佳境を迎えるサステナビリティ情報開示基準の策定と日本企業の対応

サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ設置と議論の状況

  • 2024-09-25

「財務情報だけでは企業の価値を測れない」という投資家からの要請の高まりや、気候変動が世界中の喫緊の課題となっていることなどを受けて、SASBやGRI、TCFDなどをベースに国際基準であるISSB基準(IFRS S1、IFRS S2)が開発(2023年6月に最終化)され、世界中で、ISSB基準への対応やISSB基準との同等性を考慮したサステナビリティ情報開示基準などの検討が急ピッチで進められています。そして日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2024年3月29日に国内でのサステナビリティ開示基準の公開草案を公表し、またほぼ同じタイミングで金融審議会の「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」が議論を開始しました。欧州のCSRDや米国のSECの動向も見据えつつ、日本企業がどのようにサステナビリティ情報を開示するのかの議論が佳境を迎えています。

PwC Japan有限責任監査法人では「2030年に統合思考・報告のリーディングプロバイダー」「統合監査のリーディングプロバイダー」になることを目指しており、サステナビリティ情報開示基準策定に係る最新動向を把握するとともに、PwCのグローバルネットワークを活用し、各国の開示の状況について情報収集に努めています。

連載「佳境を迎えるサステナビリティ情報開示基準の策定と日本企業の対応」では、刻一刻と形作られていく基準策定の動向を、分かりやすくお伝えします。

連載「佳境を迎えるサステナビリティ情報開示基準の策定と日本企業の対応」の第3回では、2024年2月に金融庁の金融審議会に設置されたサステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ(以下、サス情報WG)における、2024年6月までの3回にわたる議論の状況と今後の日本企業の対応についてお伝えします。解説を担当するのはメガバンクや行政機関での勤務経験があり、現在PwC Japan有限責任監査法人にて監査業務に従事しながら、ESG開示・保証に関する国内外の情報収集を行う、ディレクターの平井健之です。

なお、本コラム執筆時点(2024年7月31日)において、サス情報WGは3回開催されていますが、議論の結論をまとめた報告書などの公表はなく、サス情報WGとして正式に決定、結論付けた内容は公表されていません。本コラムで取り上げる内容は今後の議論において方向性などが変わる可能性がある点、ご留意ください。

サス情報WG設置に至る経緯

サス情報WG設置に至るこれまでのサステナビリティ情報開示の取り組み

日本では、従来サステナビリティに関する情報開示が、有価証券報告書などの法定書類ではなく、企業独自の取り組みとして統合報告書などを中心に行われてきました。近年の気候変動に対する政策的な動きや、投資家からのサステナビリティ情報開示のニーズに応える形で、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の枠組みなどに基づく情報開示が推奨され、多くの企業が取り組んできました。この動きを強く後押しした政策の一つとして、2021年6月に公表されたコーポレートガバナンス・コード(以下、「CGC」)の改訂1が挙げられます。2018年2のCGC改訂では、非財務情報の開示に関して「会社の財政状態、経営戦略、リスク、ガバナンスや社会・環境問題に関する事項(いわゆるESG要素)」とESGという表現が追加されていました。2021年のCGC改訂ではより踏み込み、「上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべき」、「人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべき」と追加されました。さらに「特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべき」などの内容が追加され、CGCが求めるサステナビリティ情報がより明確で、強い要求となりました。

このようなサステナビリティ情報の開示を求めるニーズは、日本のみならず国外でも同時期に活発になっており、国際基準レベルではIFRS財団が2020年に「サステナビリティ報告に関する市中協議文書」3を公表し、国際的なサステナビリティ情報開示基準の開発に向けた活動を開始しました。IFRS財団は2021年11月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設置4し、その後ISSBは2023年6月に最初の国際サステナビリティ開示基準であるIFRS S1およびIFRS S2を公表5するに至っています。同様の取り組みは、米国や欧州でも同時期に進展し、米国では2024年3月に気候関連開示規則が最終化されています6。また、欧州では企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が2023年に発効7し、2024年1月1日以降に開始する会計年度から、一部の企業に対してCSRDに基づく情報開示の要請が開始されています。

