
テクノロジードリブンで描くビジネスの未来 アーキテクチャ視点による産業アクセラレーション【第4回 建設業におけるロボティクス活用の可能性】
建設業界では、建設DX/RXを推進していくことが課題となっています。建築生産におけるロボット社会実装における「アーキテクチャ視点」の重要性と有用性について考察します。
直近の統計によれば、日本における90歳までの生存割合は男性26.5%、女性50.5%[1]、また、国内の100歳以上の人口は71,238人と急速に増加してきており[2]、私たちにとって「人生100年時代」は、もはや現実のものとなりつつあります。一般的に、長寿化については負の側面が着目されがちです。その大きな要因としては、長寿が必ずしも健康とは結びつかず、個人にとっては身体や精神の衰えによる幸福度の低下、また社会にとっては医療・介護費の増大や生産力の低下をもたらすと想定されていることが挙げられるでしょう。
確かに、日本における平均寿命と健康寿命(心身共に自立し、健康的に生活できる期間)の差は、2016年時点で男性8.84年、女性12.34年であり、この数字に近年大きな変化はありません[3]。長寿が個人や社会にとって幸福をもたらすには、健康寿命を平均寿命に可能な限り近づけ、人々が長い生涯を健康に過ごせることが必要となるでしょう。ここでは、長寿命と関連して近年注目されるテクノロジーのいくつかに焦点を当て、長寿が私たちに幸福をもたらす可能性について解説します。
人間の死因を「行動」「遺伝」「社会条件」「環境」「医療」に分けた場合、「行動」に起因する死亡の割合が最も高く、40%を占めるとされます(他は「遺伝」30%、「社会条件」15%、「医療」10%、「環境」5%)[4]。2型糖尿病や一部の心血管疾患、骨粗しょう症、認知症などは日々の食事や運動などの生活習慣が発症に関与すると言われています。また、薬物摂取や喫煙なども健康にとってリスクの高い行為です。これらの行動に起因する疾患は概して慢性的な経過をたどり、健康状態を長期にわたって損なうため、健康寿命に対するマイナスの影響は少なくありません。しかしながら、人間が確立した行動パターンを変えるのは容易ではありません。そのため、たとえ行動に起因する疾患であっても、医療的な重点は患者の行動そのものへのアプローチよりも薬物・外科的介入に置かれているのが現状です。
そのような中、デジタルを活用して行動に介入し、治療効果をもたらすテクノロジーが発展してきています。デジタルセラピューティクスという言葉を聞いたことはあるでしょうか。デジタルヘルス(デジタル技術によって健康増進を図る機器やシステム全般を指す)の中で、治療効果を示す臨床データを有し、規制当局によって認可・承認を受けるソフトウェアを指しますが、このデジタルセラピューティクスのアプローチの一つは、患者の行動を変えることです。米国では2010年にアメリカ食品医薬品局(FDA)の認可を受けた初期のデジタルセラピューティクス製品が誕生し、糖尿病患者の血糖値や服薬、運動などのデータと機械学習によって、患者個人に合わせた疾患管理をサポートしています。また2017年と2018年には、物質使用障害の患者に対して、外来治療との組み合わせで認知行動療法に基づいた治療プラグラムを提供する複数のデジタルセラピューティクス製品も開発されました。さらに日本においては、ニコチン依存症向け治療用アプリが承認申請されており、2020年に日本初のデジタルセラピューティクス製品として承認・発売される予定です。
こうした行動にアプローチするテクノロジーの今後を考えるにあたり、現在の研究開発動向を見ると、特徴として仮想現実(VR)と拡張現実(AR)の活用が挙げられます。VR/ARは、今までも、疼痛の軽減や子供の検査・施術に対する恐怖心の緩和などを目的として臨床現場で使用される事例がありましたが、上述の2017年と2018年にデジタルセラピューティクス製品を開発した企業は、大学との協働で、VRを用いた心的外傷後ストレス障害(PTSD)治療のプロジェクトを実施しています。また英国では、大学を中心とするグループにより、VRを用いた精神疾患治療のプロジェクトが行われています。
その他、行動への介入の効果をより高めるための各種テクノロジーとして、音声認識や自然言語処理、画像認識などが挙げられます。上述の企業は音声分析のプラットフォーム技術を開発中であり、音声をマーカーとした疾患状態の識別などに活用していくことが想定されています。これらのテクノロジーの発展により、患者は意図して自らの状態を問診票に入力することなく、行動を促すフィードバックを受け取ることが可能になるでしょう。
長寿と健康を考える時、脳機能の維持は重要な課題となります。認知機能や記憶力の低下、また視覚・聴覚などの感覚処理機能の衰えは、程度の差はあっても高齢者に多く見られる現象です。脳機能の低下を防ぐ、または低下した脳機能を補うことが可能になれば、長寿に伴う負の側面への恐れは軽減されるでしょう。
