SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ

第2回:ホリスティックに考え、可視化・評価し、全体最適な施策を決めることの重要性

  • 2025-03-21

連載コラムの第1回「次のフェーズへ移行するサステナビリティ」では、長期連載となる本コラムの羅針盤としてその全体の流れをご紹介しました。第2回では、キーワードである「ホリスティックな考え方」について、その重要性を詳細に解説します。

ポリクライシス(複合危機)時代の到来

多種多様な課題が相互に複雑に絡む現代は「ポリクライシスの時代」、すなわち複数の危機が合わさって大きな影響を及ぼしている、複合危機の時代と言えます。昨今、サステナビリティは環境課題や社会課題、さらには地政学リスクなどが複雑に絡み合い、アジェンダ別に切り分けて議論することが極めて困難な状態にあります。サステナビリティは気候変動や人権といった個別危機の広がりから、ポリクライシスの時代へとシフトしているのです。企業はサステナビリティを個別最適ではなく全体最適として捉える、すなわちホリスティックに考えることが求められています。

従来の個別最適化の背景とその限界

ここからは、グローバルにおける規制やガイドラインの整備といったルールメイキングに特に焦点を当てながら、ホリスティックアプローチの重要性を示したいと思います。企業の従来的なSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)がサステナビリティアジェンダごとの個別最適になりがちだった理由は、主に規制面がアジェンダ別、業界・製品別で規定されたものだったためです。1992年に気候変動枠組条約が採択されたことを皮切りに、サステナビリティ関連規制はアジェンダ別に策定されてきました。また、最近では2023年7月に制定されたEUのバッテリー規則に見られるように、業界・製品別の規制も導入されてきました。こうしたアジェンダ別、業界・製品別で設計された規制に企業が個別で対応してきた結果、企業の取り組みも個別最適にならざるを得ず、サステナビリティアジェンダを包括的に捉える全体最適の視点が抜け落ちてしまっている例が多く存在します。

しかしながら、こうした個別の規制においても全体最適を目指そうという方向性に変わりつつあります。従来的な個別最適では不十分であるという認識が高まりを見せているからです。その例として、国際海事機関(IMO)による大気汚染防止に関する規則の厳格化を取り上げます。2020年1月より、IMOは大気汚染防止を目的に船舶の燃料油内の硫黄分濃度の規則値を80%近く引き下げました*1。それにより、大気汚染物質によって形成されるエアロゾルは減少し、汚染防止という目的は着実に達成されてきました。その一方で、こうしたエアロゾルの減少が海水温の急激な上昇を引き起こした可能性があるとも指摘されています*2。なぜなら、エアロゾルには太陽光の遮断や雲の反射率を高める効果があるためです。

このように、ある一つの目的に対して個別最適化を図ることによって、実は別の弊害が発生したり、全体としては負の影響が拡大したりという結果が起こる場合があります。そのため、国際的なルールメイキングの場においてもサステナビリティアジェンダ横断で全体最適を考えるホリスティックな意思決定が必要不可欠となり、そうした政策立案が徐々に進められています。当然、企業も同様に全体最適化を企図していかなくてはなりません。こうしたサステナビリティを取り巻く外部環境の変化は「多様化」、「複雑化」として捉えることができます。

ルールメイキングに見る外部環境変化多様化・複雑化

多様化というのは「これまで比較的優先度の低かったアジェンダに対しても、企業の取り組み義務が徐々に強まってきている」ことです。つまり、気候変動や人権といったアジェンダに加え、企業が対処すべきアジェンダの幅が広がってきており、また、各アジェンダの優先度が同等になりつつあります。

複雑化は、第一回コラムで「各アジェンダはそれぞれ独立した課題として存在するのではなく、複雑に絡み合い、相互に影響を与え合っているという理解の仕方が浸透してきている」ことと表現しました。こうした流れはルールメイキングの場においても確認することが出来ます。

