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具体的な数値を伴ったデータが“エビデンス”として示されると、示された側は、それを疑うことなしに受け入れがちです。しかし、その内容や、一緒に伝えられた解釈は本当に“正しい”ものなのでしょうか。ゲストにお招きした慶應義塾大学産業研究所所長の野村浩二教授は、「“エビデンス”を健全に疑う」姿勢が大切だと指摘します。専門分野の1つである「エネルギー生産性の改善をどう捉えるか」というテーマの対談を通じて、その作法の一端を披露していただきました。聞き手はPwCコンサルティングの片岡剛士チーフエコノミスト、モデレーターはPwCコンサルティングのシニアエコノミスト 伊藤篤が務めました。
(左から)伊藤 篤、野村 浩二氏、片岡 剛士
参加者
慶應義塾大学産業研究所 所長・教授
野村 浩二氏
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト
片岡 剛士
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
伊藤 篤
伊藤:
日本ではカーボンニュートラルの実現に向けて、官民を挙げてさまざまな取り組みが推進されています。エネルギーと経済成長の関係について、長年、研究を続けてこられた野村先生は、日本のこれまでの動きをどのように評価しておられますか。
野村:
私は経済学的な視点から見たときのエネルギーや環境問題などにおいて、その計量、実証を中心として研究しています。経済学的に現象を思考する1つの手法として、ミクロとマクロでみる現象の乖離に着目することがあります。その観点で物事を予断なく解明していくと、エネルギーに関しても、アプリオリ(先験的)に善だと信じられていることが、実は違うのではないかという結論に至ることがあります。
2021年の経済財政白書には「2011年度以降、エネルギー消費量が落ちてきた。それには企業部門の貢献が大きい」といった趣旨の記述があります。そして、枝葉を除いたまとめ方をすると、白書では、それらは省エネによるエネルギー生産性の改善によって成し得たものであると評価します。エネルギー生産性とは、一単位のエネルギー投入量あたりの生産量のことで、「エネルギー効率性」とほぼ同義に使われます。
片岡:
これだけを聞くと、「順調に省エネが進んでいるのだな」と感じますよね。
野村:
そうですよね。実はこの評価がさまざまな疑わしさを抱えています。その解明には経済統計とエネルギー統計の融合が必要なのですが、そうして私が構築してきたデータに基づいて、少し長くなりますが分析結果をご説明します。
第二次世界大戦後、日本のエネルギー生産性はどのように推移してきたでしょうか。下のグラフは、1955年から2019年までを4期間に分け、マクロデータのみから観察される、グロスのエネルギー生産性を算出したものです。「グロス」とは、さまざまな要因を含んだままの外形として、見かけ上観察されるという意味で使っています。年平均成長率の結果は、1955年から1973年の第Ⅰ期が1.3%、第一次オイルショック後である1973年から1990年の第Ⅱ期が2.7%。1990年から2008年の第Ⅲ期が0.5%、そして2008年から2019年の第Ⅳ期が1.4%です。
先の経済財政白書が取り上げたものは、この「グロスのエネルギー生産性」です。それもマクロにおける1つの“観察事実”であると言えます。しかし実際には、さまざまな要因が複合してエネルギー生産性に影響を及ぼしているので、そのメカニズムに関する理論が必要ですし、中身を分解して捉える必要があります。その先にはじめて適切な解釈や評価が可能となりそうです。
片岡:
一般的には、省エネ性能が高い生産設備などを導入することでエネルギー効率が高まったというイメージをしますが、必ずしもそうではないということですね。
野村:
はい。その「必ずしも」というところの、具体的な解明が必要ですよね。戦後から現在まで、エネルギー構成は変わってきています。このエネルギー構成の変化が要因の1つ目です。例えば、第Ⅰ期の高度成長期には、二次エネルギーである電力を生産するための転換効率が大いに改善しました。これは一次エネルギーの投入を削減できるという意味で、エネルギー生産性の改善にプラスに働きます。また電力は高級なエネルギーであるという視点も重要です。電力利用の拡大によって、エネルギーの質が高度化する効果もあります。これらはいずれもエネルギー供給側の変化ですので、需要側におけるエネルギー生産性とは切り離して考えるべきでしょう。そうした改善を含めてしまうと、グロスのエネルギー生産性は過大に評価されてしまいます。
そして2つ目には、産業構造の変化も大きな要因です。高度成長期では、鉄鋼業や化学業など、相対的にエネルギー多消費的な産業のシェアが拡大するように、産業構造が変化しました。これはグロスのエネルギー生産性を過小に評価する要因となります。エネルギー構成や産業構造変化の要因を取り除いた結果として導かれる、エネルギー消費者にとって望ましい指標としてのエネルギー生産性は年率1.4%の改善です。ここでは便宜上、“真の”エネルギー生産性という言葉を使います。高度成長期では、過大評価と過小評価とがほとんど相殺されて、真のエネルギー生産性とグロス指標の乖離は0.1ポイントと小さくなっています。
