企業のためのメタバースビジネスインサイト:地政学リスクになり得るメタバース

2022-12-20

プラットフォーマーが国家以上の存在となるか

2021年12月に「The Geopolitics of the Metaverse」*1と題するレポートが公開されました。ここではメタバースの定義からその経済規模について述べられているほか、ビッグテックと呼ばれるプラットフォーム企業がメタバース関連のビジネスを席巻し、ひいては地政学上のアクターとなり得るとまで指摘されています。言い換えるなら、ビッグテックはメタバースを通じて大量の情報を収集し、国家とは異なる方法で私たちを統治し得るだけでなく、国家のパワーバランスや世界経済にまで影響を与える可能性があるということです。

私たちの購買行動に関する情報がプラットフォーマーによって収集され、それがレコメンドや広告に活用される事実は、インターネットショッピングを楽しむ方にとってはもはや常識と言えるでしょう。メタバースではそうした嗜好にまつわる情報のみならず、ユーザー一人ひとりの生体情報までもがプラットフォーマーによって収集されることが予想されます。そうした情報をもとにしたビジネスが増えれば増えるほど、プラットフォーマーに集まる情報や資金は莫大なものとなり、企業ひいては国家への影響力すら強めることになりかねません。プラットフォーマーが、これまで数百年にわたって主要な地政学的アクターとしての役割を担ってきた国家以上のアクターとなり得る理由がここにあります。

メタバースを巡る地政学的な争い

今後は国家主導でメタバースを積極的に活用する国もあれば、法規制によって影響力を低減させようとする国も出てくることでしょう。メタバースをテーマにした世界の覇権競争も熾烈になると予想されます。その主役になると考えられるのが米国と中国です。EUは法規制を強化し、インドは独自の路線でデータの権利を主張するといった動きを見せているものの、世界のプラットフォームは事実上、米国と中国が占有していると言っても過言ではなく、今後もこの2大国家を中心にメタバース情勢が動きを見せるでしょう。

企業のためのメタバースビジネスインサイト:メタバース活用事例から考えるビジネスの近未来 Vol.2」で述べたとおり、中国は国家主導でメタバース活用を推進しています。デジタル元と、メタバースの基盤の1つと目されるブロックチェーンを低コストで構築できるネットワークを提供することで、金融面からメタバースを国家の管理下に置くことを想定しています。

中国企業が展開するメタバースの今後については、中国政府の意向が多分に反映されるため、中国政府の発表を通じてその方向性を確認する必要があります。

一方の米国は、民間企業主導でオープンかつ分散型のメタバースを標ぼうしています。本格的なメタバースの展開には国境を越えた法規制をはじめ多国間での調整が必要となることから、政府や既存の業界から何らかの制約を受けると考えられますが、中国とは異なる動きを見せています。

また、気を付けておきたいのは、民間企業主導ゆえ自社の利益が追求されるあまり、メタバースの安全性や公平性などの管理が後手に回る可能性があることです。差別や陰謀論、不買運動などに加担するグループがメタバース上でコミュニティを形成して集会を行ったり、反対するグループに抗議や攻撃を行ったりすることが予想されます。同様のことは現在のSNSの中で既に起きており、必ずしも有効な対処ができているとは言えない状況です。同じことがメタバース内で起き、自社が標的にされることはあらかじめ想定しておいたほうがよいでしょう。

現実世界で考えてみれば分かりやすいですが、今日行われるデモや暴動は、世論や政策、政権を動かし得るものになっています。企業に限らず、一国家の転覆を図って他の国がメタバースを利用するというシナリオも、決して的外れとは言い切れません。

*1 The Geopolitics of the Metaverse(ユーラシア・グループ、2021年12月、https://www.eurasiagroup.net/live-post/the-geopolitics-of-the-metaverse

企業のためのメタバースビジネスインサイト

メタバースのビジネス動向や活用事例、活用する上での課題・アプローチなど、さまざまなトピックを連載で発信します。

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執筆者

奥野 和弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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岩花 修平

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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小林 公樹

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長嶋 孝之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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