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医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルなどを招き、その方のPassion、Transformation、Innovationに迫るシリーズ「医彩」。第13回は医療法人向生會理事長であり、在宅訪問診療医として高齢者医療に従事されている上田悠理先生をお迎えします。
上田先生は在宅医療の診療医をはじめ、医師と企業のマッチングサービスを提供するスタートアップConfieの代表取締役CEOや、医療・ヘルスケア分野における最新技術の活用事例を紹介するグローバルカンファレンスの統括ディレクターなど、ヘルステックプロモーターとしても活動されています。現在はさまざまなメディカルデバイスやサービスが登場していますが、「それらを活用する現場では『理想』と『現実』が交錯している」と先生は指摘します。IT技術は在宅医療の現場でどのような役割を果たせるのでしょうか。お話を伺いました。(本文敬称略)
株式会社Confie 代表取締役社長
医療法人向生會 理事長
上田 悠理先生
PwCコンサルティング合同会社
小田原正和 シニアマネージャー
荒木亮輔 シニアアソシエイト
左から 小田原、上田氏、荒木
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
小田原:
上田先生は在宅診療医として日々患者さんと向き合っているほか、スタートアップのCEOやヘルステックプロモーターも兼任されています。最初にお伺いしたいのですが、複数の領域で精力的に御活躍されている、その原動力となるパッションは何でしょうか。
上田:
私は人生のミッションとして、「ヘルステック業界全体の健康的な底上げを実現する」ことを掲げています。医師の立場としては、日々向き合っている患者さんを癒やす「ヒーラー」としての役割を果たしつつ、ヘルステックの領域では新たなサービスやツールなどを医療業界に普及・浸透させる「サポーター」として活動しているという意識です。
医師の立場では主に褥瘡(じょくそう)、いわゆる「床ずれ」の診療を専門としています。褥瘡は医師の中でも診たくない病気の上位であり、在宅で医療サービスを受ける患者さんの多くが悩みを抱える疾患です。例えば、肺炎などの急性疾患で入院し、入院中に褥瘡ができてしまっても、肺炎が治ったら退院させてしまうケースが多々あります。そして、自宅でご家族が患者さんの下着を取り替えた時に骨まで見えてしまっている褥瘡に驚き、私たちのクリニックに相談に来られるというケースがよくあります。
小田原:
先生が在宅医療に注力されるきっかけは何だったのでしょうか。
上田:
根底にあるパッションは研修時代の経験によるものです。当時95歳の患者さんを担当していたのですが、心不全で呼吸器がないと生命の維持が難しい状態になりました。当然この状態では退院できません。何とかして回復させたいと治療法を探して駆けずり回っていた時、当時の指導医から「これがこの人の寿命だよ」と言われたのです。
「患者さんを治す」という使命感に燃えていた私はこの言葉に反発しました。幸いにしてその患者さんは回復して退院され、自宅で最期を迎えられました。この経験から「医者になったからには『これがこの人の寿命だ』なんて言葉を使ってやるもんか」と思ったのです。
しかし、現在は私も「これがこの人の寿命です」という言葉を使います。なぜなら、在宅医療とは、人生の最終ステージを看取る医療だからです。
小田原:
「人生の最終ステージを看取る医療」とは重い言葉です。在宅で迎える「その人の寿命」とは、どのように捉えればよいのでしょうか。
上田:
急性期(症状が急に現れる時期)病院が疾患を治療する存在であるのに対し、在宅医療は患者さんとそのご家族を含めた「人生をファシリテートする存在」であると考えています。「よりよく生きる」ことは「よりよい最期を迎える」ことも含んでいます。在宅医療は患者さんをはじめ、そのご家族の人生と向き合い、患者さんにとって何が幸せなのかを考える仕事です。最期に向けてよりよくお見送りをする中で、「どのようにして天寿を全うするか」というご提案も必要だと考えるようになりました。
株式会社Confie 代表取締役社長 医療法人向生會 理事長 上田 悠理先生
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 小田原正和
小田原:
お話を伺っていると、在宅医療にかける先生の並々ならぬ思いが伝わってきます。現在、厚生労働省は在宅医療の普及促進に務めています。しかし訪問診療を実施している診療所数は、直近10年間でほぼ横ばいに留まっています。この背景には何があるのでしょうか。
上田:
在宅医療はやりがいのある仕事ですが、現場は24時間365日対応ですので、体力的にもつらいですし、なり手が少ないのが現状です。私たちのクリニックも定期的な往診は基本的に月2回ですが、何かあれば原則24時間の体制で医療を提供しています。また、さまざまな疾患を1人の医師が診る大変さもありますし、使えるリソースも限られています。
