
テクノロジードリブンで描くビジネスの未来 アーキテクチャ視点による産業アクセラレーション【第4回 建設業におけるロボティクス活用の可能性】
建設業界では、建設DX/RXを推進していくことが課題となっています。建築生産におけるロボット社会実装における「アーキテクチャ視点」の重要性と有用性について考察します。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、人々の生活に大きな影響を及ぼしています。そしてこれがもたらす変化は、個々人の生活と価値観にまで及びつつあります。新しい生活、価値観によって世界はどのように変わっていくのでしょうか。変化の兆しは早い段階から現れました。「3つの密」を避けること、そして、生活を維持するために、リモートテクノロジーを活用することが常態化したのです。ここで言う生活維持のため、働く環境においてもテレワークが当たり前になるという変化が生まれています。本コラムではこうした中で新しく生まれる、あるいは活用が期待される技術に焦点を当て、過去から現在、そして将来に必要となるであろう技術の道筋について解説します。
近年、リモートテクノロジーの一環である自動化技術やロボット技術が目覚ましい進歩を遂げています。情報の伝達と動的な作用を飛躍的に推進するこれらの技術を、人は安全かつ便利に使いこなしてきました。自動化の原点は、1960年代にまでさかのぼります。ロボット技術は、自動車などの製造業を中心に、産業用ロボットの導入を通じて普及してきました。産業用ロボットが普及する過程で、サービス分野や災害対応を目的としたさまざまなロボットが開発され、さまざまなシーンでロボットが使われるようになってきたのです。
産業用ロボットが生まれた米国では、黎明期においては普及が進みませんでした。その背景には、自動化によって雇用が奪われるとの懸念があったようで、労働組合からの反発を招きました。それに対して日本では、自動車生産現場でのロボット導入が進みました。高度経済成長期の真っただ中、「3K」(きつい・きたない・危険)労働環境の改善に生かしたいという、生産性向上を目指した米国とは異なる価値観が背景にあったと言われています。こうした価値観の違いにより、新しい技術の活用の在り方は大きく異なってきました。
COVID-19を契機として働き方、産業形態にパラダイムシフトが起こりつつある現代においても、新しい技術の使い方は、人々の価値観によって決まると言えます。生活の変化は、価値観に影響を与えるきっかけの一つと言えるでしょう。例えば個人レベルでは、行動の制限と緩和が交互に繰り返される可能性があります。これは、一部の国で行動制限の緩和後にクラスターが発生しているように、感染拡大の第2波が来る可能性があるためです。COVID-19が完全に終息するまでは、あたかも振り子のように往復する生活様式の連続的変化への備えが必要になると考えておくべきかもしれません。その結果、人との距離を保ち続ける生活が定着するかもしれませんし、終息時期が当初の期待よりも長引けば、こうした状況に慣れてリモートテクノロジーの活用をより重視することもあると考えられます。
このような兆候は既に企業活動にも急速に現れつつあり、東京都ではテレワーク導入済みの企業が2020年4月に63%に達し、3月比で2.6倍になったとの調査結果も公表されています※1。これまで対面で行うのが当たり前だったことを、リモートで対応可能にする。そんな環境を構築することの必要性を多くの企業が認識している結果と言えるでしょう。中長期的に未来を予測すると、人々のこうした価値観の変化によって、「リモート化」に関連するソリューションは、さらに必要になると考えられます。
リモート化のニーズはロボット市場にも波及しつつあります。注目すべきは中国の市場動向です。中国電子学会によると、中国国内のロボット市場では、特殊ロボット(消防分野などのレスキューロボット)の市場は7.5億ドルで前年比17.7%の伸びを示しており、サービスロボットの中国国内市場は2019年には22億ドルで前年比33.1%増の成長を遂げています※2。
ロボット産業の成長著しいこの国では、COVID-19感染拡大による混乱が起きる以前からリモート化・無人化の先進的な試みが行われてきました。その代表的な例が宅配ロボットです。中国では、2019年に宅配ロボットの利用が急速に拡大しました。宅配ロボットは、団地や学校などの入り口から、3D測位センサーやGPS位置制御、ディープラーニングを駆使して目的地まで自動的に宅配物を届けるUGV(Unmanned Ground Vehicle)が主流で、再配達の増加や人手不足といった物流業界のラストワンマイル問題の解決策として期待されています。また、フードデリバリー市場においては、中国国内のフードデリバリーサービス大手とロボットメーカーが提携し、人が密集した建物内でも走行可能なUGVの実用化に取り組んでいます。さらに、完全自動運転の食器運搬ロボットが有名外食チェーンに次々と採用され、中国全土に利用が拡大しています。
これらのロボットの多くは、COVID-19感染拡大防止のために投入され、活躍しました。宅配ロボットは病院内での医療物資運搬に奔走し、食器運搬ロボットは多くの病院で食事や薬の搬送にあたり、レスキューロボットは消毒剤の散布に利用されました。その他にも、警備ロボットには体温測定機能が追加され、人々の体温監視に利用されました。これは、COVID-19による社会ニーズの変化にロボット技術が適応した例と言えます。近未来のリモート社会を想像させると共に、ロボット技術の社会実装の一つの在り方と捉えることができるでしょう。
リモートテクノロジーを活用した生活様式の常態化によって、これまで人間が現場で作業をする必要があった職業のロボットへの代替がさらに進む可能性もあります。具体的な例を挙げましょう。COVID-19感染対策においては、医療従事者への負荷が集中し、イタリアなどでは医療崩壊が深刻な問題となりました。感染拡大防止の観点から、医療や小売などの人々の生活に不可欠かつ対人スキルが必要な産業においても、オンライン診療や無人店舗といったリモート化・省人化のニーズは高いと考えられます。これらの職業のニーズを満たす技術として活用が期待されているのが、「テレイグジスタンス」です。