このような国内外の動向もあり、日本の政府においても、2021年6月に内閣官房の成長戦略会議が策定した成長戦略実行計画8において、サステナビリティに関する開示の充実に関し「CGC等を通じて、プライム市場上場企業等に対して、TCFD等の国際的枠組みに基づく開示の質と量の充実を促す」ことや「国際基準の策定に日本として戦略的に参加する」ことなどが示されました。また、2021年11月には内閣官房に設置されている新しい資本主義実現会議から緊急提言9が公表され、「企業の人的投資を促進するため、金融審議会において、企業の人的資本への投資の取組などの非財務情報について有価証券報告書の開示の充実に向けた検討を行う」ことが提言されました。これらの政策方針を受けて、国内のサステナビリティ開示基準の開発および国際的なサステナビリティ開示基準の開発への貢献を行うことを目的にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2022年7月に設立され、サステナビリティ開示基準の開発10を現在行っています。また、金融庁の金融審議会にディスクロージャーワーキング・グループ(以下DWG)が設置され、サステナビリティ情報の開示に関し、2022年6月11および同年12月12にそれぞれ議論をまとめた報告書が公表されています。DWGの報告書では、法定開示書類である有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示に関する提言が含まれており、これら提言を受けた取り組みが足元で続けられていますが、さらなる議論のために2024年2月にサス情報WGが設置されるに至りました。

サス情報WGの前提となるDWGの報告書でのサステナビリティ情報開示に関する提言は、以下の通りです。すでに一部制度化されている提言もありますが、有価証券報告書におけるサステナビリティ開示基準のあり方や、サステナビリティ情報の保証のあり方などの議論が、サス情報WGに引き継がれる形となりました。

DWG報告書 提言内容 足元の取り組み
2022年6月の報告書

有価証券報告書での開示

  • サステナビリティ情報の記載欄を新設す
    • TCFDの4要素の枠組みに基づく開示
    • 「ガバナンス」「リスク管理」は全企業、「戦略」「指標と目標」は重要性に応じて)
  • 気候変動に関する開示
    • 重要性に応じ4要素の枠組みで開示(GHG排出量も含む)
  • 人的資本・多様性に関する開示
    • 「人材育成方針」、「社内環境整備方針」、これらに関連する「測定可能な指標目標」、「進捗状況」を開示
    • 「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」、「男女間賃金格差」を開示
  • 2023年3月期の有価証券報告書から開示が開
    • 「女性管理職比率」、「男性育児休業取得率」および「男女間賃金格差」を開示
    • 「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」および「指標及び目標」を開示
  • 「戦略」および「指標及び目標」については、各企業が重要性を踏まえて開示を判断
  • 人的資本について、「人材育成方針」や「社内環境整備方針」および当該方針に関する指標の内容や当該指標による目標・実績を開示
2022年12月の報告書 サステナビリティ情報に係る今後の検討課題
  • 国内サステナビリティ開示基準
    • ISSBにおける基準開発を見据えながら、国内の開示基準の開発を進める
    • 有価証券報告書には、統一的な開示基準を取り込む
    • 最終的に全ての有価証券報告書提出企業が、必要なサステナビリティ情報を開示することを目標とし、円滑な導入方策を検討
  • SSBJの位置付け
    • SSBJおよびSSBJの基準を金融商品取引法上の開示基準設定主体および開示基準として位置付ける
  • サステナビリティ情報に対する保証のあり方
    • 任意で有価証券報告書のサステナビリティ情報の記載に保証を受ける場合、例えば以下を明記することが重要
      • 保証業務の提供者の名称
      • 準拠した基準や枠組み
      • 保証水準
      • 保証業務の結果
      • 保証業務の提供者の独立性など
    • 有価証券報告書のサステナビリティ情報に対し保証を要求、その際以下を検討する必要
      • 保証範囲
      • 金融商品取引法での規定
      • 担い手は、公認会計士・監査法人が想定(財務情報との結合性〈コネクティビティ〉を考慮)されるが、テーマが広範、専門性も異なるため、担い手を広く確保する必要
      • 担い手の要件:独立性、高い専門性、品質管理体制の整備、当局による監督
      • 国際的な保証基準と整合的な保証基準や保証水準
  • 国内サステナビリティ開示基準については、SSBJにて開発中
  • 有価証券報告書への統一的な開示基準の取り組み方法や、適用対象となる企業や時期、円滑な導入方策については、サス情報WGにて議論
  • 保証のあり方についても、サス情報WGで議論

