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日本経済の立ち位置が、国際的にも、国内の状況を俯瞰しても、いま大きな転換点を迎えています。その背景には国際政治経済の地政学的な変動、国内で止まらない人口減少、数十年ぶりに舵を切った金融政策があり、そこに“超円安”という要素も加わりました。ピンチなのか、チャンスなのか──その答えを探して地方に目を転ずれば、製造業の復活やインバウンド効果を足がかりとして、確かな光が差し始めている様子が見えてきます。そこで今回、明治大学政治経済学部の飯田泰之教授と、PwCコンサルティングのチーフエコノミストの片岡剛士が、この新たな局面下における日本経済の課題と希望をめぐって議論を交わしました。モデレーターはPwCコンサルティングのシニアエコノミスト 伊藤篤が務めました。
(左から)伊藤 篤、飯田 泰之氏、片岡 剛士
参加者
明治大学 政治経済学部 教授
飯田 泰之氏
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト
片岡 剛士
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
伊藤 篤
伊藤:
飯田先生はマクロ経済学の実証分析が専門で、経済政策の効果予測や事後評価に統計モデルを駆使して携わってこられました。近年は経済のマクロ的状況が地方・地域に与える影響から、地域経済のプレーヤーである中堅・中小企業の実態や人材育成の実情にまで研究の幅を広げています。
日本経済は、賃金や株価の面で30年ぶりとなる改善の動きがみられる一方、賃金から消費への好循環には至っておらず、デフレ脱却は依然として課題となっています。本日はこの点を踏まえて議論を深めたいと思います。まず、激動する国際環境のなかで日本経済が置かれた新たな立ち位置について、現状認識を共有しておきたいと思います。まず飯田先生からお話いただけますでしょうか。
飯田:
1990年代以降、世界の主要企業から中堅・中小規模の企業までの各社が、生産・加工の拠点を世界的につなぐ物流ネットワークの構築に努め、効率的な生産条件とグローバルなサプライチェーンを整備してきました。ところが近年に発生した2つの事象がきっかけとなり、この研ぎ澄まされたシステムには極めて脆弱な一面が潜んでいたことが顕在化しました。
「事象」とは言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症のパンデミックであり、ロシアによるウクライナ侵略です。エネルギー、食糧、さらには半導体……世界各地を結んで編まれた精緻なネットワークであるがゆえに、どこか1カ所で綻びが生じると、影響は全システムに波及し、悪くすれば停止してしまう。各国はそれを思い知らされました。それと同時に、ロシアや中国に代表される権威主義国家への経済的な依存を強めることに深刻な危険が伴うという現実も、認識されるに至ったのです。
さて、こうした現実に直面して世界は──とりわけ西側諸国は──現在、サプライチェーンの再構築を目指しています。これまでのグローバル化に寄与してきた中国に代わり得る生産拠点・技術の集積点はどこかと探せば、アジア東域での中心はやはり日本にならざるを得ない。技術水準だけならば、シンガポール、台湾、韓国なども挙がりますが、シンガポールはそもそも私たちが考える意味での民主国家ではなく、台湾は安全保障上のリスクが極東で最も高く、韓国は政権選択に伴う振れ幅が大きすぎて不安定です。つまり消去法で、アジアの生産拠点は日本に戻るしかない。国際環境がそれを求めているのです。
日本は現在、人口減少問題に直面しており、もはや経済成長はあり得ないとの見方もあります。だがそんなことはありません。人口増加率と経済成長率に関する世界のデータを見れば明らかです。人口(労働力)の増加は、経済成長を生む3要因のうちの1つにすぎない(他の2つは「資本の蓄積」と「技術の進歩」)。実際、人口が増えているのに成長できない国、人口が減ってもそれなりの成長を遂げている国は、いくらでもあります。
日本はこの新たな立ち位置を自覚したうえで、経済の好循環と、その結果としての高成長を再び目指すべきです。
明治大学 政治経済学部 教授 飯田 泰之氏
伊藤:
ともすると見落としがちな重要な点に、目を向けさせてくださるご指摘です。ただ、日本は「失われた30年」を通し、長きに及んだ停滞に苦しんできました。痛みは今なお癒えていません。飯田先生のお話をお聴きになり、片岡さんは現状をどうご覧になっていますか。
片岡:
