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2022-05-19
米中間の貿易摩擦や新型コロナウイルス感染症の流行などを背景に、海外で事業を行う拠点(オフショア拠点)の再編・移転・撤退を検討する日本企業が増えています。現在の不安定な国際情勢を踏まえると、このような傾向は今後も続くことが予想されます。オフショア拠点の再編などにおいて、既存の拠点の撤退を検討する場合、進出時よりも困難な法的問題に直面することも珍しくありません。オフショア拠点のあり方を見直すにあたってのポイントを解説する連載の第3回は、海外事業から撤退する際に、法務の面で留意すべき事項を取り上げます。
海外事業から撤退する方法としては、多くの国・地域において、主に(1)現地法人の株式・持分(株式等)の第三者への譲渡、(2)現地法人の解散・清算の2つがあります。
現地法人の株式等を第三者に譲渡する方法は、株式等の譲渡を完了することで海外事業からの撤退が実現されるため、比較的簡易な方法となります。もっとも、株式等の買主が見つかることが前提となるので、業績を含めた事業の内容によっては、この方法を選択することが困難な場合もあり得ます。アジア各国をはじめ、新興国においては、外資規制などの観点から現地資本との合弁会社(JV)を設立する場合もありますが、株主間契約において株式等の譲渡に関する合意がなされているケースが多く、まずはJVの相手方への株式等の譲渡が検討されることになります。ただし、JVの業績等によりJVの相手方が株式取得に応じないことも考えられ、その場合は買主となる第三者を探すか、JVの相手方と協議のうえ解散・清算を図ることになります。
現地法人の事業の全部を廃止し、現地法人の解散・清算を行う方法では、事業の廃止に伴い、関連資産の処分、取引および契約関係の終了、従業員の解雇などを行い、最終的に解散・清算を行って法人格を消滅させることになります。なお、解散・清算に先立って、現地法人の事業が第三者または自社のグループ企業に譲渡されることもあります。解散・清算の制度および実務は、国によって差異が大きく、清算の結了までに要する期間が数年にわたる場合もあります。現地法人所在国の制度をあらかじめ確認し、清算に向けたスケジュール・体制を事前に検討する必要があります。また、JVを解散・清算する場合には、株主間契約における合意内容(全会一致でのJVの株主総会決議など)に沿って進める必要があります。
現地法人を解散・清算する場合には従業員の整理解雇が発生します。また、株式等を第三者に譲渡する際、従業員の解雇や転籍などが必要となる場合には、労務関係への対応が不可欠となります。現地法人所在国の労働法制や解雇法制を事前に確認する必要がありますが、これらも国による差異が大きいため、留意が必要です。アジアの一部の国では、解雇などを伴わない株式等の譲渡取引の際にも、従業員に対する金銭の支払が必要となる法制や慣行があります。また、従業員との間に紛争が生じた場合、労働争議に発展しやすい国もあり、紛争が終結して現地法人の債務が確定するまでは清算を結了できないことが通常です。このため、退職金の割増しなどにより円満な退職を図ることも重要な選択肢となります。
株式等を第三者に譲渡する場合には、現地法人が締結している重要な契約にいわゆるチェンジオブコントロール条項などが存在するか、存在する場合に第三者への譲渡により契約が終了することはないか、などを確認する必要があります。一義的には買主側がデューディリジェンスに際して確認することとなりますが、事業継続にとって重要な契約が終了するとなれば、譲渡取引の成否に影響が生じる可能性があります。一方、解散・清算の場合には、既存の取引に係る契約関係を速やかに解消できるか否かが問題となります。契約期間満了前の解約時の損失補償を定める契約規定など、契約解消の妨げとなる規定の有無を確認する必要があります。また、国・地域によっては、代理店との継続的な契約関係の解消を制限する法規制が存在するため注意が必要です。
解散・清算の場合、通常は債務の返済を完了しなければ清算手続は結了しません。各種の紛争などにより潜在債務が残っている場合も同様です。重大な潜在債務が存在する場合、債務の確定のため倒産手続を利用することも考えられますが、国・地域によっては倒産手続開始のための要件が厳しい(例:債務超過が求められる)ことや、裁判所における倒産手続に数年の期間を要することもあります。倒産手続を利用する場合にも、事前に期間・コストについて検討することが肝要です。
国・地域、また業種により、株式等の譲渡または解散・清算について、現地法人の所在国当局から許可・承認を得ることが必要となる場合があります。この場合、許可等を得るための要件や、当局との手続に要する期間、ストラクチャーへの影響などを事前に検討しなければなりません。
株式等を第三者に譲渡する場合、現地法人の事業内容や売却先の属性などによっては、外資規制による審査を受ける場合があります。
代表的なものとしては、米国の「対米外国投資委員会」(Committee on Foreign Investment in the United States:CFIUS)による審査が挙げられます。「外国投資リスク審査現代化法」(Foreign Investment Risk Review Modernization Act:FIRRMA)により、米国での事業が重要技術、重要インフラまたは機微個人情報に関連する場合、当該事業に対する外国法人による投資については、取引完了の30日前までに義務的な届出が必要となる場合があります。
中国では、2021年1月より、米国のFIRRMAに相当する「外商投資安全審査弁法」が施行されました。これにより、軍事関連分野のほか、農産品、エネルギー・資源、インフラ、情報技術・インターネット、金融などの分野に対して外商投資(例:外国投資者の合併買収による、中国企業の持分等の取得)を行う場合、または外国投資者が投資企業の実質的支配権を取得する場合、投資実行前の事前審査が必要になります。
各国で個人情報保護法制の整備が続いていますが、第三国への越境移転規制が課される国・地域も増加しています。株式等を第三者に譲渡した後も現地法人が引き続き同様の事業を行う場合にはさほど問題となりませんが、現地法人を解散・清算する際に、現地法人が取得・保有している個人情報を他国に所在するグループ会社に移転する場合は、現地法人所在国において個人情報の越境移転規制が課されているか、また規制に即した同意の取得がなされているか、といった点を検討する必要があります。
株式等の譲渡、解散・清算のいずれの場合も、親会社である日本企業の取締役が経営判断を行うことになります。経営判断については、過去の裁判例によれば、一般的に、取締役に広い裁量が認められており、事実の認識に不注意な誤りがなく、判断の過程・内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務に違反しないものとされています。海外事業からの撤退に際して、解散・清算の手続を完了させるために債務超過を解消する場合、親会社が増資引受け、債権放棄などの支援を行う必要性が生じることがあります。このような支援を実施する親会社取締役の判断に関して善管注意義務違反の有無が争われた裁判例においては、現地法人に対する支援を実施した場合の損失と実施しなかった場合の損失とを比較することにより、判断の合理性を検証する傾向が見られます。海外事業からの撤退に関する判断が善管注意義務違反となることを避けるため、支援実施の要否を比較検討するとともに、検討の経緯および結果を記録として残すほか、弁護士の意見書を取得することも重要となります。