サス情報WGにおけるこれまでの議論(第3回まで)

サス情報WGは、主に、有価証券報告書におけるサステナビリティ開示基準の適用や、サステナビリティ情報に対する保証のあり方を具体的に議論する場として設置されています。有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示は、2023年3月期よりサステナビリティに関する考え方及び取り組みの記載欄が新設され、法定書類における開示が開始されていますが、記載内容についてはガバナンスやリスク管理、戦略、指標および目標といった大枠が定められているのみであり、個別具体的な開示基準は定められていません。具体的な開示基準としては、SSBJが開発中の国内基準が想定されるところ、サス情報WGの設置にあたり事務局から「欧米でも企業規模に応じた段階的な適用がされているということも踏まえつつ、グローバル投資家との建設的な対話を中心に据えた企業、すなわちプライム上場企業ないしはその一部から始めるということが考えられる中、SSBJの公開草案の公表に際し、具体的な適用対象や適用時期を検討することで公開草案に関する適切な議論が行われるほか、企業等においても基準の適用に向けた準備が進む」との説明13がなされ、まずはプライム上場企業またはその一部から段階的に適用する考えが示されました。

これまで開催された3回のサス情報WGでは、サステナビリティ開示基準の適用対象、適用時期に関する議論が主に行われています。本コラムでは、この点を中心に議論の状況をまとめています。なお、保証のあり方については、第3回のサス情報WGにて考えられる主な論点が示され、それに対して委員から意見があがりましたが、具体的には今後議論していくことが予定されているため、本コラムにおいては詳細は割愛しています。

1.有価証券報告書におけるサステナビリティ開示基準のあり方

DWG報告での提言を踏まえ、有価証券報告書には統一的な開示基準(SSBJ基準を想定)を取り込む方向性が示されています。第1回および第2回の議論では、この方向性はおおむね支持されており、第3回では以下の方向性が改めて示されています。

第3回に示された方向性
プライム市場は、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場。このプライム市場にサステナビリティ開示基準を導入することで、グローバルで比較可能性を確保しながら、中長期的な企業価値の評価に必要な情報を提供し、投資家との建設的な対話を促進することが重要。企業側の開示の効率性も考慮し、国際的なベースラインとなるISSB基準と同等なサステナビリティ開示基準を取り込む

この方向性は、サス情報WGの委員から、ISSB基準と同等であることの重要性やそれを前提として賛同するなどのコメントが多くなされており、引き続き支持されています。また、多くの委員が、日本のサステナビリティ情報の開示基準が機能的にISSB基準と同等なものと認められること、インターオペラビリティ(相互運用性)が確保されることの必要性を強調しています。なお、一部の委員から、相互運用性が確保されない場合は、国際的なサステナビリティ開示基準であるISSB基準や米国SEC基準、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)などについても、金融商品取引法に取り込むことを将来的に検討することが望ましいとの意見があり、これは日本における会計基準のあり方と同様の取り扱いを求めるコメントとなります。現在、SSBJがISSB基準との相互運用性も考慮しながら日本のサステナビリティ開示基準を開発中ですが、ISSB基準や他の開示基準との相互運用性がどう確保されるのか、相互運用性が十分でないという問題に対してどこまで解決が図られるのかについては注目していく必要があります。

