第2回 「企業における多文化共生の現在地:誰に何が起きているか」

2024-02-15

はじめに

本連載では、企業で働く多様な人々のうち、日本で働く外国籍・外国にルーツや関わりがある人々が日々経験している“見過ごされがちな働きにくさ”や、それを生み出す社会システムに焦点を当て、私たち一人一人がどのような行動をとるべきかを紹介します。

第1回では、外国に関わりがあると自己認識しているワーカー(外国籍の人や外国にルーツを持つ人、留学や就業で長期間外国にいた人、外国人学校の出身者など)に対して実施した、日本で働く中で困っていることや働きやすい環境等についての調査結果を紹介しました。

本稿では、対象者へインタビューを実施し、そこから職場における“外国人”とは誰か、今何が起こっているのか、について考察します(本コラムはアイオワ大学社会学部博士課程の宮内栄氏と共同執筆しました)。

1. 職場における“外国人”とは誰か

まずは国籍という観点で考えてみましょう。

法務省の「在留外国人統計」によれば、日本には令和5年の段階で約322万人の在留資格を有した人々がおり、過去の推移を見ると近年増加傾向にあります。(図表1)

図表1 在留外国人数の推移(資格別)

過去10年(2013~2022)の国別内訳を見ると、地理的に近く歴史的関係性の深い、中国や韓国の割合が高いことが分かります(図表2)。近年はベトナム、フィリピン、ブラジル、ネパールが増加していますが、トップ10カ国・地域のうち米国とブラジルを除く8カ国・地域はアジア諸国です。

実際のところ、第1回で紹介したアンケート調査の回答者についても、アジア系が多数を占めていました。

図表2:過去10年 (2013~2022)の在留外国人の推移(国籍・地域別)

ここで皆さんに質問です。以下の人たちについてどう思われるでしょうか。これらの人々を“外国人”とカテゴライズできるでしょうか。

  • 日本で生まれ育ち、母語として日本語を使用している米国籍の人
  • 日本で生まれ育っているが、一方の親が中国籍で、インターナショナルスクールに通っていた人
  • 韓国籍だが、特別永住者*1として、生まれも育ちも日本である人
  • 日本国籍であっても他国の異なる価値観の中で育ってきた人

第1回のアンケート調査でも、“外国人”だから働きにくい、日本国籍だから関係ない/当事者ではない、というものではなく、“問題を感じる”と回答した多くの人の国籍は日本となっていました。また、挙がってきた問題の多くは「外国人に対するバイアスや偏見、コミュニケーション/文化的差異の衝突、習慣社会制度等の前提/暗黙知がわからないこと」であり、“外国人”に対する本人と周辺の認識のズレが背景にあると推察されます。

このように、国籍等の属性では、個人のアイデンティティを完璧に語ることができないということは、多文化共生を考える際に認識いただきたいポイントとなります。

2. 日本の職場で何が起こっているのか

実態をより正確に理解するため、「外国籍または外国に関わりがあると自己認識している労働者」に対して追加インタビューを実施しました。
以下の図表3はインタビューで語られたエピソードの一部です。

図表3:日本の職場で困ったこと
属性 エピソード エピソードから読み解いた問題点
日本国籍
(学生時代は海外で生活)
「日本人」として同じ価値観を持っていると決めつけられ、上司に外国に関する「ジョーク」という名の差別的発言に同意することを求められた。この状況で自分が指摘しようとしても、「当事者じゃないくせに」と言われそうで、意見できる雰囲気ではなかった。
  • 「国籍」が同じであれば、自身と同じ価値観を有していると誤解している
  • 「当事者」でない人間の前では、差別的発言が問題にはならないと考えている
  • 国籍などの特定のカテゴリに対する冗談が差別的な発言となることを理解できていない
中国籍
(中国で育ち就職時から日本在住、N1*保持)
「あなたの日本語が恥ずかしいから顧客対応を任せられない」と言われ、顧客対応を任せてもらえなかった。顧客からの要望であるように感じ、直接的な差別・ハラスメントであるとは言いにくかった。
  • 恥ずかしい日本語という理由は抽象的であり、顧客対応を任せない説明ではない
  • そもそも”恥ずかしい”という指摘は「正当な」日本語から逸脱した「劣った」ものという前提を含む発言であるため、不適切である
韓国籍/在日コリアン
(生まれも育ちも日本)
信頼していた上司から「採用する条件が同じなら、中国人より日本人を選ぶ」との発言があった。自分に言われているようで、違和感はあったが咄嗟に職場の上司に指摘することは難しく、見過ごしてしまった。一見些細な発言だとしても、心にわだかまりが残った。
  • 特定の国に対する否定的な姿勢が許容されると考えている
  • 国籍などの特定のカテゴリに対する否定的な発言を聞いた人間が、発言者に対して不信感を抱くことが理解できていない
  • 反論や指摘をしないことと、許容は同義ではない
両親が韓国国籍と日本国籍
(義務教育の大半は日本)
上司が顧客の前で「韓国人は礼儀も分からずすみません」と笑いながら発言していた。訪問先で顧客の前にいる立場では何も言えなかった。上司は顧客と一緒に笑っていた。上司からはフォロー等もなく、実際にどう思っていたのかはわからないが、上司への信頼はもちろんなくなった。以前から同じような経験が多く、うんざりする。
  • 特定のミスや誤りの理由として、国籍を持ち出すことは適切ではない
  • 不適切な発言であっても、訪問先や、上司・部下の関係など、職場環境によっては反論・指摘できないことを理解できていない

