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2019-07-29
大丸松坂屋百貨店やパルコなどを傘下に有し、GINZA SIXなど「脱・百貨店」のビジネスモデルにも果敢に取り組むJ.フロント リテイリング。同社は百貨店業界において、いち早く小売業の枠を超えた事業構造の変革を進めている。財務面での指揮を執るのは、社長の右腕であるCFOの若林 勇人 氏。同氏にCFOの役割や、IFRS(国際財務報告基準)、店舗別B/S(バランスシート)導入で大きく変わった現場の意識について話を聞いた。
(左から)田所 健、若林 勇人氏
対談者
若林 勇人
J.フロント リテイリング株式会社 執行役常務 財務戦略統括部長兼資金・財務政策部長(写真右)
1961年生まれ。85年、松下電器産業(現パナソニック)に入社。2013年、同社コーポレート戦略本部財務・IRグループゼネラルマネージャー兼財務戦略チームリーダー(理事)就任。2015年5月、J.フロント リテイリングへ入社し、業務統括部付財務政策担当。同年9月、同社執行役員業務統括部財務戦略・政策担当。18年より現職。
田所 健
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー(写真左)
1991年、青山監査法人入社。2000年、中央監査法人との合併により中央青山監査法人へ。06年あらた監査法人設立と同時に移籍、現在に至る。監査業務の他、IFRS(国際財務報告基準)導入アドバイザリー業務をはじめとした会計アドバイザリー業務、会計領域全般における業務改善に関与。
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 田所 健
田所 御社では、2017年度から業界に先駆けてIFRSを導入しています。2009年頃には「2015年頃から将来的に強制適用されるかもしれない」と言われていましたが、2011年の東日本大震災後、強制適用が先送りになりました。それでも御社ではIFRSを導入しました。その背景を教えていただけますか?
若林 もともと、強制適用を見越して準備を始めていたのですが、任意適用となっても導入しました。その目的は、大きく3つあります。1つは、適正な資産評価に基づいた効率経営の実践です。時価評価をしていくことで、当社のきちんとした実力を投資家や株主の方にご認識いただけるようにする。2つ目は、当期利益重視の経営管理という方向に大きくかじを切っていきたいということ。3つ目が、財務情報の国際的な比較可能性を高めること。一定割合いらっしゃる海外投資家の方々の利便性を向上させることでご評価いただきたいためです。この中でも私が重視しているのが、2つ目に挙げた当期利益重視です。2015年に入社した時から、当社の営業利益に対する意識は極めて高いものでした。ただ、日本企業における営業利益の中には特別損益や営業外損益は含まれていません。これらを入れたものが結局、当期利益になるわけです。資産の償却損や処分損など廃棄にかかわるものは、特別損失と言いつつ、毎年経常的に出てしまうもの。だからこそ当期利益を意識すべきであり、IFRSを導入した方がいいのではないかと考えたのです。
田所 百貨店にとって廃棄損は切っても切り離せないものですか?
若林 そうですね。売り上げを維持・向上させるために、法定耐用年数より短いスパンで、定期的に改装を重ねていかなくてはならないからです。お客さまもそれを望まれますし、ラグジュアリーブランドなどからの要請もあります。償却が済む前に新たな投資が進み、必然的に廃棄損が出るのです。経営管理の面からすると、このような状況では投資回収に対する意識は高まりにくい状況です。そこを変えていかねばと考えました。
田所 当時、百貨店業界ではIFRSを導入すると日本基準との会計基準間の差異から「消化仕入れについては売上高が純額表示となる可能性がある」と、IFRSの導入に二の足を踏んでいたイメージがありましたが。
若林 細かいデメリットはいろいろあるでしょう。当社でも議論に議論を重ねました。ただ、一番大事なのは、当期利益重視を全面に打ち出していくという方針。あと、その前から投資家の方々に向け、対外的目標として挙げていたROE(自己資本利益率)にもつながります。新しいことを判断する際、私は3つの判断軸があると思っているんです。この判断は大局的に見て正しいのか、中長期的に見て正しいのか、そもそも本質的なのか。そう考えた時に、今のタイミングで導入することが、当社が経営目標として挙げている投資効率性の向上につながると考えました。
さらには、財務が率先して社内の意識を変えたかったことも挙げられます。財務という部署は、最も保守的で堅いイメージがあると思います。つまり、普段は変化を求めない部署が先頭に立って、会計基準から社内の意識を変革したいという想いが裏にありました。
田所 しかし、まだ百貨店業界でIFRSを導入する企業は他に出ていません。
若林 日本の会計基準もどんどん世界基準に近づいていますから、あと数年もすれば、「あの時のJ.フロント リテイリングの判断は正しかった」となるんじゃないかと思っています。一方、正直、デメリットもあります。一番大きいのは、会計制度が何度も改正される点です。18年には、IFRS15号として「新収益認識基準」が、19年には16号「新リース基準」が適用されました。改正があると、それに対する業務フローの見直しや管理システムの変更を余儀なくされますが、今後もないとは限りません。ただ、そのデメリット以上に導入したメリットはあるわけです。
田所 IFRS16号の「新リース基準」は、百貨店事業にとって影響が大きいのでは?
