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中国の経済規模が世界第2位へと躍進を遂げた原動力は、「世界の工場」とまで呼ばれた製造業と、外資系企業の投資による押し上げでした。ここに来て成長力が鈍化したと指摘される中国経済ですが、特に近年は先端産業に重点を置き国家主導で大胆に育成する政策スタイルを打ち出しています。製造業の今後の動き、そこに関与する政策と国家財政、そして外資の動向──後編ではこれらのキーワードで中国経済の「これから」に目を向けます。PwCコンサルティングのシニアマネージャー岡野陽二がファシリテーターとなり、中国経済の専門家である大阪経済大学経済学部の福本智之教授と、PwCコンサルティングの薗田直孝シニアエコノミストの2人に話を聞きました。
(左から)岡野 陽二、福本 智之氏、薗田 直孝
参加者
大阪経済大学 経済学部 教授
福本 智之氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
薗田 直孝
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
岡野 陽二
岡野:
中国でのインフラ投資や製造業の行方について伺います。製造業への投資が国内で回復しつつあるとの見方もありますが、薗田さんのご見解をお聞かせください。
薗田:
製造業、すなわち第2次産業は、これまで中国経済の先頭に立って高成長を引っ張ってきた基幹分野でした。その先行優位性が中国経済の動きのなかで今後も発揮される余地はまだまだあると考えられます。
中国式現代化※1というキーワードがありますが、特に近年は独自性を意識し、産業の高度化や高付加価値産業の重点的育成に政府当局が強くコミットしています。中国がいま電気自動車(EV)や太陽光電池などに特に力を入れていることからも、先端分野の製造業をバネにして国の経済全体を再び成長軌道に回帰させようとの狙いがうかがえます。
一方で、大量に生産しても中国国内では消費し切きれない在庫が国外に流出し、それらが格安価格で売られており、「デフレの輸出」と批判される状況に直面しています。中国の製造業での過剰投資による過剰生産が世界経済に深刻な影響を及ぼし得る問題として議論になっています。その意味で、中国の製造業の今後の動向は、目を離せないポイントだと思います。
岡野:
なるほど、製造業は輸出セクターも含めて中長期的に注視していく必要がありそうですね。
岡野:
さて一方、景気の下支えという観点で、行政部門の財政余力が中央と地方でそれぞれどんな状況なのかも押さえておきたい点です。福本さん、財政余力の現状をどのように理解すればよいのでしょうか。
福本:
マクロで見れば、財政にはまだ十分な余力があると見ています。地方政府が抱える財政リスクの1つとして、「地方融資平台」※2の問題がしばしば指摘されています。日本でいう第三セクターですが、地方政府が出資したそれらの企業の資金繰りについて、実質的には地方政府の債務ではないのか、「隠れた地方債務」と見なすべきではないか、との議論があるのです。しかし、その「隠れた地方債務」を含めた中央と地方の政府債務は、例えば国際通貨基金(IMF)の試算によれば2021年末でも100%を少し超えた程度にとどまっていました。同じ指標が、経済開発協力機構(OECD)では平均で120%、日本はご存じのように250%を超えています。
忘れてならないのは、中国が世界第2の対外純債権国でもあるという事実です(1位は日本)。つまりマクロ的には、外国を頼って調達する資金よりも国内の投資家による資金力で、中国経済は回っている。財政を拡大する余地はまだあると見てよいでしょう。
他方、ミクロで見ると、特に地方では、著しい人口流出に伴い経済成長が低迷している地域があります。そうした地域の財政はかなりダメージを受けていて、ミクロ的な財政危機が散見され始めています。とはいえこれも、中央政府がある程度のリーダーシップを発揮すれば対処可能な範囲ではありそうです。
ただし、中央政府は今のところ慎重な姿勢を保ち続けています。背景には、リーマンショックに伴う世界金融危機への対応にかなり強い反省を感じていることがあるようです。当時、中央政府は「4兆元の投資計画」と呼ばれる規模の財政出動で経済下支え策を実施しましたが、地方政府は4兆元を超えるほどの借金を重ねました。その結果、地方債務問題や不動産バブルによる土地価格の高騰が発生したのです。このことが現在の慎重姿勢になって現れています。
2023年末、中央政府はようやく特別国債を発行し、2024年にも超長期の特別国債を発行しました。その意味では、財政拡大に舵を切りつつあるのだろうと思いますし、財政を拡大する余地はまだあると私は見ています。問題は、中央と地方を含めた財政投融資の健全な姿をどう描こうとしているのか、という点にあるのではないでしょうか。
大阪経済大学 経済学部 教授 福本 智之氏
岡野:
お話を伺いながら、中国経済の行方はやはり現政権による政策展開次第で様相が大きく変わるのだと再認識しました。しかし他方、習近平政権からは、例えば「国家安全」を最重視するようなメッセージが発信されていて、政策目標が経済面にフォーカスされる様相はなかなか見えてこない印象も受けます。政治的な目標と経済発展とのバランスを、習政権はどう考えているのでしょうか。
福本:
習政権にとって、あるいは中国共産党にとって、最も重要な究極の政策目標は「現在の共産党指導体制を続けていくこと」なのだと私は理解しています。そのためには、当然のことながら経済が発展し続けることが求められます。「革命の党」から出発した共産党は、「帝国主義のくびきから祖国を解放し、新たな国を造った」として政治的正当性を強調してきましたが、建国から年月を経た今はそのイデオロギーがもう通用しません。経済発展を継続してきたからこそ、今日まで一党支配が可能だったのです。
