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2021-02-08
医彩第1回目は、長年にわたり生活習慣病の予防・教育に関する研究、患者さんの治療に従事する国立病院機構京都医療センターの坂根直樹先生をお招きしました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は、人々の生活スタイルを大きく変化させました。移動が制限されることによる運動不足、飲酒や喫煙の増加……。こうした日常の変化は生活習慣病という形で現れ、私たちの健康を脅かす恐れがあります。
坂根先生には、生活習慣病予防に必要な対策や患者をやる気にさせる指導法、医療現場におけるテクノロジーの活用の現状から予防医療が重視される中で病院に求められる機能・役割の変化まで、幅広くお話を伺いました。(本文敬称略)
国立病院機構京都医療センター
予防医学研究室長
坂根 直樹氏
PwCコンサルティング合同会社
ヘルス・インダストリー・アドバイザリー
パートナー 堀井 俊介
PwCコンサルティング合同会社
ヘルス・インダストリー・アドバイザリー
病院セクターリード
ディレクター 増井 郷介
PwCコンサルティング合同会社
ヘルス・インダストリー・アドバイザリー
臨床開発領域リード
マネージャー 志賀 麻里絵
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
堀井:
最初に先生が取り組まれている研究と、先生のPassionについて教えてください。
坂根:
私は、生活習慣病の予防を専門としているのですが、中でも特に糖尿病予防・糖尿病教育の研究に取り組んでいます。胎児期から高齢者まで広く対象としており、例えば妊娠中のお母さんに予防指導を行うと胎児にどのような影響があるか、といった内容です。会社や地域に対するヘルスプロモーションにも取り組んでおり、「楽しくてためになる」をミッションに、個別指導やグループ指導を行っています。
運動や食事に関して患者さんから本当にいろいろな話が出てくるのですが、まだ分かっていないことはいくつもあります。それら一つひとつを解明し、患者さんの疑問に答えていきたいと思っています。知識を詰め込むだけでは行動変容を起こせません。気付かせ、心を動かし、行動してもらう。その方法論を明らかにすることが私のPassionです。
堀井:
先生がこの研究に取り組むようになったきっかけを教えてください。
坂根:
私は多くの患者さんと接しているのですが、中にはきちんと運動や食事コントロールをできる人がいれば、そうでない人もいます。また、運動や食事コントロールをしているのに太ってしまう人もいる。そのような違いや想定外の出来事がなぜ生じるのかを明らかにしたいと思い、この研究に取り組むようになりました。最近では、COVID-19の流行によって外出する機会が減り、体重が増加してしまった方がいるのではないでしょうか。人々が移動しなくなった結果、肥満が世界的に深刻化しています。でもこのような中でも、体重を減らすことに成功した患者さんはいらっしゃるんです。これには実は、精神面が大きく関係しているのです。
坂根:
生活習慣病の大きな原因は肥満ですから、予防や改善には体重を適切に減らしていくことが必要です。その上で最も大切なことは運動です。しかし、運動を勧めたとしても、人によって反応はさまざまです。汗をかきたくないから運動したくないという人がいれば、汗をかくことが気持ちよいから運動しようと感じる人もいます。患者にアプローチするにあたって、私たちはまず、人によってこのような認知の違いがあること、病気と予防に対する関心度・実行度のステージが異なることを理解する必要があります。
この関心度・実行度は、5つのステージがあると考えています。運動が苦手でしたくない「無関心期」、運動に関心を持ってやり始める「関心期」、運動してみたものの関心が長続きせずついついさぼりがちになる「準備期」、運動の効果を実感して主体的に実行するようになる「実行期」、運動が完全に習慣になった状態の「維持期」です。これらのステージによって私たちが打つべき施策が異なってくるため、患者さんと接する上で、その方が今どのステージにいるのかを見極めることが重要になります。
増井:
特に難しいのはどのステージなのでしょうか。「無関心期」かと想像しますが、無関心期にある患者さんには、どのような言葉を掛けられるのでしょうか?