例えば、ウェルビーイングなどのアジェンダについては近年急速に注目度が高まり、各国の戦略や施策に反映されるなど、議論が盛り上がりを見せています*3。改めてウェルビーイングとは、「個人や社会が経験するポジティブな状態」*4を指す概念であり、こうした個人の主観に依拠するアジェンダについても、国際社会の開発分野などで注目されています。今後はサステナブル・デベロップメント・ゴールズ(SDGs)からウェルビーイング・ゴールズ(WBGs)へ、国内総生産(GDP)から国内総ウェルビーイング(GDW)へ、社会の豊かさを表す指標が移行するのではないかと考えられています*5

また、開示の面では実際にすでに包括的な取り組みを求める規則が現れてきています。第一に、2024年から段階的に適用がスタートしているEUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)では、E(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)の3要素全てに対する報告を企業に課しています*6。注目したいのは、EU域外企業に対しても課されるその適用範囲の広さと、E・S・G全ての要素の開示を義務として求めている点です。従来のNFRD(非財務情報開示指令)の課題を克服し、包括的な開示義務を求める点で、ホリスティックな考え方の浸透と理解できます*7

第二に、2027年以降、順次適用が開始されるCSDDD(コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令)においても、「活動の連鎖(chain of activities)」における、人権および環境の両側面に対するサステナビリティ・デューディリジェンスの実施が義務付けられる予定です*8。端的に言うと、広くサプライチェーン全体を対象とし、環境だけでなく人権についても問題がないかを企業が報告する義務を負います。

第三に、現状、企業のサステナビリティに関する開示方法のグローバル・スタンダードはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)、TISFD(不平等・社会関連財務開示タスクフォース)といったように、アジェンダごとに独立して存在していますが、こうした各開示のフレームワークは将来的に統合されていくと想定されています。例えば、TNFDではその一般要件において「自然関連の開示は、可能な限り、他のビジネスやサステナビリティに関連する開示と統合し、(中略)統合的かつ全体的に示すべきである(筆者訳)」*9という記述を確認することができます。キーワードは「統合的かつ全体的」で、他フレームワークとの調整、さらには各者の統合とそれによる単一のタスクフォースの設置が画策されていると思われます。

また、そもそもTISFDはTSFD(社会関連財務情報開示タスフォース)とTIFD(不平等関連財務情報開示タスクフォース)が統合し、2024年9月に発足したタスクフォースです*10。このことからも各タスクフォースが今後統合していくという流れを読み取れるます。

ちなみに、TISFDは最近発足したばかりで、その開示フレームワークは開発段階にあるため今後の公表が期待されますが、その中でもTCFDやTNFDといった環境関連タスクフォースとの調整を図る記載が見られるか否かは確認が必要です。

このように、ルールメイキングの場においても、各サステナビリティ・アジェンダが独立して検討される状態から、各アジェンダの複雑な絡み合いを総合的に考慮した設計へと、世界の流れが変化してきています。こうしたサステナビリティ・アジェンダの多様化・複雑化に企業が対応するには、個別アジェンダごと毎に対処するといった従来型の方向性では根本的な解決には至らず、また個別対応のための工数やコストは膨らむばかりです。したがって、アジェンダを包括的に捉えて対応対処することがは本質的にも実務的にも必要不可欠となります。

ホリスティックの必要性を高める地政学リスク

サステナビリティの多様化・複雑化、さらにはそれをホリスティックに捉える必要性を高める要素として、地政学リスクの増大は無視できないトピックです。ここではSXへの影響が特に大きい「重要鉱物の各国による争奪戦」について触れます。

重要鉱物(リチウムやニッケルなど)の多くは、埋蔵地域が偏在しており、生産が特定の国に依存するという傾向があるうえに、同様の機能を代替する物質が今のところ存在しません。EVや再生可能エネルギー周辺機器といった環境に貢献する製品の製造には重要鉱物が不可欠であることから、各国・各企業にとってその確保が喫緊の課題の一つとなっています。

2023年、中国はこうした自国の重要鉱物に関する優位性をさらに高めようと、半導体や太陽電池などの電子部品の原材料に用いられるガリウム、ゲルマニウムの輸出規制を開始しました*11。また、中国以外にも重要鉱物の国有化、輸出制限政策を採る資源国は増加傾向にあります(図表1)。したがって、企業は重要鉱物の輸出制限等の動きに注視するとともに、そうした事態に備えてリスクの測定や代替策の検討を早急に実施することが、突然の供給の停止という最も避けるべきリスクを低減するために必要となります*12。サステナビリティの各アジェンダを総合的に捉えるだけでなく、地政学リスクについても考慮し、ホリスティックに考え、最適なポートフォリオへの転換を決めることが、企業の持続性を将来にわたって強固にするために求められています。

