
テクノロジードリブンで描くビジネスの未来 アーキテクチャ視点による産業アクセラレーション【第4回 建設業におけるロボティクス活用の可能性】
建設業界では、建設DX/RXを推進していくことが課題となっています。建築生産におけるロボット社会実装における「アーキテクチャ視点」の重要性と有用性について考察します。
2022-05-23
VUCA時代において新産業創出や産業変革を実現するためには、テクノロジー、ガバナンス、ビジネスをステークホルダーとともに一体的かつアジャイルにデザインし、実装していくことが求められます。第1回では、新産業創出における「アーキテクチャ視点」の有効性について、また第2回では自動走行ロボット分野におけるアーキテクチャ視点について紹介しました。今回は、ヘルスケア分野における「アーキテクチャ視点」の重要性・有用性を考察します。
人生100年時代といわれる超高齢化社会に突入する中で、現代では単純に長く生きるだけでなく、健康に自立した生活を行っていくことが重視されてきています。一方で、超高齢化社会においてヘルスケアの現場は、社会保障費の急増や医療・介護に関わる人材の不足といった深刻な課題に直面しています。
このような喫緊の課題に対して、デジタル技術の活用による新たなソリューション・価値の提供が期待されています。これまでも疾病発症後の治療や診療記録に関するシステムとしてEHR(Electronic Health Record)が注目されてきました。長期にわたり健康な生活を営んでいくためには、日常の活動や健康状態の記録から疾病の予防、健康状態の改善を積極的に図っていくことが重要であり、個々人が自身の健康・医療・介護に関する情報を主体的に取得・記録し、管理していくPHR(Personal Health Record)1に期待が寄せられています。PHR分野に注目しているのは、バイタルデータを取得したり、レコメンドを行ったりするアプリ開発者だけではありません、製薬会社なども従来の製薬の開発や提供に留まらず、患者起点で予防から治療までを行うソリューションとしてPHRの利活用を推進しています。実際に海外では、PHRを活用した官民双方による国民の健康維持・改善や、EHRと紐づけた医療機関での診断・治療など、付加価値の高い取り組みが進められています。
例えば英国では、患者が自身の診断歴や処方箋といった医療情報を管理・閲覧できるほか、ウェアラブルデバイスから取得したバイタルデータをポータル経由で医療関係者に共有することができるサービスが展開されるなど、患者によるEHRとPHRを紐づけた主体的なデータ管理を進める動きが既に実装されています。
日本では、2011年に内閣官房が「どこでもMY病院構想」を発表したことを契機に、PHRの概念、方向性が整理され、民間企業によるサービスの提供や政府によるガイドラインなどの整備が進んできました。国内における医療情報システムの安全管理に関しては、これまで厚生労働省が「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」、経済産業省・総務省が「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」を定めていましたが、これらの中ではPHRの取扱いに関する明確な方向性・指針までは示されてきませんでした。しかしPHR利活用の重要性が高まる中で、2019年度に「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会」、2020年度に「健康・医療・介護情報利活用検討会」と「健診等情報利活用ワーキンググループ民間利活用作業班」が組成され、PHR利活用に向けた指針検討が進められるようになりました。これらの検討結果に基づき、総務省、厚生労働省、経済産業省は2021年4月、マイナポータルAPIに接続して健診等情報を取り扱うPHR事業者が遵守すべき内容(情報セキュリティ、個人情報の取扱い、相互運用性の確保など)を盛り込んだ「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」を発表しました。
これを受け、マイナポータルを用いた測定・記録されたデータを紐づける取り組みも始まりました。予防接種歴や乳幼児健診の結果は既にマイナポータル経由で提供されており、今後は特定健診の結果、薬剤情報、医療費情報へと枠組みが拡大し、ますますPHRの利活用が進んでいくことが期待されています。
