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2022-05-31
PwCが提唱するメタバースのフレームワークでは、メタバースの構成要素として以下の6つを定義しています。
このうち、メタバースが保険会社に与え得る要素として、現実世界にはない新しい体験(Experience)が得られるようになり、新たな経済圏が生まれる(Economy)一方、統一されたルール整備が必要である(Governance)という、3つの論点に焦点を当てて、メタバースが保険会社に与える影響を考えていきたいと思います。(図1)
まず、メタバース上の体験とは、仮想空間上のもう一人の自分であるアバターを通じて得られる体験です。保険会社は、自らのアバターを通じて顧客のアバターにアプローチすることができるようになるほか、現実の物理的制約から解放された体験(例えば、火災や自然災害、入院時に病室にいるかのような疑似体験など)の提供も可能になります。
新たな経済圏とは、ブロックチェーン技術に基づく暗号資産・Non-Fungible Tokens(以下、NFT)などの取引が今以上に活発になり、現実世界の取引ボリュームに相応する規模になった状態を指します。そのような未来では、仮想空間上の土地・建物などのデジタルデータが個人の経済的資産として一般的なものとなり、この資産を補償するニーズも生まれてきます。さらに、保険会社が自らNFTや暗号資産などを自社の投資ポートフォリオに加えることも考えられます。
本稿では、メタバースの社会浸透が保険会社のバリューチェーンにもたらす事業機会と、そうした事業機会を捉え顧客価値向上につなげるために必要なケイパビリティを考察していきます。
メタバースの浸透に伴い、これまでにない新たなリスクに備える顧客ニーズが生まれ、アバターを通じた社会・経済活動が活発化することで顧客へのアプローチも変化します。また、契約から保険金支払いに至るまでの事務手続きのデジタル化がさらに進展し、NFTや暗号資産による資産運用も一般化していく可能性があります。以下でバリューチェーンごとの変化を見ていきます(図2)。
既存の保険が想定する損害は、台風や地震、病気の発症など、人間の力で制御することは難しい自然現象によってもたらされるものが主ですが、仮想空間は人間が作り上げたものであるため、そこに内在するリスクは、以下のような人為的なリスクに収斂されるのではないかと考えられます。
悪意ある人物のハッキングにより、プラットフォームが管理する顧客データが盗難・紛失してしまい、顧客のメタバース上の経済的価値が毀損されてしまう可能性があります。また経済的価値のみならず、悪意ある人物が操作するアバターによってハラスメントを受け、尊厳を毀損されてしまうリスクもはらんでいます。
2021年からNFTの取引が活発化しています。NFTとして取引される対象は幅広く、デジタルアートや音楽、また現実空間に存在するものを対象としたNFTがあります。NFTは対象物、当事者、金額などの取引履歴のデータをブロックチェーン上に記録する技術およびデータそのものを指しますが、この技術に対する法的な位置づけが定まっていないことで、商標権・知的財産権の侵害を焦点にした訴訟が起きています。現実世界で保障されている権利の侵害を争点とした場合、仮想空間における活動は何がどこまで許容されるのかが、裁判などを通して少しずつ定義されていくものと考えられます。
何らかの障害が発生してサーバーがダウンしてしまい、プラットフォーマーが管理するアバターやNFTのデータなどが消滅してしまうリスクがあります。同様の理由で、仮想空間上で開催される有償のイベントが開催されなくなるリスクもあり、そうした場合に顧客が持っていた経済的価値の毀損をプラットフォーマーや事業者が補償する必要が出てくる可能性があります。
仮想空間上で没入型の体験をするにはVRゴーグルが必要ですが、仮想空間に没入するあまり現実世界のリスクに気づかず、自身や他者を怪我させてしまう可能性があります。また仮想空間上で機密情報を不注意で漏洩させてしまった場合などに、損害賠償責任を追及される可能性もあります。
以上のようなリスクを補償する保険や、リスクの顕在化を抑制するサービスを販売していくことで、保険会社は収益化を図れます。しかし、リスクによっては法整備が発展途上なものもあるため、現時点でも補償できるリスクとそうでないものを区別して検討をする必要があります。(図3)
仮想空間上での新たな体験と、ブロックチェーン技術に裏付けられた経済活動の普及は、商品開発のみならず、保険の営業活動や保険料請求・保全、保険金支払いといった業務変革にもつながると考えられます。
メタバース上の活動主体はアバターです。顧客となり得る個人は、アバターを通じて、メタバース上のイベント参加や他者のアバターとの交流を行います。そのため、保険会社は将来、アバターに対する営業活動を行うことになると考えられます。
まず、メタバースをマーケティング・ブランディングの場として活用し、保険会社の認知を図っていくことが考えられます。仮想空間では物理的制約が存在しないため、空中に広告を掲載するなど、これまでになかったマーケティング活動が可能になるはずです。さらに、ゲーム要素の強いメタバースプラットフォームには若い世代のユーザーが多く参加していることを踏まえると、メタバース上でブランディング活動を行うことは、将来世代へのアプローチとして有効かもしれません。