若林 百貨店にとってもパルコにとっても大きいですね。店舗のリース期間に対する賃借料合計を現在価値に割り引いて、適用日までの償却計算したものを資産に計上しますので、総資産は約2,160億円増え、負債も約2,300億円増えます。この差額の約140億円が利益剰余金から減額となります。これによって総資産が増えるので、ROA(総資産利益率)は減り、ROEは上昇することになるのです。
田所 IFRS導入の1年前に店舗別のB/S管理も進められていますが、「新リース基準」で標準化でき、統一が図りやすくなった部分もあったのではないでしょうか。
若林 結果的には、店舗別のB/Sを導入してよかったですね。これまでは年間のリース料のコストだけを見て投資判断するケースがありましたが、これからは「何年使うのか」「割引率はどうするのか」など、ほぼ購入・取得と同じ基準で判断するべきだと考え方を変えました。
田所 各店舗の店長に店舗B/Sは浸透していますか?
若林 一定のレベルは浸透し、店長の皆さんにも意識してもらえるようになったとは思いますが、まだまだ変えていく必要があります。意識を高めてもらうために、人事部門と相談し、店長評価に資産効率指標への評価を加えてもらったんです。
正直、店長の皆さんは最初は戸惑いもあったと思います。自分たちの目標はいかに売り上げを上げるか、フロア面積当たりの売上利益を上げるかだという反発もありました。
田所 どう説き伏せられたのですか?
若林 「将来、店長の中からホールディングスや百貨店の社長が出るはずですよね」と問いかけました。トップに就いた時、投資家や株主の皆さんにB/Sに関する質問をされて「わかりません」と言うわけにはいかないんです。そのポジションに就いたからって急に理解できるわけでもないので、早いうちからきちんと勉強しなくちゃいけないし、認識するべきものだと思いますよ、と説きました。当社は、長い歴史の中で資金的にあまり苦労した経験はないのかもしれませんが、新規に事業を起こす経営者が一番苦労するのは資金調達。B/Sもきちんと見られないと、経営者としては不十分だとも伝えました。「経営者教育につながるはずですから、ここはきちんと自分の色を出し、どういう取り組みをするかを真剣に考えてやってください」って言いましたね。
田所 人財戦略の「次期経営幹部育成」の中に「経営者視点の醸成」とありましたが、IFRSから店舗B/S、幹部育成の全てがつながってくるんですね。
若林 つながっていますね。ただ、私が思うに、幹部人財と経営人財は違うと思うんです。幹部人財は、問われたことに対してきちんと答えを出せる人。いかに正確で迅速にきちんと対応できるかが問われるのではないでしょうか。一方、経営人財は、その問い自体を作る人。「何を作るべきなのか」という問いを作れる人なのです。その時に、売り上げも利益ももちろん大事ですが、究極的には資金につながるはずです。だからこそ、今のうちからB/Sを見られるようにしておかないといけない。もしかしたら学生時代もファイナンス理論や会計学を学ばれてきたかもしれませんが、それと実践とはやっぱり違います。店長の皆さんは、まさに今、これ以上恵まれた環境はないほどの勉強の場にいます。「だからそれを一生懸命やってください。僕はこの中から将来の社長が出ることを期待しています」とお伝えするんです。
田所 経営人財に必要な「問う力」で言えば、日本人は問いかけに答えることは上手な人が多いですが、問いかけそのものは苦手かもしれませんね。
若林 私、セミナーなどに受講生として出席する時は、必ず質問することに決めているんです。それも、何でも質問すればいいわけではなく、いかにポイントをきちんと把握してプレゼンターに質問できるか、本質的な質問になっているかを考えながら質問するわけです。「質問力」のトレーニングですね。
田所 ESG(環境・社会・ガバナンス)にも積極的に取り組んでいらして、5つのマテリアリティ(重要課題)には、低炭素社会への貢献やダイバーシティの推進などを選定され、先日の株主総会でも、社長が「さまざまな事業の根幹を成すもの」と話されていました。
若林 ESGは、社長の想いが強い部分です。「持続可能な社会を目指すべきだ。そうでないと当社の存続も危ぶまれる」という考えが基本にあります。実現するために具体的にどうあるべきか、どんなスケジュールでターゲットは何かを明確にする必要があります。
田所 最終的な到達目標を2050年に定められ、かなりの長期にわたって取り組まれるのだという意思を感じます。
若林 途中経過として2030年にベンチマークを置いています。前職の話で恐縮ですが、長期に考えるのは、松下 幸之助 氏に似ているんです。彼は数百年単位で目標を設定し、それを何分割にもしました。最小単位は50年くらいだったと思います。当然、ゴールは見えませんが、50年で何をすべきか考えて逆算すれば、中長期的に何をすべきかはおのずと見えてくるし、どの部分が遅れているかもわかります。
田所 ESGに対してCFOとして若林さんがすべきことは?