さらに在宅医療は「最前線から引退して、これ以上の成長が望めない」と捉えられることも多く、若手医師が敬遠する傾向にあるのです。先述したとおり、在宅医療の最期にあるのは「死」です。「手術で難病を治した」「患者さんが元気になった」というわかりやすい達成感が感じにくいのです。しかし、医師たちが在宅医療をなおざりにしていることはなく、きちんと取り組むべき領域であることは理解しています。
小田原:
在宅医療では具体的にどのような診療をされるのですか。
上田:
主に慢性疾患に対するお薬の調整や、寝たきりになりがちな患者さんの体調管理を行います。私は、在宅医療は「医療のイノベーション」だと考えています。そのためには在宅医療がキャリアの終焉でないことや、在宅医療ならではの充実感、さらにビジネスとしてある程度安定していることを伝えていきたいです。
荒木:
在宅医療ならではの充実感やビジネスの安定とは、どのようなことでしょうか。
上田:
診療所の場合、慢性疾患の患者さんに「3カ月に1回通院してください」とお伝えしても通院してもらえなかったり、1人の医師が同じ患者さんを継続して診察できなかったりという課題があります。しかし在宅医療はそうした課題が解消されています。
例えば、私たちのクリニックが実施している在宅医療は、月2回の往診を基本とする「サブスクリプションモデル」なのですね。ですから同じ医師が1人の患者さんを継続的に診療できます。またビジネス的に見れば、患者さんを担当した時点で、ある程度のキャッシュフローが見える(収入が安定する)のです。実際、私たちのようにクリニックでの外来診療と並行して在宅医療も行っている医師も一定数いらっしゃいます。
小田原:
なるほど。月2回の往診を「サブスクリプションモデル」と捉えるのですね。話は前後しますが、在宅医療を実施している中で、人手不足のほかに直面している課題はありますか。
上田:
端的に言うと「お金」と「情報」です。
お金に関する課題とは、患者さんの介護度などに応じて、適用できる保険制度による制限があったり、診療報酬制度が頻繁に改定されるため使用できる加算・補助が分かりづらかったりすることです。
一方、情報については「職種によって情報の粒度が異なる」という課題を抱えています。医師や看護師、薬剤師や患者家族などでは患者さんに関して必要とする情報の「粒度」が異なっています。それをお互いが理解しないまま、例えば看護師さんが「Aさんの体温は38.0℃です」と医師に報告をしても、これまでの経過を把握していない医師は返答のしようがありません。
またご家族、施設、行政、医療間の相互コミュニケーション不足が原因で、必要な情報が正しく伝わらないことも少なくありません。特に介護する側もご高齢の老老介護の場合、介護者の話は感情的な相談に終始し、医師が欲しい情報をうまく得られないケースも散見されます。
荒木:
そうした課題の解決にITを活用できそうですが、どのようなアプローチが考えられますか。
上田:
医療業界はIT化が遅れている領域の一つですから、可能性はいくらでもあると思います。実際、私たちのクリニックも、在宅医療のオンコール部分をIT企業と連携したり、関係者の情報交換にIT
ツールを導入したりしています。
今後、患者さんや医療従事者のITリテラシーはどんどん向上していきますから、さまざまな医療機器にITを実装するケースは加速していくでしょう。例えば現在はバイタルデータを取得できるウエアラブルデバイスも複数登場しています。
また、装着型の介護用パワースーツや、おむつの中にセンサーを入れておむつ替えのタイミングを知らせるデバイスもあります。こうしたデバイスから取得したデータを利活用し、患者さんにとって快適で、かつ医療従事者の利便性を向上させられるサービスは続々と登場してくるでしょう。
ただし、こうしたツールやサービスに期待が寄せられる反面、理想と現実のギャップも理解しておく必要があります。
荒木:
どのようなギャップが存在するのでしょうか。
上田:
高齢者、特に認知症の方は何かを身に付けることを極端に嫌がり、すぐに取ってしまいがちです。こんな例がありました。徘徊が激しい高齢男性の位置情報を把握するために、センサー付きの靴を用意したのですが、奥さんの靴を履いて出かけてしまい、センサーの意味を成しませんでした。また、独居している認知症の高齢女性は、認知症に起因する妄想から、センサーの装着だけでなく、家の中に人を入れることも嫌がりました。
そうした患者さんへの対応は非常にアナログです。介護士さんたちと連携し、家の外から物音を聞いて生存確認をすることもあります。ITやデータ活用とはかけ離れた世界です。
荒木:
それは壮絶ですね。
上田:
IT技術の進化は目覚ましく、さまざまなデバイスやソリューションが登場しています。ただし、忘れてはいけないのが「それを最後に届けるのは人の手」だということです。
いくら精度の高い排泄予測デバイスであっても、排泄の介助をするのは人間です。特に在宅医療や在宅介護の領域においては、患者さんと直接やり取りするのは“人の手”です。IT技術はそこに至るまでのプロセスをどのように効率化・自動化するかといった領域で活用できればよいと考えています。
小田原:
「デバイスや技術があるから課題は解決できるはずだ」と考えてはダメなのですね。「最後に届ける人の手」に至るまでのプロセスでIT活用が期待できるとのことですが、具体的にどのような活用が期待されるのでしょうか。
上田:
今後は急性期病院の当番医制度のようなものが、在宅医療にも導入されると予想しています。そうした場合に不可欠なのが情報共有であり、電子カルテが重要な役割を占めると考えます。医師は総じて字が乱雑ですし、遠隔での情報共有が必要となってくるため、手書きカルテの共有は現実的ではありません。電子カルテの場合は書式の“お作法”がある程度決まっているので、共有の仕組みができれば導入は加速すると思います。
また、コミュニケーションの分野ではMCS(Medical Care Station:医療介護専用コミュニケーションツール)などの情報共有ツールも役に立つと思います。先述したとおり、素晴らしい技術やツールがたくさんあることと、現場が使いこなせることや、ご家族が購入に同意することは別問題です。目の前の患者さんに向き合うだけで精一杯で、デジタルデバイスの使い方の習得に労力を取られたくないと考える医師も少なくありません。
ですから、新技術やデジタルデバイスの開発に重きを置くよりも、「このデバイスを活用すれば医療現場はもっと効率化できる」「この部分をデジタル化すれば患者さんと向き合える時間が増える」といった導入のメリットを正しく伝えていくことが大切だと思っています。
小田原:
本連載の第12回で石川県立看護大学学長の真田弘美先生にお話を伺った際、「携帯型のエコー(超音波画像診断装置)」の開発過程で、「これまで医師が使っていた機器を看護師用に開発するわけにはいかない」とメーカーに拒絶され続けたことをご紹介いただきました。先生が在宅医療で「この部分は看護師さんや介護士さんでもできるようになればありがたい」という領域はありますか。
【参考URL】https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/healthcare-hub/interview12.html
上田:
たくさんあります。例えば、以前は湿布を貼ることも医療行為で医師しかできませんでしたが、現在は看護師や介護士もできるようになりました。その背景には「タスクシフティング」の推進があります。これは、医師の働き方改革の一環として医療従事者の合意形成のもとで業務の移管や共同化を行うものですが、ここにも難しさがあります。それはご家族や介護職員さんの中には「命を取り扱う行為は怖い」と感じている方がいることです。確かに骨が見えてしまっている褥瘡の洗浄に、医療的な経験のない人が二の足を踏むことも理解できます。
こうした課題を解決するには、患者さんのケアに携わるスタッフの知識を底上げする教育ツールがあればよいと思います。例えば、人工知能(AI)を活用した教育ツールで、「こうしたケースの場合、このように手当をすれば(医師でなくても)大丈夫です」といった具体的な指南があれば、現場も心強いのではないでしょうか。
荒木:
製薬企業や医療機器メーカー、IT企業に期待されることを教えてください。
上田:
そうですね。「こうしたツールを作ってほしい」というよりも、開発したツールを現場に浸透させられるように使い方を丁寧に説明したり、的確に情報を提供してくれたりすることを期待します。
先ほど「デジタルデバイスの使い方の習得に労力を取られることを嫌がる医師は多い」と説明しましたが、IT企業と医師は敵対しているわけではありません。新しいデバイスが患者さんにとってよいものであれば、医師は頑張って使います。
荒木:
コンサルティング会社にはどのようなことを期待されますか。
上田:
「巻き込み力」と「情報インプット力」です。在宅医療は大規模病院や自治体など、さまざまな組織や団体との協力が不可欠です。ですから、コンサルティング会社が持つネットワーク力や調整力に期待しています。ぜひ、私たちも巻き込んでください。
また、情報インプット力はコンサルティング会社の得意分野ですので、医療制度の変更などをいち早くキャッチして内容を整理し、「具体的に何がどのように変わるのか」といったことを医療従事者に分かりやすく知らせてもらえると嬉しいです。
荒木:
最後に、先生ご自身の将来の展望を聞かせてください。
上田:
高齢社会の日本において、在宅医療は必須のサービスであり、需要が高まっていくことは間違いありません。ただし、課題は山積しています。誤解を恐れずに言えば、私が年老いたときに、今と同じ状況だったら辛いと思います。ですから、これから未来をよりよくするため、今ある課題を1つずつ解決していきたいです。「全ての人がよりよく生きて、よりよい最期を迎えられる」という世界を実現できるよう、邁進していきます。
小田原:
本日は、私たちコンサルティング会社に課せられた役割はもちろん、「そもそも在宅医療とは何であり、それを技術でどのように支えるか」といったことを改めて考える機会をいただきました。先生の「最後に届けるのは100%人の手」であること、「そこまでのプロセスでITがどのような役割を果たせるのか」といったお話は、今後クライアントを支援していくうえで非常に勉強になりました。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 荒木亮輔