出典:「外国籍・あるいは外国に関わりがあると自己認識している労働者」を対象としたインタビューよりPwC作成
*日本語能力試験の5つのレベル(N1~N5)のうち最も難しく、幅広い場面で使われる日本語を理解できるレベル

皆さんは、上記のような場面に遭遇したことはあるでしょうか。その際に、このような人々に寄り添うことはできていましたか。もしかしたら、このような場面に問題が潜んでいたことを認識していなかった方もいるかもしれません。

今回のインタビューでは、実際のエピソードを語っていただくことができましたが、このような調査の機会がなければ、職場で発生したこれらの出来事は語られることなく、埋もれたままとなっていたかもしれません。また、これらのエピソードは氷山の一角であり、日々どこかで発生している事象です。日常にこのような事象が潜んでいるかもしれないと意識することが、多文化共生に向けての第一歩ではないでしょうか。

今回ご紹介したエピソードの多くは、「マイクロアグレッション」という言葉で語られます。より深い議論ができるように、次節では「レイシズム(Racism)」と「マイクロアグレッション」について紹介します。

3. マイクロアグレッションとは

国際連合では、世界人権宣言や人種差別撤廃条約を通して、人種による差別を防止し処罰するために立法・司法・行政・その他の措置を取ることを義務付けています。

レイシズム(Racism)は、人種差別や人種主義と訳され、人種(race)に基づく思想や差別を意味します。レイシズムによって引き起こされる、ヘイトクライム(人種・民族・宗教など特定の属性を持つ個人や集団に対する偏見や差別が元で引き起こされる犯罪行為)が、現在世界中で発生しています*2

マイクロアグレッションは、ありふれた日常の中にある、ちょっとした言葉や状況であり、意図の有無にかかわらず、特定の人や集団を標的とし、人種、ジェンダー、性的指向、宗教を軽視したり侮辱したりするような、敵意ある否定的な表現を指します*3

マイクロアグレッションはその「目に見えない」性質から、伝統的で露骨なレイシズムよりもマイノリティに心理的葛藤を与えるものと言われています。一度だけなら影響は小さいかもしれませんが、社会の中で周縁化された属性集団に属する人々は、生涯にわたって継続的に経験します。その影響が蓄積した結果、精神的・健康的問題を引き起こすことも研究*4で提示されています。

一方で、「差別は悪いものである」と強く考えている人であっても、マイクロアグレッションを誘発しうる“偏見”を完全に排除することはできません。執筆者も読者も例外ではありません。そして、残念ながら、今回の調査を通じ、「マイクロアグレッション」が日常的に存在しているというのが日本の職場における多文化共生の現状であることが明らかになりました。

次回は、上記をふまえて何が問題か、今後私たちはどうしていけばよいのかについて考察します。

Appendix

1. 在留外国人統計の用語の定義
用語 解説
中長期在留者 出入国管理および難民認定法上の在留資格をもって我が国に中長期間在留する外国人で、具体的には次の①から⑥までのいずれにもあてはまらない者

① 「3月」以下の在留期間が決定された者
② 「短期滞在」の在留資格が決定された者
③ 「外交」または「公用」の在留資格が決定された者
④ ①から③までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された、日本台湾交流協会の本邦の事務所もしくは駐日パレスチナ総代表部の職員またはその家族)
⑤ 特別永住者
⑥ 在留資格を有しない者
在留外国人 中長期在留者および特別永住者
総在留外国人 在留外国人および出入国管理および難民認定法上の在留資格を持って我が国に在留する外国人のうち、次の①から④のいずれかにあてはまる者

