シリーズ:生物多様性とネイチャーポジティブ

2022-12-13

第9回:金融業界の自然関連リスクと機会


連載「生物多様性とネイチャーポジティブ」では、自然への影響や生物多様性に関する機会・リスクのほか、ネイチャーポジティブに挑戦している事例を業界ごとに紹介しています。第9回は、金融業界に焦点を当てます。

1.自然資本や生物多様性が金融業界に与える影響

経済活動と自然資本の関係を見ると、自然資本に中程度、または高程度依存している経済の価値創出額は世界のGDPの半分以上に相当する44兆米ドル*1とも言われており、自然資本や生物多様性の喪失が経済に大きな影響を与えることは明らかです。金融業界には、自然資本や生物多様性の喪失に対して、経済の流れを調整する大きな役割があると言えます。昨今、金融業界では、国際的なイニシアティブやフレームワークが具体化してきており、生物多様性への対応を求める動きが活発になってきています。

また、サステナブルファイナンスにおいては気候変動と同様の枠組みで自然に関する動きが拡大しており、世界銀行は気候変動における「Climate Action 100」を踏まえ、2021年に「Nature Action 100+」を提唱しました。イニシアティブの短中期目標として「生物多様性喪失ゼロ」、長期目標として「生物多様性ポジティブ」を掲げ、「エンゲージメント」「認知拡大と教育」「報告と測定」「政策と法規制」の4つを優先活動事項としています。気候変動と同様に自然資本においても情報開示と目標に向けたトランジション戦略を企業に求めていくことが考えられます。

このような動きの背景には、以下のようなサステナブルファイナンスの拡大のほか、さまざまな規制の導入が進んでいることが挙げられます。

  • 民間資金活用の拡大
    自然資本の保全のために、民間資金の活用が必須となっている。欧州ではグリーンディールにおけるサステナブルファイナンスの推進の基準としてEU Taxonomyを制定し、グリーンへの投資を拡大していく動きが活発化してきている。
    EU Taxonomyでは、6つの環境目標である「気候変動の緩和」「気候変動の適応」「水と海洋資源の持続可能な使用と保護」「循環経済への移行」「汚染の予防と管理」「生物多様性と生態系の保護と回復」に基づき、グリーン・イエロー・レッドの判断基準を定め、経済活動ごとの優先領域を整理している。金融業界ではこの基準を利用することで、生物多様性をはじめ、環境にポジティブな影響のある投融資先を判断することが可能になる。
  • 金融機関における開示基準の制定
    EUでは、金融機関に対する開示の基準としてサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)を制定し、金融機関には情報開示が求められている。気候変動や生物多様性による金融システミックリスクの評価、およびその対処として金融ポートフォリオにおけるリスクの洗い出しが今後さらに進むと考えられる。
  • 投資先企業の開示ルールの策定
    欧米ではESG投資が主流化し、金融業界が投資先の選別・判断を求められているなど、企業のESG情報の開示への要望が強い。特にEUでは、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)とそのルールの制定が進められ、企業の非財務情報開示が求められている。

関連するイニシアティブは多数存在しますが、特に昨今注目されているものとしては、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)、生物多様性のためのファイナンス協定(FfB)、PBAFが挙げられます。いずれも金融機関として投融資先の評価、目標設定、順守状況の確認、情報開示のフレームワークなどについて検討しており、金融機関はこれらへの対応が早急に求められています。

