
これからの病院経営を考える 【事例紹介】北杜市立甲陽病院:看護業務の見直しが生んだ職員の意識改革
山梨県北杜市の市立甲陽病院では、総看護師長のリーダーシップの下、看護業務の見直しを進めています。このプロジェクトを支援したPwCコンサルティングとともに取り組みを振り返り、現場からの声や成功の秘訣について語りました。
2023年度末をもって、全国の公立病院では「公立病院経営強化プラン」の策定が終了しました。各病院は、今後4年間で経営の改善とともに持続可能な地域医療提供体制の確保を目指すことになりますが、経営悪化を食い止める有効な打ち手を欠くにもかかわらず、「入院患者数倍増」「修正医業収支比率20ポイント以上改善」など、非現実的な目標値を設定している病院も散見されます。
今後の日本では、都市部を除くほとんどの地域において、住民数や財源の縮小により、公立病院の持続可能性がますます低下すると考えられます。よって公立病院は今後、経営強化プランの実行とは別に、病院施設の再編・統合を軸に抜本的な対策の方向性を決めていかねばなりません。
他方、現時点では前回(2015年)の「新公立病院改革ガイドライン」に基づくプランの成否ですら、十分に総括できているとは言い難い状況にあります。その背景の1つとして、公立病院の役割が明確に定められていないため、へき地診療のような不採算医療から新型コロナウイルス感染症流行のような非常時の医療提供まで各方面からのあらゆる要求に応えざるを得ず、病院ごとの取り組みが一律ではないため、評価が困難なことが挙げられます。公立病院には、地域の医療需要や政策動向を踏まえた柔軟な対応が求められるため、これからは今まで以上に自らの将来像を考え抜き、担うべき機能や適切な規模を主体的に決めていく必要があると考えられます。
連載コラム「これからの病院経営を考える」の第20回「市町村における公立病院の実態と展望」は全3回構成とし、その第1章では公立病院の全体像を概観し、公立病院の将来像を検討するにあたり欠かせない客観的な要素として、病院と自治体双方の財務指標を示します。第2章においては、国内の全公立病院853施設の約6割(506施設)を占める市町村立病院に焦点を当て、自治体の人口動態やこれまでに診療所化された病院の経営状態に基づき、財務指標の具体的な基準値を検討します。第3章では、この基準値を用いて、将来的に維持が困難となる可能性が高い177の市町村立病院を特定するとともに、これらの病院が採るべき施策を提案します。
図表1のとおり、公立病院は2021年度末時点で日本国内に853施設あり、全8,205病院の10.4%を占めています1。一方、公立病院の総病床数が全病院に占める病床割合は13.5%(201,893床)となっていることから、公立病院の平均規模は社保関係団体・民間病院と比べて大きいと言えます。
図表2は、国内の病院全体における公立病院の位置付けと、その内訳を示したものです。公立病院は「公的医療機関たる病院」と同義ではなく、その部分集合であることに留意が必要です。
公立病院は、設置主体別に①市町村立、②都道府県立、③一部事務組合・広域連合立、④地方独立行政法人の4つに分類されます。このうち①②③が地方公営企業法、④が地方独立行政法人法によりそれぞれ規律されます。
図表3は、公立病院の4類型ごとに基礎情報をまとめたものです(詳細は後述しますが、修正医業収支比率は病院の収益性を示す代表的な指標であり、数字が大きいほうが経営が安定していることを示しています)。
①市町村立病院(506施設):全国1718市町村2のうち、病院を直営している自治体は少数派であり、全体の4分の1にあたる447市町村に限られます。なお、病院数と市町村数の差は、域内に複数の公立病院を抱える市町村があるためです。平均病床数は4類型の中で最少です。修正医業収支比率は都道府県立病院より高いものの、他の2類型と比べると3~4ポイント低くなっています。
②都道府県立病院(145施設):47都道府県のうち35が病院を直営する一方、12府県には独立行政法人化などにより、直営の病院事業がありません。他の類型と比べ、修正医業収支比率が明らかに悪いのが目を引きます。
