―調達部門が今考えるべきこと―

企業が生き残るためのグローバルサプライチェーン調達リスク管理

  • 2025-03-07

グローバル企業の調達リスク管理は、外部データと最新テクノロジーを活用しTier1からTierNまでのサプライヤー階層や輸送経路を可視化しています。一方、国内企業は出遅れており、システム導入、デジタルリテラシーや分析力、コミュニケーション能力が求められます。国内企業はこれに追随しなければ競争力で今後大きく劣る可能性があると考えます。本稿では、調達リスク管理の重要性について解説し、調達部門の今後の取り組むべきことについて提言します。

グローバル企業の調達リスク管理:出遅れている国内企業に必要な要素

調達リスク管理は、これまでTier1サプライヤーのQCDや財務状況を管理することが中心でしたが、昨今の外部環境の変化によってサプライチェーンが複雑になり、より広範囲なリスクに対し迅速な対応が求められています。

これからは、Tier1から末端のTierNまでのサプライヤー階層に加え、輸送経路、輸送ハブ拠点までのサプライチェーン全体の可視化が大前提で、ロケーションごとにどのようなリスクが潜んでいるのか、事前に察知することが必須となります(図表1)。グローバル企業は国内企業より先行して取り組んでいますが、国内企業ではごく一部にとどまっています。しかし、2030年以降は多くの国内企業が当たり前のように取り組んでいることでしょう。

図表1:サプライチェーン全体とリスクの可視化のイメージ

グローバル企業が進めているポイントは大きく2つです。

1. 外部データの活用

外部データとは、サプライヤーデータ、ソーシャルメディアデータ、外部機関が発行するデータなどさまざまあり、多様化した潜在的リスクの抽出や対策の検討に欠かせません。サプライヤーデータは、評価結果、下請け情報などのサプライヤーごとにユニークな情報、ソーシャルメディアは政治的な動きや自然災害などの情報、そして外部機関が発行するデータは、財務情報、各国または地域の規制情報、調査機関の公開情報、貿易情報などで膨大にあります。これだけさまざまな外部データがあるものの、未だに一部のサプライヤーデータと財務データで管理している国内企業は多いのです。

2. 最新のテクノロジーの活用

前述のとおり、外部データは膨大な量があり、これを人が表計算ソフトで分析するのには限界があり効率的ではありません。リスクの種類によっては専門知識がなければ予測が難しく現実的ではないため、分析にはビッグデータ解析やAIの活用が欠かせません。

システム導入の重要性:外部データと最新テクノロジーで調達リスクを一元管理

前述のとおり、外部データや最新のテクノロジーの活用にはシステムが不可欠です。システム導入無しで情報を収集するには、以下のような懸念があります。

1. 外部データを収集する際の懸念

外部データとしては、財務、人権、地政学などそれぞれに特化したものや、国・行政が発行する地域に特化したものなどさまざまなデータソースがあります。例えばEUでは、環境規制に関する物質情報を定期的に更新しており、企業としてはこのような規制情報をいち早くキャッチしなければ、EU域内のサプライヤーから調達できず生産停止、またはEU域外から調達し生産できたとしても、EUへの輸出時に税関で止められる可能性があります。このようなデータソースはグローバル全体でみると何百万と存在するため、グローバルに事業を展開している企業は、サプライヤーやロケーションごとに適切なデータソースを見極めるのは不可能に近いといえます。

2. サプライヤーデータを収集する際の懸念

表計算ソフトなどを活用してサプライヤーから情報を集めるには以下のような懸念があります。

①情報がタイムリーに収集できず陳腐化

②情報収集に大きな人的リソースや工数が必要

③サプライヤーが以下を懸念し協力してくれない

  • サプライヤー側の懸念事項
    • (競争)自社のサプライチェーン情報が競合他社へ流出
    • (法的リスク)公開したことで規制違反などが発覚した際に生じるペナルティ
    • (信頼性)提供した情報によって誤解や混乱を招き信頼性が低下
    • (コスト)提供した情報を調査されることによるコスト交渉上の不利
    • (複雑さ)サプライチェーンが複雑で、そもそもサプライヤー自身が把握困難

サプライヤーから協力を得るには下記のような対応が必要と考えます。

  • (関係構築)現地訪問を定期的に行い、困りごとの吸い上げから課題解決に共に取り組むことで、相互利益の追求など、対話によるリレーションを強化。特に調達部門の役員レベルが訪問するとより効果は大きい
  • (契約)上記懸念事項が担保されるよう契約書またはNDAに文言追加
  • (インセンティブ提供)情報提供に協力的なサプライヤーには、サプライヤー評価のポイントアップや取引量の拡大、長期契約の締結、共同開発の推進など
  • (透明性の確保)一方的な情報公開ではなく、自社側の事業目標などサプライヤーにとっての有益な情報を共有