テレイグジスタンスとは、「人間が自分自身が現存する場所とは異なった場所に実質的に存在し、その場所で自在に行動する人間の存在拡張の概念、およびそれを可能とするための技術体系」※3を指し、制御、センシング、仮想現実(VR)、ハプティクス、通信、ヒューマンインターフェスなど、さまざまな要素技術から構成されています。日本産業規格(JIS)では「ロボットを遠隔操作するとき、ロボットの視覚、触覚で得られた実際の作業環境及び作業対象物に関する情報を、操作者自身の感覚を通して、あたかもその作業領域にいて作業を実行しているように適切に提示すること」※4と定義されています。遠隔操縦によって作業者の安全確保につながることをはじめ、ロボットを感覚的に操作することができることによるさまざまなメリットが期待されています。
近年、日本においても、テレイグジスタンスの可能性に着目した大手企業や多数のベンチャー企業が研究開発に着手しており、これまでロボット導入が進んでこなかったさまざまな産業におけるリモート化が急速に進展しています。例えば、建設の分野では、工具を用いた作業が可能なロボットの開発・実証が行われており、高齢の専門技能者の肉体的負担を軽減するソリューションとして期待されています。サービス分野では、テレイグジスタンスを活用した家事代行サービスが登場しています。専門のオペレーターが各家庭に設置されたロボットを遠隔操作し、自律型のロボットが苦手とする洗濯や整理整頓などの作業をこなしています。このように、従来は人がその場にいることが必要とされてきた作業についても、テレイグジスタンスによるリモート化が可能となりつつあります。
また、テレイグジスタンスには、人間による遠隔操作の操作データを取得・蓄積することができるという利点があります。この利点を生かせば、蓄積されたデータを活用することによって、ロボットが人の動作を簡単に再現できるようになるかもしれません。現在でも、遠隔操作を活用したダイレクトティーチングとディープラーニングによって、ロボットが人間の動作を再現する技術が開発されています。この技術によって、医薬品製造においては、従来自動化が困難とされてきた液体秤量作業を、ロボットによって自動化しています。
また、xR技術(VR,AR,MRなどの総称)の発展によりテレイグジスタンスの新しい実装の姿が見えつつあります。大学などの研究機関では、より直感的な操作を可能とするインターフェースの研究開発に取り組んでおり、例えば、VR利用時の画面酔いを防止する技術や、口腔部や顎部への電気刺激を利用した味覚ディスプレイなどの研究が進められています。これらの技術が発展し、ロボットシステムに統合されることによって、テレイグジスタンスを通じた仮想空間での体験は、よりリアルで自然なものとなるでしょう。さらに、AI技術などによってロボットのオペレーターの認知・判断機能を拡張する技術が開発されれば、複数台のロボットを一人で同時に遠隔操作できるようにもなるでしょう。
このように、テレイグジスタンスは、場所に縛られない自由な働き方を実現するだけでなく、あらゆる職業における作業のリモート化の端緒となり、都市化などに起因するさまざまな社会課題の解決策となる可能性を秘めています。
厚生労働省が「新しい生活様式」を公表しました。これを実現する上で、前述のような新しい技術を社会に実装することが大いに役立つことでしょう。そのためには、技術を実際に使ってみて、他のいろいろな技術との組み合わせの可能性や、それらの利用シーンといったことをもっと見ていく必要があります。動的システムの制御を含まなければ、データセキュリティとリテラシーに依存して、技術の活用の範囲は飛躍的に広がることになります。しかし、動的な制御を含んだ場合には、静的なものに加えて、安全と使い方に対するさらなる配慮が求められると考えます。COVID-19による社会の変化のスピードは想像以上であり、迅速に実装を進めることが求められます。しかし、ハードの技術進展はソフトの実装に比べて時間がかかります。この速度を上げるためには、あらゆる分野のトップ人材の専門的知見を結集し、社会実装を進めていく枠組みの構築が急務となります。
実装にあたっては、リスクマネジメントを考慮することも求められます。動的な制御を行う活動領域が広がるにつれて、消費者をはじめとする一般ユーザーとの接点が増えることになります。一般ユーザーは必ずしも安全に関する知識を有しているとは限らないため、その結果、ロボットなどが一般ユーザーに対して意図せず危害を加えてしまうリスクが高まります。一度事故が発生するとロボットの社会受容性が著しく損なわれることが懸念されます。技術を使ってもよいのだというコンセンサス、レピュテーションをより高めていくためにも、必然的に、安全に技術を活用するためのリスクアセスメントの重要性が増すことになるのです。
新しい技術を製品に組み込むことによって、一時的にその性能を落とす可能性すら考えられます。通常であればそれは許されることではありません。しかし、私たちが現在向き合う感染症対策や物資の不足といった要因は、時に製品性能に対する寛容さを生み出します。従来の価値観を変える必要に迫られるこのような状況は、革新的な技術によって破壊的イノベーションを生み出す好機と捉えることができます。今こそ人材が積極的に連携し、技術を組み合わせ、安全性の検証を迅速に行っていくべき時でしょう。
※1 日本経済新聞電子版(2020年5月12日付け記事、最終閲覧日:2020年5月15日)
※2 中国電子学会;中国机器人産業発展報告(2019)
※3 舘暲:テレイグジスタンスの新展開;日本ロボット学会誌, Vol. 36, No. 10, pp.658--662 (2018)
※4 JIS B 0185およびJIS B0187より
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