
日本の未来とグローバルヘルス 今こそグローバルヘルスを問う 第2回 医療アクセスの確保に必要な要素(前編:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)
医療アクセスの確保に必要な「個人の経済事情を考慮した基礎的な医療提供」の実現に向けたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の重要性や各国の制度について解説し、日本が果たす役割について論じます。
「少子高齢化がこのまま進むと将来どうなるのか」ということを既存の統計および独自の推計を基に定量的に明らかにし、いま私たちがなすべき事項について論じる連載の第2回は、社会保障と税収の変化に焦点を当てたいと思います。
医療・介護については社会保障的な観点から、適切なサービスを受けるためには、マンパワーだけでなく、財源も重要な論点となります。ここからは医療・介護に関する社会保障費とその源泉となる税収に目を向けていきたいと思います。
まずは社会保障費です。医療・介護に掛かる社会保障費は将来的に増加していくことは厚生労働省の「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」*1において推計されています。それによると、医療・介護の社会保障給付費は2018年が約50兆円である一方で、2040年には93兆円となっており、2018年と比較して86%増加することが見込まれています。
一方で、現在、社会保障費を抑えるためにさまざまな取り組みが実施されています。健康増進施策の強化もその1つです。健康であれば医療や介護サービスを受ける必要がないので、「健康な人が増えれば、その分社会保障費などが抑制できるのではないか」と考えられています。ただし、健康増進施策については寿命の延伸やQOL向上には効果があるものの、医療費抑制の観点では大きな効果が見込めないという意見もあります2。統計を見ると予防医療などにより日本人の平均寿命自体は延伸していますが、不健康な期間の長さにほとんど変化がないことが分かります。高齢者であれば健康とはいえ、何かしらの医療・介護が必要になり、平均寿命が長くなったことでその期間が延びます。さらに最も手厚い医療・介護が必要となる不健康な期間の長さは変わらないことから、健康増進施策は医療費抑制に効果が薄いのではないかとの指摘もあります。この考えが正しい場合、社会保障制度に変化がない場合、社会保障費はほぼ想定どおりに推移すると見てよいと考えられます。
次に社会保障費の源泉となる税と保険料について見ていきたいと思います。厚生労働省の「国民医療費の概況」*3によると、国民医療費は5割が保険料、4割が公費となっています。税収には種類も多く、全ての税金を推計することは困難ですが、今回PwCでは社会保険料に加え、国の租税および印紙収入の約6割*4を占める所得税および消費税(一部地方税)、身近な地方税である住民税について推計しました。
税収や保険料については法律や制度変更の影響が大きく、今後も大きな変化が想定されるため、将来的な推計はあまり公開されていないのが現状です。今回PwCでは「世帯人数×世帯主年齢別の1世帯当たり平均納税・社会保険料負担額」を一定とし、将来的な世帯変化を変数として将来推計を行いました*5,6,7,8。推計の結果は税金・社会保険料ごとに差はあるものの、2018年時点の実績を100とした場合の数値(以下、「対2018年指数」)で、いずれもおおよそ11ポイント前後減少することが分かりました。特に税金については、今回推計した所得税・消費税のほかにも法人税や酒税・たばこ税などもあるため一概には言えませんが、消費税の推移が示すとおり、国内の消費が落ち込むとすると、それらの税金についても現状と同様の税制であった場合、減少する見込みが高いと考えられます。
本連載の第1回も含め、これまで見てきた需要と供給、社会医療と税収の将来推計を指数ベースでまとめたグラフが以下となります。
医療・介護の需給については2040年にはおおよそ27ポイントの需要過多となることが分かります。第1回でも触れたとおり、現状の医療・介護バランスが取れていると仮定すると、約3割の患者・利用者に対応することが困難になると考えると、そのインパクトの大きさが実感できるかと思います。財源の側面ではその開きはさらに大きく、税収などが11ポイント減少するのに対して、必要な社会保障費は86ポイント増加するため、約100ポイントの差が開くことになります。
需要が1.3倍にとどまる一方で社会保障費が約1.9倍にもなることに違和感を持たれる方もいるかもしれません。これについては、需要については年齢別の受療率・利用率を元に年齢別人口の変化のみを変数として単純に試算されている一方で、社会保障費については、経済成長などを加味し、賃金・物価の上昇を踏まえた試算となっているためです。実際に物価が上昇していれば消費税による税収も上がるため、実際には約100ポイントもの差にはならないかもしれませんが、少子高齢化が医療・介護にもたらす影響は労働力の観点だけでなく、財源の観点でも非常に深刻と言えそうです。
第3回以降は本推計を踏まえ、いくつかの未来における病院・クリニック・介護事業者・行政・ヘルスケア関連企業への影響などを見ていきたいと思います。
参考文献
*1. 内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000207399.pdf
*2. PwCコンサルティング合同会社「100歳時代における医療データ利活用のエコシステム」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/healthcare-design/vol04.html
*3. 厚生労働省「令和2(2020)年度 国民医療費の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/20/index.html
*4. 財務省「令和44年度予算の概要等について」
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20220216/01.pdf
*5. 厚生労働省「国民生活基礎調査」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-21.html
*6. 総務省「家計調査」
https://www.stat.go.jp/data/kakei/
*7. 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」
https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/t-page.asp
*8. 国立社会保障・人口問題研究所「平成27(2015)年度社会保障費用統計」
https://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-h27/fsss_h27.asp
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