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世界第2位の経済大国である中国では、新型コロナウイルス感染症のパンデミック対応を経て、経済成長の勢いは鈍化しています。経済の先行きに不透明感が漂うなか、米中両国間の亀裂の深まりとともに中国への関心そのものが薄らいでいるとの指摘も出始めています。はたして、世界に及ぼすその影響力は今後どうなっていくのでしょうか。今回は、中国経済の専門家である大阪経済大学経済学部の福本智之教授をお招きし、PwCコンサルティングの薗田直孝シニアエコノミストと「中国経済の行方」をテーマに議論を交わしました。前編では、中国経済の減速の大きな要因とされる消費部門と不動産セクターの実情を検証します。ファシリテーターはPwCコンサルティングのシニアマネージャー岡野陽二が務めました。
(左から)岡野 陽二、福本 智之氏、薗田 直孝
参加者
大阪経済大学 経済学部 教授
福本 智之氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
薗田 直孝
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
岡野 陽二
岡野:
中国経済の行方について、本日は2人のプロフェッショナルに伺っていきます。薗田さんは中国経済を長く観察してきたアナリストの視点から、現在の状況で注目すべきポイントはどこだとお考えですか。
薗田:
中国は目下、国内総生産(GDP)で5%程度の成長維持を目指しています。2024年4月に発表された第1四半期(1月〜3月期)の経済成長率は5.3%でした。足元では国内外の経済環境が厳しい状況にあり、5%の達成は簡単ではなかろうと見られてきたのですが、比較的堅調な数字が出てきたなと感じています。
中国経済を例えるとすると、EU(欧州連合)とアフリカ全体を合わせたような幅広く大きな存在と考えています。中国国内の各「省・直轄市」について考える際、ともすると日本人は日本の「都道府県」と同等にとらえがちですが、各省の経済規模は実は「1つの国家」といえるほどのスケールがあります。例えば中国南部に位置する広東省のGDPは、人口2.7億を超える地域大国インドネシアを凌駕します。
このように規模の面で超大国であるうえ、国内で地域間格差が著しいのが中国の特徴です。相当に裕福な人もいれば、極めて貧しい人もいる。極端な格差の存在をにらんだうえで、最適な政策を全土に平等かつ効果的に展開していくのは至難の業です。中国政府の経済運営は今、非常に難しい局面に差し掛かっているといえます。
実体経済を詳細に見ていくと、いくつかの要注意ポイントに気が付きます。特に、国内の「需要不足=消費の低迷」と「長引く不動産不況」の2点は見逃せません。政策を通し、世界第2位の経済大国たる礎をどう築いていくのか──刮目に値する状況が当面は続きそうです。
岡野:
今のご指摘にもありましたが、中国経済の懸念要素としてまず目を向けたいのが、不動産セクターのリスクです。同セクターは関連産業もあわせると中国のGDPのうち約3割を占めるとされます。しかしこのセクターに起因する不況に対し、政策的な手当てが不十分だとの指摘があります。不動産セクターの問題を、中国政府はどのように着地させようと考えているのでしょう。福本さん、いかがですか。
福本:
中国政府は、「不動産とは住むためのもので、投機の対象ではない」と、事あるごとに国民を指導してきました。この認識を浸透させて住宅市場の健全化を図りたい──習近平政権はそう考えていることでしょう。習主席は、全ての人民が豊かさを実感できる「共同富裕」を国家の目標に掲げています。にもかかわらず自分の住宅に住めない人、家を買えない人が存在し続けるようでは、指導部としても体面を保てない。不動産価格を「誰にでも手が届くレベル」にまで抑えたいとの思いがあることは間違いありません。
政府が考えている最終的な着地点は、まず「保障性住宅」(公共住宅)の供給をもう少し増やして、農村から出稼ぎに来た農民工※1を含む中低所得者が住めるようにすること。そして、一般の市場に出回るマンションなどの商品住宅が投機目的ではなく、あくまで居住目的として建設される状況に持っていくこと。この2つです。
問題は、販売済にもかかわらず未完成の住宅と、竣工したけれど売れ残っている住宅の在庫が既に積み上がっており、さらにそれらを開発してきた不動産デベロッパーが多額の債務を抱えているという実態です。これに対し、現状では十分な対策が打たれていません。需要を喚起するために政府は、住宅ローンの最低頭金比率を緩和したり、住宅ローン金利を下げたりをこれまで繰り返してきました。しかしそれが効かなかったのは、不動産デベロッパーの経営不振が背景にあるからです。予約販売が大半を占める中国の住宅市場において、人々は購入した住宅の完工・引き渡しが滞る懸念から、住宅の購入を躊躇しています。
ここで政府が講じるべき施策は、不動産デベロッパー業界を健全化するための施策です。市場任せでは進みません。日本でもバブル崩壊後、政府が旗を振って産業再生機構を設け、不動産セクターを含む経営難の企業に出資するとともに、銀行には債権放棄を求めることなどを敢行しました。中国でも政府が指導力を発揮して不動産業界の再編や市場の健全化を図れば、自ずと着地点は見えてくるはずです。
とはいえ、まだ具体的な動きは見られません。今後、政府が動くきっかけの1つになり得るのは、実際に住宅を買った人が「引き渡しを受けていない」という問題がより深刻化する局面でしょう。民衆の抗議活動が勢いを増し、社会不安につながる兆しを見て取れば、政府も踏み込んだ対策に舵を切ると考えられます。その動きがいつ顕在化するかに着目しています。
大阪経済大学 経済学部 教授 福本 智之氏
岡野:
先ほどの薗田さんのご指摘とおり、中国の国内では経済発展の段階が一様ではなく、地域による差が大きいと聞いています。豊かさを「まだ実感していない段階」の人々もたくさんいて、彼らは住宅などの不動産を「これから買いたい」と考えていることでしょう。こうした層がこの後に不動産の買い手となって購買需要を支えていくのではないか、と期待する向きもあります。
薗田:
不動産業界は家電や住設機器、自動車など多くの産業セクターとも相関しており、経済の多方面に影響が波及します。経済成長の観点で見ても、政府が不動産セクターをどのような形で成長に生かすかは大きなテーマです。
中国の不動産業界を分析していると、投機的な動きとは別に、健全な実需層がまだまだ存在している可能性に気付かされます。例えば内陸の都市を見て回ると、家を持っていない人は依然として多くいます。最近では「下沈市場」※2というキーワードも注目されていますが、内陸にある数百カ所の3級都市に在住し、それなりにお金を持っている中流層化した人たちが9億人超もいると分析されているのです。その人たちの購買力が高まるなかで、まだ家を持っていない層が中国全体の不動産市場や消費行動を下支えする存在になり得るかは、確かに要注目点だといえるでしょうね。
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト 薗田 直孝
岡野:
個人消費の動向も気になります。コロナ禍後の「リベンジ消費」ということもいわれましたが、そうした足元での個人消費の強さ・弱さを福本さんはどう分析なさっていますか。
福本:
2023年以降の動きは、全体として見れば大方の予想に比べて弱かったと思います。2022年は上海などの大都市でロックダウンがあり、個人消費が伸びなかったのはやむを得ない面もありました。そのくびきから解放されたコロナ禍後には、確かにサービス消費の動きが強まり、海外旅行に行く人も増え、レストランなどの来客数もかなり復活してきました。
しかし全体的な消費額は、期待されたほどには復活していないのが実情です。人々が保有する住宅の価格下落が消費マインドを冷え込ませているのです。また名目所得の伸びも鈍化しており、先々の所得上昇への期待も弱まっています。これら2つが大きな不安要素となっていると私は見ています。薗田さんが指摘されたように、今後、中国全体で見れば地方などで都市化が進み、不動産需要を支える余地は確かにあるでしょう。ただし、不動産市場全体としては緩やかにシュリンク(縮小)していくのが基本的なシナリオだと考えられます。
とはいえ、住宅価格の下落が収まり、ある程度の安定が見られるようになれば、冷え込んでいた人々の気持ちも一転するはずです。所得についても「これ以上は鈍化しない」と思えるようになれば、消費が一段と活性化する動きが出てくるでしょう。中国政府は2024年3月以降、自動車や家電の買い換え政策を打ち出しました。これがどれだけ効果を発揮するか次第で消費が安定に向かう可能性があり、注目しています。
岡野:
薗田さんは中国の個人消費に関し、今後の変化をどう予測なさっていますか。
薗田:
私が中国に駐在していた20年ほど前は、中国の社会消費小売総額が年率20%弱という長足の成長を続けていた時代でした。その当時と現在を比べると隔世の感があります。
昨今の傾向として、中国の消費者が「豊かさ」を手にしてから一定の年月が経ち、そのなかで磨かれてきた審美眼が個人消費を左右する面が出てきたと感じます。良いものを買い、それを実際に使った経験が蓄積されたことで、高級ブランド品にやみくもに飛びついたり、日本に来て百貨店やドラッグストアで「爆買い」したりする消費行動は、もはや影を潜めています。本当に良いものを見極めて買おうという、合理的で冷静な消費行動が目立つようになりました。
さらに、消費トレンドも「モノ」から「コト」に移行しています。日本に旅行しても都心で爆買いするのではなく、地方を訪ねて自然や文化をかみしめるようなコト消費に価値を見出す傾向が強まっています。中国の人々の消費行動に関しては、量的な面よりも質的な面に着目しながら、今後どう動いていくかを見ていく必要があるでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 岡野 陽二
福本:
薗田さんの先ほどの下沈市場についてのご指摘は私も同感で、内陸地方の都市化の進展に伴う大きなチャンスが、実はあると考えています。中国政府は今、本当の意味での「都市化」を推し進めようとしています。現在、中国の全人口の約66%が都市部に住んでいるとされますが、対して都市戸籍を持っている人は48%にすぎないのですね。この18ポイントの差は、農民工やその家族の方々です。
都市戸籍を持っていないこれらの人たちは、大都市に住んではいるものの、十分なヘルスケアや公的教育などを受けられていないわけです。結果として消費行動も抑えられてしまいますし、住宅もなかなか買えない状況にあります。中国政府は、ここが「最後のボーナス」になり得ると考えて、新たな都市化に挑もうとしています。
ただし、何が起点となってその流れが生まれるのか──これは見極めるのが難しいテーマです。私はおそらく、さまざまな地域で新しい都市クラスター(衛星都市)のようなものが多くできていくのではないかと予想しています。この新しい都市クラスターは、日本の小売業など第3次産業にとっても大きなチャンスになる可能性を秘めていると考えます。
岡野:
中国の場合、戸籍がいわゆる都市戸籍と農村戸籍に分かれていて、農村戸籍を持っている人は、都市に住んでいてもそこでの公的なサービスを受けにくい面があるのですよね。ある意味でギャップを生んでいるその部分が、今後の消費の伸びしろになり得るというお見立てを大変興味深く伺いました。後編では製造業の今後の動き、そこに関与する政策と国家財政、そして外資の動向など中国経済の今後について議論します。
※1:農村を出て都市で就労している出稼ぎ者。戸籍は出身地の農村にある
※2:マーケティングの観点から、北京・上海などの「1級都市」よりも下位の「3級都市」以下の地方都市や農村の購買層をターゲットにとらえる市場。「シンクマーケット」とも表現される