
「スマートシティで描く都市の未来」コラム 第89回:ユーザーの課題・ニーズ起点のスマートシティサービスの考え方
スマートシティサービスは国内で多くのプロジェクトが進められており「スマートシティ官民連携プラットフォーム」でも2024年6月時点で286件の掲載が確認できます。多くの実証実験が実施されてきたその次のステップとして、実装化が大きな課題となっています。本コラムでは実装化を進める上で、キーとなりうる考え方を紹介します。
人口減少社会を迎え、地方の過疎化や地域産業の衰退等が課題となっている日本において、これまでの地方創生の取組にデジタルを掛け合わせることで、全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会を目指す「デジタル田園都市国家構想」(以下、デジ田)の実現に向けた取組が進んでいます。その柱となっているのが、政府が令和3年度に創設した「デジタル田園都市国家構想推進交付金(現:デジタル田園都市国家構想交付金)」(以下、デジ田交付金)です。本交付金により、デジタルを活用した意欲ある地域による自主的な取組や、「転職なき移住」による地方への新たなひとの流れを創出する取組が進められてきています。
本稿では、2022年12月20日に掲載したコラム「デジタル田園都市国家構想推進交付金申請に向けて押さえるべきポイント」に続き、その後のデジ田の進捗状況を押さえつつ、今後の展開について考察します。
令和6年4月現在、デジ田交付金は大きく「デジタル実装タイプ」「地方創生拠点整備タイプ」「地方創生推進タイプ」「地域産業構造転換インフラ整備推進タイプ(仮称)」の4区分が設定されていますが、このうち、前述のデジタル技術を活用し、地方の活性化や行政・公的サービスの高度化・効率化を支援する区分が「デジタル実装タイプ」です。
区分名 |
概要 |
デジタル実装タイプ |
デジタル技術を活用し、地方の活性化や行政・公的サービスの高度化・効率化を推進するため、デジタル実装に必要な経費などを支援 |
地方創生拠点整備タイプ |
観光や農林水産業の振興等の地方創生に資する拠点施設の整備などを支援 |
地方創生推進タイプ |
観光や農林水産業の振興等の地方創生に資する取組などを支援 |
地域産業構造転換インフラ整備推進タイプ |
産業構造転換の加速化に資する半導体等の大規模な生産拠点整備について、関連インフラの整備への機動的かつ追加的な支援を創設 |
(出所)内閣府・内閣官房・デジタル庁「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプTYPE1/2/3等制度概要」(令和6年2月14日)を基にPwC作成
デジタル実装タイプは、支援対象の取組の類型により「TYPE 1」「TYPE 2」「TYPE 3」「TYPE S」に区分されます。このうち、最も多く活用されているのが、他の地域等で既に確立されている優良なモデル・サービスを活用して迅速に横展開する取組を支援する「TYPE 1」です。「TYPE 1」の各年の採択事業数は令和3年度補正分で705件、令和4年度補正分で1,686件、令和5年度補正分で2,401件と年々増加してきています。また、「TYPE S」は令和5年度補正で新設された区分であり、「デジタル行財政改革」の基本的考え方に合致し、将来的に国や地方の統一的・標準的なデジタル基盤への横展開につながる見込みのある地方自治体の先行モデル的な取組を支援するものとされています。
TYPE |
概要 |
1事業 |
補助率 |
採択数の推移(事業数/団体数) |
||
R3補正分 |
R4補正分 |
R5補正分 |
||||
TYPE 1 |
他の地域等で既に確立されている優良なモデル・サービスを活用して迅速に横展開する取組 |
国費 1億円 |
1/2 |
705件/ |
1,686件/ |
2,401件/ |
TYPE 2 |
オープンなデータ連携基盤を活用し、複数のサービス実装を伴う、モデルケースとなり得る取組 |
国費 2億円 |
1/2 |
21件/ |
24件/ |
5件/ |
TYPE 3 |
(TYPE2の要件を満たす)デジタル社会変革による地域の暮らしの維持につながり、かつ総合評価が優れている取組 |
国費 4億円 |
2/3 |
6件/ |
8件/ |
14件/ |
TYPE S |
「デジタル行財政改革」の基本的考え方に合致し、将来的に国や地方の統一的・標準的なデジタル基盤への横展開につながる見込みのある地方自治体の先行モデル的な取組 |
事業費 5億円 |
3/4 |
― |
― |
今後採択予定 |
(出所)内閣府・内閣官房・デジタル庁「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプTYPE1/2/3等制度概要」(令和6年2月14日)および「デジタル田園都市国家構想推進交付金 の採択結果について」(令和4年3月18日)、「デジタル田園都市国家構想推進交付金(デジタル実装タイプ TYPE2/3)の採択結果について」(令和4年6月17日)、「デジタル田園都市国家構想交付金 デジタル実装タイプの交付決定事業について」(令和5年4月)、「デジタル田園都市国家構想交付金 デジタル実装タイプの採択結果について」(令和6年3月29日)を基にPwC作成
