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2022-11-15
今、多くの企業がデジタル技術を活用した新規事業やサービスの立ち上げに取り組んでいます。その際に直面する課題が顧客理解に向けたアプローチです。加速度的に環境が変化する状況下において、着実かつスピーディに顧客心理とニーズを捉えなければなりません。
この課題を解決する手法として注目されているのが行動経済学を取り入れたデザインコンサルティングです。
本稿では日本における行動経済学研究の第一人者である東京大学 大学院経済研究科・経済学部 教授の阿部 誠氏をお迎えし、行動経済学を取り入れたデザインコンサルティングのあり方についてお話を伺いました。(本文敬称略)
対談者
東京大学 大学院経済研究科・経済学部 教授
阿部 誠氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
八木 大樹
※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。
(左から)阿部 誠氏、八木 大樹
八木:
ビジネスにおいて顧客理解の重要性は論を俟たないものの、既存顧客が存在しない新規事業やサービスでは「顧客はこのように行動するであろう」という想像や根拠が曖昧な仮説を基に意思決定しがちです。
PwCコンサルティングではそうした課題を解決するために、行動経済学を取り入れて顧客の動きや心理を捉えることが重要だと考えています。
まずは基本的な質問なのですが、行動経済学がビジネスで注目されるようになった背景を教えてください。
阿部:
行動経済学は1980年頃から発展してきた学問で、分かりやすく言うと「伝統的な経済理論に心理学を取り入れて、矛盾する人間の行動を体系学的に説明したもの」です。
伝統的な経済理論とは「人間は常に自分の利益を最大化する合理的な判断をする」と見なして考える理論です。たとえば、経済理論では「価格を下げれば需要が上がる」と言われますが、ラグジュアリー製品は「高価である」ことがステイタスですから、価格を下げれば売れなくなってしまうので矛盾します。
こうした矛盾、つまり「経済理論だけでは人間の消費行動を説明できない」ことはマーケティングの世界では常識でした。「現代マーケティングの父」と呼ばれるフィリップ・コトラー氏は「実は行動経済学は『マーケティング』の別称にすぎない。」と述べています。
行動経済学が注目される前から実務家たちは矛盾や非合理性をはらんだ消費者心理を直感的に理解し、マーケティングという分野で活かしていたのです。
八木:
「ビジネスをするうえでは、経済理論だけでなく消費者心理を理解しなければならない」という説明は非常に腹落ちします。
阿部:
行動経済学は3分野に大別できます。
1つ目は「現象の描写」です。人間は時に非合理的な行動をすることが多いのですが、この行動パターンは非常に似通っています。
現象の描写は「人間がどのようなバイアスを持っているのか」を検証するものです。たとえば、お料理で「松 竹 梅」コースがあれば、(各コースの詳細を吟味することなく)真ん中を選択する傾向が強いのもその1つです。
2つ目は「メカニズムの説明・理論」です。これは「現象の描写」がなぜ起こるのかを理論的に説明するものです。
例を挙げましょう。宝くじを考えてください。1等が当たる確率は何千万分の1ですが、「この売り場から当選者が出た」とか「有名人が当たった」と聞くと、「自分にもチャンスがあるかも……」と考えてしまいますよね。人間は低い確率ほど過大評価し、高い確率ほど過小評価するというバイアスを持っているのです。メカニズムの説明・理論では「人間は不確実性を伴う状況において、認知バイアスを取り入れた意思決定をする」ことをモデル化しています。
3番目は「実社会への適用」です。これは「現象の描写」と「メカニズムの説明・理論」を、社会に対してどのように適用するのかを考えることで、代表的なものが「ナッジ(nudge)」です。分かりやすく言うと、誰かに行動を起こしてもらいたいときに「××をすればお金がもらえる」「××をしなければ罰せられる」といった手段を用いるのではなく、本人が意思決定する際の外部環境をデザインすることで、自発的な行動を促すのです。
東京大学 大学院経済研究科・経済学部 教授 阿部 誠氏
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 八木 大樹
八木:
ナッジを取り入れた施策は当社内でも実践していますので、1つ紹介させてください。PwCコンサルティングでは新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から早期にリモートを基本とした働き方にスイッチしました。
