医師のホンネ:日常生活、仕事、そして幸福【後編】製薬会社に欠かせぬ「価値観に刺さる対話」

2023-04-27

調査から得られた8つの気づき

PwCが8人の医者に行った独自のヒアリングからは、プロフェッショナルとしてのこだわりのほかに、ウェルビーイングの観点を含めた人としての価値観が垣間見えました。前編に引き続いて調査結果から得られた気づきを紹介し、製薬会社と医師の双方にとって意義のあるコミュニケーションのあり方について解説します。なお図表中の空欄は該当する回答がなかったことを示します。

⑤ 医療に対しての姿勢
価値観や本音:「生涯勉強、常に進化し続けたい」

図  医療に対しての姿勢

ワークライフバランスに対する考え方が多様であることとは対照的に、医療に対しての姿勢は各人ともに極めて高いモチベーションが見え、組織の大小にかかわらず自己研鑽に励む傾向が出ました。既存の教育制度の中で一定の高いパフォーマンスを常に維持してきた「優等生」としての側面が、常に学び続けるという意識につながっているようです。

Fは「1件の失敗でも自分を責め、患者に対して罪悪感を覚えてしまう」といい、術後のビデオ復習を欠かさないほか、自らの腕を試すために40代での海外渡航を計画しているそうです。Bは勤務地に即した研究課題を見いだし、年に1回は自らに学会発表を課しているといいます。

ただ、高度に専門化が進んだ医局制度の中では、気軽に相談・議論しあえる仲間を作りにくい側面もあります。平時の臨床現場では孤独になりやすく、せっかくの向上心が空回りしかねないという懸念もあります。

自己研鑽の方向性は自らの技術を高めたり、専門性を深めたりするだけではありません。社会の変化に目を向けて、医師としての自らのミッションを対応させようと模索する動きも見られます。Gの場合、地元自治体主導の在宅医療推進団体や産業医の研究会などに積極的に参加しています。「これからの診療所は、医療だけでは立ち行かない」との考えからで、医療と介護、福祉をつなげ、地域住民をシームレスに支える存在を目指しているといいます。

⑥ 患者との距離感
価値観や本音:「正直、患者より患部が気になる」

図 患者との距離感

患者との距離感は診療科目や医療機関の規模、位置づけによっても異なります。その中でも大規模病院で専門性が高い医師ほど「人」より「症例」に着目する色合いが強いようです。「どのような患者が、どのような治療をなぜ必要としているのか、あまり考えたことはない」「ひとりの人間としての患者より、自分が関わるのはその人の病気」といったドライな声も聞かれました。

多くの医大では個別の専門性を高める教育を行っており、医師は職業人生の極めて早い段階で専門領域を選ぶ必要があります。そうした専門性の向上に主眼を置いた教育や職業訓練を受け続ける一方、患者と接するための対話スキルを体系立てて学ぶ機会は乏しいことが、こうした思考につながっている可能性があります。

しかし、人を相手にしている以上、医師にとって患者からの感謝の言葉は励みとなります。Dのように執務室の壁に患者の写真や感謝の手紙を貼っているという医師もいれば、「患者と通じ合えたことは、たとえ一瞬でも、思い込みでも貴重な支え」といった声も聞かれました。

専門の領域にもよりますが、患者と十分なコミュニケーションをとり、信頼関係を構築することができれば、情報を豊富に引き出すことでより適切な処置を施せる可能性もあります。その結果として感謝を得られれば、医師のモチベーションも向上する好循環が生まれるのではないでしょうか。

⑦ 専門性との距離感
価値観や本音:「自分はXが専門、でもYもよくやるよ」

図 専門性との距離感

医師にとって専門性は自己評価の拠り所といえます。Eは、内科専門医の資格を取得中で、その後もより専門性が高い資格の取得を視野に入れるなど「専門性の追求がキャリア目標」だといいます。

一方で、Dはよりよい治療のために薬物治療も熱心に行っているほか、Gは専門医との症例研究や連携協議によって地域医療の底上げにつなげようとしています。自己のキャリアというよりは、自らが向き合っている患者や地域住民といった観点で得意な領域を広げたり、専門性を高めたりするケースも少なくないようです。

置かれている環境によっても専門性との距離は異なります。訪問医療に従事しているCは、「高度な専門性より総合力やコミュニケーション能力が問われる」と話し、専門医資格の取得には興味がないといいます。

⑧ 多様な医療のありかた
価値観や本音:「治す人より、見守る人でありたい」

図 多様な医療のありかた

少子高齢化が進む中で、医療のありかたも変化しています。訪問診療の専従医で、意思疎通もままならない高齢者を中心に約25人の在宅患者を受け持つCは、「こちらが何もできない状態の患者も多いが、家族の話を聞くなど、その場に介在する意義はある」と話します。

