銀行業界における次世代営業チャネルDX成功のポイント――プロジェクトアシュアランスの重要性

2021-11-02

本コラムでは、銀行業界におけるシステム開発の監査や第三者評価、デジタル化推進・デジタルトランスフォーメーション(DX)アドバイザリーなどの業務に従事してきた筆者の視点から、銀行業界における次世代営業チャネルDXプロジェクトを成功させるためのポイントや、デジタルガバナンスを踏まえたリスクマネジメントの重要性について考察します。

なお、本コラムにおける意見・判断に関する記述は筆者の私見であり、所属組織の見解とは関係のない点をあらかじめお断りしておきます。

デジタル化推進によるビジネス変革の状況

銀行業界の競争激化に伴い、近年は再編や業務提携がより一層進んでおり、特にネット銀行や地方銀行の再編をはじめ、フィナンシャルグループの総合力強化の動きが連日のようにニュースを賑わせています。銀行業界における総合力の強化にはデジタル化推進やDXが欠かせません。各行内ではDXはもちろんのこと、フィンテック、デジタル通貨、決済API、データ利活用など、ステークホルダーの価値向上を目的としたさまざまなテーマのデジタル化推進プロジェクトが立ち上がっています。

銀行業界においては、従前からの金融領域である固有業務(預金・貸出・為替)について、デジタル化推進による効率化や顧客に対するサービスの高度化が進んでいます。インターネットバンキングやスマホアプリなどによるチャネル拡張、決済代行アプリや電子マネー決済など決済インフラの整備・普及により、営業店に持ち込まれる事務は減少しており、各行は事務センターの整備、事務の標準化・効率化によるコスト圧縮に注力しています。

そのような中、日本国内でも地方など一部の地域においては、銀行の営業店に対して現在でも利便性やコミュニティ機能といった顧客・社会的ニーズが存在します。そのため、画一的なチャネル戦略ではなく、地域特性にあわせた営業チャネルの在り方を見定め、あらたな付加価値を創出することが求められています。

このような状況を踏まえ、近年では、地域社会や中小企業のSDGs推進やデジタル化推進(地域DX)、カーボンニュートラル推進など、コンサルティング事業に参入する地方銀行が増えてきています。これは、利ザヤの低い状態が長期化し、金融業務における差別化が困難である状況を打開する1つのソリューションとして、地域からの信用力、金融機能との親和性の高さを武器に、今後のビジネスモデルの主流になるものと期待されています。

デジタル化推進プロジェクトは何が難しいのか

昨今の銀行業界におけるデジタル化推進プロジェクトには、フロントの業務基盤の整備・開発、レガシーシステムの刷新、クラウド利用の促進および移行、差別化が難しい基幹系システム(勘定系システムや固有業務に係る周辺システムなど)の共同化・パッケージ利用など、ビジネス変革を進めるための業務およびシステム基盤の整備に関するテーマが多い傾向にあります。

このような銀行システムの更改や運用メンテナンスなどは「変化」を伴うことから、システム障害が発生する恐れがあります。システム障害による金融機能の停止は、地域顧客の生活に影響を及ぼすだけでなく、信頼の失墜などにもつながります。特にデジタル化推進プロジェクトは、従前のシステム開発プロジェクトよりもプロジェクトの範囲が広く、難易度が高いため(図表1)、プロジェクト特性を踏まえたリスクマネジメントが重要になります。

このような観点は、銀行業界だけでなく、他業界のデジタル化推進プロジェクトを進める上でも重要です。そのため、大規模かつミッションクリティカルなシステム開発を経験し、堅確なプロジェクト管理を進めてきた金融機関のプロジェクトを1つのモデルケースとして見ていくことは、他業界の一般事業会社のデジタル化推進プロジェクトを進める上でも参考になります。

図表1:デジタル化推進プロジェクトとシステム開発プロジェクトの比較(※)