伊藤:
同じように他の期間も分析していくと違った姿が見えそうですね。
野村:
はい。4つの期間の中でグロスのエネルギー生産性改善が最も高水準だったのは、オイルショック後の第Ⅱ期で2.7%でした。しかし、同様の手法で算出した真のエネルギー生産性は1.3%と、半分以下にまで小さくなります。最大の要因は、エネルギー多消費産業の相対的な縮小という産業構造の変化により、グロスの指標が過大評価されていたことにあります。
1990年以降の第Ⅲ期は、1997年に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3、京都会議)を含んだ期間です。世界は1990年代初めから地球温暖化問題に着目し、排出削減や省エネに向けてさまざまな政策が動き始めました。しかし、この時期、真のエネルギー生産性は0.0%であり、ほとんど改善しませんでした。0.5%改善とされたグロスの指標は、サービス化などの産業構造変化の影響を反映しているに過ぎません。
そして、白書で「省エネへの取り組みが実を結んでいる」と評価されていた期間を含む、2008年から2019年の第Ⅳ期です。グロスのエネルギー生産性は1.4%と、第Ⅲ期の0.5%から大きく改善していますが、同じくエネルギー構成と産業構造の変化を統合した真のエネルギー生産性は0.5%にまで縮小します。
片岡:
その0.5%が、省エネへの取り組み効果ということになりますか。
野村:
産業レベルでの分析という粒度ではそう解されますが、まだ謎ですよね。まずこの0.5%の改善が、家庭を含めて、どこから生まれているのかを分析しますと、化学産業による貢献が半分ぐらいを占めています。さらに産業連関表などの各種統計から、化学産業の状況を製品構成のレベルまでブレークダウンして分析したところ、化学肥料や化学繊維といったエネルギーを多く消費する製品群の国内生産が縮小し、逆に、医薬品など、エネルギーをあまり消費しない製品群の国内生産が拡大していました。
この産業内の製品構成変化を考慮すると、真のエネルギー生産性の改善率はマクロでも0.3%程度に留まると分析されます。つまり、政府が白書で述べているような、「省エネへの取り組みが実を結んだ」という解釈は為し難いと思います。ミクロでは省エネ努力は継続されていますし、また資本財や耐久消費財の導入に伴って、より進んだ省エネ技術が徐々に織り込まれていくことも事実ですが、それはグロスの改善の5分の1ほどしかないからです。
片岡:
マクロデータをミクロまで丁寧に見ていくと、違った姿が見えるという示唆に富むご指摘です。
野村:
“エビデンス”と呼ばれるものを健全に疑う。「疑う」という表現が刺激的であれば、健全に考えてみる姿勢が大切だと思います。
慶應義塾大学産業研究所 所長・教授 野村 浩二氏
片岡:
先般、政府が第7次エネルギー基本計画の策定に動き出したという報道がありました。これまでのお話の延長で、どのようなことが言えるのでしょうか。
野村:
戦後、真のエネルギー生産性の改善スピードは、全体として下がる傾向にあります。そのことは省エネ、とくに安価で導入可能な省エネ技術が、技術的に飽和してきている現れであると解釈されます。経済データからの分析だけではなく、各分野のエンジニアに聞くことが重要ですが、鉄鋼やエチレン生産など省エネの感覚はおおむね整合しているようです。
将来の見通しを立てるには、真のエネルギー生産性として、年0.3%程度の改善を見るのが妥当だと思います。他方、グロスのエネルギー生産性の尺度を基準とすれば、今後も産業構造のサービス化が進行するでしょうし、より電化が進む形でエネルギー構成が変わっていくでしょう。それは今後の経済政策や電力価格などに依存しますが、現状の目途としては、産業構造の変化で0.4%、エネルギーの構成の変化が0.2%程度とみています。そこに真のエネルギー生産性の改善による0.3%を足すと、グロスでは年率1%ぐらいというのが、フェアな将来見通しの推計値となるのではないかと思います。
伊藤:
実際に、政府は政策目標として、グロスのエネルギー生産性をどの程度の水準に設定しているのでしょうか。
野村:
現在、政府が政策として求めている水準は2.5%程度です。これは第6次のエネルギー基本計画を評価したものです。
伊藤:
2.5%というと、先ほどお話があった、第一次オイルショック後(2.7%)に近い数字ですね。
野村:
そうですね。日本経済がオイルショック後にできたのだから、それを再び起こそうというのが政府の姿勢です。しかし当時とは経済状況が全く異なります。生産が拡大するフェーズでは、設備の更新や新しい設備の導入が進むことによって新しい省エネ技術が入り、エネルギー生産性は高まります。しかし、経済成長率が低迷する現在の日本では、積極的な設備投資ができず、省エネ投資がなかなか進みません。むしろ機械設備が古くなることでも、需要低迷によりプラントレベルの稼働率が低下することでも、効率は悪化します。それでエネルギー生産性を大きく改善することが本当にできるのかどうか。
さらに、現在政府が検討している第7次の基本計画では、2.5%よりもさらに高い水準に政策ターゲットを置く可能性があります。
伊藤:
どういうことでしょうか。2.5%でも意欲的な目標なわけですよね。
野村:
