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医師の働き方改革に伴い、昨今、脚光を浴びているのが医師事務作業補助者(以下、MA)です。国の調査結果によれば、特に効果がある医師の負担軽減策として、MAの配置が挙げられています*1。MAがより一層活躍するためには何をすべきなのか。キャリアパスの有用性やこれからの可能性について、日本医師事務作業補助者協会理事長の矢口智子氏にお話を伺いました。
特定非営利活動法人 日本医師事務作業補助者協会理事長
矢口 智子氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト
碓井 麻理子
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
左から小田原 正和、矢口 智子氏、碓井 麻理子
特定非営利活動法人 日本医師事務作業補助者協会理事長 矢口 智子氏
小田原:
MAは医療機関によって「メディカルアシスタント(MA)」「ドクターズアシスタント(DA)」「医療クラーク」「臨床支援士」などと呼ばれていますが(※本稿ではMAと表記)、どのような業務を担っているのでしょうか。
矢口:
MAは、医師の指示のもと事務作業の補助を行う業務に従事する者であり、具体的には検査などの医師のオーダーや診療記録の代行入力、診断書や紹介状の作成の他、データ登録業務などの支援を行っています。MAのスキル向上に応じ、前述のような事務作業だけではなく、外来や病棟において対患者さんへの説明業務なども一部担っています。医療専門職が専門の仕事に専念できるような役割分担をすることが重要であり、MAの業務は医師だけでなく看護師などの業務負荷を軽減することにもつながっていると言えます。
小田原:
矢口さんは2011年に現在の日本医師事務作業補助者協会(以下「協会」)の前身となる日本医師事務作業補助研究会を設立されました。立ち上げの背景や、当時の想いを聞かせてください。
矢口:
2008年の診療報酬改定によりMAの配置に関する加算が創設されましたが、当時、私が所属していた病院のMAは私1人のみで、私自身も何をどこまでできるのか不明瞭な状態でした。そこで、他病院の方と情報交換可能な場が欲しいと思い、まず小さな範囲で交流を始めていったことが始まりです。そうすると、全国に同じような悩みを持っている方が多くいらっしゃったので、参加される方が増えていき、全国規模の団体となりました。
自分たちMAは何ができるのか、これからどう発展していくことができるのかということを、解像度を上げながら社会的な信頼と認知を得ていくために、しっかりと法人化した方が良いだろうということで、設立の翌年に法人化をして活動しています。さまざまな関係者の皆様からご支援、ご指導をいただき、現在、私たちは3本の柱で活動しています。1つには、MAの本懐ともいえる知識や能力を向上させるための教育研修活動。2つ目が、MAの可能性を社会に示していくための調査研究活動。そして、3つ目がMAを上手く活用するための土台作りともいえる組織作りや教育体制構築に関する管理者側との情報交換の場の創設です。マネジメント向けのセミナーなどがこれに該当します。
MAは病院内で医師や看護師とコミュニケーションを取りながら、日々の診療を円滑に回すための潤滑油のような働きをしつつ、患者さんにも向き合っています。これまでの活動を通じて、MAは非常にやりがいのある仕事だと自信を持って言えますし、これまで以上に活躍できるという可能性も感じています。
小田原:
MAが実施できることやMAの可能性は徐々に浸透してきているように思います。だからこそ、矢口さんが組織活動の3つ目として言及した病院内でのキャリアパスや教育体制構築に目を向けていく必要があると思います。雇用形態が不安定である、十分な教育制度が整っていない、頑張っても頑張らなくても評価や給与がほぼ変わらないといった処遇の問題がMAのモチベーション低下につながり、経験ある優秀な人材の離職を招きやすい環境下にある病院も多いと考えられます。
矢口:
まさにそのような課題認識を持っています。協会がMAのキャリアパスに取り組み始めたきっかけも、MAが病院に定着しないという課題認識からでした。まずは、病院がMAに求める役割を明確化し、それを伝えることが重要だと考えています。病院が目標を示さなければ、何をしたら評価されるのかも分かりません。ゆえに、定着もしづらいでしょう。現場は大変だが理解されず、医師から業務拡大を求められても、その期待に応えるためにどうアクションを起こしていいか、悩んでしまう。MAの定着を狙うには、目標設定とそこまでどのような道を辿ればいいのかを見える化する必要があるということで、キャリアパスに辿り着いたのです。
碓井:
MAの定着を目指すところから出発したのですね。実際にキャリアパス構築に向けた進め方や留意点などがあれば教えて下さい。
矢口:
まず、キャリアパス構築のためには現在個々のMAがどのような業務をしているのか、現状把握に取り組む必要があります。突然モデルケースを当てはめようとしてもうまくいきません。MAが何をやっているのかをマネジメント層が理解した上で、今後、理想像に向けてどのような段取りで取り組んでいくかをともに検討していくことが目標達成のためには重要です。MAは、自分の診療科のことだけでなく、他の診療科の取り組みをも理解することができる。しっかりとした現状把握によって相互理解が生まれ、協議のための素地が整備される状態を作ることができるのです。
小田原:
現状の業務を可視化することで、特に評価すべき業務内容や人材も見えてきますよね。例えば、紹介状の代行作成において質の高い文章を作成している、医師が効率的に患者さんに説明できるような資料を自発的に作成しているなどといった動きは評価してあげたいですし、そういった姿勢をキャリアパスに組み込もうというような議論につながりますよね。
矢口:
そういった業務に自発的に取り組んでもらえると、医師は本当に助かると思います。キャリアパスを作る際には上から押し付けるのではなくて、皆が現場でディスカッションし、認識を擦り合わせながら作っていくことが重要だと思います。「上から言われたことだけをこなしていれば良い」というマインドではそれ以上の発展が見込まれません。MAのキャリアパスも現場のMAたちが作り上げて育て上げていくものだと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 碓井 麻理子
碓井:
これからキャリアパスを作成していく病院において、他にはどのような点に留意しておくべきでしょうか。
矢口:
いたずらに不安を与えないためにも、病院として、どのような目的でキャリアパス構築に取り組むのかを正しく伝えることが最初にすべきことだと思います。そのうえで、現状把握から行い、その現状をベースとして、理想のMAの姿をMA自身が考えていく。すぐにその姿に到達することはできないと思いますので、いくつかレベルを設定し、キャリアパスを構築していく流れが理想です。また、無理をしないというのも大事ですね。慌てすぎない、急がない。組織を壊すことが目的ではないので。
小田原:
病院内の関係者を巻き込むという観点ではいかがでしょうか。
矢口:
キャリアパスを評価へ連動させようとすると、病院長や事務長などトップマネジメントサイドの理解・協力が特に必要になります。また、看護部はそういった取り組みが充実していることが多く、看護師の育成のために作成しているラダーの考え方など、参考になる事例が院内に多く存在すると思いますので、看護部の協力を仰ぎながら進めていくというのも一案です。
碓井:
当社がMAのキャリアパス構築を支援した事例においても、病院長がその重要性を理解し、後押ししてくれました。また、当時の看護部長が教育にとても熱心な方で、MAのキャリアパス構築についても多くの意見を交わしました。例えば、キャリア区分ごとに目安の経験年数を設定していたのですが、看護部の経験として、現場に伝える際はこの年数に引っ張られないよう、あえて示さない方が良いのではないかといった形で教えていただき、非常に参考になりました(参考:事例紹介「小田原市立病院:ゼロベースからの医師事務作業補助者のキャリアパス構築」)。
小田原:
今後、MAがさらにバリューを発揮するために必要なことについてお伺いさせてください。
矢口:
「医療の質」の向上、「病院経営」および「医療安全」への貢献をMAの部門目標として設定し、活動していくことが有用なのではないでしょうか。MAの活躍の幅を広めることで、医師はこれまで以上に診療に専念でき、時間が確保できれば学会発表の機会も増える。また、私たちは医師の負担軽減のみならず、生産性向上も目指しています。外来の患者数や手術件数の増加、診療報酬の算定漏れの抑止など、病院経営に貢献できる職種です。
また、医師が出した指示と看護師などの医療職が受けた指示の内容の整合性確認、会話内容と記録内容の整合性確認など、病院内の多職種間、医師と患者さんとの間で生じるコミュニケーションエラーによるリスクを防ぐことも、MAが発揮できるバリューだと思います。多くの専門家がいる中で、職種間のキャッチボールでこぼれそうな部分を拾うことができるのがMAだと言えます。
碓井:
昨今のトピックの1つとして、病院においても生成AIの活用が検討されています。この点についてもお考えをお伺いさせてください。
矢口:
事務作業に関する生成AIは業務の効率化や負担軽減という観点で、とても期待しています。どのような場面で生成AIを活用できるのか、どのように使いこなすのか、今後は生成AIの活用を提案・実行できる人材という視点でもMAを育てていくことになるのだと思います。将来のMAには、生成AIを活用しながら、対人業務、特に多職種間のハブとしての活躍がより一層期待されることになるのだろうと考えています。
小田原:
まずは自分たちの価値をしっかりと高めていくことが重要と言えますね。
特定非営利活動法人 日本医師事務作業補助者協会理事長 矢口 智子氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
小田原:
最後に、これからMAのキャリアパスの構築を推進していく医療機関に対する助言があればお聞かせ下さい。
矢口:
医師の業務は他職種と違って個人ごとにさまざまであることが多く、マニュアルの統一化がしにくいため、課題があってもその改善策が取りにくいのです。MAのキャリアパスを作成する過程で、医師事務作業の現状が見えれば、個々の医師の働き方も自ずと見えてくるはずです。医療の質を担保しながら効率的な診療を行っている診療科や医師が分かれば、それを医療の質を担保しながらどのように実現させているのか、MAはそれをどのように支援しているのかについて把握することにより、医師の生産性向上を他の診療科にも広げられるでしょう。キャリアパスを構築し、皆が目標を持って業務を遂行する病院とそうでない病院とでは、医療の質、病院経営、医療安全の観点で差が生じてくるのは明らかではないでしょうか。診療報酬上、医師事務作業補助体制加算1の施設基準に「当該保険医療機関において3年以上の医師事務作業補助者としての勤務経験を有する医師事務作業補助者が、それぞれの配置区分ごとに5割以上配置されていること」という要件がありますが、これは各病院でMAのキャリアパスを作り、MAの目標を立てて育成し、定着率を高めてほしいというメッセージだととらえています。ずっと同一の施設に在籍していればいいというわけではなく、教育体制を整備し、医師の負担軽減に資するMAを各医療機関にて育ててほしいと願っています。当協会では、研修を支援するためのセミナーや教材作成に取り組んでおり、認定資格化の準備も進めていますので、ご活用いただけたらと思います。
小田原:
MAのさらなる活躍を促す仕掛けが、結果としてMAの定着率を高め、医師の負担軽減に資するようになる。そういったサイクルが回り始めると、働きやすい病院にもつながっていくのだと思います。本日はありがとうございました。
*1 厚生労働省「中央社会保険医療協議会 総会(第503回)」個別事項(その8)について
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000863565.pdf