Nature Positive in Pharma - 製薬企業の新たな使命と挑戦

第2回:ネイチャーポジティブによる機会創出の可能性

  • 2024-04-08

本連載「Nature Positive in Pharma - 製薬企業の新たな使命と挑戦」の第1回で解説したように、製薬企業は自然資本や生物多様性から多大な恩恵を受けると同時に、自然資本に少なくない影響を与えています。例えば、医薬品の原材料となる動植物や医薬品の製造過程で使用される大量の水は自然資本からの恩恵の1つ、つまり生態系サービスの1つとして挙げられます。一方で、医薬品の製造・配送過程で大気中に排出されるCO2が引き起こす気候変動は、自然資本に影響を及ぼしています。また、不適切な処理によりウイルスなどの新規発生や流出が生じ、自然資本に影響が及ぶ可能性が考えられます。製薬企業はネイチャーポジティブの実現、そして持続可能な事業の実現のために、事業活動のどの段階で自然と接点を持つかを把握し、自社がもたらす自然関連リスクの最小化に努める必要があります。

図表では、製薬企業のバリューチェーン上で、自然関連リスクの最小化に向けてどのような取り組みが実施されているかを、科学的根拠に基づく自然に関する目標(Science Based Targets for Nature)が示すAR3Tフレームワークに基づき、回避(Avoid)、軽減(Reduce)、回復再生(Regenerate)、変革(Transform)の4つの観点から整理しています。

こうした取り組みは単に社会・環境によい活動というだけではなく、企業にとって機会となることも多くあります。

例えば回復再生(Regenerate)の観点では、研究開発から流通までの過程において、その企業が属する自治体や地域の種を保全したり、希少種を保護したりするといった活動が考えられます。このような活動の結果、生物多様性が保全されることはもちろんですが、生物多様性がより豊かになることで、新たな特性を持つ自然物質が発見されるという可能性も考えられます。

例えば抗がん剤として知られるトラベクテジンは、1950年代から1960年代にかけて、米国立癌研究所 (NCI) が植物と海洋生物素材を幅広くスクリーニングした結果、ホヤの一種からの抽出物が抗癌活性を示すことが明らかとなったため、開発に至りました*1 *2。世界にはまだ発見されていない成分があり、これから新たに生まれる成分も多いと考えられます。今ある種を守るという生物多様性の保全活動は、新薬開発というイノベーション創出の機会として捉えることができます。

また、変革(Transform)の観点では、研究開発において動物実験に代わる新たな手法の開発が考えられます。動物実験は製薬企業の研究開発に不可欠ですが、世界的に批判や規制が強まっており、経営リスクになりつつあります。他方で、その代替手法を開発することは、動物保護(天然資源の持続可能な利用)といった機会につながります。米国では従来、臨床試験段階の動物実験が義務化されていました。しかしながら、文献調査により動物実験が不要なことが明らかな場合や、インビトロ(in vitro)試験やシミュレーションなどの代替方法が使用できる場合においては、動物実験の要否が議論されていました。そして2022年12月には米国食品医薬品局(FDA)は動物実験の義務付けの規制を緩和しました(FDA近代化法2.0)*3。これらの取り組みは、天然資源の持続的な利用だけでなく、開発期間の短縮や開発工数の削減という機会につながります。

軽減(Reduce)の観点では、生産において製品設計の段階から環境に優しい製品を設計することや、生産方法の最適化を行うことが考えられます。それにより、原材料の使用量削減や、廃棄物の削減などにつながり、資源効率の向上が期待できます。

また、これらのネイチャーポジティブ実現に向けた取り組みを行っているかどうかが企業のレピュテーション(評価)に大きく影響することは言うまでもなく、投資家が注視するESG評価、ひいては株価などの企業価値に影響を与えるでしょう。実際に、各社や投資家が注視する医薬品アクセス財団が発表している製薬企業の医薬品アクセスランキングでは、薬剤耐性への取り組み状況が重要な評価指標の1つとなっています*4

こうしたネイチャーポジティブに向けた各種の取り組みは、新たな医薬品の開発や医薬品製造コストの削減につながるイノベーションを引き起こすだけでなく、人々のヘルスケアの向上や将来の疾病悪化の減少に寄与します。また、服薬管理をより徹底する取り組みは自治体の医療財政軽減に結びつくなど、サステナビリティの観点からも非常に重要なポイントです。


このように、生物多様性の保全に取り組むことは機会の創出につながります。製薬企業はリスクを最小化しながら機会を最大化できるよう、戦略的にネイチャーポジティブの実現に向けた活動に取り組むことが重要です。

次回はTNFD対応に向けて、大手製薬企業の生物多様性の保全への取り組み状況を、開示の観点から解説します。

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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倉田 直弥

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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西渕 雄一郎

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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稲垣 みゆき

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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甲賀 大吾

ディレクター, PwCサステナビリティ合同会社

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小峯 慎司

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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