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長き停滞の時代から、再成長の新時代へ──日本経済はいま大きな転換点に立っています。官民が一丸となって起ち上がるべきこのチャレンジには、国の財政政策に寄せられる期待も小さくはありません。「今こそ積極財政を」「いや、財政赤字は破綻の崖っぷち」と、かまびすしい議論の帰趨はいまだ明らかなっていません。前編に続き、明治大学政治経済学部の飯田泰之教授と、PwCコンサルティングのチーフエコノミストの片岡剛士が、日本経済の課題を検証します。PwCコンサルティングのシニアエコノミスト・伊藤篤がモデレーターを務めました。
(左から)伊藤 篤、飯田 泰之氏、片岡 剛士
参加者
明治大学 政治経済学部 教授
飯田 泰之氏
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト
片岡 剛士
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
伊藤 篤
伊藤:
前回の議論では大幅な需要不足ではないことを踏まえた財政政策が必要ではないか──というところまで話が及びました。一方で世間では日本の財政状況は危機的であると懸念する声も根強くあります。折しも金融政策では変化の兆しが観測されるなか、いま私たちは日本の財政状態をどう考えていけばよいのでしょうか。
飯田:
「財政の危機」という表現は確かにあちこちで使われますが、広く共有された「危機」の定義があるわけではなく、その中身は極めて曖昧です。報道などでは「国の借金」という言葉もよく見かけます。ただしそこで語られる数字にはいくつかの算出根拠があって、「国と地方の公債等残高」は1,242兆円(2023年度末見込み)。一方、国際比較には「一般政府債務残高」を用いることが一般的で、これが約1,400兆円(2023年度末見込み)。こうした金額を目にすると、多くの人が「天文学的な数字」「とんでもない借金」と感じることでしょう。
しかし、財政・財務はバランスシートで考えるべきもの。「負債」と「資産」をセットで見るのです。実は日本政府は、諸外国に比べて特殊といえるほど多くの金融資産を保有しています。これは民営移管した元公社の株を持ち続けきたことによります。さらにもちろん、政府系金融機関も民間企業に融資しています。
政府が保有するこれらの金融資産を連結してバランスシートを見てみると、やや古い数字ですが、資産を上回る負債の額は約674兆円(2021年度末)。これは日本の国内総生産(GDP)を少々上回る程度の金額で、他の先進国と比べても飛び抜けて悪い状況ではありません。したがって、「日本の財政は危機的」「今にも破綻しそう」などと唱える議論には、十分な注意が必要です。
反対に、「日本の財政状況は健全である」と主張する人もいます。国債(政府の借金)のほとんどは政府機関である日本銀行が保有しているのだから、「実質的には借金ではない」というのです。この言説もまた誤りです。国債を買う際に日銀は、銀行にとっての負債である「日銀当座預金」(日銀当預)を増やします。つまり、「日銀が国債を持つ」ことは、その分だけ「日銀当預という負債を抱える」ことを意味するのです。
なお、日銀が政府機関でないと考える人は、今はいません。財政政策と金融政策は今や不可分です。「中央銀行の独立性」についてかつては盛んに論じられたものですが、現在は学術の世界での議論は手段の独立性に限定されています。「財政政策とは何か」と私が問われたら、こう答えます。「財政政策とは、政府の負債の規模を決めること」だと。対する金融政策とは「政府の負債の内訳を決めること」です。
では、いずれも政府の負債である日銀当預と国債は何が異なるのでしょうか。「金利が異なる」と考えておけばよいのです。単純にいうと、政府の負債総額に占める国債の割合が多ければ金利は高まり、日銀当預の割合が多いと金利は低めになります。財政政策と金融政策は、政府の負債をコントロールする両輪の政策なのだと解釈すればよいでしょう。
明治大学 政治経済学部 教授 飯田 泰之氏
伊藤:
アカデミアでの議論の最新事情を含め、興味深く拝聴しました。飯田先生、ありがとうございます。片岡さんの見方はいかがですか。
片岡:
日本の現在の財政状況は、約30年に及んだ経済停滞の結果であり、ただちに改善できるものではないと思います。それでも、一方的な悲観論に縛られるべきでないことは明らかでしょう。その点、飯田先生の説明は希望を抱くことができるものです。
ご説明のポイントを私なりに3点にまとめると、まず1点目が「現在の国債発行残高が将来世代の負担になるという考え方は誤り」だということ。2点目は、程度問題はあっても、「財政政策では、もう少しアクセルを踏み続けても問題はない」だろうとの指摘。そして3点目が、「ドーマー条件」※1の観点を踏まえ、現状の財政赤字もしくは長期債務残高の数値は財政破綻には直結せず、むしろ「安定化を図り、発散※2させないことが大切」だということ。そのためには「成長率が金利を上回る状態をつくり続ける必要がある」という指摘だったと思います。
伊藤:
飯田先生の「財政論」の輪郭が浮かび上がってきたと思います。そこで飯田先生、少なくはない人々が心配を感じている「財政への危機感」に対する先生の「答え」について、改めて踏み込んでお話しいただけますか。
飯田:
片岡さんが分かりやすく各ポイントを整理してくださいました。ありがとうございます。では、3点目の「ドーマー条件を踏まえた財政の役割」について、もう少し詳しく述べてみましょう。
