日本の未来とグローバルヘルス:今こそグローバルヘルスを問う

第2回 医療アクセスの確保に必要な要素(前編:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)

  • 2024-08-08

グローバルヘルスに関する連載の第2回・第3回では、重要な要素の「医療アクセス」を取り上げます。医療アクセスは「1. 個人の経済事情を考慮した基礎的な医療提供」と「2. 医療を提供するインフラ(医療機関、医師、コメディカル等)」の両輪が必要であり、どちらか片方が欠けていては成り立ちません。本稿では医療アクセスの前編として、上述した両輪の1つである「1.個人の経済事情を考慮した基礎的な医療提供」について、その実現に向けた考え方の1つであるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の重要性や各国の制度について解説し、UHCに対して日本が果たす役割について論じます。

UHCの歴史

世界保健機関(WHO)の定義では、UHCとは「全ての人々が基礎的な保健医療サービスを、必要なときに、負担可能な費用で享受できる状態」を指しており、経済的困窮等による健康格差を是正するための包括的な支援を目的としています*2。UHCは複数の先進国で20世紀に初めて導入され、健康格差是正に向けた包括的な支援という目的は類似していましたが、具体的な制度としては各国異なる形で存在していました*2。UHCが広く知られるようになったのは、1978年にWHOがアルマ・アタ宣言*2の一環として、健康の公平性を達成する必要性を述べたことがきっかけになります。UHCの達成は容易ではなく、これまでも特にグローバルサウスの複数の国々において普及が進められていましたが、UHCがSDGsの2030年目標の1つとして位置づけられたことにより、今では全ての国々がUHCの普及に向けて検討を始めています。各国のUHC普及を測るスコアをWHOが定義しており、大きくは4つの指標(図表1)が用いられています。特定の疾患の罹患率だけでなく、医療提供体制や移民に関する指標等も存在しており、総合的な評価ができるようになっています。

図表1 UHCスコアにおける4つの評価指標

出典: SDG indicators metadata repository (updated 24 January 2023) (8).

最新(2021年)のUHCスコア(各国平均)は68/100であり、2000年の45/100と比較すると改善傾向にありますが、近年ではスコアの改善幅が小さくなっており、2019年から2021年かけてはスコアの改善がありませんでした。UHCスコアの経年変化を確認するとスコアが40/100未満の国々は減少していますが、60/100以上の国の数が伸び悩んでいることから、質の良いUHCがまだ不足していることが分かります(図表2)。

図表2 UHCスコア別の国数(2000年~2021年)

UHCスコアの鈍化にはさまざまな要因が考えられますが、特に経済面でのサポートに現在は焦点が当てられており、UHCの普及に必要と認識されています。具体的なUHC普及における課題と日本が果たす役割について言及する前に、UHCについての理解を深めるために各国の医療制度とUHCの繋がりについて解説します。

各国のUHC制度

UHCは医療制度と強く紐づいており、詳細な医療制度は各国で異なりますが、大きく以下3つの制度に分かれます(図表3)。各制度においてメリット、デメリットが異なる観点から存在するため、UHCを普及するにあたり、その国の状況に合わせた適切なモデルの検討が必要不可欠です。

  • ビバレッジモデル

例:イギリス、スウェーデン

保険料の支払いはなく税を財源として、ほとんど無料で医療サービスを提供しています。医療機関は公的医療機関が中心で、医療職も公務員として政府が雇用しています。一方で、国の財政状況に応じて医療費に割ける予算が制限された過去もあり、医療設備投資の削減や医療従事者によるストライキ、患者の病院への制限も発生しています

  • ビスマルクモデル

例:日本、ドイツ、フランス

保険料を財源として医療サービスを提供しています。保険料は所得に応じて設定されており、低所得の国民でも保険料と窓口での負担が少なく、平等に医療サービスを受けられます。また、国の財政状況に左右されないため、患者に対しては安定的な医療サービスが提供できます。その一方で、健康保険組合ごとに財政の格差が発生するため、予防等を含めた保健サービスについても差が生まれ、必ずしも平等とは言えない状態となる可能性があります。

