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介護業界大手・SOMPOケア取締役執行役員の岩本隆博氏をゲストに迎え、日本の介護および介護ビジネスのあるべき姿と将来を考える議論の後編です。高齢化が進む日本で、よりニーズが高まるとされる事業分野に焦点を当て、ICTの活用などにより、どのような効率化や高付加価値化が実現し得るのかを探りました。また、日本社会の変化を踏まえたビジネスとしての成長余地にも目を向け、課題解決を積み重ねてきた日本の介護ビジネスが、今後、どのような発展の可能性があるのかについても意見を交換しました。
(本文敬称略)
岩本 隆博 氏
SOMPOケア株式会社 取締役執行役員 CDO(最高デジタル責任者)兼 egaku 事業本部長
河 成鎭
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
西田 雄太
PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター
鈴木 勝也
PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー
(左から) 西田 雄太、河 成鎭、岩本 隆博 氏、鈴木 勝也
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
西田:
SOMPOケアはさまざまな形態の介護サービスを手掛けておられます。その中で、今後、社会的なニーズが高まり、重要性がより増すと予測される分野はありますか。
岩本:
安価に入居できる介護施設が大量に供給される見通しが立てづらい状況ですので、在宅で介護サービスを受ける方をどうカバーするかが業界全体の課題です。その方策の1つである訪問介護の重要性がより高まってくると見ています。
西田:
介護人材は慢性的に不足していて、中でも訪問介護の人材は不足感がより強いとも聞きます。
岩本:
訪問介護はパートタイマーや「登録ヘルパー」と呼ばれる、稼働時間に応じて賃金が支払われる職員が働いています。業務の発生時だけサービスを提供する、いわば稼働率100%の非常勤職員をベースにしてきたので、労働生産性が高く、採算が取れていました。
ただ、ご指摘のように、こうした方々の採用が今、本当に難しいです。他のサービス産業で時給がどんどん上がっており、登録ヘルパーをベースとした訪問介護は仕組みとして回りづらくなってきていると感じます。正社員を投入するとなると、空き時間の問題があって収益性が大きく落ちるはずですので、それを落とさないためにはどうすればよいかが今後の課題です。
鈴木:
そうなると、まずは限られた人数で業務を回すことが求められますね。業務効率の改善については、テクノロジーを使うことで解決できる部分があるのでしょうか。
岩本:
当社の訪問介護の職員は全員、2020年からスマホを活用した業務を進めています。訪問先に設置したQRコードを読み込んで、自身のIDで訪問記録を登録し、例えば「生活1、身体1の仕事をしました」という業務内容をタップして帰宅する、といった流れです。これによって、業務後に事業所に帰る必要がなくなったり、報告・連絡のミスが減少したりするなどのプラスの変化がありました。ただ、ケアマネジャーとの連携については依然として模索しているところです。
訪問介護の職員はもっと現場に行きたいと考えているのですが、移動時間や事務作業を含めると、どんなに多くとも1日6~7件が限度です。限られた時間だからこそ、不要な作業に拘束されることなく、移動ルートを自動で設定して少しでも効率よく移動するといったことにテクノロジーを駆使していきたいと考えています。
制度変更が必要となりますが、もう少し先の展開としては、本当にご自宅に行って実施しなければならないサービスと、リモートで可能な、例えば見守りや安否確認が主目的のようなサービスとの切り分けも検討されていいはずです。定期的にリモートでチェックやコミュニケーションをすることで、人が現場に行かなくても済む部分の代替ができれば、介護の世界は大きく変わってくるでしょう。
鈴木:
海外にはリモートによる状況確認や服薬支援でも保険が下りる国がありますので、そういう制度が導入されると、生産性も大きく向上するはずです。
岩本:
そうですね。地方の場合、1軒の移動に10キロほど車を走らせないといけないケースも多いですから。
SOMPOケア株式会社 取締役執行役員 CDO(最高デジタル責任者)兼 egaku 事業本部長 岩本 隆博 氏
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 河 成鎭