少子高齢化が急速に進む日本では、老後に備えて人々の貯蓄性向がそもそも高く、さらには、リスクが最も低い国債のような安全で安定的な資産運用を求める傾向が多くの人にあります。そのため、長期金利や国債の金利が上がりにくい構造が成立しており、ドーマー条件が極めて当てはまりやすいラッキーな国だといってもよいでしょう。
にもかかわらず、30年間でなぜこれほど財政が悪化してきたのか。答えは明らかで、毎回、「さあ、いよいよ景気がよくなるぞ」というタイミングで財政引き締めの政策を発動し続けてきたからです。なにしろ、いつも早きに失した。米国のある学者※3が「財政再建によって財政を悪化させた唯一の国」と日本を揶揄しました。確かに、風邪が治りかかると外に出て行って遊び、ぶり返して帰って来るようなことの繰り返しでした。財政出動は「将来に向けての投資」です。それを惜しんではならないと私は考えます。
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト 片岡 剛士
飯田:
むしろ、日本の財政に関して今すぐ危機感をもって取り組まねばならない課題は、社会保険や社会保障費の問題です。これらに投じる政府予算には──悲痛なことではありますが──「将来への投資」という性格がありません。現行の社会保障システムが設計されたのは、「70歳」が長生きとされた1950〜1970年代のことです。当時の発想が、果たして今もなお合理的なものと認められるのかを、見直すべき時期にきています。
「世界一の長寿国」でありながら、「年金の受給開始年齢が先進国で最も早い国」、それが日本です。やはり、何かがおかしいと考えざるを得ない。終末期医療のあり方も含め、高齢者福祉や社会保障については、制度設計から半世紀以上を経た2020年代の現実を直視してアップデートし、建て直す必要があります。
片岡:
社会保障費の課題をどう解決に導くかは、日本の財政政策や成長戦略のあり方とも深く関わりますね。私は個人的には「世代間分配」、つまり若年世代が負う負担をこれ以上高めるのは難しいと考えています。また、2020年の90歳以上の人口割合が1.9%から2070年には6.7%に拡大するというように、今後高齢化とともに長寿化が進みます。「高齢者」の定義そのものが変わり得るでしょう。
高齢者施設のあり方や、急速な高齢化の進行を前提にした社会インフラの再整備も、これまでとは異なる手法や仕組み、サービスを見据えて検討し直す必要に迫られています。日本と同様に少子化が進んでいる韓国などでも同じ課題に直面しています。制度の改善・再設計には、ビジネスが力と効果を発揮することも求められるはずです。
伊藤:
日本の財政にとって最大課題の1つだとの指摘があった社会保障の問題について、片岡さんから新たな視点が示されました。飯田先生はこれに対し、どのようにお考えになりますか。
飯田:
「世代間分配に過度に頼るのは望ましくない」という片岡さんの指摘は傾聴に値すると感じました。同じ観点から私は、資産課税や相続税を、社会保障や社会保険の財源としてもっとうまく活用してもよいのではないかと思います。
子孫に引き継がせるだけの資産を築き、充実した人生を送った人たちというのは、おそらくは日本の諸制度や時代にも助けてもらったはずです。ならば、その恩返しをするのも悪くないのではないでしょうか。
片岡:
おっしゃるとおりです。高齢者から高齢者へ、同じ世代の間で保有資産や現預金が適切に再分配されるような合理性のある仕組みがあれば、将来世代の負担は軽減されるはずです。そういう点も含めて、現行制度のメリットとデメリットを再評価していくことが必要だと感じています。
飯田:
片岡さんが言及なさった点には、国家財政をどうしていくかの側面からも、国は真剣に検討するべきですね。
伊藤:
「同一世代内での再分配」という片岡さんのご提言でした。いま巷間では「富裕層」「貧困層」という言葉がメディアを賑わせています。心配されるのは、所得格差や資産格差がいま以上に急速に広がり、そのことが社会の不安定化につながりはしないか、という点です。国や政府、あるいは財務当局に、何かできることはあるでしょうか。
片岡:
資産格差の拡大は、日本全体の将来を考えれば決して望ましいことではありません。私たちコンサルタントにとって、顧客利益の実現を支援することの大切さは言うまでもありませんが、社会総体での全体最適を考え、そのための仕組みを整備して、日本経済全体を豊かな方向に誘導することも重要な任務の1つです。国の財政政策もそういう観点での機能を、さらに有効に発揮してくれるとよいと感じます。
飯田:
そのとおりですね。将来に向けた投資になるのであれば、困難を乗り越えてでもそこに財政を出動させるんだ──そんな発想へとフェーズが変わっていく可能性はあります。私たちも引き続きさまざまな観点から財政のあり方を問うていかねばなりません。
伊藤:
今回は多角的な視点の数々をご提示いただきました。前編・後編を通じ、日本経済の新たな立ち位置、人口減少問題、地方創生、財政政策の方向性、高齢化社会での財政のあり方など、とても幅広く、実りある議論が展開されました。ありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト 伊藤 篤
※1:利子率が経済成長率よりも低いと財政は破綻することなく安定に向かう。逆に、利子率が経済成長率よりも高いと財政破綻に進むとする定理(条件)
※2:国の債務の対GDP比が上がり続けること
※3:バリー・アイケングリーン氏のことを指す。経済史・国際金融論・政治学の大家