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2021-08-31
社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する――。これは、PwCが掲げる私たちの存在意義(Purpose)です。不確実な時代の社会課題を解決するには、テクノロジーの進化とその実装が鍵を握ります。PwCコンサルティング合同会社の「Technology Laboratory (テクノロジーラボラトリー)は、社会課題解決に先行して取り組む政府や地方公共団体(官)、先端テクノロジーを開発・保有する研究機関(学)、そして事業化の知見を持つ企業(民)と連携し、製造、通信、社会基盤、ヘルスケアなどの事業領域が抱える課題に対し、テクノロジーを有効に活用しながら解決することをミッションとしています。中でもヘルスケアは、超高齢化社会を迎える日本にとって、取り組む課題が山積している重要な領域といえるでしょう。
本鼎談では、Technology Laboratoryで所長を務める三治 信一朗が、同じくTechnology Laboratoryでヘルスケア領域の課題解決に取り組む中川 理紗子とルール形成で産業化を支援する橋田 貴子に、同領域における政策の特徴や課題、さらにヘルスケアデータ利活用の取り組みと展望について聞きました。今回から3回に渡って紹介します。前編では日本のヘルスケアサービスの特徴とデータ利活用の現状にフォーカスしました。
鼎談者
三治 信一朗(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
中川 理紗子(写真中央)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー
橋田 貴子(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)橋田 貴子、中川 理紗子、三治 信一朗
三治:
最初に私からTechnology Laboratory創設の背景を説明します。
2020年7月に開設したTechnology Laboratoryでは「Aspiration in technology is a bridge to the future」をビジョンに掲げています。最初に望ましい未来を描き、重点的に解決すべき社会課題を設定するのです。そして、その実現に向け「どのようなテクノロジーが必要なのか」を緻密に分析し、テクノロジー開発のシナリオを描くというアプローチをとります。
Technology Laboratoryは単なるテクノロジーの実装支援や、公共的な知見の提供だけにとどまりません。包括的・俯瞰的な視点から課題解決の道筋を立て、さまざまな分野の専門家の知見を結集し、望ましい未来へと近づけるよう取り組んでいます。
中川さんと橋田さんはTechnology Laboratoryのメンバーですが、なぜヘルスケアや政策の領域に取り組みたいと思ったのでしょうか。この領域に興味を持った背景を、自己紹介もかねて説明してください。
中川:
私は製薬会社で働いていた経験から、製薬医療機器に興味がありました。その後、コンサルティングの仕事でロボットやIoT(Internet of Things)といったテクノロジーに接する機会があり、「ヘルスケア」×「テクノロジー」で社会課題を解決したいと考えたのです。なぜなら、ヘルスケア分野にテクノロジーを導入するにはあらゆる方面で課題があり、ものすごくハードルが高いからです。Technology Laboratoryではその課題を1つずつ解決しながら、人々が幸福を感じられて生き生きと生活できる「ウェルビーイング」の実現を目指したいと考え、日々の仕事に取り組んでいます。
橋田:
私は以前から社会課題の解決に興味を持っていました。公共政策大学院卒業後はコンサルティング会社で、ルール形成や行政に対する政策提言、民間企業の標準化活動やルール作り支援をしてきました。
そうした仕事を通じて日本の優れたモノ作りやサービスのプレゼンスを、ルールを起点に向上できればと思うようになりました。なぜなら、日本の製品やサービスを海外に輸出・拡大しようとした際に、欧州や米国が主導する規制や基準等の変更によって苦戦を強いられるといった実体があると感じているからです。