西田:
訪問介護の効率化や高付加価値化は、求められているけれど、満たされていないアンメットニーズの1つですよね。前編で、観察されたファクトをベースにした体調変化の予測にトライしている旨を伺いました。その際に、ICTを活用して、施設介護だけでなく、在宅介護でもリモートによるモニタリングやアセスメントの支援が実現すると、遠隔地における介護の質向上に大きなインパクトがあるはずです。
岩本:
はい。当社が取り扱っているデータは、基本的に音声やテキストなど、人が入力したものです。ルールを定め、研修もしていますが、入力者の感じ方に依存する部分を排除できません。データの信頼性にも影響しますので、ICTの活用でいえば、同じ感度で同じ回答をくれるセンサーが人に代わっていくのがよいと考えています。
実際にセンサーを活用した新たな仕組み作りにも着手しています。厚労省が定めた「これが確認されると介護度がぐっと上がる、あるいは介護状態になる」という、7つのハザードがあります。現在、当社は産業総合研究所と共同で、市販のセンサーを活用して、在宅で脱水や発熱、誤嚥(ごえん)、褥瘡(じょくそう)などを起こさないようにするために、これら7つのハザードと動作や行動の関係性におけるアルゴリズムの開発に取り組んでいます。価格はもちろんのこと、プライバシーの観点からも、いつも身に付けている必要がある測定用センサーの装着を受け入れてもらえる仕組みができるかどうかが大きなカギですし、在宅における解決策の1つになると見ています。
鈴木:
近年、介護事業者としての専業でない、宅配業者などの企業が在宅の見守りサービスを手掛ける例が増えていますよね。ただし、在宅の見守りはまだ一般的には普及していないように見受けられますが、課題はどこにあるとお感じでしょうか。
岩本:
介護保険制度の枠組みの外では、ホームセキュリティや、商品の配達を行う生活協同組合、宅配業者など多くの業種の企業がサービスを始められていますが、ご自宅に行って見守った後の状況の把握や、ケアのアクションにどうつなげるかが重要な課題です。配送や配達のついでに確認することで、倒れている方などを見つけることができるのは非常に大事ですが、それだけでは、高齢者が在宅で暮らし続けるための見守りという意味では根本的な解決にはならないように思います。
河:
異業種による在宅見守りの話が出ましたので、ここで介護事業のビジネス的な広がりについても考えていきたいと思います。介護はプライベート・エクイティファンドや商社が注目しているセクターで、多くのテクノロジー企業も介護領域への進出を考えています。介護保険制度の枠組みの中では他産業に比べると利益率が低いために介護事業者には投資しづらいと考える企業が多いのですが、その周辺ビジネスには投資したいというニーズがあります。
これまで伺ってきたような、御社がトライしている各種の取り組みは、BtoBも想定した新たな収益の柱としてとらえているのでしょうか。それとも、あくまでも介護事業者としての既存の運営をよりエンパワーしていくためのものなのか。この辺りの位置付けをお聞かせいただけますか。
岩本:
明確な色分けはありませんが、新規事業としてとらえている事業も当然あります。当社のデータ活用プラットフォームは、社外の方に適正な価格でお使いいただける方法を考えたいと思っています。
また、介護保険に依拠しないプライベートなサービスを要望される方が増えてきていますので、今後、それをどう提供していくか。おそらく介護事業者だけでは提供しきれない領域のため、連携が必要になってくると見ています。
河:
介護ビジネスの規模が、介護保険に依拠しない高付加価値型のニーズへの対応も含めて大きくなっていく際は、サービスの他社連携に加えて、フィーバランスの官民連携をどうとるかが、ポイントになってきますね。
岩本:
基本的な介護保険サービスの中で実施することが官と連携する領域で、周辺のサービスや保険外のサービスは、2階建て構造の2階部分として民間が提供するべきだと思います。
河:
確かにそうですね。付加価値によりフォーカスしていけば、ビジネスとして成り立つものがつくれるはずです。
岩本:
例えば、歩行が困難な状態にある、でも歩ける可能性がある方がいたとします。その方が、「あそこに行って、こういうことに取り組みたい」というご希望がある場合に、「半年かけて歩けるようにしましょう。あの場所に行きたいのなら一緒に行きましょうよ」と、より細やかな寄り添いをプライベートなサービスとしてご提供することもできるでしょう。話を単純化していますが、こうしたことの積み重ねが、何らかの新しいビジネスにつながったらいいと思っています。
西田:
おっしゃるとおり、「人」を主体で考えていく先に、サービスがあるべきですね。同時に、誰もが画一的に手厚い、基本的な介護を上回るようなケアを求めるかというと、それは違うように感じます。「これは自分でやりたい」という意思がある領域については、自立を支援するような役回りにとどめ、あえて介護に踏み込まないようなことも、本人のQOLを高めるためには有用となるケースもあるのではないでしょうか。
岩本:
本人にとってのQOLを関係者が認識し、それを踏まえた介護を考えようという取り組みは、厚労省が進めている政策の中にもあります。ケアを受けるご本人の人生観や価値観、希望に沿った、将来の医療やケアを周囲と共有する「人生会議」という啓発活動がその1つです。
西田:
ACP(アドバンス・ケア・プランニング:将来の変化に備え、将来の医療およびケアについて、患者を主体に、その家族や近しい人、医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行い、患者の意思決定を支援するプロセス)の一環の活動ですね。
岩本:
人生会議は、今おっしゃったような、その人のQOLが何かを測る起点になると思います。この仕組みを活用できている自社施設が現状でどれだけあるのかというと難しいのですが、国が旗振り役となって地道に取り組んでいるのは確かです。
河:
そういった多様なニーズをおよそのパターンで類型化し、サービスを提供することによって、利益を確保しながら、リーズナブルな形でサービスを提供できるのではないでしょうか。
岩本:
そうですね。ここでポイントとなるのが、世代、年代の考え方です。今の50代、60代から先を見たシニアビジネスと、70代、80代から見たシニアビジネスは、景色が違ってくるはずです。今、80歳~85歳の方は戦中・戦後間もないお生まれの方々ですが、あと何年かしたら、団塊世代が80歳を超えてきます。自分のやりたいことをどう実現するかを追求なさる中で、プライベートサービスへの需要が高まってくるのではないでしょうか。
PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター 西田 雄太
PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー 鈴木 勝也
西田:
最後に、介護ビジネスの海外展開の可能性を探っていきます。今後、インドや中国などで高齢者の数が急激なスピードで増えていきますよね。ここに介護先進国・日本として、大きなビジネスの機会があるように感じます。御社がICTやデータでエンパワーされた介護事業者のオペレーティングモデルを確立なさったときに、それを海外に輸出する可能性はありますか。
岩本:
重要になってくるのが、相手国の福祉に対する考え方のレベルです。例えば日本でも、何十年か前は介護サービスといえども、利用者の「自分らしさ」は考慮されていませんでした。介護についての認識が当時の日本と同じような段階の国に、いまの日本式のシステムを提供しようとしても、何も響きません。まずは、「高齢になって自分らしい生活をしたい」「そのためにお金を払いたい方が一定数存在する」ことが、重要になってくるでしょう。
また、海外展開というと、「介護ロボットや、データのシステムを輸出したらいい」という話がよく出ますが、それは各社が取り組めばいい話であり、むしろ、それらを現場にどう落とし込むか、例えば、少ない人数で満足度の高い生活を提供するための業務フローや、介護技術の教育、データの取り方や見方などが、輸出のパッケージとして有効なのではないでしょうか。
河:
そのパッケージは1社で取り組むのではなく、介護エコシステムにかかわるチームを編成して、それぞれが海外に出て行くのがよさそうですね。また、健康意識が高い人はしっかりした保険に自分で入る国もあって、そこでは保険会社が自分たちの関連する医療機関に診療をさせる形でのエコシステムを構築していますので、その枠組みの中に介護も合わせて提供するようなパッケージがあると競争力を持ち得るのではないかと思います。
西田:
商社が東南アジアでマネージドケアのエコシステムをつくるといった動きもありますので、かつてに比べればパートナーの選択肢は広がっているはずです。
河:
海外のニーズを日本に逆輸入して、良い循環づくりに生かす動きも期待できるかもしれません。
岩本:
今お伺いしたようなインスピレーションをいただくのは、今後の展開を考える上で大事だと思っています。
河:
介護は差し迫った課題が山積している一方で、それを克服した先には、さまざまなビジネス展開の可能性が広がっているように感じました。岩本さん、示唆に富むお話の数々をどうもありがとうございました。