2.有価証券報告書におけるサステナビリティ開示基準の適用対象・適用時期

サス情報WGが設置された際に示された、プライム上場企業またはその一部から段階的にサステナビリティ開示基準(SSBJ基準を想定)を適用するとの考えをベースに、具体的な適用案が3回にわたり議論されてきました。第1回および第2回の議論を踏まえ、第3回では以下の方向性が示されています。

第3回で示された方向性
企業などの準備期間を考慮し、時価総額3兆円以上のプライム市場上場企業から段階的に導入する案を基本線としつつ、国内外の動向、保証関する検討状況などを注視しながら、柔軟に対応していく

プライム市場企業

2027/03期

2028/03期

2029/03期

2030/03期

203X/03期

時価総額

3兆円以上

適用義務化
(二段階開示可)
同時開示
(保証付き)
 

 

 
時価総額
1兆円以上

 

適用義務化
(二段階開示可)

同時開示
(保証付き)

 

 

時価総額

5,000億円以上

 

 

適用義務化
(二段階開示可)
同時開示
(保証付き)

 

上記以外        

プライム全企業適用義務化

第1回で示された考えは、時価総額3兆円以上および1兆円以上の企業から適用、2027年3月期または2028年3月期から段階適用するというものでしたが、有価証券報告書におけるサステナビリティ開示基準に基づく開示はできるだけ早期が望ましいという意見が多く、2027年3月期から開始する方向性が示されています。また、できるだけ早いタイミングで適用対象を拡大できるよう、時価総額5,000億円以上の企業という区分も追加されています。

なお、議論においては、適用対象を時価総額基準だけではなく、売上高や人員数などの企業規模に応じた選定基準も必要ではないかとの意見もありましたが、ISSBによる各法域が制度導入する際の指針「法域ガイド」14において、ISSB基準を導入している法域かどうかの評価をする際の指標として時価総額が利用されることなども踏まえ、足元では時価総額で企業を区分する方向性となっています。また、時価総額が5,000億円未満のプライム市場企業へ適用拡大する時期については、「203X年3月期」とその時の状況を見つつ判断するとの方向性が示されていますが、機関投資家などの利用者を中心にできるだけ早期に、また取り組みのスピードが落ちないよう、2030年代の早い時期を適用時期として明記すべきとの意見も出ています。

サステナビリティ情報への保証をいつから要求するかの議論も同時にされており、当初は非財務情報の信頼性確保、向上のためには開示と保証を同時に適用すべきとの意見も見られましたが、まずはできるだけ早いサステナビリティ情報の開示を期待する意見が多かったこと、保証のあり方に関する議論に一定の時間を要することなどから、開示の強制適用の1年後に保証を要求する提案となっています。

第3回のサス情報WGでは、この方向性にサス情報WGの委員がおおむね賛同する状況となっており、今後このタイムラインに沿った議論、制度化の検討が進むと想定されます。

3.サステナビリティ開示基準の導入における論点

第1回および第2回での議論などを通じて把握された、またより明確になったサステナビリティ開示基準の導入における各論点について、第3回のサス情報WGにて、より踏み込んだ議論がなされました。

a.時価総額の算定方法

サステナビリティ開示基準を段階適用する際に、適用対象を時価総額の要件で決定する方向性が支持される中、実際に時価総額をどのように算定するのか、企業の準備期間も考慮し明確な算定方法が必要であるとの意見が出されました。第3回では、以下の方向性が示され、委員からおおむね支持されています。

第3回で示された方向性

開示基準の適用対象の判定に当たり、適用となる期の直前までの5事業年度末の時価総額の平均値を用いる。

例えば、

  • 2027年3月期→2022年3月期~2026年3月期の5事業年度末の平均
  • 2027年12月期→2022年12月期~2026年12月期の5事業年度末の平均

b.二段階開示・同時開示の方法

サステナビリティ情報の中には、温室効果ガス(GHG)排出量情報のように集計や作成に時間を要するものがあります。有価証券報告書でサステナビリティ開示基準に準拠した情報を開示する場合、このような情報の集計が求められることが想定されますが、提出期限である「事業年度後3か月以内」に作成や保証を終えることができるか、実務が定着するまでの間の経過措置として、例えば、有価証券報告書の二段階開示(一部のサステナビリティ情報部分の開示を遅らせる)の導入や保証の強制適用時期を遅らせるなどの措置が必要かどうかが論点となりました。有価証券報告書の提出時期については、過去からある株主総会前の提出に関する議論とも絡む論点として、サス情報WGの委員から意見が出ましたが、第1回および第2回の議論を踏まえ、第3回では以下の方向性が示されています。