このようにシステムを導入せずに調達リスク管理業務を行うことは、サプライヤーおよび管理するリスクを限定すれば可能ではあるものの、リソースや工数の負荷は高くなります。国内では人口減少が懸念される中、アナログ的な管理はそう長くは続かないでしょう。

ここで、最新の調達リスク管理システムの特徴について紹介します。Tier1サプライヤーとTierNサプライヤーの関係性や輸送経路、輸送ハブ拠点などを自動的または半自動的に可視化できる点、多様化したリスクを一元的に管理できることから、生産性が非常に高まります。数百万もの外部データをシステムと繋ぎ、AIがそれらを分析して適宜更新しビジュアル化してくれます。

グローバル企業はいち早く導入メリットを理解しレジリエンスを高めているため、国内企業もこれに追随しなければリスク管理の面で後れを取り、競争力で劣ってしまうことが危惧されます。

デジタル時代の調達人材に求められるスキル

テクノロジーとAIは絶え間なく進化し続けており、今後も想定以上の速度で発展していくことが考えられます。調達業務にデジタルツールは不可欠となることから、調達人材がデジタル時代を生き抜くには次のようなスキルが重要となるでしょう。

  • デジタルリテラシー
    デジタルツールで必要かつ精度の高いアウトプットを得るには、デジタル技術やAIの仕組みを理解し、適切に使いこなす力が欠かせません。今後より機能が充実し、仕様が複雑になるデジタルツールの基本操作の理解は大前提で、例えば生成AIにおいては質問の仕方で回答レベルが大きく変わることから、有用な洞察を引き出すためには高い質問能力が求められます。テクノロジーを学び続ける姿勢は大切で、リスキリングを怠る企業や人材は時代に置いていかれる恐れがあります。
  • 分析力と戦略的思考
    AIやツールは瞬時に結果などを表示してくれますが、導出された結果をそのまま受け取るのではなく、それをどう解釈し、どのように調達戦略へ落とし込むかを考える力が重要です。未来ではAIが情報収集、分析、調達戦略立案までしてくれる時代が到来すると思われますが、その戦略の妥当性を検証するために、内外部環境の調査から自身でも裏付けを行い、結論を導くスキルがより求められるでしょう。
  • コミュニケーション能力
    AIが進化してもサプライヤーや社内の関連部門と連携し戦略を実行する力は今後も欠かせません。人にしかできない「交渉」、「調整」、「リレーション構築」などのスキルの重要性はむしろ高まるでしょう。

PwCの第27回世界CEO意識調査によると、日本のCEOの27%が企業の価値創造の阻害要因の1つとして「テクノロジーに対する自社の技術不足」を挙げているように、企業が競争力を維持・向上していくには、こうしたデータとテクノロジーを適切に活用しながら戦略的な判断と実行を下せる人材は貴重で、育成や登用が急務となるのではないでしょうか。

今後の調達リスクとなりえる主なトピックと調達がまず取るべき対応

国際情勢はこれまで以上に目まぐるしく変わり、調達部門にも影響が及ぶでしょう。本稿ではM&A、トランプ関税、台湾有事の3つの点について触れ、調達部門の取るべき対応について説明します。

1. M&A

レコフデータの集計によると日本企業が関連するM&Aは2010年以降右肩上がりで増加し、コロナ禍以降は毎年のように年間4,000件を超え、世界全体では年間50,000件近く行われています。この要因は、経済環境の変化、技術革新、グローバル化、規制の変化などによるもので、それらを鑑みると今後のM&Aは著しく減ることはないと思われます。このM&Aが調達に及ぼすリスクとして次のようなことが考えられます。

  • サプライヤーの統廃合で供給体制が変わることによる供給の不安定化
  • 品質管理体制が変わることによる部品・製品の品質低下
  • 大手企業の買収によって交渉におけるパワーバランスが変化し、購入価格が上昇
  • 契約条件の見直しによる、不利な条件での契約締結
  • 生産場所の移転などでサプライチェーンが複雑化となり混乱に陥る

これらリスクを乗り切るために調達部門は、リスク管理を常時見える化し、サプライヤーを定期的に評価しておく必要があります。加えて、重要部品や一社購買品においては複数購買の推進や代替サプライヤー候補を開拓しておくことが重要でしょう。自社にとってその部品や製品が競争力維持に欠かせないコアなものであれば、事業ごと買い取って内製化することも戦略の1つとなりえます。そのためには、デジタルツールを活用したサプライチェーン全体の可視化、重要部品との紐づけ、シナリオ分析、サプライチェーン再構築のシミュレーションを行うなど、いつでも切り替えられるよう事前準備が肝要です。

