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2021-09-01
前編では「予防医療」を積極的に取り組むためには、ヘルスケアデータ利活用に対する制度設計を継続的に検討するとともに、国民の意識変容が重要であるとの話をしました。では、予防医療の取り組みは、どのくらいの規模で実施するのが最適なのでしょうか。中編ではヘルスケアデータ活用のコミュニティ形成と政策の規模にフォーカスして掘り下げます。
鼎談者
三治 信一朗(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
中川 理紗子(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー
橋田 貴子(写真中央)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)三治 信一朗、橋田 貴子、中川 理紗子
三治:
最初に私から問題提起をします。今、国が取り組んでいるスマートシティは、都市全体を網羅して大規模に投資するアプローチを取っています。しかし、自分たちの生活を軸に考えると、国や県といった大規模な単位で実施する政策ではないと考えています。
たとえば、予防医療のインセンティブ設計をする際、国単位で取り組むとなれば、日本全体で制度設計を見直さなければなりません。しかし、予防医療は地域の生活と密接に関連しています。東京都に限定しても人口は1,300万人います。都市部の港区と農林業が中心の檜原村では、抱えている課題も、予防医療に対するアプローチも、ヘルスケアデータの活用用途も異なります。
中川さんに伺いますが、ヘルスケアを取り扱うにはどのような規模感とアプローチで取り組むのが最適だと思いますか。
中川:
2つのアプローチがあると思います。1つは国から“もう1つ下”に権限譲渡(delegate)するやり方です。“もう1つ下”とは、都道府県や市町村といった単位ですが、そのほかに「企業」という単位もあると思います。
大規模企業であれば、グループ会社も含めて3,000人から1万人を擁しています。この規模感なら新たなテクノロジーを試験的に導入する際にもPDCAを回しやすく、トライ&エラーが容易です。こうした動きが活発になれば、ある企業の成功事例を他企業に水平展開していくといった取り組みも可能です。すでに健康経営に取り組んでいる企業もあるので、その一環として実施するアプローチもあると思います。
もう1つは20万人から30万人の市区町村単位で取り組むアプローチです。ただし、実際にヘルスケアデータを収集して分析し、PDCAを回しながら成功事例を作り上げるには、3,000人から5,000人規模が最適だと思います。
三治:
成功体験が共有できる範囲は、数千人の事業所単位から数万人規模の自治体単位がよいということですね。その程度の規模であれば、自分のリアルな生活の中での「Health Smart」がイメージしやすいです。では、制度設計の観点から、橋田さんはどのように考えますか。
橋田:
「Health Smart Districtの最適な規模」を決めるのは難しいですね。究極の理想を言えば、日本国民全員のヘルスケアデータを国全体で管理する姿があるでしょう。というのは、震災や有事の場合を考えると、必要な情報を国が集約して一元管理しておく方が望ましい場合もあるからです。
地域医療ネットワークなど地域単位で構築された規模から国全体でヘルスケアデータを管理しようとしたとき、あるいは介護や生活等他データと連携させていく際に、「地域単位で収集したデータの互換性をどのように担保するか」「収集したデータをどのように組み合わせて活用していくか」という課題に直面します。ですから、国全体で管理することは理想ですがハードルが高い。三治さんや中川さんがおっしゃるように、自分の生活圏内でイメージできるような単位で取り組み、成功事例を作っていくことが必要になると思います。
三治:
Health Smart Districtのような取り組みは外国でも活発に実施されていますね。外国での取り組み事例を教えてください。
橋田:
たとえば中国は、データは国家規模で当局が統制を図るべきとの方針で、トップダウンで画一的に決定されているイメージが強いですね。特に新型コロナウイルス感染への対応では、国民のヘルスケアデータをうまく管理できていたとも言われています。しかし、元を辿ると企業が開発した都市のデジタルプラットフォーム、「市」単位のスマートシティの取り組みの中で開発された健康情報の仕組みなどが活用されています。その後、全国へ機能性が評価され普及しました。実際の新型コロナウイルス対策としてのデジタル監視システムは、中央集権的なものだけでなく(市・省単位での)ビッグデータプラットフォームや民間のシステムが入っているわけです。もちろん、日本と中国は人口規模や制度に違いがありますが、「適切な規模やツールを開発・実装していく施策」という観点では、中国の例は1つの参考になると思います。
また、収集するヘルスケアデータは、生涯にわたって継続的に取得し、活用できる形式で保管できることが望ましいです。ですから、互換性やデータの単位、取得方法、連携方法などは、ISO(国際標準化機構)やHL7(保健医療情報交換のための標準規格)のような国際規格に適合させていくことも検討事項の1つでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー 橋田 貴子