こうした課題を解決するために、国際的な枠組みの中で日本がプレゼンスを向上できる仕組みを、ルールを一つの手段として構築できるようになりたいと思いました。現在、Technology Laboratoryでは企業や官公庁の委託事業を中心に、こうした仕組み作りの支援をしています。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー 中川 理紗子
三治:
先ほど中川さんは「ヘルスケア分野にテクノロジーを導入するには高いハードルがある」と指摘しました。具体的にはどのようなハードルがあるのでしょうか。
中川:
日本の場合、コンサルタントやITベンダーが「現場にテクノロジーを導入しましょう」と提案しても、現場からの反発が大きいのです。たとえば、コロナ禍でオンライン診療のニーズは加速しました。しかし、一部の方からは「実際に患者さんと対面するからこそ、患者さんの体調の様子がわかる」と、オンライン診療に否定的な声も上がっています。
「対面診療とオンライン診療で、どちらのほうが診察に必要な詳細情報を得られるか」を比較すれば、対面診療のほうがよいに決まっています。
三治:
確かにオンライン会議でも、カメラをオンにして相手の反応を見ながら話したほうが得られる情報量は多いですね。
中川:
しかし、患者さんの中には通院が困難な人もいます。たとえば、ぜんそくを患っているお子さんが毎週専門医に診てもらわなければならないとしましょう。その病院が遠方で通院に片道2時間かかるのであれば、それだけで大変です。そうした方は「オンラインでいいから診察してほしい」との声もあります。
三治:
なるほど。では、現在のオンライン診療で、テクノロジーの発展が必要だと感じる部分はありますか。
中川:
わかりやすいのは、レスポンスの速度です。たとえば認知症の患者さんを診察しているとき、受け答えの反応(スピード)は重要な指標です。オンライン診療で患者さんがすぐに反応していたとしても、ネットワーク遅延が原因でレスポンスが遅くなれば、医師は症状を正しく把握できません。
三治:
とてもわかりやすい課題です。ネットワーク環境やコンピュータのスペックに起因する遅延は日常的に発生していますからね。
さて、次に取り上げたいのがコストの課題です。テクノロジーを導入する場合、「誰がコストを負担するのか」という課題があります。「医療を高度化するのが目的なのだから病院が投資すべきだ」という考え方がある一方で、標準的な医療で使用するのであれば、国家が投資をすると考えるのが妥当でしょう。この “分解点”はどこにあると思いますか。
橋田:
2つの観点があると思います。1つは制度的な観点、もう1つは社会的な観点です。そして、「どのような形でテクノロジーを使うか」によって、コストを負担する主体は変わってくると考えています。
制度的な観点から見ると、テクノロジーを導入する機器が医療機器として認められたもの、あるいは医療機器から継続的にデータを収集し、診断や次の製品開発に役立てられるようなサービスであれば、投資コストを負担するのは、現場や機器を製造しているベンダーという考え方もあるでしょう。
一方、社会的な観点、国民の意識もあるのではないでしょうか。たとえば、血糖値データを収集/分析するテクノロジーを搭載した機器を考えてください。医療機関が診療、患者の治療のために利用するのではなく、予備軍の方や日常の食習慣の中でのスパイクが気になる方が「健康促進のため個人で日常的に利用する」のであれば、機器の購入(テクノロジーのコスト)は個人の負担として価格に転嫁されるべきと考える人もいるでしょう。
新たな機器を普及させるためには、医療費や保険費の償還制度をうまく活用できる仕組みも検討していく必要があります。医療機器メーカーがテクノロジーを駆使して開発した機器を現場で利用できるようにするには、こうした制度設計も観点の一つになってくると思います。
三治:
「誰がコストを負担するのか」は、「誰が新テクノロジーの恩恵を受けるのか」の視点で考える必要があるのですね。これは「ヘルスケアデータは誰のものか」という課題にも重複すると思います。海外では「ヘルスケアデータは自分で管理する」という意識が高いですね。
橋田:
はい。日本との保険制度の違いもありますが、米国では医療費が高額なので、「自分でヘルスケアに係るデータを管理して予防する」という意識は高いです。翻って日本では「患者のデータは医師が参照する資料であり、医師のもの」という認識が比較的強いのではないでしょうか。そのため、患者さんの承諾があったとしても、データを公開したり活用したりすることに抵抗感を持つ方もいらっしゃいます。