2. トランプ関税

米国のトランプ政権の今後の動きは間違いなくグローバルサプライチェーンに大きな影響を及ぼすでしょう。不透明であり不確実性が高く、中でも米国の関税政策は中国などからの一部製品の輸入に対し高関税を課す動きに出ていますが、他の国も他人ごとではありません。調達部門としては、調達金額が大きいものに限定してでもTier1からTierNまでのサプライチェーン全体を可視化し、どのTierのサプライヤーが関税の影響を受けそうか事前に検証やサプライヤーからヒアリングするなどし、サプライチェーンの再構築の検討が必要となるしょう。事前に動かない企業はいつの間にか調達部品の価格が上昇し、サプライチェーンの混乱に巻き込まれるなど、企業利益に影響が及ぶ恐れがあります。

3. 台湾有事

中国による台湾侵攻のリスクが指摘されています。仮に、それが現実的なものになるとサプライチェーンに大きな影響を与えることは間違いないでしょう。ウクライナ情勢の際に対応が後手に回り影響を受けた企業は少なくないですが、日本企業は中台依存が大きく影響はそれ以上に大きくなるのは明白です。よって、まずやることは前述の1、2同様に、サプライチェーン全体を可視化することです。ただここで気を付けていただきたいのは、影響は中台だけではないことです。台湾有事が起きると台湾海峡を通る海上輸送が妨げられ、中台以外のアジア諸国からの貿易停滞、もしくは航空輸送への切り替えにより物流コストが大きく上昇します。事前対策の検討に向けて、輸送経路を含めたサプライチェーンの全体可視化が必要です(図表2)。

図表2:台湾有事に備えたサプライチェーンの可視化

(参考)IPO(International Procurement Office)について
上記3つ以外にもグローバルサプライチェーンではさまざまな問題が起こりえるでしょう。グローバルサプライチェーンを構築している企業は、IPOを設置しているケースが多いと思われますが、調達リスク管理の観点から、今後その重要性は増していくと考えます。主な理由は、調達の基本である品質への対応とサプライヤーとのリレーション構築に加え、現地情報の収集が重みを増すという点にあります。国際調達の懸念点はサプライヤーとの価値観の違いなどから品質リスクが低下することが大きいことですが、定期的な工程監査でサプライヤーに品質指導を行うことで改善が可能です。これはサプライヤーにとっても品質が上がり、良好なリレーションの構築につながり、Win-Winの関係を築きやすくなります。日本にしか調達機能が無い場合、システムを導入しAIがリスク情報を事前に察知したとしても、情報の確からしさを確認するのに時間がかかる可能性があります。IPOがあることで、現地の規制情報などを正しくかつ事前に把握することが容易になり、リスクの対策検討、代替サプライヤーの開拓などの事前対処がしやすくなることは大きなメリットでしょう。

最後に

調達リスク管理は、「さまざまな問題を事前に予測し事前に手を打つ」段階に移行しており、これにどう対応できるかかが、今後の企業の競争力を左右するでしょう。この業務は利益に直結することから、調達部門には下記の強化が求められるのではないでしょうか。

  • 多様なスキルセットを持った人材強化
    調達人材には、デジタルスキル、データ分析スキル、コミュニケーション能力などが求められます。例えばサプライチェーン安定化のためには、開発段階から開発・設計部門、品質保証部門などに調達リスク管理の結果を基にサプライヤーの変更提案や部品もしくは材料の変更提案など折衝できるスキルが必要です。
  • クロスファンクションの強化
    調達リスク管理業務を円滑に進めるためには、他部門とのスムーズな連携が不可欠です。そのためには調達部門主導で情報を可視化し関係部門で共通の理解を得ることは大前提となりますが、他部門を動かすためには共通の目標や目的を明確にする必要があるため、経営層のサポートが必要になることもあるでしょう。
  • 経営との接点強化
    リスク評価を事業計画に反映することで、リスクに対する対応策を事前に講じることが可能となります。これにはAIやデータ分析を活用し、サプライヤーの状況やビジネス環境の変化をリアルタイムで把握し、経営層への定期的な報告と迅速な意思決定を支援することが必要です。

このように調達部門の考えるべきことや取るべきアクションはたくさんあります。調達部門が事業継続のカギとなっている今、未来を見据えたシステム投資、業務の高度化、リスキリングが必要ではないでしょうか。

PwCコンサルティングでは、本稿で述べた内容に限らず、調達リスク管理全般において現状把握からあるべき姿の立案、システム導入支援、そして業務が定着するまでの伴走支援、リスキリング支援など調達リスク管理DXの総合サービスを提供しています。

本稿が調達リスク管理に悩みを抱えている全ての読者の皆さまにとって、課題解決の検討の一助になれば幸いです。

執筆者

瀧 護人

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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Dipti Timilsina

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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小保方 祥多

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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SCMオペレーション改革/コラム・対談

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企業が生き残るためのグローバルサプライチェーン調達リスク管理―調達部門が今考えるべきこと―

企業における調達リスク管理は、外部環境の変化によってサプライチェーンが複雑になる中で、より広範囲なリスクへの迅速な対応が求められています。先行するグローバル企業の取り組みや最新の調達リスク管理システムをもとに、取るべき対応について解説します。

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