SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ

第1回:次のフェーズへ移行するサステナビリティ

  • 2025-03-21

SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を取り巻く世界の潮流は刻一刻と変化しています。企業が取り組むべきアジェンダが多様化・複雑化するとともに、SXは実行とそれによる成果創出が求められる段階へと徐々にシフトしています。日本企業は資源の安定的な調達や規制遵守、レピュテーションリスクの回避、さらにはグローバルレベルで先行企業となるために、こうした変化を適切に捉え、着実に対応していくことが求められています。

本連載コラムでは、そのためのキーワードとして、経済・環境・社会課題を総合的に捉えて可視化・評価し、意思決定を行う「ホリスティックアプローチ」と、変革の要所で複数の業界・企業・組織が協調して対策を実行する「システミックアプローチ」の二つを取り上げ、解説していきます。第1回は、本シリーズの羅針盤として、その全体の流れをご紹介します。

はじめに、サステナビリティを取り巻く近年の変化について、その大きな流れを「多様化・複雑化」、「実行と成果創出段階への移行」という二つの方向性で概説します。

変化するサステナビリティ①多様化・複雑化

まず、「多様化」についてです。PwC Japanグループではサステナビリティ・アジェンダを「四つの環境課題」と「三つの社会課題」としてまとめてきました。それぞれCO2・気候変動、資源・廃棄物、水、自然資本・生物多様性、それから身体的人権、精神的人権、社会的人権の計七つです。

実はこれまでのサステナビリティ経営では、これらの課題が必ずしも等しく取り組まれてきたわけではありませんでした。例えば、CO2・気候変動や自然資本・生物多様性、人権といったアジェンダは国際的なルール形成も背景に対応が進められてきていますが、その他のアジェンダの多くは企業の自主的な取り組みに依存していました。

しかし近年、比較的取り組みが遅れていた、生物多様性や人権などのアジェンダに対しても、企業の取り組み義務が徐々に強まってきています。実際、2024年から段階的に適用がスタートしているEUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)では、E(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)の3要素全てに対する報告を企業に課していますし*1、2027年以降、順次適用が開始されるCSDDD(コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令)においても、サプライチェーン全体における人権および環境の両側面に対するサステナビリティ・デューディリジェンスの実施が義務付けられる予定です*2

また、各アジェンダ間の関連性を考慮することが必要であるという認識も高まっています。例えば、化石資源の代替燃料の一つとして注目される生物資源由来のバイオマス燃料は、CO2排出量の減少に寄与する一方で、サトウキビや木材の生産には大量の水を使用するため、バイオマスの拡大が水不足やそれに伴う生態系破壊を引き起こす可能性もあります。つまり、何か施策を打つ際には、各アジェンダ間をまたいだ相互依存関係を適切にシミュレーションし、その結果を踏まえて意思決定する必要があります。

サステナビリティ情報の開示面でもこうしたアジェンダ横断的な流れが進行されています。現状、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)、TISFD(不平等・社会関連財務開示タスクフォース)など、企業のサステナビリティ情報開示のグローバル・スタンダードはアジェンダごとに独立して存在しています。しかし、こうした各開示のフレームワークは将来的に徐々に統合されていくことが予想されています。このようなアジェンダ横断的な流れを、本連載では複雑化と呼ぶこととします。

変化するサステナビリティ②実行と成果創出段階への移行

企業のSXが具体的な実行と成果創出段階に移行してきていることも重要なポイントです。

これまでの企業のサステナビリティ対応は全体方針とそれに基づく目標を立て、それを対外的に開示するといった、いわば会議室での議論を通じた戦略検討段階にありました。しかしながら、先進企業をはじめとして多くの企業がこれからは立てた目標に対する実行のサイクルを回し、投資回収をしながら成果を創出しなくてはいけないフェーズへと入っていきます。つまりコーポレート部門だけでなく、調達、生産、物流等のサプライチェーン部門へも責任のボールが渡されていき、全社としてサステナビリティを推進していく必要が生じています。

では、日本企業は、多様化・複雑化し、さらには実行と成果創出が求められる”新しいサステナビリティ経営”を、どのように具現化し、アップデートしていけば良いのでしょうか。

ホリスティックに考え、決める

第一に、「ホリスティックに考え、決める」ということが重要になってきます。ホリスティックとは「全体的な、包括的な」といった意味を持つ形容詞です。前段でバイオマス燃料の例を取り上げましたが、そこでは各アジェンダ間をまたいだ相互依存関係を可視化し、機械・リスクのシミュレーション結果を踏まえ、打ち手の是非を判断すべきと述べました。ホリスティックに考え、決めるというのはまさにこのことを指しています。すなわち、多様化・複雑化するサステナビリティ課題を気候変動、自然環境、人権といったアジェンダごとに切り分けて考えるのではなく、環境、社会、経済の全てを総合的に捉え、それを踏まえて全体最適を図るという意思決定のアプローチのことを指します(図表1)。

図表1:アジェンダの相互関係:サーキュラーエコノミーの場合

システミックに動き、実現する

次に、ホリスティックに意思決定された活動計画を実行する段にあたって必要不可欠となるのが「システミックに動き、実現する」というアプローチです(図表2)。このアプローチは、企業各社が自社での個別取り組みだけを推進するのではなく、バリューチェーンを構成する多様なステークホルダーと連携しながら、ある課題の関係性やメカニズムを「システム」として捉え、複数の変革の要所に対して協調的に取り組みを実施する、という方法を指します。

