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2023年1月に「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が改正(以下、「本改正」)されました。
これにより、2023年3月31日以降に終了する事業年度に係る有価証券報告書より「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、この記載欄の「戦略」と「指標及び目標」に人材育成の方針、社内環境整備の方針および当該方針に関する指標の内容などを開示することが求められることとなりました。また、「従業員の状況」において「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」といった女性活躍推進法等に基づく人的資本指標の開示の拡充が求められることになりました[1]。
本改正では、「企業内容の開示に関する内閣府令」と「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」が改められるとともに、サステナビリティ情報の開示における考え方や、望ましい開示に向けた取り組みをまとめた「記述情報の開示に関する原則」の別添資料も公表されています[2]。
このような状況に鑑み、PwCあらた有限責任監査法人は2023年3月期の有価証券報告書に基づき、それらの指標を開示している企業の開示状況を分析・調査しました[3]。
今回調査の対象とした企業は、東証プライム上場企業でEY新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツ、有限責任あずさ監査法人、PwCあらた有限責任監査法人(以下、「大手4監査法人」)が監査している3月決算の非金融企業[4]890社で、主に「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」の3指標における開示状況を分析しました。
なお、本稿における基礎情報は掲載当時のものであり、意見にわたる部分は筆者の見解であることをあらかじめ申し添えます。
調査対象とした2023年3月期有価証券報告書提出企業890社のうち、「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」の3指標全てを開示している企業は811社(91%)でした。
一方、3指標全ての開示がなかった企業は15社(2%)でした。3指標の定量情報の開示状況は以下図表1のとおりです。
調査対象企業とした890社のうち、「女性管理職比率」を開示している企業は850社、「男性育児休業取得率」を開示している企業は834社、「男女間賃金差異」を開示している企業は854社でした。本改正により、2022年12月期と比較して3指標の開示社数が大幅に増加しました(図表2)。
「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」について、「記述情報の開示に関する原則」の別添資料では「投資判断に有用である連結ベースでの開示に努めるべき」とされています。
そこで、3指標の開示範囲(「個社ベースで開示[5]」「連結ベースで開示[6]」)、開示期間(「単年度開示」「複数年度開示」)、開示内容(「実績のみ」「目標のみ」「実績と目標」)について分析しました。また、調査対象の有価証券報告書で開示されている追加的な指標や定性的なその詳細・補足情報の具体例についても紹介します。
調査対象とした2023年3月期の有価証券報告書で開示されている「女性管理職比率」の開示範囲、開示期間、開示内容は図表3のとおりです。
女性管理職比率を開示している850社のうち、実績のみを開示している企業は283社(33%)、目標のみを開示している企業は4社(0.5%)、実績と目標を開示している企業は563社(66%)でした。
開示範囲については、850社のうち個社ベースで開示している企業が777社(91%)と大部分を占めており、推奨されている連結ベースでの開示を行っている企業は73社(9%)にとどまっていました。
開示期間については、850社のうち単年度(当会計期間)で開示している企業が767社(90%)と多く、複数年度で開示している企業は83社(10%)とまだ少ないことが分かりました。
有価証券報告書において、女性管理職比率に関連した追加的な指標や定性的な情報を開示していた具体例としては、図表4のようなものが挙げられます。
調査対象とした2023年3月期の有価証券報告書で開示されている「男性育児休業取得率」の開示範囲、開示期間、開示内容は図表5のとおりです。
男性育児休業取得率を開示している834社のうち、実績のみを開示している企業は530社(64%)、目標のみを開示している企業は1社(0.1%)、実績と目標を開示している企業は303社(36%)でした。女性管理職比率とは反対に、実績と目標の双方を開示している企業よりも、実績のみを開示している企業の方が多いことが分かりました。
開示範囲については、834社のうち個社ベースで開示している企業が779社(93%)と大部分を占めており、推奨されている連結ベースでの開示を行っている企業は55社(7%)にとどまっていました。
開示期間については、834社のうち単年度(当会計期間)で開示している企業が775社(93%)と多く、複数年度で開示している企業は59社(7%)とまだ少ないことが分かりました。
男性育児休業取得率においても、個社ベースかつ単年度での開示を行っている企業が多く、女性管理職比率と同様の傾向が見られました。