① 「3月」以下の在留期間が決定された者
② 「短期滞在」の在留資格が決定された者
③ 「外交」、「公用」の在留資格が決定された者
④ ①から③までに準じるものとして法務省令で定める者(「特定活動」の在留資格が決定された,日本台湾交流協会の本邦の事務所もしくは駐日パレスチナ総代表部の職員またはその家族)

出典:出入国在留管理庁ホームページ「在留外国人統計(旧登録外国人統計)用語の解説」を基にPwC作成

2.マイクロアグレッションの種類
意図的 マイクロアサルト
(攻撃)
主に悪口、回避行動、または意図的な差別行為を通じて対象の被害者を傷つけることを目的とした言語的または非言語的な攻撃が特徴。意識的かつ意図的である可能性が最も高い、個人レベルで行われるいわゆる「昔ながらの」人種差別に最も近しい。

(例)誰かを「有色人種」または「東洋人」と呼ぶこと、人種的な形容詞を使うこと、異人種間の交流を妨げること、有色人種の前で意図的に白人の常連客に奉仕すること、かぎ十字を掲げること等
無意識的 マイクロインサルト
(侮辱)
人の人種的伝統やアイデンティティを貶めるコミュニケーション(発言・態度)が特徴。社会的批判を受けるという認識の下、以下の3つの形で特に発露するような発言・行動を指す。
①自分の匿名性が担保されると確信している時
②バイアスに満ちた行動に対して周囲が何も行動しないだろうという「安全」を感じている時
③興奮、飲酒等により自制心を喪失している時

(例)白人の雇用主が有色人種の候補者に「人種に関係なく、最も適任な人がその仕事に就くべきだと思います」と言う、有色人種の従業員に「どうやって仕事に就いたのですか?」と尋ねる、白人の教師が教室内で有色人種の生徒を認めない、白人の上司が黒人従業員との会話中にアイコンタクトを避けたり背を向けたりして気が散ったように見える等
マイクロインバリデーション
(無効化)
有色人種の心理的思考、感情、経験的現実を排除、否定、または無効にするコミュニケーションが特徴。マイノリティの心理状態・感情・経験を無意識に排除・否定・無化する発言を指す。Sue, Derald Wing(2020)は、リアリティを直接的かつ陰険に否定するため、3種類のマイクロアグレッションの中でも最もダメージが大きいと指摘した。

(例)アジア系アメリカ人(アメリカで生まれ育った)が上手な英語を話すと褒められたり、どこで生まれたのか何度も尋ねられたりする、たいしたことじゃない、悪気はなかった、何をそんなに悩んでいるの、のような発言等

出典:Sue, Derald Wing,2020.『Microaggressions in Everyday Life-Race,Gender&Sexual Orientation』を基にPwC作成

本コラムはアイオワ大学社会学部 (Department of Sociology, University of Iowa)博士課程(Ph.D.Student)宮内栄氏(Ei Miyauchi)と共同執筆しました。

*1 韓国籍は「特別永住者」の大多数を占めており、2022年の在留外国人総数の韓国籍の人数の内、6割は生まれも育ちも日本である「在日コリアン」の人々にあたる。

*2 米国では関連法案として、連邦保護活動法・ヘイトクライム統計法・ヘイトクライム判決強化法を制定。そのうち、ヘイトクライム統計法より、発生した犯罪について米国全土を包括するデータ収集を司法省が行い、報告することを法的に定めている。米国連邦捜査局「ヘイトクライム統計法に関する年次報告書」(2021)によると、一つの偏見に基づくヘイトクライムは10,530件、複数の偏見に基づくヘイトクライムは310件発生している。偏見に基づくヘイトクライムのうち、64.5%は人種/民族/血統、15.9%は性的指向、14.1%は宗教についての偏見に基づき、ヘイトクライムの元となる差別・偏見としてはレイシズムが最も多い割合を占める。

*3 出典:Sue, Derald Wing,2020.『Microaggressions in Everyday Life-Race,Gender&Sexual Orientation』、詳細はAppendix.2を参照

*4 注釈3参照

執筆者

辻 信行

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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下條 美智子

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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佐藤 真美

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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