マクロ経済の観点からも、デフレ状況からの30年ぶりの改善への期待が、金融政策の方針転換とともに市場の一部で高まりつつあると思います。確かに、これは1つのチャンスであろうと私もとらえています。ならば、このタイミングで反転攻勢に打って出るには、どのような発想の転換が必要なのか。さらに踏み込んだ飯田先生のご見解を伺いたいですが、いかがでしょうか。
飯田:
では、この30年間、「なぜ日本経済は成長できずにきたのか」──この問題を、これまで多くのエコノミストが語ってきたのとは異なる視点から説明してみようと思います。注目すべきは「地域」というキーワードです。
2010年代の全都道府県のなかで、平均した1人当たり所得の伸び率が最も低いのは、東京都です(調査期間中に原発関連ビジネスが停止していた福井県を除く)。上位には、沖縄県、山形県、愛知県などが名を連ねます。経済の規模自体ならば東京のそれは確かに群を抜いて大きい。半面、今後の“伸びしろ”は小さくなってしまっている。
ここで、私が「実感可処分所得」と呼んでいるデータで比較してみましょう。所得分布のほぼ中央値に相当する階層の世帯で、収入から必要経費(住居費・光熱費・食費など)を差し引いて手元に残った「自由に使えるお金」を比べます。すると、収入額では上位にランクインする東京都が、家賃または住宅ローン費用などがあまりにも高額なため、それらを差し引くと47都道府県中の40位台に転落してしまうのです。
対して、住居費が東京よりも非常に安い三重県は、豊富な観光資源に加え、四日市市などの製造業にも勢いがあります。観光業と製造業は実は相性がいい組み合わせで、家計内での役割分担などによる所得増加の効果もあって、三重県の実感可処分所得は全国トップに押し上げられました(2015年)。
東京の「所得の伸び率」の低さにも実は理由があります。多くの企業が本社を置く東京都には、全国各地の支店や生産拠点、フランチャイズ店から“水揚げ”が集まります。東京経済が東京都以外で稼いでいる約56兆円のうち、20兆円以上がこれら本社への送金やフランチャイズフィーなどです。つまり東京にとって地方都市・地方経済は上客であり、地方が豊かにならなければ東京が稼げない構造がそもそもある。しかしその地方から東京に、人がどんどん移動してしまう。だから「伸び」が抑えられるのです。
さて、もうお分かりかと思います。なぜ、日本経済は成長できずにきたか。伸びしろに乏しい東京に集まるからです。なぜ、日本人は豊かさを実感できないのか。収入の大部分が住居費に費やされ手元に残る資金の少ない東京に、多くの人が集中して住んでいるからです。成長余力のある地域・地方に、どうやって人口を再配置していくか。日本経済全体の新たな成長を決定的に左右するのは、「地域の再生」という視点なのです。
伊藤:
示唆に富むお話をありがとうございます。「地域の再生」という視点を、現状を動かすための梃の支点とするべく、私たちはどのような戦略で新たな成長に挑むか──片岡さん、いかがでしょうか。
片岡:
コンサルタントの立場で伺っていても共感するポイントが多々ある飯田先生のご指摘だと思います。「地方創生」は、PwCコンサルティングにとっても重要な経営テーマの1つです。
東京など大都市圏から地方への人の移動が足りない、その状態が長期に及ぶ、日本経済全体の足腰が弱まる……という負のスパイラル。しかし振り返れば、かつての高度経済成長期にはこれと逆の流れが加速していました。それが成立し得たポイントは、大都市圏が持っていた「伸びしろ」でした。
実は今、負の流れを再び逆転できる可能性が見え始め、成長へと向かい得る局面を迎えているのではないか──というのが私の見立てです。地方に、決して小さくはない伸びしろを見出せるからです。
逆転を生む要因の1つは円安です。円安の下、外国企業の目には日本経済がより魅力的に映ります。製造業の企業ならば、「日本国内に工場を造ろう」となる。特に東海地域や九州地域には、外国のメーカーが進出したくなるようなポテンシャルがあります。そうした地域に、近隣の東アジアなどから先端技術分野のメーカーを誘致できる可能性は大いにあるはずです。熊本県に進出した半導体最大手などは典型的な例です。
サービス業では、熱を帯びて高まっているインバウンド需要も「地方の伸びしろ」です。その効果をどう生かすか。顧客単価を高め、サービス品質を確保しながら購買を継続してもらう仕組みづくりが、負の流れからの再逆転を呼ぶポイントになるでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト 片岡 剛士
伊藤:
片岡さんからは1つ、「消費需要の高め方が伸びしろを左右する」とのキーコンセプトが提示されました。日本経済の再生にぜひこれを生かしたいところです。飯田先生、人口増加を望みにくい今の日本で、どのような方向にその可能性を見出せるでしょうか。