前述のデジ田交付金デジタル実装タイプ「TYPE 1」が強力な後押しとなり、地域のデジタル実装は急速に進展しています。デジタル田園都市国家構想総合戦略(令和4年12月23日閣議決定)で掲げられているKPI「デジタル実装に取り組む地方公共団体1,000団体(令和6年度まで)、1,500団体(令和9年度まで)」に対し、令和5年6月時点で1,090団体がデジタルサービスの実装に取り組んでおり、令和6年度までの目標(1,000団体)を前倒しで達成しています。令和5年度補正のデジ田交付金デジタル実装タイプの採択により、重複を除いて1,454団体が取り組むこととなり、令和9年度までの目標(1,500団体)の達成が目前に迫っている状況です。
KPIの達成を目前に控えている状況において、デジ田構想が目指す「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」の実現に向け、今後のデジタルサービス実装促進の方向性を考察するため、支援対象分野・サービスが多岐に亘っている「TYPE1」の内訳を整理します。
まず、各年度の分野別の採択事業数を整理すると以下のとおりとなっています。各年度とも行政手続の利便性を高めるための「行政サービス」が最も多く、住民向けの情報発信や公共施設の利便向上に資する「住民サービス」、GIS等を活用したハザードマップの公開等をはじめとする「防災・インフラメンテナンス」などと続いています。
分野名 |
採択数(事業数/団体数) |
||
R3補正分 |
R4補正分 |
R5補正分 |
|
行政サービス |
185件/157団体 |
583件/466団体 |
781件/617団体 |
住民サービス |
111件/94団体 |
265件/239団体 |
403件/358団体 |
教育 |
49件/46団体 |
144件/135団体 |
199件/186団体 |
文化・スポーツ |
※1 25件/23団体 |
49件/47団体 |
112件/103団体 |
医療・福祉 |
※2 83件/74団体 |
86件/79団体 |
179件/161団体 |
子育て |
102件/97団体 |
191件/179団体 |
|
交通・物流 |
62件/58団体 |
68件/65団体 |
57件/57団体 |
農林水産 |
47件/43団体 |
50件/41団体 |
39件/38団体 |
防災・インフラメンテナンス |
※3 76件/71団体 |
233件/206団体 |
348件/305団体 |
産業振興 |
※4 46件/44団体 |
43件/41団体 |
36件/36団体 |
観光 |
21件/20団体 |
63件/58団体 |
43件/43団体 |
防犯 |
― |
― |
12件/11団体 |
環境・エネルギー |
― |
― |
1件/1団体 |
※1:R3補正分における分類名は「文化・環境」
※2:R3補正分における分類名は「健康・医療」、かつ次年度以降における「子育て」の内容を包含
※3:R3補正分における分類名は「防災」
※4:R3補正分における分類名は「しごと・金融」
(出所)内閣府・内閣官房・デジタル庁「デジタル田園都市国家構想推進交付金の採択結果について」(令和4年3月18日)、「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプの交付決定事業について」(令和5年4月)、「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプの採択結果について」(令和6年3月29日)を基にPwC作成
次に、各年度のサービス別の事業数を集計し、令和3年度補正分と令和4年度補正分の合計で降順にリストアップすると以下のとおりとなります。サービス区分は全体で70程度ありますが、13位の「校務支援システム導入」までで全体の50%を占めているなど、一定の偏りが見られます(事業件数ベース)。「窓口入力システム(書かない窓口)」や「オンライン申請」、「住民向けポータルアプリ、SNSを活用した情報発信」等は今や地方公共団体が提供する“基本的なサービス“として幅広く実装が進んでいることが分かります。
順位 |
分野名 |
サービス名 |
R3補正分と |
(参考) |
1 |
行政サービス |
窓口入力支援システム(書かない窓口) |
237件 |
210件 |
2 |
行政サービス |
オンライン申請 |
154件 |
134件 |
3 |
住民サービス |
SNSを活用した情報発信等住民ポータル 住民向けポータルアプリ |
148件 |
※1 130件 |
4 |
防災・インフラメンテナンス |
地理情報システム(GIS)の活用 |
140件 |
146件 |
5 |
行政サービス |
コンビニ交付 |
134件 |
※2 94件 |
6 |
行政サービス |
キャッシュレス導入 |
100件 |
― |
7 |
住民サービス |
公共施設等予約システム・スマートロックの導入 |
91件 |
121件 |
8 |
防災・インフラメンテナンス |
センサー/カメラ/ドローンの活用 |
90件 |
― |
9 |
子育て |
保育所等業務のデジタル化 |
71件 |
121件 |
10 |
教育 |
オンライン学習環境、遠隔合同授業環境整備 |
68件 |
※3 42件 |
11 |
交通・物流 |
