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新興技術(エマージングテクノロジー)は社会に浸透することで、望ましい未来のデザインを可能とし、また国際的な課題を解決しつつ「あるべき姿の実現」を目指すデマンドプル型経済活動と融合することで、社会変革を加速させています。この融合は、研究開発とイノベーションに関わる研究者、企業、政策立案者など全ての関係者に対し、イノベーションプロセスの変革を求めるものです。
本コラムシリーズでは、欧州で議論が先行する「責任ある研究とイノベーション(RRI)」の実践が作り出す社会経済の好循環を読み解きます。その第1回は、新興技術が社会にもたらす正と負の影響を研究開発段階で発見し、それらを共有・整理・議論することで新興技術の社会浸透を円滑に進めるフレームワークであるELSIから、RRIへの進化を解説します。
※本コラムは大阪大学社会技術共創センターとの共同研究の成果に基づくものです。
科学技術の進歩は私たちの社会を豊かにしてきました。しかしその一方で、科学技術は社会にマイナスの影響を与える可能性が常にあるということを忘れてはいけません。
1990年に開始された米国のヒトゲノム研究は、新興技術と人間社会の関係を考えるきっかけとなりました1。そして科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)、あるいはそれらに関する取り組みが主として研究開発のファンディングプログラムに組み込まれるようになりました。近年、ELSIは倫理的・法的・社会的課題そのものや、それらに関する研究などを包括的に表現する標語となっており、新興技術が社会にもたらす正と負の両方の影響を可能な限り研究開発の早期段階で発見し、それらを社会との間で共有し、論点を整理し、また議論することにより、新興技術の社会浸透を円滑に進めるためのフレームワークとされています。
責任あるイノベーション(RRI)は、「新興技術がELSIを十分に考慮したうえで公共の利益のために開発され、倫理的に許容され、経済的、社会的、環境的な持続性を保証するものであるために必要不可欠な実践的行動」と定義されます。つまり、RRIはELSIの発見を含む一連のイノベーションプロセスです2.3。
近年、新興技術の開発、普及、運用にあたっては、関係者間の価値観の調和と、政治的、経済的、行政的権限の行使によってそのテクノロジーが適切に管理され、それにより社会の信頼を得ることが重要視されるようになってきました。そうした社会からの要請に応えるため、企業にはテクノロジーガバナンスの構築と、その持続的運用が求められるようになり、ELSIを取り入れる企業も増えています。
しかしながら、テクノロジーが社会に普及した後にはじめて規制やガイドラインを制定し、社会への影響をコントロールすることは困難です。したがって、研究開発の初期段階にありながらも社会実装に向けた技術革新が急速に進み、かつ未来社会に大きなインパクトをもたらすと予想される新興技術(例:量子)に対しては、長期的かつ積極的にリスクに対処するRRIのアプローチを採用することが重要です。
RRIは、イノベーションの上流から下流までを俯瞰し、適切なステークホルダーを巻き込んでELSIを発見することと、社会的目標、価値観、懸念を共有し、リスクを軽減あるいは除去するための方策について議論することを軸とします。研究開発の進展とともに変化するテクノロジーが社会に及ぼし得るリスクを予測し、その軽減のために必要な専門的知見を取り入れたり、技術標準や規制、テクノロジーの利活用に関するガイドラインを策定したりすることで、イノベーションの持続性を確保し、新興技術を活用した製品やサービスの社会受容性を高めることが可能となります。
RRI先進地域である欧州では、主として4つの主要な価値観が強調されています(図表1)4。これらのRRI要素を科学的要素と一体的に扱い、価値観を実践的行動へと落とし込むとき、より堅牢で社会に受け入れられやすいイノベーションが実現するとされています。では、RRIに目を向けなかった場合、どのようなリスクが予想されるのでしょうか。
例えば量子コンピュータは大規模データを用いた複雑な計算を可能とし、自然現象のシミュレーション、物質・材料の探索、エネルギー配分の最適化などを通じて多くの社会課題の解決に貢献することが期待されています。一方で、量子コンピュータは現在最も堅牢とされる暗号の解読を可能にします。また、多くの量子技術は軍事的な二次利用が可能とされています。「期待・予測」や「省察」の欠落は、当初の目的とは異なるイノベーションの結果を招き、企業のレピュテーションを損なう可能性があるのです。
AIや量子技術の研究開発は複雑で、インフラに依存せざるを得ず、また研究・開発費が高騰するという特徴があります。したがって、テクノロジーへのアクセスの可否が企業、国、地域の間で無視できない経済格差を生むと指摘されています。また、知的財産の国際競争は地政学的な国家間の力学バランスに刺激を与えています。競争原理を働かせつつも、柔軟な知的財産の運用を行うことで公開性や透明性を担保し、社会、地域、地球環境を考慮したRRIを実践することは、投資を呼び込み、ビジネスの持続性を確保することにつながります。
RRIのアプローチでは、テクノロジーごとにその社会における役割を構想し、テクノロジーと社会を結びつけるためのアーキテクチャやテクノロジーの正しい利用をデザインします。また、テクノロジーがもつ潜在的リスクを軽減するための補完的研究開発や、テクノロジーの社会浸透を支える人材の育成にも目を向けさせます。RRIの推進は、企業により堅牢で持続的なビジネス創出の機会をもたらすのです。
第2回コラムでは、新興技術に関するRRI起点のガバナンス構築に向けた海外の状況を紹介します。また第3回では、日本におけるRRIの実践に向けて、企業等が取り組むべきことについて考察します。
1 Tastuhiro Kamisato, 2022. The Birth of ELSI: its prehistry and development. IEICE ESS Fundamentals Review 15(4), pp.318-332.
2 S.E-Jakobsen, Arnt Fløysand, John Overton, 2019. Expanding the field of Responsible Research and Innovation (RRI) – from responsible research to responsible innovation. European Planning Studies, September 19, 2019.
3 René von Schomberg, 2013. Vision of Responsible Research and Innovation. in Owen, R., Bessant, J., Heintz, M., Responsible Innovation, Wiley, 51-74.
4 Cecilie A. Mathiesen, 2023. ERA4Health Responsible Research and Innovation (RRI) Guidelines1. Accessed February 28 2024. https://era4health.eu/responsible-research-and-innovation-rri/