第3回で示された方向性

二段階開示

  • ISSB基準で認められた経過措置を採用、法定適用の初年度は二段階開示を容認(2年目以降は同時開示)
  • 二段階開示では、①有価証券報告書で一段階目の開示を行い、②有価証券報告書の訂正または半期報告書により、サステナビリティ開示基準に準拠するために必要な事項を追加開示
  • 一段階目の記載内容
    • 2023年3月期から開始しているサステナビリティ情報の開示
    • IFRS S1(全般的要求事項)、IFRS S2(気候関連開示)における定性情報(注)
    • 定量情報のうち、提出期限までに作成が難しい情報(Scope3など)以外のもの

(注)

ISSB基準における分類。SSBJ公開草案では、ユニバーサル基準およびテーマ別基準(一般開示基準・気候関連開示基準)と整理されている。

同時開示

  • 法定適用初年度は二段階開示を認める(2年目以降は同時開示)。制度保証を受けて同時開示する場合には、有価証券報告書の提出期限の延長を検討(事業年度後3か月から4か月に延期)

第3回で示された二段階開示や同時開示の方法の方向性については、サス情報WGの多くの委員が支持するコメントをしています。利用者を中心に、財務情報と非財務情報であるサステナビリティ情報とのコネクティビティを重視する意見が多く、同時に開示されることが基本線とされ、適用初年度は作成者の準備期間や負担を考慮し二段階での開示を認める方向性となっています。利用者からは、同時開示の場合の提出期限も、1か月程度の延長であれば許容できるとの意見が示されています。ただし、作成者側からは、2年目から要求される保証の範囲や程度、保証人側の対応状況次第であるものの、同時開示はやはりハードルが高いといった意見や、同時開示のタイミングをもう少し遅らせるか、米国のようにGHG排出量などのサステナビリティ情報の一部は提出期限を常に延長する方法が現実的との意見も出ているところです。また、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の他、日本の企業は他の法令に基づく開示(例えば、地球温暖化対策推進法に基づく開示など)も求められることから、両者の報告期限の統一を求める意見も出ています。

この論点は、示された方向性は概ね支持されているものの、細部での取扱いに議論の余地が残されていると思われます。今後の議論に注目する必要があります。

c.任意適用のあり方

現状でSSBJ基準の最終化の予定時期は、2024年度中(遅くとも2025年3月31日まで)15とされています。サス情報WGでは、SSBJ基準をプライム市場企業またはその一部の企業から段階適用することを想定しており、強制適用となる前の期間に一定の任意適用期間を設けることを提案しています。この点、サス情報WGでは、強制適用対象外の企業で海外規制やサプライチェーン上の要求から任意で早期の開示を行うことを希望する企業も多い、開示の裾野拡大のために任意開示での好事例の積み上げも有用などの意見が見られ、任意適用の促進が支持されています。第1回および第2回の議論を踏まえ、第3回では任意適用を着実に進めるための環境整備として、以下の方向性が示されています。

第3回で示された方向性

サステナビリティ開示基準に基づく開示を義務付けられていない企業が、任意適用を積極的に実施することが可能となるよう、任意適用の方法案を示すなど

(有価証券報告書での任意適用時における、記載事項の考え方のイメージ)