次に、メタバースにおける「没入型の体験」は、保険商品の価値を顧客により深く理解してもらう機会を提供できるかもしれません。これまでは、保険募集人が統計データや自身の経験などを交え、万が一の場合に備える保険の意義を「説明」してきましたが、その内容を仮想空間上で「体験」してもらうことで、保険の価値を実感できる可能性があります。損害保険会社においては自動車事故や火災、生命保険会社においては病気の発症といった、確率的事象がもたらす影響を疑似的に体験してもらうことで、それまで気づかなかったリスクを顧客が実感・認識する機会を提供することにつながります。ただし、実現のためには顧客保護の観点から、過剰演出となっていないかなどの実務的課題を解決する必要があります。
最後に、メタバース上の顧客の行動は全てデータ化された状態で記録されます。アバターの活動履歴、購買履歴、他者のアバターとの関係性などのデータを分析できるようになれば、仮想空間上のリスクに備える保険や、既存の保険を自然な形で提案できるようになるかもしれません。ただし、このような企業活動は個人情報保護の観点から望ましくない可能性もあります。さらに、メタバースのあるべき姿として語られるのは、特定のプラットフォーマーがデータを支配するものではなく、個人が自身のデータに対して裁量を持てる状態です。そのため、法整備とプラットフォーマーの個人情報保護に対するポリシーの動向を注視しつつ、今後の展開を検討していく必要があります。
保険会社はこれまでも事務手続きのデジタル化を推進してきましたが、仮想空間上のリスクに備える保険商品を販売するようになると、営業活動に加え、契約から保険金支払いに至るプロセスもデジタル化されることになります。例えば、保証対象がデジタルアセットとなり、契約書はNFT技術を活用して発行され、保険料と保険金の支払いが暗号資産などで行われるようになった世界においては、あらゆる事象がデータ化され、物理空間で対応が必要な業務はほとんど存在しなくなるかもしれません。さらに、メタバース上に物理空間のデジタルツインを構築して損害調査の研修を行う保険会社の取り組みも見られるため、物理空間で行っていた業務を仮想空間上で対応する事例も増えていくことでしょう。保険会社のデジタル化は、メタバースとそれに関連した技術の登場によって、いっそう加速していくと考えられます。
メタバースの発展とともに普及が進むのが、暗号資産やNFTを活用したアセットの保有および取引です。海外ではすでに、保険会社が暗号資産を投資先として捉える動きが出てきています。そのため、例えば海外のオルタナティブ資産に対して目を向ける生命保険会社にとっては、暗号資産への投資は一考の価値があるかもしれません。
ただし、国内では金融庁による保険会社に対する監督指針の中で「暗号資産の取得は必要最低限に留めるべき」という姿勢が示されており、現時点では日本の保険会社が暗号資産に投資することは難しいと考えられます。しかし、法整備などの動向を注視しつつ、投資可能となった時点からスタートダッシュを切れるように、体制構築を進めていく必要があるのではないでしょうか。
これまで述べてきたように、メタバースが社会に浸透していくことで、保険会社はメタバース上で顧客接点を持ち、現実世界での物理的制約を受けない形で営業活動ができるようになり、投資機会も増え、メタバース上のリスクを補償する保険商品やサービスを販売するようになると考えられます。
しかし、メタバースという新しい領域に取り組み価値提供できるようになるためには、適切なケイパビリティを獲得していく必要があります。
まず必要なのが、自社の経営戦略とメタバース関連技術の動向を統合し、何を行うべきかを定める能力です。次に、定めた戦略に基づき、保険会社は自らのバリューチェーンにおいてメタバース関連技術や知見を活用し、顧客価値向上を図ることが求められます。さらに、保険会社は新たな保険バリューチェーンを支えるために、以下のようにコーポレート機能をも変革させていく必要があります。
現時点でメタバースを活用するためには、仮想空間を提供するプラットフォーマーと提携する必要があり、保険会社が自らメタバースプラットフォームを構築することは考えにくいです。しかし、例えばメタバース上で拠点を開設する際に必要なリソースやプロセス、コストなどを最低限理解し、外部リソースも活用しながら自社の要件を実現しセキュアな状態で事業に活用できるようになることは、最低限のケイパビリティとしてIT部門や関連部が備えておくべきです。
メタバースがもたらす新たな経済圏で保険会社が取引を行うためには、暗号資産やNFT、メタバース上のデータなどを適切に会計処理する必要があります。また、暗号資産やNFTは価格のボラティリティが高く、ソルベンシーマージン比率などの経営指標を棄損しないように適切にリスク管理する態勢も求められます。さらに、法整備の状況を注視し、事業機会を逸失しないためにも、法務部門が積極的な情報収集を行い、部門横断の情報提供を担ってもよいでしょう。
メタバースは保険会社の顧客のみならず、社員の多様な働き方や技能習得を後押しする可能性も秘めています。その端緒として、さまざまなプラットフォーマーが仮想オフィスを提供しようとしており、リモートワークの新しい形としてもメタバースは注目されています。またPwCが行った調査では、没入型の研修を体験した社員は、通常の研修に比べてより学習が進んだという結果もあり、こうした働き方・研修のあり方を人事部門が刷新していくことも視野に入れる必要があります。
以上のように、メタバースがもたらす変化と事業機会を捉え、顧客価値向上につなげていくためには、局所的な活用ではなく会社全体のケイパビリティを俯瞰して変革させていくことが重要なのです。(図4)
PwC Japanグループでは、メタバースに関連した社内向けの取り組みを実施しているほか、メタバースを活用した事業開発を支援しています。