  • TNFD:自然関連財務情報開示タスクフォース
    自然資本などに関する企業のリスク管理と開示枠組を構築しており、2022年3月に公開されたベータ版0.1にて、優先セクターとして金融機関を取り上げた。企業向けのプロセスLEAPの他に金融機関向けのプロセスLEAP-FIを公開し、今後は個別セクターのガイダンスの策定も予定。2023年9月後半に完成を目指す。
    なお、2022年11月に公開のベータ版0.3において、金融機関向けに追加ガイダンスが公開され、「ガバナンス」「戦略」「リスクとインパクト管理」「指標と目標」の4つの柱で構成される開示枠組みにおける補足的なガイダンスが提示された。また評価・開示基準について、依存関係、影響評価、リスク、機会測定に関する指標(何をもって測定するか)の草案が具体的に示されている。
  • FfB:生物多様性のためのファイナンス協定
    2020年に欧州金融機関主導で発足した金融機関による協定。金融活動を通して生物多様性の保全・復元を目指す誓約として、2022年現在、20カ国の111の金融機関が署名している。2024年までに相互の協力とノウハウの共有、企業とのエンゲージメント、インパクト評価、目標設定、情報開示を実践するとしている。2022年7月に「生物多様性計測方法のガイダンス」(Guide on biodiversity measurement approaches <2nd edition>)を公表し、金融機関が生物多様性を図るための7つのツールを紹介している。
  • PBAF :Partnership for Biodiversity Accounting Financials
    金融機関向け投融資先GHG排出量算定・開示イニシアティブであるPCAFの姉妹イニシアティブであり、金融機関の生物多様性におけるインパクト測定に関するガイダンスを策定するイニシアティブ。2019年にオランダの金融大手が設立し、2022年6月には金融機関の生物多様性フットプリントを計測するためのスタンダードを発表した。

これらを含め、金融業界では自然資本に関するイニシアティブの動きが拡大しており、銀行、保険、投資家のそれぞれを対象とする組織が数多く組成されています。

これらの国際イニシアティブの動向、およびそれらが示す影響依存の評価手法や開示基準を捉え、自社の自然資本への影響依存・リスク機会評価を進めていくことが求められます。

2.金融業界の自然関連リスク

気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(The Network for Greening the Financial system:NGFS)有志とリサーチネットワーク「INSPIRE」が2021年10月に公表した生物多様性に関する報告書では、生物多様性や自然資本の喪失が金融の安定性に対するシステミックリスクをもたらし得るとの懸念が示されています。

その中では、本シリーズの第2回「ビジネス活動における生物多様性・自然資本対応の動向と枠組み」でも紹介した自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)におけるリスクの考え方に基づき、生物多様性喪失の「物理リスク」と「移行リスク」が金融機関および金融システムに影響を与える可能性があることが示唆されており、両者間の波及経路について、より理解を進める必要があると言及されています(図表1)。

出典:NGFS and INSPIRE, 2021.「Biodiversity and financial stability: building the case for action」 を基にPwC作成
https://www.ngfs.net/sites/default/files/medias/documents/central_banking_and_supervision_in_the_biosphere.pdf(2022年11月18日閲覧)

これらの「物理リスク」や「移行リスク」は、1社だけの問題ではなく、広く経済にも影響しており、さまざまなところで資本の毀損、製造プロセスおよびバリューチェーンの断絶・崩壊、オペレーションコストの増加につながっています。

基盤経済の不安定化は、「信用リスク(企業貸付損失)」や「流動性リスク(借換リスク)」、「市場リスク(株式や債権の損失)」、「オペレーショナルリスク(責任リスクやレピュテーションの毀損、訴訟費用、高額請求費用)」などにつながってきます。

生物多様性・自然資本の喪失は、これらのリスクを顕在化させる要因となりますが、一方で、新たなサステナブルファイナンスの拡大という機会としてとらえることもできます。リスクを回避・低減しつつ、機会として生物多様性・自然資本喪失の課題に取り組むことで、長期的な企業価値向上を見据えて環境・社会価値と経済価値が両立可能な、トレードオン型のネイチャーポジティブな金融機関としての立場を確立することが可能です。

長期的に見据えるという点で言えば、2022年11月に公開されたTNFDベータ版v0.3では、TNFDにおいて初めてシナリオ分析について具体案が示され、「起こり得る将来像を描く」という中長期的な観点の必要性について触れられています。そのアプローチは、TCFDを参考に、生態系サービスの喪失といった「物理リスク」だけでなく、技術、規制、消費者の選好など「移行リスク」も対象とし、また、開示枠組み、LEAPの全てのフェーズで考慮すべきとしています。現状分析にとどまらず、起こり得る将来像をシナリオとして設定することは、企業においてポートフォリオの検討やサービス提供といった、リスク対応や機会の最大化において重要となるでしょう。

3.リスク対応と機会の最大化

金融業界がネイチャーポジティブエコノミーに取り組むためには、

  • 自然への影響を回避・低減し、さらに回復再生、資源の循環をさせるビジネスモデルに向けて、いかに金融のポートフォリオ全体を切り替えていくことができるか
  • 自然関連リスクに対して、どのようなファイナンスサービスを提供することができるか