オンデマンド交通システム・バスロケーションシステム |
64件 |
35件 |
12 |
教育 |
個別最適過学習 |
61件 |
55件 |
13 |
教育 |
校務支援システム導入 |
60件 |
― |
※1:資料上の表記は「SNS等を活用した住民向けポータル」
※2:事業名から読み取れた件数をカウントしている
※3:「オンライン学習環境・遠隔合同授業環境整備」のうち「オンライン学習環境整備」の件数
(出所)RAIDA「全国のデジタル実装事例」および内閣府・内閣官房・デジタル庁「抜粋(別紙3)対象事業一覧(デジタル実装タイプ)」(令和6年3月29日)を基にPwC作成
令和5年度補正のデジ田交付金の採択により、都道府県を含む地方公共団体1,788団体のうち、1,454団体(全体の8割程度)が何かしらのデジタルサービス実装に取り組んでいることとなります。これはデジ田構想の実現に向けて取組を推進してきた日本政府の3年間の成果であるといえます。一方で、まだデジタルサービスの実装に取り組めていない団体も2割程度存在しているほか、サービス実装のバリエーションの多寡についても団体によってばらつきが見られます。
同一団体による「デジタル実装タイプTYPE1」採択事業数の分布
デジ田構想が目指す「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」の実現に向けては、デジタルサービスの実装に取り組む団体数を増加させてきたこれまでの3年間(仮にフェーズ1とする)から、住民生活をより便利で快適にするために提供サービスの幅を広げていく段階(仮にフェーズ2とする)への進展が求められるでしょう。
デジタルサービス実装の促進による生活利便向上に向けた今後の方向性としては、導入サービスが未だ0となっている団体におけるデジタル実装を促進すると同時に、前述の基本サービスを順に導入することを促すなどして、基本サービスを取りそろえる団体を増やしていくことが重要と考えられます。
未だデジタルサービスの実装に至っていない団体に対しては、地域に必要なサービスの選定とデジ田交付金への申請を念頭においた計画策定等を支援する取組を内閣官房/内閣府が実施しています(令和5年度より開始)。特に小規模団体においてはリソースが限られている場合が多いため、都道府県がリソースやノウハウに関する適切な支援(必要な予算措置、ニーズ・マッチング等)を行いながら、管内の市町村の実装を促していく形が望ましいと考えます。
例えば、令和5年度に内閣官房/内閣府の伴走支援を受けた静岡県では、支援期間において得られた管内市町村のデジタルサービス実装を推進するためのノウハウや知見を活かし、令和6年度以降も県下のデジタルサービス実装を推進していく意向を示しています*1。
市町村のデジタルサービス実装の最初の一歩を後押ししていくためには、引き続き国や都道府県による支援が重要となるでしょう。
各地域における提供サービスの幅を広げていく際には、市町村等が個別に動くのではなく、各地域の中核的な市町村を中心とした地域間連携による広域的なデジタルサービス実装を進めることが効果的であると考えられます。広域連携の事例として、例えば三重県多気町を中心とする周辺4町では、広域データ連携基盤の整備と、同基盤を活用した共通地域ポータルサイトやデジタル地域通貨、ヘルスケアサービス等を一体的に提供しています*2。
積極的な地域間連携により提供サービスの幅を広げていくことで、デジタルサービス実装に不慣れな団体が慣れている団体から実践的手法を学ぶことができるほか、規模の経済が働きやすくなり、広域地域全体としてイニシャルコスト・ランニングコストを縮減できる可能性が高まります。
デジ田構想に基づき、デジタルサービスの実装による利便サービスの提供が全国で進んでいます。今後は地方公共団体が「フェーズ1」で得られたデジタル実装プロセス等に関する学びを活かし、国や都道府県がよりサービスの質を高めていくための「フェーズ2」への移行に向けた適切な支援等を講じることで、住民に裨益する優良なサービスの拡充が加速することを期待したいと思います。
*1、*2 内閣府・内閣官房「デジタル実装計画策定支援事業」(公募説明資料)令和5年12月
田端 慎吾
マネージャー, PwCコンサルティング合同会社
スマートシティサービスは国内で多くのプロジェクトが進められており「スマートシティ官民連携プラットフォーム」でも2024年6月時点で286件の掲載が確認できます。多くの実証実験が実施されてきたその次のステップとして、実装化が大きな課題となっています。本コラムでは実装化を進める上で、キーとなりうる考え方を紹介します。
全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会を目指す「デジタル田園都市国家構想」の実現に向けた取り組みの進捗状況と、今後の展開について考察します。
「2025年の崖」に伴う問題について、ITシステムの観点ではなく、 人口ピラミッドの推移による生産年齢人口の変化に起因する問題の観点から解説します。
未来の都市を想定する際には、フレキシビリティを備えた建築計画を事前に策定しておくことが重要です。スマートシティにおける建築物は持続可能であることが求められており、そのためには新たな技術や設備に迅速に適用できることが不可欠です。