③一部事務組合・広域連合設置病院(102施設):地方自治法第284条の規定に基づき、複数の都道府県・市町村が規約を定めて構成する組合であり、普通地方公共団体(都道府県および市町村)とは異なる「特別地方公共団体」に分類されます。一部事務組合・広域連合は、主にごみ処理や消防などの事業を、自治体の境界を越えて実施することを目的に設立されることが多く、病院事業を実施する一部事務組合・広域連合は、総数1279(2020年度末時点)のうち75と、わずか6%弱に留まっています。設置された病院は、地方公営企業年鑑において「組合等立病院」として把握されています。市町村立病院に次いで小規模ながら、修正医業収支比率は83%と経営は堅調です。
④地方独立行政法人設置病院(100施設):地方独立行政法人とは、公共上の見地から確実な実施が必要であるものの、民間の主体では実施されないおそれがある事務・事業を効率的かつ効果的に行わせるために、地方公共団体が設立する法人です。2022年4月時点で設立されている全161法人のうち、63法人が「公営企業型地方独立行政法人」として病院事業を行っています(その他は、大学や試験研究機関など)3。4類型の中で規模・修正医業収支比率ともに最も大きく、独立行政法人化は経営改善の有力な手段の1つと言われています。
ここまで示してきたように、公立病院は日本の地域医療を考えるうえで無視できない存在です。しかし、驚くべきことに現行の法律には公立病院に関係する2つの主体、具体的には事業者としての病院の責務、病院事業を設置する地方公共団体の責務のどちらに関しても、規定がありません。これは、地方公営事業として病院事業と共通点を有する水道事業および交通事業について、それぞれ規律する医療法、水道法、交通政策基本法の第1章(責務規定)を見比べると明らかです。公立病院を含む公的医療機関の役割として「医療のみならず保健、予防、医療関係者の養成、へき地における医療等一般の医療機関に常に期待することのできない業務を積極的に行(う)」との政府見解はありますが4、具体的な法令に基づくものではありません。
さらに言えば、そもそも「公立病院」がどの病院を指すのかさえ、法律は何も語っていません。図2で示したように、実務上は地方公営事業法2条2項にいう「地方公共団体の経営する企業のうち(の)病院事業」、および地方独立行政法人法21条3項チにいう「病院事業」の傘下にある病院が公立病院として扱われてきました。しかし、法律上の定義を欠く以上、公立病院の役割を法令で定めようがないのは当然の帰結と言えるでしょう。
このように、公立病院の範囲、存在意義のどちらも曖昧な一方、病院事業が自治体財政に及ぼす影響は小さくありません。図表4のとおり、コロナ禍以前の1事業あたり収支額5を地方公営事業の種別に比較すると、病院事業のみが大幅な赤字(約1.5億円)となっています。また図表5からは、病院事業は一貫して赤字の割合が多く推移していたことが読み取れます(2020年以降の赤字割合の大幅な低下は、新型コロナウイルス感染症対策補助金などの影響と推察されます)。
このように自治体財政を圧迫している公立病院には、当然ながら経営強化の圧力が強まる一方、政策的には不採算医療の提供が求められるという矛盾が表面化しています。しかし、収益性と持続可能性を高めるため、病院の再編・統合や診療所化を模索すれば地域住民の反発にあい、その一方で地域によっては公立病院の救急応需拡大や病床機能転換が近隣民間病院の経営を悪化させているとの「民業圧迫批判」が沸き起こるなど67、状況はまさに板挟みの様相を呈しています。
言い換えれば、公立病院は利害を異にする関係者それぞれから「(自分にとって最も都合の良い)公立病院のあるべき姿」を投影されているという、難しい環境に置かれています。さらに、少子高齢化や過疎化の進展に伴って公立病院に対する医療需要は大きな変化が予想されることに加えて、医師の働き方改革や看護師不足といった医療供給の不安定要素も増加しています。
このように、公立病院を取り巻く環境は厳しさを増しており、公立病院は今後、受け身ではなく、設置自治体とともにあるべき将来像を主体的に描いていかねばなりません。特に、病床削減や病院の再編・統合、診療所化などの規模・形態の変更は地域住民に及ぼす影響が大きく、本来は民間医療機関も含めた自治体内における医療提供体制を考慮しつつ、何らかの適切な経営・財政指標に基づいた客観的な対策を検討し、丁寧な説明を行ったうえで実行する必要があります。しかし、これまでの多くの例からは、経営が行き詰まった結果、なし崩し的に規模・形態の変更がなされてきたとの疑いが拭いきれません。