国際エネルギー機関(IEA)は2023年に、「1.5℃の目標達成を目指すならば、この10年でエネルギー効率を2倍にすることが重要で、それには年間4%程度ずつ改善させる必要がある」とコメントしています。日本の政府も2050年におけるカーボンニュートラルを強く意識して、3%を超えるような形のターゲット設定にするかもしれません。原発の再稼働や新設でも努力が続けられていますが、現実的には難しい課題です。さらなる再エネ推進はさまざまな環境問題を引き起こしていますし、電力価格の高騰も不可避です。こうした制約は、その見かけ上の善良さから反対者のいない、省エネにしわ寄せされます。
こうした高い目標を置くことで何が起こるでしょうか。省エネにつながる規制が強化されますが、より重要なことは、総じて私たちの活動を阻む方向となることでしょう。「冷房の温度をあまり下げないように」「複数あるエレベーターの数基を止めるように」などという制約もそうですが、それが労働生産性に与えるマイナスの影響は無視されます。日本にとってさらに良くないことは、日本企業はこうした空気を読んで、自主的に国内のエネルギー消費量やCO2排出量を低下させることを「約束」していることです。省エネ技術導入の余地は限られていますので、国内の設備投資はせずに、国内生産を縮小させ、生産拠点を海外にシフトする動きが進むでしょう。
国内生産が減ることによって国内生産のエネルギー消費量は減るので、日本のエネルギー生産性があたかも改善したかのように見えます。皮肉なことに、そのことによってグロスのエネルギー生産性では、年率3%を超えるような政策ターゲットを実現できるかもしれません。政策側からこれを見ると「省エネへの取り組みが実を結んでいる」と繰り返すのでしょう。
片岡:
ただそれは、日本経済が一種のゆがみを抱えることになりかねないというご指摘ですね。「合成の誤謬(ごびゅう)」という経済用語があります。個別の領域で最適化を図ろうとすると、逆に日本経済にとっては全体最適ではなくなる状況が生まれてしまう……。
野村:
ええ。実際に起きることは「産業の空洞化」であり、「内需の縮小」でり、静かな「デフレ圧力の創出」です。結果として、私たちの成長機会を失っていくことになります。それが生活者の見えないころで実現してしまう可能性がある。これは懸念ではなく、残念ながらすでに顕在化しており、さらに加速をはじめた入口のあたりに、現在の日本経済は立っていると思います。
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト 片岡 剛士
片岡:
実際に政府が年率3%か、それよりも高いエネルギー生産性の改善を目標に据え、政策を強化していく状況になったとき、私たちは何をしたらよいのでしょうか。
野村:
その問いは非常に重要だと思います。「これが成長のチャンスである」といった言葉は心地良いかもしれませんが、まずはその変革や、エネルギー転換が日本経済にとってどのような意味を持つのか、経済的負担があるのかを正しく把握することが大事なのではないでしょうか。「正しさ」は人によってさまざまな解があるでしょうが、「事実」を把握していく姿勢を失ってはいけません。
実際には、省エネをアプリオリ(先験的)に“善”と捉え、「もはや待ったなしだ」と言いながら危機感を醸成するムードが産業界にもあります。しかし、経済システムを構成しているのは、エネルギーだけではありません。労働や資本という投入を含めた生産における全体最適の視点が重要です。適切な省エネは全体最適にもプラスになりえますが、部分最適としての過度の省エネが、日本の生産体系としての全体最適にかなうのかどうか。「待ったなし」という意思の根拠はどこにあるのか、常に問い続ける思考力を持ちたいです。
片岡:
その姿勢は、省エネに限った話ではなく、どのような状況でも大切ですね。
野村:
そうですね。これは言い換えれば「国益を見つめる」ということです。仮にエネルギー転換を実現しようとした場合、日本の国益に対してどのような毀損(きそん)があるのか。本来は、それをまず見つめた上ではないと、転換に向けたスタートラインを切ることができないはずです。
もう1つ、大切なことがあります。エネルギー転換へのプロセスがより具体的に進み始めても、「なさねばならぬ」という意思で思考を止めることなく、「この目標が実現できるか」と冷静に問い続け、観察し続けることが大切でしょう。脱炭素の取り組みを目指す動きは、昨年ほどからは欧州などにおいては、なかなか成功しているようには見えません。絶対に成功しないと断言は誰もできませんが、その経済的な弊害を分析し続けて、日本はやり直しがきくような資源配分をしておいた方がいい。「私たちはどうすべきか」という観点では、やはり退路を持っておくべきでしょう。
片岡:
両建ての思想で、「プランB」をしっかり持っておくことは大切ですね。日本人に限った話ではないかもしれませんが、“べき論”で突っ込んでしまい、結局何もできなかったという例が結構あります。
野村:
はい。いつでも変えられるような、柔軟な姿勢を持っていたいです。
後編では、鉄鋼業で実際に起きている現象をベースに、経済成長とエネルギー改善の在り方について、より視野を広げて議論します。
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト 伊藤 篤