ホリスティックに考え、決め、システム全体でその改革を試みようとすれば、その実現は個社単独での取り組みによってだけでは困難を極めます。さまざまなステークホルダーと協調し、バリューチェーンをまたいで動くことは、サステナビリティが実行と成果創出段階へ移行するフェーズにおいて避けて通れません。

図表2:システミックな変革のイメージ

日本企業に対する問題意識

なぜ、いま、日本企業にこのホリスティックとシステミックのアプローチが求められるのか、そこにはSXにとどまらず、将来に向けて成長し続けるのに必要な変革に対して、大きな問題が横たわっているためです。

まず、取り組みのスピードです。先行企業が環境・社会課題をいち早く捉えてスピード感をもって取り組むことで、後続企業との差が拡大している状況です。気候変動を皮切りに、生物多様性や人権等の多様なサステナビリティ関連の法・規制やガイドライン、プロトコルが整備され、その成果を計測・可視化したり、実行を促進したりするテクノロジー(環境センシング、衛星活用、サステナビリティ情報のデータベース等)やアプリケーションの開発も着々と進行しています。しかし、こうした流れに乗る企業のスピードは一様ではなく、先行企業と後続企業の差が拡大しています。

SXは特に先行者利益を得やすいテーマです。先行企業はレピュテーションの向上とそれによる顧客からの選好獲得、さらには先行企業同士での横の繋がりによる知的財産や経験値の蓄積といった好循環を実現することができます。また、将来的には法・規制、標準化、ガイドラインに対して影響力を行使できる可能性が高く、自社にとって有利な外部環境を形成しやすくなります。逆に言えば、後続企業がそうした好循環に追従するのは困難であり、いち早く取り組みを推進し、先行企業となることが極めて重要です。日本企業の特徴としてかねて指摘されてきた横並び主義では、グローバルの先行企業から差を広げられるばかりです。

そして、全体最適をはかるリーダーシップです。日本企業は現場における業務のカイゼンといった組織単位での個別最適化を得意とする一方、組織をまたいだ全体最適化は図りにくい体質を有しているという問題があります。例えば、縦割り組織とそれによるサイロ化した状態、分からないものには蓋をしてリスクテイクを行わない傾向などは、SXの推進にとって大きな阻害要因となります。公的機関の対応の遅さが指摘されることがよくありますが、最近ではその対応スピードは速くなってきています。官公庁だけでなく、企業の中にもこうした遅れの要因が存在するのではないでしょうか。ある組織の目的が、企業全体の脱炭素の実現に向けて本当に資するのか、SXの実現に向けて改めて組織横断で全体最適の視点が求められます。これは一組織だけではなく、産業そして、一産業を超えて国全体を見たときにも同じことが言えるでしょう。

仮にこのまま遅れの状態が継続すれば、それはサステナビリティ領域だけの問題ではなくなり、当然ながら国力にも影響してくる大きな問題となってしまいます。このままでは、日本経済の持続的成長性に暗い影を落としかねません。

日本企業に対する期待

一方で、日本企業は現場力に強みを持っています。そのため、サステナビリティの実行段階という、現場の方々も重要な取り組みを担う時代にあっては、そのオペレーション遂行の巧拙が結果に直結すると考えられます。

また、日本は高い技術力を有しているため、環境貢献製品の研究・開発分野でも強みを発揮できます。実際、環境に関連する技術の国別特許数(2021年)を見ると、日本は中国に次いで2位であり、その数は米国やEU全体よりも多いことが確認できます*3。特に、エネルギーや資源・素材領域における優位性を活かした取り組みは今後ますますその発展が期待されます。

日本はここ30年ほど、世界で最も「高度に多様化した複雑な製品生産」が可能である国とされています*4。日本ほど広くて深い産業構造を持つ国は世界でも限られています。したがって、モノづくり大国の叡智を活かし、各産業が複雑に折り重なった高度なエコシステムを構築するという難易度の高い課題に対しても、その実現のための素地が整っていると考えられます。

こうした強みを最大限活かしながら、日本企業はサステナビリティ経営実行の遅れを取り戻し、さらにはアジアやグローバルのリーダー・イノベーターとなっていくことが期待されます。変革を迫られることは翻って絶好のチャンスでもあります。変革の先に待つのは次世代の新しい企業のあり方です。その企業は世の中にとって不可欠な存在であると同時に、多くの富を生む存在でもあるでしょう。(第2回に続く)

第2回:ホリスティックに考え、可視化・評価し、全体最適な施策を決めることの重要性

*1 PwC、2024年、「経理財務のためのサステナビリティ情報開示最前線 ~ CSRDの本場欧州ドイツから 第1回 CSRDの概要」、https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/journal/keieizaimu240115.html

*2 PwC、2024年、「EUのコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)の発効と日本企業の対応」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20240926-1.html

*3 OECD. 2024, "Patents in environment-related technologies: Patents - technology development", OECD Environment Statistics (database), https://doi.org/10.1787/data-00760-en

*4 ECI(経済複雑性指標)と呼ばれる、輸出品目の多様性と複雑性に基づくハーバード大の国別ランキングにおいて、日本は1995年から2021年(最新データ)まで1位を譲っていない。このECIは高ければ高いほど、製造が高度に複雑でかつ幅広い品目の製品を生産していると理解できる。
Harvard Growth Lab, “Country & Product Complexity Rankings”, https://atlas.cid.harvard.edu/rankings

主要メンバー

中島 崇文

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

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齊藤 三希子

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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リンドウォール あずさ

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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