これからのMAの機能と役割

デジタル活用による高度かつ効率的なメディカルインサイト生成

  • 2024-06-11

メディカルインサイトをとりまく背景と状況

MAの主たる業務の1つに、Key Opinion Leader(以下、KOL)らステークホルダーとの医学的情報交換を通して重要なUnmet Medical Needs(以下、UMNs)を同定し、それらのニーズを満たすためのメディカル戦略を立案・実行するがあります(図表1)。ここにおいて核となるプロセスの1つはインサイトの生成ですが、ここで得られるインサイトはMAのみならず部門横断的にも参照されるべきものでもあり、効率的かつ継続的で適切なインサイトの獲得は製薬活動全般に及ぶ重要なテーマであるといえます。

図表1 メディカルアフェアーズの業務サイクルにおけるインサイト生成の位置づけ

生成されるインサイトの適切性を担保し、その品質を向上させるためには、まず十分なインプットデータ(情報源)を解析の対象とすることが必要です。インプットデータについて、MA部門では伝統的にKOL(とりわけトップKOL)による見解や要望に強く依存していましたが、近年ではより普遍的なインサイトや患者さん側のニーズなども取得すべく、幅広いソースからの情報収集を検討される組織が増加傾向にあります。すなわち、インプットデータをKOL以外の医療専門家(Healthcare professional: HCP)との対話内容やコールセンターの記録、医学論文や学会抄録、さらにはソーシャルメディアなど幅広いソースなどへと拡張することにより、従前は知得していなかった情報を獲得し、より高度で広範なインサイトを生成することに期待が寄せられています。

一方、MAによる従来からのインサイト生成、MA人員による個々の情報の読み込みと解釈に依存した属人的かつ労働集約的な手法であり、取り扱い可能な情報の量が制限されている、バイアスが発生する、貴重なMAリソースの配分が困難であることなど、さまざまな課題が認識されてきました。

このように、インサイトの生成業務においてはインサイトの対象や品質の面で新たな要求があり、またこれまでの作業オペレーションに対する限界や課題もあり、これらを同時に解決する必要があります。ここで、多種多様で大規模なデータを効率的・効果的に分析すべく、インサイト生成業務の高度化のためのデジタルテクノロジーの導入には、理にかなったアプローチとして大きな期待が寄せられています。

データ利活用の2つのアプローチとデジタルテクノロジーの応用

各種データに基づいたアウトプットを創出する業務に活用可能なデジタルテクノロジーを紹介するにあたり、本稿ではインサイトの生成プロセスにおける各種データの利活用について、2つの異なるアプローチを想定しています。1つは「探索型」であり、もう1つは「仮説検証型」です。以下では、これら2つの異なるアプローチについて検討・解説していきます。

(A) 探索型アプローチ

これは、インサイトの生成にあたって、特定の疾患領域や治療などにかかわる情報をなるべく幅広くとらえようとするもので、MAが理解しておくべきトレンドやニーズを包括的に可視化することをサポートします。ここで得られるアウトプットは関心の対象における知見を網羅性高く含んでおり、それらのなかから自社にとって戦略的に重要となるUMNsやClinical Question(以下、CQ)を、見落としや先入観を排除しつつ探索・同定するのに有効です。また、あらかじめ仮説の立案や対象の絞り込みなどが不要であることから、新規の疾患領域への参入時や他部門から異動した部員への教育など、既存の知見を持たずとも効率的に全体を俯瞰する際に有用となります。

MAによるインサイト生成の目的は、治療方針に関するトレンドやUMNs、医学研究結果の解釈や不足などを把握することであり、このためのインプットデータについては幅広く拡張されることが求められています。この大量のデータ処理は、まさにAIが得意とする領域です。今後はAIをはじめとするデジタルテクノロジーの活用によって、さまざまな公共・公開データや、さらにはこれまでフル活用が叶っていなかった質的データ(テキスト)が利活用されるでしょう。具体的には、KOLとの面談記録に代表される社内のテキストデータなどを幅広く収集・解析することで、従前には見落とされていたかもしれないインサイトがより高い精度で生成されることが期待されます。また、デジタルの活用により、医師の属性や地域別・時系列別の解析、リアルタイムでのアップデートなど、より複雑で目的にあった解析も容易になるでしょう。