労務管理のため勤務場所を登録するアプリを急ぎ内製で開発したのですが、そのアプリでは登録画面のデフォルトを「リモートワーク」とし、「出社する」をオプションにするようにデザインしました。
「人間は最初に与えられている選択肢を選ぶ傾向にある」という行動経済学のデフォルトバイアスを利用したものです。極めて小さな工夫にはなりますが、社員の安全確保に向けてリモートワークを選択させる点で効果があったと考えます。
阿部:
それはナッジのよい活用事例ですね。重要なのは「利用者が操作するときに、どのように感じるか」を考えることです。アプリの利用者はリモートワークの選択がデフォルトであることを自然に理解できるでしょうね。
八木:
ナッジのアプローチは、人間(利用者視点)を中心に考える「デザイン思考」と共通していますよね。デザイン思考は課題発見から問題解決までの思考法としては分かりやすいのですが、複雑化している現在のビジネス環境に対応するには足りない部分もあると感じています。その点、人間の経済行動を心理学と紐付け、体系化している行動経済学の考え方は重要だと考えています。
八木:
実は今回、先生にお伺いしたかったのは「行動経済学をビジネス活用するジレンマ」です。先に「行動経済学は伝統的な経済理論に心理学を取り入れたもの」と説明いただきました。そうすると、「企業にとって都合がよい方向にリードする」というアプローチもできてしまいますよね。
企業ですから利益追求は当然ですが「巧みに誘導して売りつけたいものを買わせる」のではなく「お客さんの潜在的ニーズを分析してアプローチする」というスタンスで行動経済学を活用するにはどのような心構えが必要でしょうか。
阿部:
先ほどのフィリップ・コトラー氏の「行動経済学はマーケティング」という言葉をご紹介しましたが、私はいつも最初の授業で「マーケティングとは“愛”である」と説きます。そして期末試験に「『マーケティングとは××である』。××に言葉を入れなさい」と出題するのですが、正解率はあまりよくありません(笑)。
この“愛”とは、ターゲットとなる顧客をあらゆる角度から理解しようとする行為です。たとえば、50歳男性をターゲットにしていた外食チェーンが、20代女性を対象にした商品を開発する場合、過去の経験則やこれまでのマーケティングデータは通用しませんよね。新たな領域でビジネスを開拓するのですから、ターゲット層にアンケートを実施したり、ターゲット層の社員をプロジェクトチームに参加させたりして徹底的に顧客の嗜好性やライフスタイル、心理を汲み取る必要があります。
八木:
私はかねてから「クライアントの先にいる消費者(=ターゲット)になりきること」を心がけています。ターゲットの視点からクライアントの製品やサービスを評価し、「その製品・サービスを利用することで、ターゲットが得られるメリットを考えよう」という意味です。これも“愛”でしょうか。
阿部:
愛ですね(笑)。先に八木さんが指摘したとおり、ナッジ理論や心理的な仕掛けを駆使すれば、ある程度は消費者を誘導できるでしょう。しかし、そうした施策は短期的なもので、長期的な成功にはつながりません。顧客心理を捉えてビジネスをすることは「顧客の課題とニーズに寄り添う」ことであり、「顧客を出し抜く」ことではないのです。
八木:
伝統的な経済理論の中で話に上がった「合理性だけでは人間の消費行動を説明できない」という部分をもう少し深掘りさせてください。「人間が非合理であること」という考え方には納得感がある一方で、ビジネスの意思決定においては因果を積み重ねた「合理性」が求められるのも事実です。このミスマッチをいかに埋めていくか「恐れずに非合理を選択するか」が課題だと考えています。
阿部:
行動経済学を役に立てていただくのが一助になるかと思います。学問がビジネスで活用する価値の1つは、「理論的なバックアップがあること」です。先に紹介したアンケートやマーケティングの結果が行動経済学の理論に照らし合わせて整合性があれば、クライアントは「成功の確率が上がる」と自身が持てますよね。
ただし、実際のビジネスではさまざまな要因が絡み合って同時に動いており、その環境下で人間心理も揺れ動きます。実務ではこれらの複雑な状況の中でどの要因を活用するかを決定し、ビジネスを推進しなければなりません。
一方、学問はさまざまな要因を管理し、「1つの要因を変化させたらその影響はどのように及ぶのか」を追究します。これが実務家と学者の決定的な違いです。ですから「実務」と「学問」を行ったり来たりしながら知識を深め、ビジネスを加速させることが重要だと考えます。
八木:
本日お話を伺って、行動経済学をビジネスに活用する意義を再確認すると同時に、「愛を持って顧客理解に努めること」が重要であることを痛感しました。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。