  • 必須事項
    • 2023年3月期より適用されている現行法上のサステナビリティ開示
  • 任意事項
    • 基準の全部適用か、部分適用か(対応可能な事項から開示を進めるべく、サステナビリティ開示基準の部分適用も推奨)
    • 二段階開示か、同時開示か(任意の場合、2年目以降も二段階開示を可とするか)
    • 参照書類による開示(他の書類で開示、有価証券報告書でこれを参照することを推奨するか)
    • 保証の有無、保証の範囲をどうするか(開示が任意のため、保証も任意と考えられる)

サス情報WGの委員は、SSBJ基準が強制適用されなくても任意での適用が多くなること、その環境整備をすることを支持していますが、具体的な環境整備案としては各種意見が見られるところです。

  • 当面は強制適用の対象とならない時価総額5,000億円未満の企業にどう任意適用を広げていくかがポイント。開示の好事例だけでどこまで任意適用が進むのかはやや疑問。CGCにSSBJ基準に基づいた開示を求めることを定めるべきではないか(利用者)
  • 言葉として、任意適用と任意開示を明確に区別すべき。適用という表現は、準拠性があるということを示したほうがよい(利用者)
  • 必要な環境整備として、開示好事例集の他、サステナビリティ開示の充実が資本コストを低減させ企業価値向上につながるといった調査研究なども後押しになる(利用者)
  • 有価証券報告書で適用義務化より前に任意適用した場合、虚偽記載へのエンフォースメントだけでなく、適用を義務化された時点での開示と内容が乖離するリスクもある。任意適用は、統合報告書などで行うケースが多くなるのではないか(作成者)
  • 適用義務化前の任意適用は、多くの企業にとって必ずしも十分な時間的余裕がない。部分的な適用を認める、保証の免除を認めるということが現実的(学者)
  • 任意適用から始めた企業に対しては、何らかの優遇、差別化など、目に見えるインセンティブがあると、より任意適用が進むのではないか(保証業務実施者)

SSBJ基準の任意適用については、基準の一部を適用するのか、全てを適用するのか、一部を適用した際のSSBJ基準の準拠表明との関係など、実際の運用においてはまだまだ議論すべき論点が多くあると思われます。今後、さらなる議論が想定、また期待されるところですが、サス情報WGの議論からは、任意適用を促進しサステナビリティ情報が早期に開示されることが期待されていることは明らかと思えます。作成者は利用者のニーズも十分に考慮し、適用に向けた準備を進めていくことが肝要になると考えられます。

d.海外開示の日本での開示方法

第1回および第2回のサス情報WGでは、サステナビリティ開示基準の適用対象企業の要件や適用時期に関する議論において、この論点に関するコメントが委員からありました。欧州のCSRDに基づく開示は、欧州以外の企業にも2028年1月1日以降に開始する会計年度から適用(域外適用)されることが予定されており、日本の企業の中には、CSRDに基づくサステナビリティ情報開示に備えている企業も多くあると考えられます。この点、サス情報WGの委員から、この域外適用が開始されるタイミングで、日本においてもサステナビリティ情報の開示や保証が実施されていることが望ましいとのコメントがあり、さらに欧州で開示する以上、日本においても有価証券報告書でなくとも、半期報告書や臨時報告書でも何らかの形式で、金融商品取引法の適用を受ける企業は情報提供すべきとのコメントがありました。このような議論を踏まえ、第3回では以下の方向性が示されました。

第3回で示された方向性
海外に向けた情報開示を日本において取り込む方法に関する具体案についてどう考えるか
  • 欧州CSRDなどの海外制度に基づく海外向け開示が、日本の投資家に対しても確実に情報提供されることを確保することが重要
  • 海外制度に基づく海外向けの開示を行ったことをもって、金融商品取引法上の開示書類などの提出を求める、タイムリーな情報提供などの観点から、臨時報告書の提出とすることが考えられる