上述の通り、PHRなどのヘルスケアデータが浸透することで、本人が日常のバイタルデータや健診情報を管理するようになると考えられます。その結果、健康の維持や疾患予防などにつながり、超高齢化社会におけるQOLの向上に寄与していくと想定されます。また、EHRと統合することで、生活改善だけでなく、治療などに応用され、高付加価値な医療サービスの創出が期待されます。
一方で、このようなデータを利活用可能なエコシステムを創出するには、ビジネス面、インフラ・制度面、社会受容の面においてまだまだ課題があると考えられます。ビジネス面においては、サービスを提供する事業者が、「データ利活用により何ができるのか」「どのような付加価値サービスを提供できるのか」といった明確なシナリオや事業戦略を描けていないケースが散見されます。同時に、具体的なユースケースや事業モデルの将来像が示せていないケースも見受けられます。また、予防医療に対し保険償還が得られないといった制度的な課題もあり、患者や医療従事者がデータを利活用するインセンティブが低いといった事情もあり、好事例を生み出せていません。
サービスを提供する側だけでなく、活用する側である消費者や市民の意識改革も必要と考えられます。国際的に日本は医療制度が充実していると言われていますが、日ごろから健康への危機感を持ち、自身の健康をコントロールしていくことが習慣化されている人はまだまだ少ないのが現状です。日本国民には、健康の重要性を認識し、主体的にコントロールしていく姿勢が求められます。
健康寿命が拡大する中で、疾患の予防・補助や健康状態の維持が推進されるには、ユースケースの明確化による事業モデルの高付加価値化、データインフラ基盤・制度の整備、利用者の社会受容・活用インセンティブの向上が不可欠といえるでしょう。そして、このようなユースケース創出においては、自治体が果たす役割の重要性が高まっています。
各地の自治体において、地域特性や事業者との連携を通じたヘルスケアのユースケースを創出する取り組みが進められています。
例えば、長野県松本市は「健康寿命延伸都市・松本」を掲げ、住民参加型で健康的な地域づくりを目指す官民連携の団体である一般財団法人松本ヘルス・ラボなどを通じて、少子高齢化に伴う社会課題やニーズを考える企業と健康づくりを意識した市民を結びつけ、健康づくりと産業創出の実現を目指した取り組みを行っています。
山形県上山市では、市民の健康増進や交流人口の拡大による地域活性化を目的とした「上山型温泉クアオルト構想」を策定し、気候性地形療法を活用したウォーキングと温泉や地産の食べ物を組み合わせるという、地域のアセットを活かした取り組みを行っています。
千葉県柏市では、東京大学や千葉大学などの大学や大手デベロッパー、地域企業と連携しながら新産業創造、健康長寿、環境共生を目的とした取り組みを進めています。
これらの自治体に対し、アーキテクチャのフレームワークを用いることで、各自治体のヘルスケア推進における特徴を抽出し、リファレンスモデルを構築することが可能となります。
また、ヘルスケアの推進を検討している自治体は、戦略・政策(実現したい取り組み)に基づいてトップダウンにより、またアセット(地域特性)に基づいてボトムアップにより、双方向から自治体のアーキテクチャを整理することが求められます。それと同時に、上記リファレンスモデルの特徴とそれに伴う取り組みを推進するドライバーを参照することで、各々の自治体の特徴に沿った実行計画の立案が可能となります。
ヘルスケアの取り組みを推進していくためには、民間事業者各社が個別にサービスを提供していくだけでは限界があります。今やメタボリックシンドロームやロコモティブシンドローム、フレイルといった生活習慣病、移動機能の低下、心身の衰えや認知症は社会課題といえます。その課題解決を単純に医療機関に求めるのではなく、社会全体で予防する、あるいは進行を遅らせるといった取り組みが不可欠になってきています。こうした社会課題の解決、健康維持の必要性に社会全体で対応していくには、アーキテクチャ視点で産業を俯瞰し、自治体や医療機関、不動産などと連携し、住民に対して啓発活動を行い、健康によい街づくり、市民による積極的な取り組みのためのインセンティブ制度づくりが大切になってきます。
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。
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今回は、ヘルスケア分野における「アーキテクチャ視点」の重要性・有用性を考察します。
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