飯田:
「高圧経済」(ハイプレッシャーエコノミー)の理論がヒントを与えてくれるはずです。教科書的な経済理論では「労働人口が1%増えると、GDPも1%増える」と考えられます。しかし、米国の経済学者アーサー・オークンは1950年代の米国では「失業率の1%低下は、GDPの3%伸長をもたらす」ことに気付くのです。一見すると奇妙な現象ですが、実はこれには大きな外部要因があるのです。
人手不足に伴って供給が需要を下回り続けると(需要超過の状態)、「人の移動」が始まります。マクロの観点では「人材の再配置」「より効率的なポジションへの移動」が生まれ、そのことで生産性が向上する。結果的に、GDPは予測を上回って伸びる(潜在成長率の上昇)。だからこそ、需要の超過状態は維持されるべき──これが高圧経済論の考え方です。
日本に当てはめてシミュレーションしてみましょう。現在、世界が日本に求めている「製造業の拠点の国内回帰」が進むと、人手不足に伴って人々は自ら移住し、転職する。転職が活性化することで人材の最適配置が進む。地方において特に工業地帯化できるエリアは成長余力があるので、そちらに人が移る。この動きを通して日本の生産性が高まっていく。こんなシナリオです。
さらにいえば投資の側面でも、人手不足は設備投資を促します。飲食店にすっかり定着したタッチパネルなどは、その分かりやすい例ですね。ただし、注意も必要です。高圧経済というのは、供給能力に対して需要がやや過熱気味の状態です。そのなかで、例えば大規模な公共工事を行えば、建築・土木従事者の人手がそちらに取られてしまい、民間の工事が滞ります。あるいはワクチン接種に医師・看護師の人的資源を集中投入すれば、通常医療に割く人材に事欠くようになる。
供給が制約されている社会で「新たに何かをする」こととは、「その代わりに何かをしなくなる」ことでもあるのです。つまり「伸びしろ」のない産業や地域では、どんどん人が減っていきます。高圧経済のメリットを生かすのならば、衰退産業から発展産業に、人と資源をスムーズに移動させなければなりません。そのための財政措置や補助金の使い方にも、変化が求められることになります。
伊藤:
「供給に比べ需要がやや過熱気味」なハイプレッシャーエコノミーのメリット、デメリットがよく分かりました。それらを踏まえて、日本産業の復活に向けての具体的な課題を挙げていただきたいと思います。コンサルタントの視点から、片岡さん、お願いします。
片岡:
日本の産業にはかつて、自動車産業に機械産業・電機産業などの力強い峰がいくつもある形でともに成長してきたという特徴がありました。長期デフレが続く中でそれらの峰は崩れてしまいましたが、現在の新局面を機として日本の産業が再び力強さを取り戻すには、製造業とサービス業との新たな連携が重要になると思われます。例えばロボット技術の活用などもその1つでしょうし、飯田先生が先ほど触れられた三重県の話なども好事例になるはずです。
一般論として企業の場合、フェーズが移り変わっていくのに対応して、生産性がより高く利益を生みやすい分野・領域に必然的に軸足が移っていくと考えられます。私たちコンサルティングファームとしても、そこは大いにサポートできる部分です。
対して、消費者・家計に向けては、例えば子育て支援策や減税などをどうデザインしていけばよいのか。そこでは政府が果たす役割も重要なはずです。これからの財政のあり方を飯田先生はどうお考えになっていますか。
飯田:
先ほども述べたとおり、財政の役割も大きく変わっていくことになるでしょう。高圧経済下の財政では、需要が供給を上回る状態を維持することが重要で、まだ財政を引き締めてはいけません。私は、現状で10兆円前後の需要が残っていると見ています。まだ財政の縮小を急ぐべき時期ではありません。
人口減少のただ中で景気が拡大しつつある日本は、ダブルパンチで強い人手不足感があります。その点で、高圧経済の効果が最も出やすいのが今の日本ではないか。「日本経済はもうダメだ」という悲観論は、全く逆だと私は考えています。
伊藤:
転換の局面に突入した日本経済は、製造拠点の回帰に伴う新たな成長の入り口に立っている。この機を生かすのは高圧経済の考え方であり、需要が供給能力を少し上回る社会にすべきであり、その実現には戦略的な財政のあり方が求められることになる──前半のお話はこのように展開したかと思います。後半ではその財政のお話に議論を展開できればと思います。
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト 伊藤 篤