この点、第3回のサス情報WGでは、作成者側から多くの反対意見がありました。

  • 臨時報告書の提出は、サステナビリティ情報についての虚偽記載に関する認識がまだ不明瞭で、共通認識になり切ってはいない状況では、虚偽記載のエンフォースメントによって企業の開示を萎縮させるおそれがある。企業のホームページで日本語の要約を任意開示する方法など、実務面を考慮した対応が適当(作成者)
  • 性質上、臨時報告書の趣旨に該当しないのではないか(作成者)
  • 企業サイドとしては、必要性をあまり理解できず、違和感が強い。日本の有価証券報告書でもサステナビリティ情報の開示は強制されており、本質的にはそこで必要な情報が開示されているはず。その上で海外の別の基準での開示を、日本でさらに行うことは過大ではないか(作成者)
  • CSRD開示を行った場合に、それを臨時報告書で開示することは、全く受け入れられない。外国で開示したものを日本の開示とすることは、日本の開示基準を検討する必要がないことになってしまう(作成者)

この他、CSRDでの開示などを周知することが目的ならば、例えば金融庁などが情報開示をリスト化して開示するなど別の周知を行う方法も考えられるといった意見も出ています。この論点に関しては、サス情報WGの委員からの支持はあまりない結果となっており、今後も議論が継続されるのかも含めて、注意が必要です。

4.その他の論点(セーフハーバーのあり方)

これまで3回の議論では、サステナビリティ開示基準のあり方、適用対象・適用時期、導入時の論点に関して議論が行われましたが、派生する論点として、サステナビリティ情報の開示におけるセーフハーバーのあり方なども議論されています。

サステナビリティ情報には、企業の中長期的な持続可能性に関する事項である将来情報が多く含まれる他、GHG排出量のScope3の情報開示にはバリューチェーンを含めたデータの収集が必要となり、企業の支配力の及ばない第三者のデータに一定程度依存するといった特徴がみられます。これらの情報は、利用者からは投資家の投資判断にとって有用な情報であり積極的な開示が期待されている一方、作成者が虚偽記載などの責任が問われることを懸念し、開示に対して萎縮してしまうおそれも指摘されています。

この点、サス情報WGの多くの委員がセーフハーバーの必要性には賛同しているところですが、現行の開示ガイドラインでカバーできるとの意見や、現行では範囲が狭いため作成者が萎縮しないようなセーフハーバーの設定が不可欠、といった意見が出ています。サステナビリティ情報の性質から、セーフハーバーに関して何らかの手当てが必要と考えられますが、今後の議論に期待したいところです。

企業が考えるべきこと

1.各社の現状とまずすべきこと

ここまでサス情報WGの第3回までの議論の状況を見てきましたが、日本企業においては、2023年3月期から有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示が開始されたこともあり、プライム市場企業以外の企業も含め、すでに何らかサステナビリティ情報開示への取り組みが行われてきているものと思われます。ただし、サステナビリティ情報開示への取り組み状況は各社で当然に異なり、従来サステナビリティ情報開示への取り組みに熱心な企業、ISSB基準や米国SECの気候関連開示規則、または欧州のCSRDに基づくサステナビリティ情報開示への対応の検討をすでに開始した企業から、これからISSB基準やSSBJ基準案への対応の検討を開始する企業まで、状況はさまざまと考えられます。

第1回のコラムでも触れましたが、日本企業がまずすべきことは、自社がSSBJ基準の適用対象となるかどうかを見極めること、さらに足元のサス情報WGの議論でSSBJ基準の適用対象や適用時期が明確になりつつあることを踏まえ、いつから強制適用となるか、任意適用を検討するのか、などを見極めることになります。また、サス情報WGでは、サステナビリティ情報に対する保証の適用時期も明確になりつつあり、保証への準備も同時に検討することが必要となります。

2.開示内容の確認、開示体制の確認・構築など

次に、SSBJ基準案の内容や、またパブリックコメント募集後にSSBJ基準がどのように最終化されるのかその議論にも注目し、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標および目標」の4つの柱の視点から、「現状(as-is)」と「あるべき姿(to-be)」のギャップの識別から始めることが考えられます。