脳機能を補うテクノロジーについては、米国の国防高等研究計画局(DARPA)が興味深い研究開発プログラムを進めています。複数の学術研究機関と共同で行うRAM(Restoring Active Memory)プログラムでは、記憶の形成において中心的な役割を担う脳の部位である海馬の機能を補強するテクノロジーを開発しました。この研究では、脳内に埋め込んだ電極によって、人が記憶を形成しようとする時の神経ニューロンの電気活動を記録し、正しい記憶が形成される場合の電気活動パターンを数学モデルで推測します。そして推測された電気活動パターンの刺激を海馬に与えることで記憶力を強化します。てんかん患者を対象としたテストでは、このテクノロジーにより短期記憶の能力が37%向上したという結果が得られています[5]。
また、同じくDARPAのTNT(Targeted Neuroplasticity Training)プログラムでは、脳の認知能力を人為的に高めることを目的とした研究開発が行われています。これは、「シナプス可塑性」という認知能力に関与する脳のプロセスを、末梢神経を刺激することで活性化する試みで、複数の大学で構成される8つの研究チームが、シナプス可塑性の機構や、迷走神経刺激による学習能力への影響などの研究を進めています。このプログラムでは、衰えた脳機能を復活させるだけでなく通常のレベル以上に高めることを目指しており、軍事領域では外国語習得、暗号作成、情報分析などの知的能力や、射撃、標的識別などの運動能力を効率的に向上させることが応用の目標であるとしています。
さらに、DARPAは感覚系の障害を補うことを目的とした研究開発も進めています。このNESD(Neural Engineering System Design)プログラムでも、複数の大学で構成される6つの研究チームが、視覚や聴覚、発話における脳の神経活動を高解像度かつ大量に記録してデジタル信号に変換するインターフェースの開発を行っています。このインターフェースは小型で脳内に移植可能なものとする予定で、デジタルデバイスなどとの双方向の通信が可能になれば、映像や音の情報をデジタル信号として脳に伝え、脳内で神経ニューロンの活動に変換することで視覚や聴覚を補うことが可能になるとしています。
人々に長寿をもたらすテクノロジーは着実に進歩していますが、長寿が個人と社会に幸福をもたらすためには、個人が健康であることに加えて、社会がその変化に対応していることが重要です。長寿は、本質的には個人に生じることですが、その社会的影響は大きく、年金や定年などの社会制度上の対応はもちろんのこと、医療、交通、住宅、娯楽など多岐にわたる領域でのニーズの変化への社会の対応が求められます。
また、長寿と健康を考える時、ここで焦点を当てた行動の改善や脳機能の補足といったアプローチは問題を根本的に改善する潜在性を持ちますが、人間の行動や脳に介入する上では、慎重な配慮が必要であるとも言えます。すなわち、新しいテクノロジーには社会受容性が求められるのです。
新しいテクノロジーが社会に受容されるには、テクノロジーが進歩するたびに、それによってもたらされる未来を想像し、その世界において個人や組織、環境がどのように変化するのかを多角的に検証し、その知見をフィードバックすることが重要です。検証は、テクノロジーの専門家だけではなく、政治、経済、法律、教育、心理など多分野の専門家によってなされることが必要で、そのフィードバックによって、テクノロジー開発は新たな方向性を見出すことができます。このサイクルを繰り返すことで、テクノロジーの開発は後押しされ、社会は新しいテクノロジーを、信頼をもって受け入れることが可能になるでしょう。
[1]厚生労働省,2019.『平成30年簡易生命表』
[2]厚生労働省,「令和元年百歳以上高齢者等について[PDF 1,303KB]」(2020年6月10日閲覧)
[3]厚生労働省,「健康日本21(第二次)中間報告書[PDF 9,161KB]」(2020年6月10日閲覧)
[4]McGinnis, JM. et al., 2002. The Case For More Active Policy Attention To Health Promotion, Health Affairs, 21(2):78-93
[5]Hampson, RM. et al., 2018. Developing a hippocampal neural prosthetic to facilitate human memory encoding and recall, Journal of Neural Engineering, 15(3):036014
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