HRDXではじめる人材マネジメント高度化と、その推進に必要な5つの要素

  • 2024-07-22

「モノからヒト」への企業価値の変遷

筆者はここ数年の間で、日本企業における人材に対する課題意識・関心が高まっていることを強く実感しています。日本企業の多くは過去、高度経済成長期においては「質のよい製品・商品を量産して売上・利益を確保する」という「ものづくり」によって成長を遂げてきており、人材への投資はさほど重要視されてきませんでした。それからの経済安定期を経て、1990年代前半のバブル崩壊を期に「失われた30年」と言われるこれまでにない低成長期を迎え、いまもなお苦しんでいるのが実態です。その間においてもなお、製品・商品・サービスといったものが企業競争力の源泉であり、「人材はコスト」とみなされることが主流でした。しかしながら、最近では「人的資本」というキーワードを目にする機会が増えているように、企業価値は人材という要素を抜きにして語れるものではなく、ましてや競争力を高いレベルで維持・向上するには優秀な人材が欠かせない、と考える経営者が増えてきています。

「人事業務の効率化」から「人材マネジメントの高度化」へ

そのようななか、これまで企業の人事部においては人事業務の効率化が主な課題でした。人事業務とは「入社手続きから始まり、勤務実績を管理し、給与・賞与を支給する」といった定例的に生じる業務(図表1の赤枠)であり、それらのプロセス改善・システム化・アウトソーシングに注力してきました。それらの業務効率化に一定の効果を見いだしてから、その次に人材マネジメントの高度化に着手する企業はあったものの、それは一部の企業に限られたものでした。しかし、前述のような人材を資本とみなしていく考え方が多くを占めるようになって以降、業務効率化に加え、定例の人事業務以外の「採用、育成、タレント管理、エンゲージメント管理」のような「人材マネジメントを高度化するための機能」の強化に対する企業経営者および人事部の課題意識・関心が急速に高まっています。

図表1「人事機能の全体図」

テクノロジーをテコに人材マネジメントを高度化する

これまで多くの企業では、人材の採用、配置、育成、エンゲージメント管理といった人材マネジメントを人事担当者の勘や経験に依存していました。しかし、人的資本開示をはじめとして市場から、また企業内部からも人材マネジメント向上に関する要請が増えていることや、これまで以上に事業を取り巻く環境変化のスピードが速くなってきたことで、人事担当者の勘と経験では対応が追いつかなくなっている実態が見られるようになってきました。

そのようななか、近年のテクノロジーの進化が一つの解決策として期待されています。例えばデータアナリティクスがその一つです。多くの企業でデータに基づいて分析・意思決定を支援するデータアナリティクスが人材マネジメントの高度化においても有効だとみなされ、その適用領域は採用や人員配置の最適化からカルチャーやワークスタイルの分析まで広範にわたっています。また、人材ポートフォリオの策定とスキルデータの管理・活用を核とした人材マネジメント高度化においても、テクノロジーの活用が進んできています(別のコラムで詳細が述べられていますのでそちらを参照ください)。

他にも、人材獲得や、従業員のパフォーマンス発揮のために従業員満足度やエンゲージメントを高めることも重要視され、従業員体験(Employee Experience、以下「EX」)という概念が注目されてきています。従業員は旧来の終身雇用(会社に就く)ではなく、仕事(ジョブ)に就くという考え方にシフトしてきており、働きがい・やりがいを感じられない場合、躊躇せずに転職するといった傾向が見られるようになってきました。そのような背景から、日々働くなかでの体験・経験の質を高めるEXという概念が重視されるようになり、具体的には以下のような取り組みが進められていますが、これらの実現にもテクノロジーが重要な役割を果たしています。

  • 入社後に早期に会社に馴染み、パフォーマンスを発揮できるようオンボーディングを強化する
  • 従業員同士のコラボレーションを促進するデジタルツールを導入する
  • 自身のキャリアや成長度合いに応じた研修・Eラーニングが推奨される