サス情報WGでの議論は、法定書類である有価証券報告書に対するSSBJ基準の適用の議論であり、一定の信頼性のある開示を行うことができるように開示内容の決定、情報の収集、集約および開示情報作成のための開示体制の構築も必要となります。今後、サステナビリティ情報に対する保証が求められることとなりますが、どのような保証範囲にどのような保証水準を求めるのかなどは、これからの議論となります。ただし、欧州や米国の議論の動向を踏まえると、将来的には保証の水準として、財務報告の監査と同様の合理的な保証を求める議論も今後想定されるところ、財務報告で実施しているような内部統制をサステナビリティ情報に関しても整備・運用していくことが必要となってくることが考えられます。さらには、J-SOXと類似のサステナビリティ情報開示に係る報告プロセスに対する監査も、将来的には議論されるかもしれません。

サス情報WGの議論においても、財務情報と非財務情報であるサステナビリティ情報とのコネクティビティを重視する意見が見られました。開示体制の構築においては、有価証券報告書での開示などを通じて、すでに課題と認識された企業も多くあるかもしれませんが、財務情報とサステナビリティ情報とを一体的に作成していく体制が望まれるところです。サステナビリティ情報と従来の財務情報と、両方の開示制度をカバーする部署を置いている企業は、現状数も少ないかもしれませんが、効率的な情報作成の観点だけでなく、情報のさらなる充実の観点からも、一体での推進体制を検討することも有用と思われます。

いずれにせよ、サス情報WGでの今後の議論に注目する必要はありますが、SSBJ基準の適用対象、適用時期がより具体化してきた現段階から、SSBJ基準の適用への対応の検討を開始するのが望ましいと思われます。

*1 東京証券取引所、2021年6月11日、改訂コーポレートガバナンス・コードの公表、
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html

*2 東京証券取引所、2018年6月1日、改訂コーポレートガバナンス・コードの公表、
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20180601.html

*3 IFRS財団、2020年9月30日、IFRS Foundation Trustees consult on global approach to sustainability reporting and on possible Foundation role、
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2020/09/ifrs-foundation-trustees-consult-on-global-approach-to-sustainability-reporting/

*4 IFRS財団、2021年11月3日、IFRS Foundation announces International Sustainability Standards Board, consolidation with CDSB and VRF, and publication of prototype disclosure requirements、
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2021/11/ifrs-foundation-announces-issb-consolidation-with-cdsb-vrf-publication-of-prototypes/

*5 ISSB、2023年6月26日、ISSB issues inaugural global sustainability disclosure standard、
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2023/06/issb-issues-ifrs-s1-ifrs-s2/

*6 SEC、2024年3月6日、SEC Adopts Rules to Enhance and Standardize Climate-Related Disclosures for Investors、
https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2024-31

*7 European Commission、Corporate sustainability reporting、https://finance.ec.europa.eu/capital-markets-union-and-financial-markets/company-reporting-and-auditing/company-reporting/corporate-sustainability-reporting_en

*8 成長戦略会議、2021年6月18日、成長戦略実行計画、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/pdf/ap2021.pdf

*9 新しい資本主義実現会議、2021年11月8日、緊急提言~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/kinkyuteigen_honbun_set.pdf

*10 詳細はコラム「サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が国内でのサステナビリティ開示基準の公開草案を公表―基準の内容、そして日本企業がすべきこととは―」を参照、https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/sustainability-disclosure-standards/vol01.html

*11 金融審議会DWG、2022年6月13日、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告の公表について、
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20220613.html

*12 金融審議会DWG、2022年12月27日、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告の公表について、
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20221227.html

*13 金融審議会、2024年2月19日、第52回金融審議会総会・第40回金融分科会合同会合議事録、https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/soukai/gijiroku/20240219.html

*14 IFRS財団、2024年5月28日、Inaugural Jurisdictional Guide for the adoption or other use of ISSB Standards、
https://www.ifrs.org/ifrs-sustainability-disclosure-standards-around-the-world/jurisdictional-guide/

*15 SSBJ、2024年4月4日付の「現在開発中のサステナビリティ開示基準に関する今後の計画」、
https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/2024_0404_ssbj.pdf

執筆者

平井 健之

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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