坂根:
難しいのは「無関心期」です。運動に関心のない方に対しては、そもそも「運動」という言葉を使うことすらはばかられます。運動という言葉を使わずに、運動するよう指導していく必要があるのです。私は「今の自分をよりよくするのに、よい方法がありますよ」と提案しています。具体的には、「スタイルがよりよくなる」、「アンチエイジングに効果がある」など、患者さんそれぞれが関心のある事柄に結び付けながら、その方が体を動かす方向へ持っていくのです。
志賀:
先ほど、患者さん一人ひとりがどのステージにいるのかを見極めることが重要とおっしゃいましたが、例えばその患者さんが無関心期にある、といった判断は、どのようにされるのでしょうか。
坂根:
これにはテクノロジーが逆の意味で効果を発揮します。最近はモバイル端末にアプリケーションをインストールした健康管理やウェアラブル端末を着用した日々のヘルスケアが注目されており、私たちもこれらを患者さんにお勧めすることがあります。ここでステージがだいぶ判別するのです。積極的に活用される方もいれば、無関心な方はそもそもモバイルアプリをインストールしませんし、インストールしたとしてもすぐに使わなくなります。そもそもデジタルになじみがなく、やる気はあるのだけど使い方が分からないという方もいらっしゃいます。ですので、そういった方々にはグループ指導による行動変容を促しています。共に運動に取り組む仲間ができることで、ステージ向上につながっていきます。将来的には、グループ指導のノウハウをモバイル端末に落とし込み、通信環境さえあれば、患者さんはどこにいても画面越しに仲間と運動に取り組めるという環境を作っていきたいと考えています。
増井:
先生が従事する医療現場では、他にどのようなテクノロジーが用いられているのでしょうか。
坂根:
最近では、モバイルアプリを用いた生活リズム改善・体重適正化、チャットボット(会話ロボット)を活用した保健指導、さらにはシミュレーション・モデルによる個別化医療の検討などが進んでいます。2005年からモバイルをはじめとするデジタル端末を活用した個別化医療に着目し、研究を重ねてきました。糖尿病予防のためのeラーニングを開発したり、患者さんに食事の内容をタブレットに入力してもらって食生活の改善をサポートしたりと、さまざまなことにトライしてきました。そこで気付いたのは、医師が患者さんに伝えるべきことをテクノロジーが代替することで、患者さんのステージが変わり得るということです。
堀井:
なるほど。患者さんの行動変容を目的とし、そのための最適な方法として考えられる幅がテクノロジーによって広がったということですね。
坂根:
はい。もちろん命に関わるような重大なことは医師が直接伝えますが、例えば生活リズムを改善することで仕事の生産性が高まる、休日をアクティブに過ごせるようになるといったメリットであれば、アプリで視覚的に分かりやすく示すことで、患者さんのやる気はぐっと高まります。また、人に直接言われると反発してしまいそうなことも、キャラクターがチャットボットを介して伝えてくれればコミュニケーションがスムーズにいく。こういったことは往々にしてあります。
志賀:
アプリに関してもう一つお聞かせください。先日、禁煙治療用アプリの保険適用が日本でも承認されました。医師と患者が共通のデータを共有し、オンラインで治療に当たるという治療スタイルは今後、さらに開発・普及されていくのでしょうか。
坂根:
禁煙治療用アプリが登場したことで他の疾患に関する治療用アプリも順次登場していくのではという期待はあると思いますが、容易ではないと考えています。禁煙については治療法がパッケージ化されており、究極的には止めるか止めないかという単純な側面があるため、着手しやすかったと言えます。しかし、他の疾患治療はやるべきことが多く、喫煙と違って自分の意思ではどうにもならない障害がある。そのため、禁煙治療用アプリよりも難易度は高いと思います。
増井:
ここからは医療機関の今後の役割について見解をお聞かせください。テクノロジーの発達や健康志向の高まりによって、病気になって治療するのではなく、病気になりにくい心身を育むという予防医療の考え方が広がってきています。ただ、この予防医療には診療報酬点数が付かず、患者が全額自己負担する必要があります。今後、こうした状況が変わる可能性はあるのでしょうか。
坂根:
医療機関にとっては点数が付いていることがポイントになりますので、点数が付かない限り、医療機関における予防に対する取り組みはあまり広がらないように感じています。糖尿病の場合は重症化予防に点数が付いていますので、その点だけは医療機関で積極的に取り組んでいますが、その他については、企業や自治体が補助して取り組んでいく必要があると思います。実際に、好例がたくさん出てきていますよね。
増井:
社員の健康に関するデータを収集して個々に最適な運動や食事のプログラムを提供する企業や、健康寿命を伸ばすための運動プログラムを幼児期から提供する自治体など、予防医療への取り組みは年々活発になってきているように感じます。
坂根:
「病気になったら病院に行く」という現在の状況について、私は、重症化してから病院に行くのではなく、もっと気軽に自身の状態について相談できる場所があってほしい。最近ではオンライン診療をもっと広めるべきという声が聞かれますが、点数が低いため広がっていないのが現状です。例えば、薬剤師がいるドラッグストアが入口を担い、セルフメディケーションでよいか病院に行ったほうがよいかをスクリーニングできたら、もっと効率的に予防が展開できるかもしれません。人々の健康を増進するためにどのような世界を作るべきかを、社会全体で考えられたらよいですね。
堀井:
今後携わりたい領域や活用したいテクノロジーはありますか。
坂根:
これまでの活動で多くの血糖値データが蓄積されてきましたので、次は中性脂肪をはじめとする脂の研究に取り組んでいきたいです。糖と脂が解析できれば、患者さん一人ひとりに合った食事などが分かっていくのではないかと思うからです。また、患者さんの食事と運動のデータを適切に取得・蓄積し、それをもとに各人に合った運動提案を行うことにも関心があります。海外では、血糖値を測定できる皮下埋め込み型のデバイスがあり、データ取得・蓄積に役立っているので、非常に興味を持っています。
堀井:
本日は、患者さん一人ひとりに合わせた行動変容のためのアプローチからテクノロジーの活用の最前線、今後の医療機関のあり方や携わりたいテーマまで、よりよいヘルスケアの実現に向けてたいへん参考になるお話しを多々いただきました。また、私たちコンサルタントもヘルスケア業界のお客様の行動変容を担う立場でありますから、今後の活動に生かせる貴重なアドバイスをいただけました。リモートでの開催となりましたが非常に楽しく、有意義な時間をありがとうございました。
坂根:
私も皆さんと双方向にお話しできたことが非常に楽しかったです。ありがとうございました。