また、国民の間に「ヘルスケアデータを自分で管理する」という意識も定着しきってはいないと感じます。この意識が変わり、「自分のヘルスケアデータをどのように活用するか」を考えるようになると、ヘルスケアデータの活用の幅は広がると考えています。
三治:
海外ではスタートアップを中心に、ヘルスケアデータを活用した新サービスが次々と誕生していますね。
中川:
そうですね。米国では自分の健康管理をエンターテインメントとして楽しむ意識があると思います。たとえば、「心拍数を図るデバイスを身に付けて運動する」ことは、以前であればフィットネスクラブの体力測定時ぐらいでした。しかし、2015年にあるITベンダーがスマートウォッチを発売したことで、「自分の身体状態を記録する」ことがトレンドになりました。それに伴い、人々の健康に対する意識も高まっていったのです。
日本でもデジタル機器と連動した運動ゲームの売上は伸びています。ですから、「楽しみながらヘルスケアデータを取得し、健康作りに役立てる」という土壌はあると思います。こうした状況を考えると、ヘルスケア分野に実装するテクノロジーには「使う側が継続して使いたい」と思えるような、エンターテインメント性を持たせることが鍵になると思います。
三治:
なるほど。「予防医療には何をすべきか」と難しく考えず、「予防」のための行動が「楽しい」「嬉しい」になれば、継続して取り組むようになりますね。では、行動や意識変容を促すために、現行の制度設計で課題となるポイントは何でしょうか。
橋田:
楽しみながら健康増進に取り組める機器を普及させるには、医療機器の承認制度の柔軟化などに向けた見直しもあるかと思います。なぜなら、日本では新しい医療機器(特に昨今の医療機器プログラム(SaMD)の承認のハードルは高く、ラグが生じやすいからです。
例えば最近では、スマートウォッチの中に、心電測定機能を搭載している製品があります。非医療機器で取得したデータを使用した医療機器プログラム「家庭用心電計プログラム」として昨年日本で初めて承認されました。このような医療機器プログラムを医療機器として承認を得る際に、該当性の判断基準や審査体制等に起因し時間がかかってしまうと、活用が遅れてしまうおそれがあります。
これは一例にすぎませんが、今後、スタートアップが革新的な医療機器や健康サービスを開発したとしても、それが適切なスピード感で承認され、実際に評価されていなければ市場に出回りそのメリットを享受することは難しくなります。企業にとって足かせになってしまうような制度に関しては、官民協働での再設計を検討していく姿勢がも重要になってくると考えます。
三治:
米国や英国と比較し、日本にはヘルスケアデータを活用し、治療目的でサービスを提供するような高付加価値サービス事業者は少ないですね。
橋田:
はい。それは国民のデータに対する意識の違いも大きいと思います。国民の意識変容を促すには、「ヘルスケアデータを収集・活用することが自分の生活を豊かにする」という実感をより得られるようにすることです。その施策の1つが、インセンティブの仕組みを整えることです。
例えば、一年に一回の健康診断とその結果だけでは、継続的に健康改善をしようというモチベーションにはなかなかつながりません。しかし、自分のヘルスケアデータを毎日記録する中で、「1日1万歩を歩くように心がけたら基礎代謝量が上がって体重と筋肉量が維持されている」「とある生活習慣を改善したらコレステロール値が減った」といった、取り組みとその結果がセットで可視化されれば、サービスの継続がしやすいのではないでしょうか。
また、健康作りに積極的に取り組むことで保険料が安くなるといったインセンティブもさらに普及することで、ヘルスケアデータを積極的に活用する人も増え、サービスの定着や付加価値向上にもつながると考えます。最近は企業も従業員の健康管理を経営課題として捉え、健康増進を重視する「健康経営」を取り入れています。ですから、そうした仕組みの中で、健康診断で良い結果であればポイントがもらえるというようなインセンティブを継続化していくことも考えられます。
三治:
インセンティブは国全体の取り組みとして設計する必要があるでしょう。成功すれば、「医療費を削減できる」という国家全体としてのインセンティブが働きます。では、そうした取り組みはどの程度のサイズ感で実施するのが最適なのでしょうか。中編ではここを掘り下げたいと思います。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー 橋田 貴子