三治:
ヘルスケアデータの互換性やその粒度、取得方法について規格を設けるというのは重要な指摘です。市区町村単位でデータを管理している場合には、引っ越しなどでデータがうまく引き継げなかったり、データを移動する手続きも煩雑になったりします。また、取得されるデータの種類も増加しますから、データを他の自治体に移動させるにしても、個人のイニシアチブがないと難しくなるでしょう。今後は「データの持ち方」に対する考え方も変えていく必要がありますね。
橋田:
「データの持ち方」ですが、国内では想定する活用方法が限定的で、生涯にわたって乗り換えていくことを前提にしていない部分があると思います。つまり将来にわたってさまざまな用途や地域連携の枠を超えて活用することが前提となっていない場合が存在します。
三治さんが指摘されたように、各自治体で取得するヘルスケアデータの粒度が異なっていたり、互換性の問題から地域の枠を超えてデータを引き継げなかったりといった問題も起こり得ます。
また、ヘルスケアデータを扱う事業者も、「直近の自社サービスに必要なデータを優先的に収集する」という傾向にあります。ヘルスケアデータが断片化されやすい状態になってしまっているのですね。
女性のライフイベントにおいて、妊娠出産時に関連するヘルスケアデータは重要です。しかし、妊娠出産時に利用していた(データを収集する)デバイスからほかのデバイスに乗り換えると、それまでのデータが引き継がれずに経年で追えないといったケースが起こり得ます。これでは「ヘルスケアデータを活用し、人生100年時代を楽しく生きる」ことは難しい。ですから、今後解決すべき課題は、個人のヘルスケアデータを生涯継続して収集/蓄積できる仕組みを構築することだと思います。
三治:
確かに、スマートウォッチやフィットネストラッカーの機種を換えたら、以前のデータが使えなくなったという話はよく聞きます。では、民間企業のヘルスケアデータの取り扱いや活用方法は変化しているのでしょうか。
中川:
海外のスタートアップのデータの取り扱いを見ていると、もはや行政にデータの収集を依存していないと感じます。前編でもお話したとおり、欧米人の思想として「データは個人に紐づくもの」という意識は根強いです。個人が自分のデータを管理し、提供してもよい企業(組織)には自分の判断で提供するというマインドが定着しています。そして、企業側にもデータを提供した個人に対し、インセンティブを与えるという設計ができています。
三治:
一方で事業者に頼りすぎると、監視官としての国の役割(規則)が必要なくなるという懸念もあります。「国は最低限の方針だけ固めればよい」という方向に向かうと、新たな課題も発生しませんか。橋田さん、いかがでしょうか。
橋田:
個人情報の取り扱いに関するルール作りは一筋縄ではいきませんが、行政側の規制を(技術動向や海外動向を鑑み、改正タイミングを一つの起点として)継続的に見直していくことも大切ではないでしょうか。
欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則)でデータポータビリティ権が認められています。一方、日本ではポータビリティ権は完全に確立されておらず、「個人が自ら個人データを取得し、コントロールしていく」点は限定的になります。また、日本の場合、ヘルスケアデータは、研究目的によっては第三者への提供が可能なケースもありますが、オプトイン(予め本人が同意すること)が前提であるなど、規制の問題もあります。一部の米国や欧州におけるオプトアウト型のヘルスデータの収集、提供・共有の先行事例なども参考にしながら、制度設計を進めていく必要があると思います。
三治:
今、日本は国全体で経験値を学習して集約し、それを使える『アセット』にしている段階だと思います。自治体単位の成功事例を共有し、他の自治体で同じように展開しようとしても成功するとはかぎりません。なぜなら、それぞれの地域のバックグラウンドやその街が持っている文化も違うからです。重要なのは自分たちの自治体のコンテキストにあったものをハーモナイズし、ヘルスケアデータを利活用できるような制度設計にすることです。こうした取り組みが制度として回り始めれば、将来的には必要に応じて補助金やデジタルツールも一緒に提供するというアプローチも考えられます。
橋田:
日本には「データの利活用はあるとよいが、なくても困らない」といった意識も残っており、「個人情報が使われるとなんとなく気持ち悪い」という曖昧な国民感情もあります。しかし、ヘルスケアデータの利活用で利便性が享受できることを実感し、「気持ち悪さ」よりも「便益」が勝るようになれば、世の中が(データ利活用の方向に)動くと思います。
中川:
ヘルスケアデータ利活用に向けては、政府・自治体などが旗振り役になり、進められてきている部分もあります。また、国レベルで見ると連携・利活用に向けた応用はこれからの部分はありつつも、個人の健康・医療情報が蓄積されている基盤があり、利活用の潜在的なポテンシャルや気運は高いと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージャー 中川 理紗子