどうか」「どれぐらいの食事をしたか」といった日々の生活に紐づく動的なデータがないと、ケアの内容が教科書的な範囲にとどまり、その方のコンディションに応じたケアにつなげづらい面があります。
当社は、収集した動的なデータをもとに、その人の過去の動きから、異常値になる兆しを察知したときにアラートを出す、あるいは、類似グループの過去事例に基づいて、今の生活状態が続くとこの方は悪化するかもしれないといった予測を出すことにトライしています。ただ、現場はただでさえ忙しいので、アラートが出たときに対応できるだけの時間を新たに作り出す必要もあります。
鈴木:
やるべきだと分かっているし、やりたいというマインドがあるのに、忙しくて時間がないというのは切ないですからね。
岩本:
その解決には順番があると思っています。まず、各種のテクノロジーや福祉用具を活用して、同じ業務をより短い時間や少ない人数でできるようにすること。もう1つは、ムダの洗い出しです。ある施設で、それぞれの職員が誰にどんなサービスをどの程度提供したか、反対に入居者のAさんが1カ月にどのサービスをどのぐらい受けたかは、現状では把握できている事業者は少ないと思います。そういうデータの取り方をしていないからです。当社ではこの5年間、その可視化に取り組んできました。
例えば、介護度2の方に対して実施しているサービスの内容と量を見たときに、それが介護度5の人の内容と同じだったとすると、「この方の介護度は5なのではないか。必要に応じて介護度の変更をした方がよいのではないか」と判断できます。あるいは、介護度5ではなく、ご本人は介護度2相当なのに過剰なケアをしていたとなれば、ケアの適正化に向けた軌道修正を図ることができます。この、ムダ排除につながる見える化ができるだけでも、現場の負荷は大きく変わります。
PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター 西田 雄太
PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー 鈴木 勝也
河:
医療との連携については、どのような方向性が考えられるでしょうか。介護情報は医療介入のアウトカム情報としても有益ですよね。
岩本:
何を連携するとどのような成果が得られるかを見極める必要があります。例えば、ケアマネジャーや介護職員がカルテ情報を見ても、「何ができるのか?」という反応になってしまい、ケアに活用できないのが現実です。反対に介護の生活情報を医療に届ける方法の検討が、連携としては優先度が高い気がします。
病院としては、患者さんの再入院はできるだけ避けたい。特に脳血管疾患や心疾患といった特定の病気をお持ちの方をもう1回受け入れるのは病院として負荷が大きいです。ただ、退院すると診察時にしかその人を診られませんので、先ほどの動的なデータ、つまりその方の生活歴や、本当に薬を飲んでいるかといった情報が医療現場に役立つはずです。
河:
介護の情報は、しっかりとしたファクトが集められているはずですので、臨床だけでなく、学術的な観点でも、連携によって意義深い知見が得られると思います。
岩本:
介護サービスを受ける方は持病があったり、服薬をしていたりすることが多いので、それらを医療データと統合して、医療関係者が学術論文として発表されるのがよいでしょうね。医療の情報を含めて、こうした生活を営んでいたら体調が良くなった、反対に悪くなったというプラスアルファの部分は、確かに介護の領域に多くの情報がありますから。