2017-09-08
“働き方改革”という言葉は、いまやバスワードとなっています。筆者の交流がある企業でも、ここ数年、ずいぶんと取り組む企業が増えたように思われます。その中でも、社内プロジェクトとして積極的に改革に取り組む企業の社員から、先日こんな話を聞きました。
「働き方改革のせいで部下が辞めてしまったんです……」
この企業における働き方改革の取り組みの一つは、企画系社員のフレックスワークプレイスでした。数年前に導入した育児・介護のための時短勤務・在宅勤務に加え、一部の企画系部門においても上長が許可すれば、事由を問わずに可能にする制度を試験的に導入したのです。どうやら本制度を活用した社員(以下、部下A)が退職されたそうで、下記のような経緯でした。
一方で、このような話も耳に入ってきました。
「働き方改革をきっかけに、これまでいまいちだと思っていた部下が、いまやエース社員になりました!」
この企業における働き方改革の取り組みも先述の企業と同じように行っており、一部組織・職種におけるワークプレイスのフレックス化がポイントでした。本制度を活用した社員(以下、部下B)のアウトプット品質が急激に向上した流れこのような形でした。
両者のケースにおいて部下のキャラクターや過程は一見似通っています。では、企業や上司の視点から見て異なる結果を生んだ要因はどこにあるのでしょうか。もちろん部下本人の能力やキャリア観の違いなど、異なる条件は多々あるでしょう。一つ重要な違いは、上司の部下マネジメント力にあったのではないかと推測しています。
部下Aの上司は、遠隔で業務を行う部下の勤怠管理や、進捗管理の会議数を増やしたこと以外に、特段それまでと変わったアクションを起こしていません。部下Aとしても、制度活用の前後では、単に場所を変えて同様の業務を行っていたにすぎません。さまざまな社内事情や部下A本人の力量の問題があったことは想像に難くないですが、もとより「いち早く新規事業創造を経験したい」と考えていた部下Aに対し、結果的に働き方改革が「別会社での挑戦」という機会を後押ししてしまったように見えます。
一方で部下Bの上司には、働き方改革推進というより、部下に成功体験を通じた成長を与え、「組織として生産性最大化をはかりたい」という意図が透けて見えます。制度活用に際し、部下Bは働く場所だけでなく、業務そのものも変化しているのです。あくまで推測ですが、部下の制度活用に際し、アウトプットの指示だけでなく、仕事の進め方そのもののアドバイスもこまめに行っていたのではないかと思われます。もちろん部下Bが退職するリスクはゼロではないでしょうが、現時点では部下Bのエンゲージメントを高く保てているようです。
【図1】両ケースの共通点と相違点
※本事例は限定的な情報からの推測も含むため、一部情報の追加や簡略化などの脚色をしています。
2つのケースでは、部下の育成計画や業務分担などの違いが如実にあらわれていました。働き方改革いかんを問わず、部下マネジメントの考え方として図2のような観点が挙げられます。2つのケースではあくまでも状況の一部分を切り取っただけですが、部下Bの上司が部下Aの上司よりも多くの観点から部下マネジメントを行っていたことが推測されます。
これらの観点においてポイントは下記3点です。
部下を持つ上司という立場であるならば、短期的に組織目標を達成すべく部下にどのように動いてもらうかと同時に、中期的な取り組みに向け部下をどう戦力化していくかが重要です。
組織における業務分担を考える際、新規開拓の得意な部下にそればかりを任せていたら短期的には組織の成果は最大化するかもしれません。しかし、その部下のキャリアや中期的な企業戦略上は、必ずしも最善策ではない可能性もあります。
仮に評価や育成計画がおざなりであれば本質的に目的(「部下の成長を通じた中長期での組織の成長」と「短期的な業務の確実な遂行」)に資する昇格配置や業務分担、目標設定等は難しくなり、目標設定がない状態での進捗管理もさらに難しくなります。部下Bのケースで考えると、上司は評価などを通じて部下Bの志向性(新規サービス企画)や強み(元々のネットワークなど)をしっかりとおさえていたからこそ、それを最大限にレバレッジさせる育成計画を策定し、業務分担や働き方の指導をしていたのかもしれません。
【図2】部下マネジメントにおける観点
上記の2つのケースとは別ですが、先日印象的な話がありました。
「働き方改革で多様さや自由度が増した結果、以前よりも部下と向き合うようになりました。これまで部下の『得意な仕事』(企画なのか交渉なのか資料作成なのかなど)は知っていても、『得意な仕事の仕方』は知らなかったことに気づかされましたよ」
「働き方における多様な価値観の反映」。これが意味するのは、同じ目標に向かっていても、個々人によって最もフィットする(最速で目標を達成する)プロセスは異なるということです。働き方改革を通じ、働く場所や時間、共に働く人、ツールなどの多様化に合わせ、上司が各々の最適な達成プロセスをデザインできれば、それだけで生産性、ひいては企業競争力の向上が可能になるでしょう。もちろん部下自身も自らの最適解を考える必要はあります。また全社横断的な施策を講じる人事の立場であれば、そのためのサポートが必要になります。それはITインフラ面の整備に止まらず、前述したことを上司ができるようになるための教育や制度の構築などです。
働き方改革を通じ、上司は真の部下マネジメント力を問われるでしょう。しかし、それを中長期と短期の組織目標達成に向けた1つの有効な手段と捉え、目標達成に向けた個々の働き方(達成プロセス)をデザインすることができれば、真に企業競争力に資する働き方改革を実現することができるはずです。
古川 琢郎
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
2011年入社時より一貫して人事コンサルティング領域に従事し、人材マネジメント戦略策定および人事制度構築、人材情報分析サービス(ピープルアナリティクス)、人材育成体系の構築および運用、マネジメントトレーニングなど、幅広いプロジェクト実績を有する。HRテクノロジーコンソーシアム(LeBAC)上席研究員。
※法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。
※本コラムは、株式会社ビズリーチの許諾を得て、BizHint HRサイトに掲載のコラム「働き方改革で問われる、真の部下マネジメント力」(2017年7月13日)を転載したものです。