  • アウトオブポケットモデル

例:アメリカ

公的な医療サービスは高齢者や障がい者、低所得者、児童のみに適用され、それ以外の場合は原則として民間保険に加入することで医療サービスを受けます。民間保険は所得に応じて受けられる医療サービスに格差があるほか、高額な民間保険を購入できない無保険者も多く見られ、全国民に医療が行き渡らない状態が目立っています。

図表3 公的医療保障モデルの各国の現状

出典:厚生労働省「2022年 海外情勢報告」(本文)

UHC普及に向けた課題と日本の果たす役割

「UHCの歴史」で述べた通り、UHC普及の改善幅は年々減少しています。普及が進まない理由は各国で異なりますが、地域ごとにUHCスコア別の割合を確認すると、特にサブサハラ・アフリカと東アジアおよび太平洋、南アジアの3つの地域において、UHCスコア60/100未満の国が半数以上存在することが分かります(図表4)。

図表4 地域別UHCスコアの分布

これらの地域の中にはグローバルサウスも存在しており、さまざまな課題を抱えています。昨今、WHOやWBGの調査により特に課題と認識されているのは、生活費に占める医療費の割合です。UHCスコアは改善傾向ですが、生活費の10%以上を医療費が占めている国々の割合は経年で増加傾向にあります。また、2000年と2019年を比較すると、約半数の国々で上記の割合が悪化しており、医療の提供について経済的な支援が必須であることが分かります*1。世界銀行の調査からも分かる通り、経済的な問題に対しては国際機関や各国*3によるグローバルサウスへの支援が既に実施されていますが、持続的な医療提供を目指すにはグローバルサウスがUHCを制度として確立することも重要になります。制度として確立するためには、本稿の「各国のUHC制度」で記載した通り、自国の現状を理解した上で、さまざまな形態で存在するUHC制度のうち、どれが自国に一番適しているかを模索する必要があります。

そのためには他国の情報をインプットする必要がありますが、その際に日本のUHC制度は多くの国にとって参考になるでしょう。理由としては、日本のUHCスコアは83/100と、全世界スコアの68/100と比較して15ポイントも高いことや、2016年のG7伊勢志摩サミット・G7神戸保健大臣会合においてG7として初めて首脳級の会談でUHCの推進を主要テーマに設定したこと、UHC制度の確立に対する支援(UHC Knowledge Hub 等*4)を実施していること等が挙げられます。日本にはUHCに関する情報が集積されており、この情報を各国に共有して支援を実施することが、グローバル社会における日本の1つの役割だと言えます。

ただし、UHC制度の浸透には多くの時間や労力が必要となるため、政府だけでなく民間企業の協力も必要となります。民間企業による支援の1つとしてPatient Assistance Program(PAP)があり、製薬企業が薬が必要な患者に対して無償で薬を提供する等の事例が存在します。このプログラムによりUHC制度が未確立または確立中の国に対しても、医療支援を実施することができます。PwCが製薬企業を支援する際にも、PAPに関する他企業の実態調査から具体的な実施方針を策定する等、ニーズが確かに存在しています。

本稿ではこれまで、UHCの歴史や制度、普及における課題や具体的な取り組みについて述べてきました。ボーダーレス化や都市化など各国のより強固な連携が求められるグローバル社会において、UHCは不可欠であり、日本だけでなく全ての国で取り組むべきトピックです。一方で、本稿の前半で言及した医療提供個人の経済状況を考慮した医療提供と医療インフラの両輪が重要であるという観点から、「医療インフラ」の整備に向けた取り組みも必要になります。医療機関や医師・コメディカルの不足しているグローバルサウスに対して、日本として提供可能な支援内容(医師の派遣や遠隔医療の提供など)を検討することが重要です。次回は、この「医療インフラ」整備に向けた現状分析や地政学的・政治的要因も加味した施策検討について解説します。

執筆者

中谷 彩乃

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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鈴木 弘奈

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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馬場 徹太

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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髙山 柾

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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