有価証券報告書において、男性育児休業取得率に関連した追加的な指標や定性的な情報を開示していた具体例としては、図表6のようなものが挙げられます。
調査対象とした2023年3月期の有価証券報告書で開示されている「男女間賃金差異」の開示範囲、開示期間、開示内容は図表7のとおりです。
男女間賃金差異を開示している854社のうち、実績のみを開示している企業は530社(64%)、目標のみを開示している企業は1社(0.1%)、実績と目標を開示している企業は303社(36%)でした。男性育児休業取得率と同様に、実績のみを開示している企業が多いことが分かりました。
開示範囲については、854社のうち個社ベースで開示している企業が804社(93%)と大部分を占めており、推奨されている連結ベースでの開示を行っている企業は50社(6%)にとどまっていました。
開示期間については、854社のうち単年度(当会計期間)で開示している企業が843社(99%)と圧倒的に多く、複数年度で開示している企業はわずか11社(1%)にとどまっています。
男女間賃金差異においても、個社ベースかつ単年度での開示を行っている企業が多く、女性管理職比率および男性育児休業取得率と同様の傾向が見られました。
有価証券報告書において、男女間賃金差異に関連した追加的な指標や定性的な情報を開示していた具体例として、図表8のようなものが挙げられます。
前述のとおり、記述情報の開示に関する原則の別添資料では、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異といった多様性に関する指標については「投資判断に有用である連結ベースでの開示に努めるべき」とされています。
そこで今回の調査では、2023年3月期の有価証券報告書で開示されている「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」について、連結ベースにおける業種別の開示状況も分析しました。
「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」を連結ベースで開示している企業数上位10位の業種は図表9、図表10、図表11のとおりです。
1位の「サービス業」では69社が女性管理職比率を開示していますが、そのうち連結ベースで開示している企業は10社(14%)のみでした。同様に、上位10位の業種であっても、各業種における開示社数のうち、連結ベースで開示している企業の割合が2割を超えた業種はありませんでした。
1位の「サービス業」では64社が男性育児休業取得率を開示していますが、そのうち連結ベースで開示している企業は7社(11%)のみでした。同様に、上位10位の業種であっても、各業種における開示社数のうち、連結ベースで開示している企業の割合が2割を超えた業種は「その他製品」のみでした。
1位の「サービス業」では64社が男女間賃金差異を開示していますが、そのうち連結ベースで開示している企業は7社(11%)のみでした。同様に、上位10位の業種であっても、各業種における開示社数のうち、連結ベースで開示している企業の割合が2割を超えた業種は「その他製品」のみでした。
本稿では、2023年3月期の有価証券報告書から開示が義務付けられた「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」の3指標について[1]、その開示状況を分析しました。
有価証券報告書において、人的資本の開示が義務付けられたこともあり、2023年3月の有価証券報告書では3指標を開示する企業が大幅に増加しました。しかしながら、実績のみでの開示や、単年度のみでの開示、個社ベースでの開示が多く、推奨されている連結ベースでの開示を行っている企業は少数にとどまっていました。また、男女間賃金差異については目標の開示まで行っている企業は少なく、まずは「現状をそのまま開示する」という対応を行った企業が多かった印象です。
今後は、開示の有用性や比較可能性を高めるという観点から、人的資本に関する情報開示がさらに拡充されることが望まれます。企業が有価証券報告書において、人的資本に係る考え方や取り組み内容を積極的に開示することを通じて、投資家との対話が促され、長期的な企業価値向上につながる好循環が生まれることが期待されます。
本稿の有価証券報告書における人的資本に関する開示分析が、人的資本に関する開示を検討する際の参考となれば幸いです。
[1] 開示が義務付けられているのは、女性活躍推進法などの規定に基づいて当該指標を開示している会社のみです。
[2] 「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について(2023年1月、金融庁)
https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230131/20230131.html
[3] 2022年12月期の調査については、以下のページに公開されています。
『人的資本に関する開示状況の分析(2022年12月期有価証券報告書)』
[4] 東証プライム市場上場企業のうち、大手の「EY新日本有限責任監査法人」「有限責任監査法人トーマツ」「有限責任あずさ監査法人」「PwCあらた有限責任監査法人」が監査している企業は、1,419社(金融企業108社、非金融企業1,311社)であり、非金融企業1,311社のうち3月決算企業は890社、それ以外は421社です(2023年7月時点)。
[5] 提出会社のみ開示、提出会社に加えて連結会社の一部も開示、連結会社の一部のみを開示している企業を指しています。
[6] 国内子会社での連結ベースで開示している企業も含んでいます。