一方、探索型アプローチはその性質上、総花的なボトムアップアプローチであるために戦略的に重要な問いに焦点を絞った分析にはならず、重要なUMNsやCQの同定をする作業は別途必要になってきます。また、この作業はデジタルテクノロジーの導入後にも当面は人間による仕事として残ることになりそうです。

そこで、次には自社の戦略や前もっての仮説やテーマを起点とした、いわばトップダウンの分析アプローチである「仮説検証型」のアプローチについて検討・解説します。

(B) 仮説検証型アプローチ

これは、インサイトを生成するにあたり、重要であるとあらかじめ特定したCQやUMNs、もしくはその他の関心テーマに焦点を絞ったもので、解析のアウトプットそのものが仮説検証の結果や、仮説の確からしさを補強するものとなります。ここにおける仮説とは、MAが策定したメディカル戦略において取り組むことが想定されている担当疾患領域や薬剤についてのCQやUMNsのことを指しています。ここではこれらの仮説に対して、実際のステークホルダーの意見や医学的な見解はどのようなものであるかを、KOLとの面談記録から各種医学論文までさまざまな情報のマッピング結果のアウトプットとして理解することが可能になります。この質的データ(テキスト)の利活用例としては、メディカル戦略の更新時に当アプローチによる分析を実施することで、それまで取り組んできたUMNsやCQが引き続き存在しているか、関連する新たな状況や知見などがあるかを確認し、戦略の適切性を担保したり、アップデートしたりすることが考えられます。

このアプローチは、あらかじめ立てている仮説やその他の関心テーマが一定以上理にかなっていて筋の良い場合にはより有効です。また、逆にそれらが未熟、または不適当な場合には、得られるアウトプットはそれら仮説に呼応する範囲に限定されてしまうというリスクがあります。例えば、当該疾患領域の動向を十分に理解しておらず、抽象度が高いCQを用いて分析を実施した場合、分析結果には多様な観点が入り交じってしまいます。そのため、アウトプットは雑多なものとなってしまい、そのなかから結論を導出することは困難になってしまうでしょう。

翻って、仮説検証型アプローチを有効に機能させるためには、テーマや仮説設定の精度向上が必要となります。それこそ、これまでMA人員が最新医学研究結果の学習やKOLとの医科学的交流などを通して示そうとしてきた中心的な価値の1つです。これは前項で解説した探索型アプローチに相当するものでもあり、この作業は今後、デジタルテクノロジーを活用した多様・大量のインプットデータに基づく解析結果として、より精緻で高度なものとなりつつも、より少ない工数で実施できるようになるものと期待されます。

図表2 探索型アプローチと仮説検証型アプローチの比較表

まとめ

活動対象となる自社製品のフェーズに応じて分析の目的を設定し、それに基づいて探索型アプローチと仮説検証型アプローチを組み合わせていくなかで、疾患領域に対する理解の深化、そしてメディカルプランの高度化に資するインサイトの導出につなげていくことができるでしょう。

本稿では、「これからのMAの機能と役割」と題して、デジタルの活用によるインサイト生成に関するユースケースについて考察しました。本稿で述べたユースケースの他にもさまざまなユースケースが想定されます。今後、MAが創出すべき価値を一層発揮するためには、MAが保有するデータの本格的な利活用が重要な要素となるため、早急な対応が期待されます。本稿が、各企業のMAにおけるDXの可能性やユースケース検討の一助になれば幸いです。

執筆者

船渡 甲太郎

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

小濱 奈美

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

小原 功嗣

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会

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