また、単身の高齢者が増える中で「訪問診療には介護による介入も不可欠」との声もあり、治すだけで終わりではない息の長い付き合いがより重要になっています。

高度な専門性の取得のほか、どれだけ患者を治したかという数は医師としての意義であり、勲章だといえます。しかし、そうした実績とは異なる軸で「見守り役」や「寄り添い役」、「社会インフラの一端」などといった役割を自任する医師も患者にとっては欠かせない存在となっています。多様な医療のありかたが、より多くの患者や家族を救う時代が到来しつつあるようです。

気づきから導き出される製薬会社への提言

調査結果は、医師が多様な経験や優先順位を持っていることを示しています。これらの知見は、製薬会社にとっていくつかの示唆を与え、医薬品のプロモーションや医師とのエンゲージメントに関する戦略をどのように改善すればよいかを教えてくれるはずです。

調査結果から得られた知見と、それを基にした具体的な戦略・改善策について、以下4点紹介します。

1. 医師の多様な経験・優先順位を認識しワークライフバランスを維持する

まず言えるのは、製薬会社は医師の多様な経験や優先順位を認識する必要があるということです。私たちの調査に参加した医師の多くは、燃え尽き症候群を感じたり、いつまで仕事を続けられるかを疑問に感じたりしています。

そこで製薬会社は、健全なワークライフバランスを維持し、燃え尽き症候群を回避する方法に関する情報を提供することで、医師をサポートできます。地域医療や医師のキャリアと診療といった教育的リソースのほか、時間の優先順位をつけて整理整頓をするのに役立つ患者アプリのようなものを提供することで支援できるかもしれません。

2. 医薬品に関する最新かつ分かりやすい情報を提供し、医師の自己研鑽に貢献する

調査結果は、医師が常に医療に真剣であり、進化し続けるための勉強を生涯にわたって継続したいと考えていることを示しています。標準療法の進化、地域患者の特性、論文など医薬品に関する最新かつ適切で分かりやすい医療情報を製薬会社が提供することで、こうした意欲や取り組みを支えられるでしょう。医師の自己研鑽は、患者へのより良い医療の提供にもつながります。

基本的に医師は独自の治療をしたいわけではなく、いわゆる標準療法を実施したい(それをきちんと理解したい)、それが無理であれば患者と医療提供環境に合わせた治療に取り組みたい、と考えているケースが多いように見受けられます。それをサポートする形での情報提供が必要になるでしょう。

3. さまざまな領域の医師とつながるフォーラムや教材などを提供する

調査結果によると、多くの医師が患者や専門分野との間に距離を感じていることが示されています。製薬会社は、医師が患者や専門分野とのつながりを維持するのに役立つツールやリソースを提供することが可能です。これらのリソースとしては、さまざまな領域の医師とつながることができるフォーラムや教材などが考えられます。

情報ソースが固定されがちな医師にとって、患者の行動特性をよく理解した専門家や異なる専門領域の医師との交流は新たな発見や、成長意欲の充足につながると考えられます。

4. 患者の包括的なケアを実現するためのマーケティングやサービスを開発する

調査結果は、医師は患者を「治療する」存在よりも、患者を「世話をする」「見守る」存在になりたいと考えていることを示唆しています。予防医療が注目を集めているほか、高齢化の一層の進展によって介護と医療が一体化するなど、治療の前後も含めた包括的なケアを行うことの重要性が今後さらに増していきます。製薬会社はこのことを利用して、宣伝したい特定の医薬品だけではなく、患者の全般的な健康状態に焦点を当てたマーケティングやサービスを開発することができるかもしれません。

これにより、医師との信頼関係を築き、医薬品の情報提供が医師の人生・生活・医療に対するより幅広いアプローチの一部であると見なされるようにすることが可能になります。結果として、医療従事者を含めた患者中心のパーパスを実現し、エコシステムへの参画や相談があるときの最初のパートナーとなれるはずです。

以上のことから、製薬会社は医師とその経験を理解するために、より繊細なアプローチをとる必要があることの示唆が得られました。医師の多様な価値観や優先順位を認識し、個人ごとに適切なサポート、リソース、マーケティング資料を提供することで、製薬会社は医師とのエンゲージメントを高め、より効果的に医薬品のプロモーションを行うことができるのではないでしょうか。

執筆者

伊藤 賢

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

伊藤 祐

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

山下 一臣

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

二上 友香

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

中谷 庄吾

マネージャー, PwC Japan合同会社

Email

五明 由美子

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}