ポイント システム開発プロジェクト デジタル化推進プロジェクト
経営関与 現場からの報告型
(レビュー)
経営主導のビジョンに基づく実務の支援型
(リード&サポート)
KPI
(戦略指標)
コスト削減・圧縮 事業戦略およびデジタル戦略に基づく達成すべきKPIを定義
プロジェクトオーナー

フロント系は業務部門、
その他はシステム部門

事業戦略に基づく経営管理ライン
プロジェクト関係者 関係部門が多数存在 事業レベルの施策ため、すべての部門連携を前提
要求スキル ITシステムは高度化の傾向

ITシステムに加えて業務仕様のビジネスの知見・経験が必要

実現する業務領域 システム仕様や開発範囲に依存 事業レベルのため、業務横断で広範
システム開発手法 ウォーターフォール開発
(短期間開発の傾向)
ウォーターフォール開発とアジャイル開発のハイブリッド手法
外部委託構成 マルチベンダー(IT) 事務・業務の外部委託(業務)とマルチベンダー(IT)
プロジェクト管理 システム開発管理の範疇でプロジェクト管理活動をカバレッジ
業務とITシステムの両面からプロジェクト統制・管理活動が必要
内部統制の影響 システム置き換えが多いため業務変更の影響は限定的

業務変更によって、従前の内部統制の見直し、固有リスクの再分析が必要(サンクコスト)

プロジェクト難易度 高い 非常に高い

※筆者が独自に作成

次世代営業チャネルDXはどのような点が難しいのか

次世代営業チャネルDXプロジェクトにおいては、以下のようなさまざまな課題や、変化に伴うリスクが顕在化しています。その主な要因としては、プロジェクトの企画構想の段階において、戦略・施策の達成目標が曖昧であることや、業務・システムの変更に係るフィジビリティスタディ、リスクマネジメントが不足していることなどが挙げられます。その結果、プロジェクト進行途中で追加対応の発生、予算のふくらみ、スケジュールの見直し、対応要員の追加、また当初の実現仕様の見送りや絞り込みなど、さまざまな問題が発生しています。

  • 金融機関の事業戦略・デジタル戦略とプロジェクトが未整合
    (KPIや目標、効果測定が未定義または曖昧)
  • リアル店舗とバーチャル店舗といった実現したいチャネル戦略が不明瞭
  • プロジェクト統制・管理の役割と所掌範囲が曖昧
  • デジタル化推進プロジェクトの効果測定方法やモニタリングが未定義
  • 営業店事務のブラックボックス化
    (店舗固有業務の存在、行員ごとの柔軟な顧客応対の弊害)
  • 営業店における店舗類型の複雑化
  • 本社が統制している事務標準と営業店の事務実態との乖離
  • プロジェクト起因の業務・システムの内部統制見直し
  • 営業店事務や業務に係る有識者の不足
    (分業・縦割りの弊害、本社・営業店の人材流動の課題、育成遅延)
  • 他行モデルをベースとした営業・事務に係るパッケージが自行業務に適用できない
    (企画段階でフィット&ギャップ分析と影響確認が不十分)
  • 要件定義工程の聖域化
    (何をどこまで誰が決めるのかが曖昧=プロジェクト管理できていない)
  • ベンダーへの委託仕様が不明確で、行内担当とベンダーとの間の役割が曖昧
  • システム開発方式の複雑化
    (アジャイル開発、ウォーターフォール開発、およびパッケージ導入開発が混在)
  • マルチベンダー構成による統制の複雑化
  • 勘定系システムを取り巻くAPIの複雑化

デジタル化推進プロジェクトに必要なガバナンスとは

デジタル化推進プロジェクトでは、ガバナンスおよびリスクマネジメント(*1)の観点から、デジタルガバナンスで押さえるべき守備範囲を理解していく必要があります(図表2)。デジタルガバナンスは、コーポレートガバナンス・コードやリスクマネジメントに含まれ、全社的な事業目標を達成するためのデジタル化推進に係る全社的な統制活動を指します。本コラムでは、とりわけ、デジタルガバナンスにおける1要素のプロジェクト統制・管理活動である「デジタル化推進プロジェクト統制」に着目します。