といった観点が重要です。ここでは、金融業界を「銀行・証券」と「保険」に分けて、先進的な取り組みを行っている企業の戦略や、取り組みの概要を整理します。

① 銀行、証券

銀行・証券会社では、インパクト評価またはリスク管理の側面からの取り組みが見られます。

  • 影響依存のスコアリング、インパクトの算出
    • ENCOREを使用してセクター別に自然関連リスクをスコアリング
    • Exiobaseを使用して生態系への影響・依存の算出
    • 生物多様性フットプリントの計測
    • 環境・社会インパクトの評価
    • 財務インパクトの評価

など、数値化や金銭価値化による可視化を行う取り組みが見られます。また、

  • 金融商品の開発
    • 自然資本評価を組入れた環境格付融資
    • ネイチャーネガティブ・スクリーニング(森林破壊など)投融資
    • 生物多様性などの自然関連KPIと金利連動するサステナビリティ・リンク・ローン/ボンド
    • 生物多様性等の自然関連KPIと金利連動するサステナブル・サプライチェーン・ファイナンス
    • ネイチャーポジティブ/ネイチャーポジティブトランジション投融資
    • 環境保全と収益(オフセット収益など)を両立する自然資本インパクト投資ファンド
    • 生物多様性と生態系の保護・保全・復元を支援する寄付型金融商品

など、金融商品を通して自然関連リスクを軽減させるのみならず、自然保護・保全・復元に貢献しつつ、機会を拡大する取り組みが見られます。

特に生物多様性や森林保全を考慮する金融商品が多く開発されている傾向があり、これまで脱炭素を中心にしていた施策が、生物多様性や森林などの自然資本に対象が拡大していく動きが見られます。

② 保険

保険においては、企業の活動と生物多様性の接点を確認し、影響と依存関係を洗い出していくことで、どういったサービスを提供できるかを考えていくことが重要です。具体的には、対象とする自然とその場所、産業セクターにおけるプロセスやその過程で生じるリスクなど、それぞれに対応する保険手段が適用できるかを検討していきます。

  • リスク可視化サービス
    • 自然資本のリスク評価データベースや評価ツールの開発、提供
    • 生物多様性の分野に対応したセクター別のリスクや事業機会対応コンサルティングビジネスの推進
  • 保険サービス(リスクの転嫁)
    • セクター別の自然資本に対応した事業損害保険商品の開発
    • 貴重・希少な自然への保険商品の開発
  • レジリエンス強化サービス(リスクの回避、軽減)
    • 生物多様性・生態系サービス指標に基づく再保険/保険事業の創出
    • レジリエンスファイナンス(生態系の回復への投資に関する保険費用を削減)
    • 自然資本金融サービスの開発

などをビジネスとして進めていくことが考えられます。

これまで脱炭素が中心だった企業の対応は、自然資本や生物多様性へと対象が確実に広がっており、それを主導していくことが金融機関の重大な役割であることが分かります。

4.今後に向けて

金融機関においては、投融資先と一体となってネイチャーポジティブエコノミーに向けたポートフォリオの改善のほか、インパクトと収益性を兼ね備えた商品やサービスの開発および提供が求められるようになるでしょう。

PwCでは、各イニシアティブが検討・開発を進めているフレームワークやツールを活用しながら、生物多様性・自然資本への影響依存の評価、方針・戦略の策定、目標設定、施策実行など、生物多様性支援サービスを包括的に提供しています。

詳しくは、ネイチャーポジティブペーをご覧ください。

また、環境・社会へのインパクト評価や財務インパクト評価については、独自のツールを有しており、これらのツールを生物多様性に活用することも可能です。

サステナビリティ活動の財務インパクト評価支援ページも併せてご覧ください。

*1 Nature Risk Rising(World Economic Forum)
https://www3.weforum.org/docs/WEF_New_Nature_Economy_Report_2020_JP.pdf(2022年11月18日閲覧)

執筆者

服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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小峯 慎司

シニアマネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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中尾 圭志

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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花井 香奈子

シニアアソシエイト, PwCサステナビリティ合同会社

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