Nature Positive in Pharma - 製薬企業の新たな使命と挑戦

第1回:求められる生物多様性保全とリスク管理

  • 2024-01-26

生物多様性の概要

生物多様性にはさまざまな定義がありますが、ここでは「生物間の相互作用の豊かさ」と定義します。この「豊かさ」については「種内」「種間」「生態系」の3つの多様性に分けて考えることができ、それぞれが多様であればあるほど、私たちが自然から得られる恵みも豊かになるとされています。これらの生物多様性から得られる自然の恵みは「生態系サービス」と呼ばれ、私たちに多様な食料、原材料となる生物資源、安定した気候、保水・水質浄化による良好な自然環境を与えてくれます。

しかしながら、2024年版の世界経済フォーラム(WEF)の報告書において「生物多様性喪失と生態系破壊」が今後10年の世界的な重大リスクの第3位に挙げられるなど、現在、生物多様性は危機的状況となっています*2。2022年の「WWF Living Planet Report」によれば、1970年から2018年の間に野生生物の個体群は相対的に平均69%減少しており、今世紀末までに100万種が絶滅するという試算もあります*3。この事実だけでも、私たちがどれほど生物多様性の保全に向き合わねばならないのかが十分に分かります。

製薬企業と生物多様性の関係性

あらゆる産業は生物多様性に支えられた自然資本に依存しており、製薬産業もそのうちの1つです。一見、建設業や農業などの業界と比較すると、製薬が自然環境に及ぼす負担は限定的であるように思うかもしれませんが、製薬のバリューチェーンと自然の関係を整理すると、その全てにおいて自然と影響し合っていることが分かります(図表1参照)。特に、研究開発においては原材料に植物由来の物質を活用したり、非臨床試験に動物を利用したりと、自然から多大な恩恵を受けています。このように、多くの動植物由来の物質を活用していることに鑑みれば、製薬企業は自然資本に依存しているという側面も見えてきます。

製薬業界における自然からの恩恵、 与える影響・リスク

製薬企業が自然へのリスクを高める行為は、土壌、水、大気と広範に影響を及ぼします(図表2参照)。

主な自然関連リスク、 ネガティブインパクト

特に、製薬企業が注意しなければならない課題としてAMRがあります。AMRとは、特定の種類の抗菌薬や抗ウイルス薬などの抗微生物剤が効きにくくなる、または効かなくなることを指します。これにより、従来の薬による治療が効かずに症状が悪化することや、新たな疾患が生まれるなどの問題が発生してしまうことをAMR問題といいます。AMRは世界規模の問題であり、適切な対応がとられない限り、AMRをきっかけとする死者数は2050年に年間1,000万人に達する見込みとの報告も出ており、がんによる死亡者数(2012年度:820万人)よりも多く見積もられています*4

医薬品はその特別な有効成分から、適切に処理されないまま自然環境に放出されると、AMRのリスクを高める可能性があります。そのため、製薬企業は医薬品の製造段階で発生する廃棄物や廃水が適切に処理されるよう管理しなければなりません。国内では環境汚染に関する法規制が整っているため、企業は国内工場における廃棄物や廃水のモニタリングを行い、その安全性を担保しています。しかし、製薬企業のサプライチェーンはグローバルに展開されているため、企業は国内だけでなく海外も含めたその全てにおいて管理・対策を行き渡らせる必要があります。特に、API(原薬)製造拠点が多い途上国では、インフラや処理技術、環境汚染に関する法規制が先進国ほど整備されていないことが多いため、注意する必要があります。

近年は環境課題をはじめとして、サプライチェーン上で発生する全てのサステナビリティ課題はグローバルで活躍するような大企業も責任を問われる傾向にあり、サプライヤーのリスクが企業の経営リスクに直結することもあります。今後、大企業はサプライヤーと協働する、もしくはサプライヤーを支援しながら生物多様性の保全に取り組んでいくことがこれまで以上に求められます。

製薬企業における課題

このように、自社だけではなくサプライチェーン上のAMRなど、自然リスクを高めるあらゆる行為によって自然環境は悪化し、人体への健康被害や温暖化の抑制が不可能になるなどのネガティブインパクトが発生する可能性があります。そして、ネガティブインパクトは製薬企業自身にも、生態系の損失による医薬品開発機会の損失や医薬品供給の不足、水不足による医薬品製造の存続危機、GHG排出規制による営業権停止のリスク増加といった問題を生じさせる恐れがあります。自然リスクを高める行為をいかに抑え、生物多様性の保全に取り組めるか。これらは今後、製薬企業にとって重要な課題となります。

次回は、製薬企業が生物多様性の保全に取り組むことで生まれる機会について解説します。

注釈

*1 生物多様性は生物が多様で豊かであることを指し、自然資本は生物および非生物(水、大気、土壌など)を指す。

参考文献

*2 Global Risks Report 2024 World Economic Forum
https://www.weforum.org/publications/global-risks-report-2024/

*3 LIVING PLANET REPORT 2022 World Wildlife Fund
https://livingplanet.panda.org/

*4 Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations. The Review on Antimicrobial Resistance Chaired by Jim O’Neill, December 2014
https://amr-review.org/sites/default/files/AMR%20Review%20Paper%20-%20Tackling%20a%20crisis%20for%20the%20health%20and%20wealth%20of%20nations_1.pdf

関連ページ

シリーズ:生物多様性とネイチャーポジティブ
第1回:なぜ今、生物多様性が重要なのか
第3回:2022年ネイチャーポジティブエコノミーが動き出す
第11回:生物多様性問題と情報開示

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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倉田 直弥

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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西渕 雄一郎

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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稲垣 みゆき

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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