図表1:資源調達を不安定化させる資源国の政策

事例:飲料メーカーの原材料調達

最後に、ホリスティックに考えることの端的な事例として、飲料メーカーの原材料調達に関するケース・スタディを紹介します。ある飲料メーカーがアフリカの自社工場にて、飲料の原材料を①現地調達すべきか(その場合、新規農地開拓が必要)、②輸入による調達をすべきかで頭を抱えているとします。それぞれを選択した場合に想定されることは以下となります(図表2)。

図表2:飲料メーカーの原材料調達先の二つの選択肢

この事例では、自社が何を重視するか、によって選択肢が異なってきます。しかし、現代社会においては経済的な利益を重視するだけで意思決定をすることはステークホルダーからの理解を十分に得られない可能性が高く、環境、社会への影響を明らかにしたうえで、自社が重視することを充足していることを確認する必要があります。このように原材料の調達先という一つの意思決定においても、ホリスティックに考え、決めることが重要となります。

ポイントは、どちらの選択を実施しても環境・社会・経済のトレードオフ状態は免れないということです。したがって、上記のように複数アジェンダを横断的に洗い出して総合的なインパクトを試算し、「何に重きを置くのか」という経営判断に基づいて決定を下すことが必要不可欠となります。こうした意思決定の仕方がまさしくホリスティック・アプローチであり、多様化・複雑化するSX環境においては今後ますますその重要性が高まっています。(第3回へ続く)

第3回:サーキュラーエコノミーに見るホリスティックアプローチの重要性

*1 IMO, ‘Sulphur oxides (SOx) and Particulate Matter (PM) – Regulation 14’, https://www.imo.org/en/OurWork/Environment/Pages/Sulphur-oxides-(SOx)-%E2%80%93-Regulation-14.aspx

*2 Yuan, T., Song, H., Oreopoulos, L. et al. Abrupt reduction in shipping emission as an inadvertent geoengineering termination shock produces substantial radiative warming. Commun Earth Environ 5, 281 (2024). https://doi.org/10.1038/s43247-024-01442-3

*3 より詳細な内容については、以下における「人権の延長線上にあるウェルビーイング」を参照されたい。
PwC Japanグループ、『必然としてのサーキュラービジネス』(2023年、日経BP)p.38~41

*4 WHO, “Promoting well-being”, https://www.who.int/activities/promoting-well-being

*5 ウェルビーイング学会、2022、「ウェルビーイングレポート日本版2022」、https://society-of-wellbeing.jp/wp/wp-content/uploads/2022/09/Well-Being_report2022.pdf

*6 PwC、2024年、「経理財務のためのサステナビリティ情報開示最前線 ~ CSRDの本場欧州ドイツから 第1回 CSRDの概要」、https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/journal/keieizaimu240115.html

*7 6に同じ

*8 PwC、2024年、「EUのコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)の発効と日本企業の対応」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20240926-1.html

*9 TNFD、2023、『自然関連財務情報開示タスクフォースの提言』https://tnfd.global/wp-content/uploads/2024/02/%E8%87%AA%E7%84%B6%E9%96%A2%E9%80%A3%E8%B2%A1%E5%8B%99%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%96%8B%E7%A4%BA-%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%8F%90%E8%A8%80_2023.pdf

*10 TISFD, “Who We Are”, https://www.tisfd.org/about

*11 JETRO、2023年、『最近の輸出管理法の運用動向~中国の安全保障貿易管理に関する制度情報 専門家による政策解説~』https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/2bb487e289f975b3/20230019_01.pdf

*12 詳細は以下のPwCによるレポートを参照されたい。
PwC、『2024年地政学リスク展望』https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/geopolitical-risk2024.html

主要メンバー

中島 崇文

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

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齊藤 三希子

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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リンドウォール あずさ

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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