公立病院が将来においても現在の体制を維持すべきか否かについては、病院自体と、病院を設置する自治体双方の経営および財政の状況を踏まえて客観的に検討する必要があります。まず、病院の経営指標選択の考え方を説明します。
公立・民間を問わず、病院の収益性は本業での稼ぎを示す「医業収益」の多寡で判断できます。他方、公立病院の特殊事情として、医業収益には自治体の一般会計からの繰入金が含まれています。よって、病院自体の収益力を判断するには、医業収益から繰入金を差し引いたうえで検討することが重要です。これが修正医業収益であり、医業費用で除したものが修正医業収支比率となります。
修正医業収支比率=(医業収益-繰入金)÷医業費用 医業収益=入院収益+外来収益+その他医業収益(繰入金などを含む) |
修正医業収支比率は、公立病院の収益力に関する基礎的指標であり、今回の経営強化ガイドラインにおいても、経営改善を評価するための主要指標と位置付けられています。
続いて、自治体側の財政指標ですが、1994年から総務省が全都道府県・市町村について取りまとめ、公表している「地方公共団体の主要財政指標」8が、自治体間での経年分析に適していると考えられます。そこで、このうち公立病院を含む地方公営企業の経営状態と密接な2つの指標を選択しました。
標準的な状態において見込まれる各地方自治体の税収額である基準財政収入額を、当該自治体の標準的な行政経費を表す基準財政需要額で除した数値(I)の過去3年間の平均値であり、以下の計算式で求められます。
I=基準財政収入額÷基準財政需要額 基準財政収入額:標準的な地方税収入×0.75+地方譲与税など 基準財政需要額:行政項目ごとの基準財政需要額(単位費用×測定単位×補正係数)の総和 |
財政力指数は、自治体財源の余力を示すものとして、団体間の比較をはじめさまざまな目的で汎用されています9。財政力指数が悪化すると、毎年行われている自治体一般会計から病院事業会計への繰出が困難になると想定されます。
自治体の一般会計などが負担する元利償還金および準元利償還金の標準財政規模に対する比率(R)の過去3年間の平均値であり、計算式は以下のとおりです。
実質公債費比率は自治体の資金繰りの良し悪しを示し、地方公共団体の財政の健全化に関する法律における「健全化判断比率」の1つです。また、地方債市場においては、投資家が特に重要視するとされています10。実質公債費比率が高まると、病院事業債の起債が困難となり、病院の建て替えや旧式化した大型医療機器の入れ替えに支障をきたす可能性が高まると考えられます。
第2章「病院の存続を占う3つの重要指標の基準値」では、第1章で示した3つの財務指標を用いて506の市町村立病院に関する詳細分析を進め、病院経営の持続可能性を判断する基準値を探っていきます。
1 厚生労働省 令和3(2021)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況「調査の概要」・「結果の概要」総務省 令和3年 地方公営企業年鑑 第3章 事業別 6.病院事業
2 日本の主権が及ぶ領土でありながら管轄権の一部を事実上行使できない北方領土の6町村を除く
3 総務省地方独立行政法人の設立状況(2022年4月1日現在)
4 厚生労働省平成31年4月24日 第66回社会保障審議会医療部会 参考資料1ー1「地域医療構想の実現に向けたこれまでの取組」
5 他会計繰入金などを含む
6全日本病院協会 全日病ニュース 第1020回/2022年11月1日号「ポストコロナ時代の地域医療構想」
7 厚生労働省 2011年9月20日 第5回国立病院・労災病院等の在り方を考える検討会議事録
8 2008年度以降は将来負担比率が追加され、従前の起債制限比率に代えて実質公債費比率を活用
9 髙木康一(2021)普通地方交付税を踏まえて、基礎自治体の財政運営について考える~海津市と輪之内町の比較を通じてわかること~.ファイナンス.令和3年6月号
10 財団法人 自治総合センター 地方公共団体の財政分析等に関する調査研究会報告書 平成24年3月
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2040年の医療提供体制を見据え、「新たな地域医療構想」の検討が進められています。病院の経営環境が厳しさを増す中、医療機関が地域ニーズに沿ってどのように役割・機能を果たしていくべきかを解説します。
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