デジタル化推進プロジェクトでは、内部統制や新規投資事案・施策に係る統制活動を包括的に捉え、ビジネス開発を業務およびITシステムの両面から統制していく必要があります。そのため、従前のシステム開発プロジェクトより広範で、かつ深度があるため、経営視点でみると外部環境や事業実態にあわせた柔軟性の高いガバナンスが求められます。

*1 一般に、リスクは事業戦略を達成するために起きうる「事象」と定義されます。リスクマネジメントは、「リスク」と「機会」の両面に対して取るべきアクションを検討するものと定義します。

図表2:デジタルガバナンスにおけるデジタル化推進プロジェクト統制

図表2 デジタルガバナンスにおけるデジタル化推進プロジェクト統制

※筆者が独自に作成

デジタル化推進プロジェクトでは、3つのラインモデル(*2)を踏まえたアシュアランスマップを用いて、プロジェクトを統制および管理する上で関係する組織の役割を可視化することが、リスクマネジメントの入口になります(図表3)。

このアシュアランスマップは、部門間の連携や社内におけるコンセンサスの形成を円滑に進めることにも役立ちます。また、システム開発プロジェクトでは見過ごされていた全社的なガバナンスの課題を浮き彫りにすることができ、従前の内部統制の見直しや監査機能の拡充、新しい2線機能をもった部門の組成(デジタル推進部)、デジタルガバナンスの執行機能(デジタル委員会など)の拡充など、既存のガバナンスを見直すことにも役立ちます。

これらの多層的かつ横断的なガバナンス機能は、プロジェクトの一般的な課題として組織内の役割が不明確なことに起因するポテンヒットの回避に役立ち、デジタル化推進プロジェクトのリスクマネジメントの維持・強化につながります。

*2 3つのラインモデルは、COSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)が定義する内部統制のフレームワークです。

図表3:デジタル化推進プロジェクトにおけるアシュアランスマップのサンプル

図表3 デジタル化推進プロジェクトにおけるアシュアランスマップのサンプル

※銀行組織の一般事例として、筆者が独自に作成。

プロジェクトにおけるリスク評価の重要性

次世代営業チャネルDXのように組織、ビジネスプロセス、ITに跨るプロジェクトにおいては、業務プロセスや関係組織、システム構造の変革によるリスクポイントがどこにありそうかを、以下のようなビジネスプロセスマップを用いることで可視化することが肝要です(図表4)。プロジェクトの企画構想段階で、このような現状把握、リスク分析・評価を進めることで、円滑なデジタル化推進プロジェクトの立ち上げ、計画・管理態勢の整備につながります。

図表4:次世代営業チャネルDXにおけるビジネスチャートとリスクポイント

図表4 次世代営業チャネルDXにおけるビジネスチャートとリスクポイント

※一般的な銀行のチャネル戦略・システム概要として、筆者が独自に作成

最後に

国内銀行業界においては、リアル店舗やバーチャル店舗、新しい金融業態などによるハイブリッドチャネルが基本形となりつつあります。そのような中、固有の金融機能を活かし、コンサルティング機能を有する銀行が地域社会や中小企業のデジタル化推進を支援するコンサルティング事業に参入することで、次世代営業チャネルDXがより一層進むものと推察できます。このようなデジタル化推進プロジェクトでは、プロジェクトの企画構想段階において、全社的な目標や変革のポイント、推進上のリスクなど明確にし、DX認定制度などを活用してデジタルガバナンスを踏まえたリスクマネジメント態勢やプロジェクト推進・管理態勢を整備していくことがプロジェクト成功の鍵となります。

当法人では、デジタルガバナンスの専門家がデジタル化推進プロジェクトの企画構想段階からサポートしていくことで、より堅確かつ柔軟なプロジェクトの推進・管理態勢の強化に寄与していきます。

執筆者

小形 洸介

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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