若林 そのような大事な取り組みが最終的にどう収益に結びつくかまで示せるようにしたいですね。まだ、どの会社もそこまでたどり着けていないと思いますが。下手をすると費用増加だけが進み、単なる社会貢献で終わってしまう可能性もありますが、それはそれで大事なことだと思います。けれども「持続可能」を続けていくためには、企業業績にも何らかの貢献ができることを目に見える形にしていかないといけないと思いますね。数字の部分を明確にしていくのが、財務や私の役割の1つなんだと思います。
ESGのうちガバナンスは、間違いなく日本企業の中で当社はトップクラスでしょう。2017年にはコーポレートガバナンスの強化に取り組み、指名委員会等設置会社へ変更しています。社長と投資家の方々との対話の機会も、他社に比べて断トツに多いんじゃないかと思います。
J.フロント リテイリング株式会社 若林 勇人氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 田所 健
田所 社長は、異なる文化や考え方を積極的に取り入れることにより、多様性を生かした新たな成果につなげようという「異分子結合」を語られていますが、若林さんはまさに組織に入れられた「異分子」であり、新たな成果を創る代表でいらっしゃると思います。製造業からの転身で、違いは大きかったですか。
若林 事業はもちろん違いますが、私が担当している財務では、目指すところは同じだと思いますね。明らかに違うのは、メーカーはいわゆるキャッシュ化速度というCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)が40日くらいあるわけです。一方、百貨店は毎日お金が入ってくるのでこの期間がものすごく短いんです。資金やB/Sに意識がいかない1つの理由でもあると思うんですが。かつ、売上仕入れでも在庫を持たない仕組みにしています。しかし、資本家や株主の皆さんはそこから一歩進んだ考えをお持ちで、投資回収・資本効率を求められるので、こちらも意識を変えなくてはいけないんです。その役目で私が入ったと思っております。だから、ずっと百貨店でやって来られた方々がなかなか社長にお話しづらいことも、僕が意識して伝えるようにしています。明らかに投資に対する現場の意識は変わったなと思いますね。
ただ、企業文化という面で言えば、3~4年で変わるものではないし、変える必要もないと思っています。いい面もいっぱいありますから。いい企業文化を生かしながら、今までと違った観点でのアプローチすることが大事なのかなと。そこの部分は徐々にではありますが、成果が出てきたかなと思いますね。
低迷する百貨店業界において、攻めの姿勢を貫くJ.フロント リテイリング。財務でも、業界の先陣を切ってIFRSの導入に踏み切り、当期利益を重視した経営を目指しています。IFRSと連動して店舗別B/Sにも取り組み、対外的には投資家・株主の満足度を高め、社内的にはお金に対する意識を高めてきました。この「財務改革」の指揮を執ってきたのが、CFOの若林 氏です。メーカーという全くの異業種から百貨店への転身で改革を手掛ける若林 氏は、同社社長が掲げる変革ビジョンを財務の立場から考え抜いて実現し、入社以来、現場の活性化に大きな役割を果たしています。若林 氏が取り組むのは、IFRSや店舗別B/Sの導入のみならず、その先にある事業ポートフォリオの変革や経営人財の育成、ESGなどのあらゆる経営ビジョンです。その1つひとつが全てつながることに感銘を受けました。
CFOは社長のビジネスパートナーとも言われます。日本企業にはいまだ根づかないCFOのあるべき姿を見せてくれるのが若林 氏と言っても過言ではないでしょう。今後、J.フロント リテイリングがいかなる戦略と成果を見せてくれるのか楽しみです。