加えて、生成AIの急速な広がりがあります。高度な専門性を求めないユーザビリティや、非構造化データの扱いやすさ、創造的な業務との親和性といった特性から、専門的な知識への問い合わせ回答のみならず、キャリア相談や研修資料の作成における生産性向上など、多様なシーンでの活用が始まっています。入力するデータ保護の観点や回答結果の活用ルールなどのガバナンス面の整備は不可欠ですが、生成AIは人材マネジメントの高度化を大いに促進する可能性を持っているでしょう。

絵に描いた餅で終わらせないための「テクノロジー以外の大事なこと」

テクノロジー活用による人材マネジメントの高度化、すなわちHRDX(人事DX)の効果を最大化するためには、テクノロジーの導入そのものに期待しすぎないことが重要です。PwCコンサルティングではHRDXの推進に必要となる要素を複合的な視点で捉えており、5つの観点で整理しています(図表2)。これらの観点に基づき自社の現状の棚降ろしを行うことにより、多くの課題が見えてきます。多くの企業では、HRDXの推進は道半ばであり、テクノロジーそのもの以外の要素にも課題を抱えていることが多いのが実態です。

図表2 「HRDX推進に必要となる要素」

(1)人事戦略

  • ビジネス戦略に基づいた人材戦略を策定し、その実現にテクノロジー活用を標榜しているか
  • 人事がビジネスおよび顧客に提供する価値を明確化し、複数の施策を有機的に機能させているか

(2)人事機能・IT機能/人材

  • 戦略に基づき最適な人事機能配置、サービス提供モデルを構築しているか
  • IT機能の内製・外注構成を最適化し、コスト効果の最大化を実現しているか
  • ITを活用するデジタル人材や機能に応じた人事要員の獲得や育成を実現しているか

(3)データガバナンス

  • 法令・規制を踏まえて、データ統制手続に係るガイドラインを整備・運用しているか
  • データドリブンの意思決定に必要なデータは、セキュアな環境下で恒常的に利用可能な状態となっているか

(4)人事プロセス

  • 個々の人事プロセスが提供するサービスは、明確な狙い・範囲が定義され、ビジネスに貢献しているか
  • 人事プロセスにおいて、テクノロジーの力をフル活用することによる高度化・効率化を実現しているか
  • 人事プロセスにおいて、データドリブンの意思決定を行っているか
  • 人事プロセスにおいて、戦略的にEXを向上できているか

(5)ITアーキテクチャ

  • コスト、効果、保守性、セキュリティ、地理的要件等の複合的な視点から、最適な人事システム構成を実現しているか
  • 人事業務の効率化・高度化のために、先進的な技術を積極的に取り入れているか
  • 従業員サービス視点から、生産性向上やマネージャー業務の支援、ワーク環境向上、キャリア開発支援等を多面的に実現するテクノロジーの活用ができているか
  • スキルをベースとすることで職務と人材をより詳細化、個別化した高度なタレントマネジメントを実現するためのプラットフォームが構築できているか
  • HRIS(人事情報システム)がカバーする領域外において、RPA等のテクノロジー活用によりオペレーションを効率化できているか
  • データドリブンな人事を実現するための人事データとビジネスデータを融合したアナリティクスプラットフォームを確立できているか

最後に ~実現するための実行力~

複合的な視点でHRDXの現状を把握した上で、その実現の過程には多くの困難が伴います。

目指す姿や課題は見えてきたが、どうやって変革を進めれば良いのか分からない、あるいは実行する人材が足りないというのが多くの企業の実態です。

PwCコンサルティングは実行面においても、クライアントに伴走しながらさまざまな観点からトータルで支援できる数少ないファームです。多くの企業の従業員がやる気に満ち溢れ、それぞれが持つ強みを最大限発揮するための、テクノロジーを活用した人材マネジメントの高度化へのチャレンジに私たちが貢献できることを願っています。

執筆者

若島 功卓

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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