中国自身が超大国化した現在の世界では、もう1つの超大国である米国との対立構造も生じ、今まで以上に国家安全を重視せざるを得ない面があります。薗田さんがご指摘になったように、これまではパイ(市場)の拡大に注力してきたけれども、その結果として多方面で格差の問題も生まれました。掲げてきた「社会主義市場経済」のスローガンの下では「全ての国民が真に豊かになる」ことが目的なのに、「そうなっていないじゃないか」という批判にも回答を示さねばならない。そのための「共同富裕」というわけで、やはり党がもっと指導を強化する必要があると習近平政権は考えていることでしょう。
ただ、複合的に存在するそれらの目標がぶつかり合ってしまうケースもあります。例えば、反スパイ法に基づき、国家安全の観点から国家機密を守るために監視を強化すべしと指示が出ます。一方で、経済発展のため外資系企業をもっと誘致せよという指示も出る。外資系企業の目には、誘致に応えたくても反スパイ法がそれを妨げているように映ってしまいます。そんな問題が多面的に起こり得ることが、習近平政権が抱えている悩みであると思います。
岡野:
中国が今日に至る経済発展を遂げてきたなかでは、外資による直接投資が成長を促した側面も大いにありました。しかし現在、足元の統計を見ると、中国に向けた外資の投資額が落ち込んでいることも指摘されています。この点を薗田さんはどう見ていますか。
薗田:
中国としては、まず国家安全という大義が現時点では最優先されるのだろうと感じられます。
ただ、国家の安全を確保するためにも、やはり経済の強さは求められるわけです。中国経済にとって特に重要なファンダメンタルズとして、雇用と物価が挙げられます。雇用を創出し、物価を安定させて、国民が不安なく生活できる環境を担保することが、ひいては国家安全にもつながるからです。
「経済成長のペースを緩ませないため、外資を呼び込んでいこう」という発想自体は政策のなかで継続されると予想します。一方で、足元では中国進出を検討する外資企業はいわゆるチャイナリスクをこれまで以上に意識するようになっており、デカップリングやデリスキングの視点でサプライチェーンを見直す動きも進んでいます。そんななかで中国政府としても、「どの産業を、どういうかたちで大切にしていくか」を選びながら外国資本の投入を考えることになると見ています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト 薗田 直孝
岡野:
お二方は今後の中国で、どの産業分野が伸びていき、資金を集めていくポテンシャルがあるとご覧になっていますか。注目すべき産業セクターやキーワードがあればご紹介ください。
薗田:
人々の豊かで安定的な暮らしを守るためには農業政策も大事ですし、これまで述べたとおり、製造業の振興も、国家安全を考えれば重要な産業施策です。ただ長期的視野で考えるなら、第3次産業の動きに注目しておくべきでしょう。今後重要となるキーワードとしては、「ウェルビーイング」が考えられます。
かつては、そこそこの生活を送るのに必死だった人々が、一定の豊かさを手にしました。例えば医療の分野では、「病気になったときに駆け込める病院」を考えるよりも、「予防的な観点に基づいて生活を整え、健康寿命を延ばす」という発想に転換しつつあります。リタイア後に孫の顔を見ながら健康で幸せに暮らせる社会をどう構築していくのか──そういう観点から、介護事業やメディカル・ヘルスケアの分野では、人の手だけでは克服できない課題をテクノロジーで解決するような発想が求められます。中国にはこの領域に巨大なマーケットがありますから、多様な実験を多角的に重ねて質の高いサービスを生み出す余地が十分にあると見ています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 岡野 陽二
福本:
2024年3月の全国人民代表大会(全人代)の際の政府活動報告では「新たな質の生産力の発展」というキーワードが、最優先されるべき重大任務として提示されました。最先端産業の振興加速を指しているものと推察されます。
先端技術分野を中国が極めて重視していること、同時にこの産業が米中対立の主戦場にもなっていることはご承知のとおりです。ただ、例えば半導体産業のサプライチェーン1つを取っても、中国の国内だけでは完結しません。日本の素材メーカーや半導体製造装置メーカーは「戦略的不可欠性」(国際的な産業構造上、自国の存在が不可欠な産業分野を戦略的に拡充していくこと)に基づいて中国企業と付き合っています。半導体関連では米国企業もオランダ企業も同様です。
中国企業が先端分野でどこまで伸びるのか、日本企業はどの部分を自らの戦略的不可欠性として確保し得るのかを見極めることが大切です。一例を挙げれば、いま中国では、医療や自動運転の分野でAI(人工知能)の実装が急速に進んでいます。日本企業はそんな中国市場を1つの“道場”と心得たうえで、実装の進展度を実感しながら自社の競争力アップをどう図るか──この観点で中国との付き合い方を考えていく必要があると考えます。
注目しておくべき産業分野としては、EV・半導体・液晶パネル・太陽光パネルなど中国企業の優位性が高い分野に加えて、既に開発が進んでいる新エネルギー車の分野などが、おそらく今後の主戦場になると見ています。
岡野:
本日はいろいろなお話を伺うことができました。やはり、中国経済の行方は努めて冷静に、フラットな目で見ていかなければならないと改めて実感しました。ありがとうございました。
※1:中国共産党指導部が打ち出しているスローガンの1つ。西側先進諸国とは異なる独自の発展モデルを追い求めるとされる
※2:中国の各地方政府が自らの傘下に設立している投資会社で、資金調達と不動産開発などを目的とする。実体経済の悪化に伴って隠れ債務が膨らみ、デフォルトを危惧する指摘もある