EX(従業員エクスペリエンス)サーベイ2022-23 ~従業員エンゲージメント向上の処方箋とは~

2023-10-05

※当記事は、『月刊人事マネジメント』2023年9月号(2023年9月5日)に掲載したものです。

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※法人名・役職などは掲載当時のものです。

はじめに

今日、日本企業においては優秀人材の獲得・引き留めや従業員エンゲージメント向上は人事部門のみならず経営の重要なテーマとなっています。しかしながら、PwCコンサルティングが実施した調査では、多くの企業が従業員エンゲージメントサーベイを実施しているものの、そのうちエンゲージメント向上の果実を得ている企業はあまり多くないことが分かりました(エンゲージメントサーベイを実施している企業は61%、そのうち施策を実施している企業は32%、施策実施企業のうち効果創出を実現できている企業は20%)。

なぜ日本企業は従業員エンゲージメント向上に苦戦しているのでしょうか。PwCコンサルティングではその理由の1つが従業員エクスペリエンス向上への取り組みの不十分さにあると考えています。従業員エクスペリエンス(Employee Experience、以下EX)とは従業員が組織のなかで得る経験・体験のことを指す概念です。この概念は従業員エンゲージメント向上のために欠かせない要素として国内外で注目を集めています。PwCコンサルティングでは2018年よりEXに着目し、HR総研(Profuture株式会社)と共同で国内企業の認知度や取り組み実態を毎年調査してきました。直近の2022~2023年調査では国内142社に参加いただきました。

本稿では同調査結果をもとにEX向上に向けた国内企業の取り組み状況を明らかにするとともに、EXを通じた従業員エンゲージメント向上のポイントについても解説します(以降、出所を記載していない場合にはPwCコンサルティングの「EXサーベイ2022-2023年版」調査結果からの引用となります)。

EXの概要と必要性・重要性

はじめに、EXが従業員エンゲージメント向上のための重要概念として注目を集めている背景や理由を解説します。現在、日本社会は労働人口の減少もあり、様々な業界で人材獲得競争が激化しています。PwCの調査では日本企業のCEOの77%が「労働力/スキルの不足」が今後10年間の収益性に大きな影響があると回答しており、いかに人材を獲得・引き留めを行うかは企業経営の重要課題となっています*1

そのような状況にあって人材側の特徴も大きく変化しています。たとえば、皆さんの組織にいる「30代・男性・総合職」という属性に該当する社員を思い浮かべたとき、仕事や組織に求めることは共通しているでしょうか。おそらく人によって違いがあるのではないでしょうか。これまでは属性が同一であれば仕事や組織に求めることも同じであると想定できましたが、今では企業内でのキャリアアップを重視する人、社外も含めた市場価値を高めることを目指す人、プライベートとの両立を優先する人など価値観が多様化していることは皆さんも認識されているかと思います。価値観が違えば普段の仕事のなかでの体験の捉え方も様々です。そのような多様な価値観を持った人材を獲得する・引き留める(従業員エンゲージメントを向上させる)ためには、従業員目線に立ってエンゲージメントが上昇・低下する要因(体験)を把握し、従業員それぞれの価値観に合わせた施策・メッセージを打つというEXを重視したアプローチが必要となるのです。

EXの取組み状況

次に日本企業のEXに対する取り組み状況を確認したいと思います。2018年に調査を開始してからEXという言葉の認知度は約1.5倍に増加し(48%から76%)、人事関係者にとっては一般的な概念となりつつあることが分かります。また、大企業(従業員規模5,000名以上)においては55%がEX向上は経営の課題であると回答しており、3割の会社が「EX向上のための施策をすでに検討・実施していた」と回答しています。ここからEX向上は認知から施策実施・効果創出のステージに移行しつつあることが分かります。

次にEX向上施策の実施状況についても見ていきたいと思います。PwCコンサルティングではEXを6つの領域に整理しています(図表1)。通常の人材マネジメントで使用する「採用」「配置」「評価・報酬」などの分類と異なり、従業員の体験目線で整理されていることがご理解いただけるかと思います。

図表1 EXの6つの領域

PwCコンサルティングでは調査参加企業にEX施策実施状況を質問し、回答状況から成熟度を測定しています(図表2)。2022年の結果を見ると「ワークスタイルオプション領域」や「ライフサポート領域」といった身体的なウェルビーイングに関する領域の取り組みが豊富に行われていることが分かります。他方、「ネットワーキング領域」については成熟度が最も低くなっており、働き方や働く場所の多様化・柔軟性の確保やウェルビーイング向上領域の施策は比較的取り組めているものの、従業員同士のつながりを創り出すための施策には十分に取り組めていないことがうかがえます。また、前年の結果と比較すると、「ライフサポート領域」が上昇しており、ハイブリッドワーク環境下におけるバーンアウト(燃え尽き症候群)や従業員の孤立に対処する動きをとる企業が増えていることが確認できます。

図表2 領域別のEX成熟度

EX向上に向けたアプローチ

それでは、EXを向上させるために何から取り組むべきなのでしょうか。PwCコンサルティングの調査からは、EX向上に向けて企業が注力すべき要素として、①従業員の声(VoE:Voice of Employee)の重視(図表3)、②個別性・多様性の重視(図表4)、③デジタルツールの活用(図表5・6)、④EX担当者の設置の4つが重要であることが分かりました。

①従業員の声(VoE)の重視/②個別性・多様性の重視

EX向上に向けた取組みは、文字通り従業員の体験に主軸を置く活動であるため、人事部門がトップダウンで推進するのではなく、現場の従業員の声に耳を傾け、ニーズやリアクションに基づいて施策・メッセージを組み替えるサイクルを高頻度で回すことが必要です。従業員の価値観の多様化が進む今日においては、一律的な施策やメッセージ発信を行った場合、目指した効果創出が困難になる可能性が高まります。一律の取り組みは、多様な価値観を持つ従業員を画一的な像に押し込めることになり、ニーズを取りこぼしたり、自身と異なる存在に向けられたものとして受け取られてしまったりするからです。したがって、従業員は異なる価値観を持った存在であることを前提に、それぞれの声を広く収集・集約する、VoEを重視した関わり合いを探ることが非常に重要になります。

図表3 EX成熟度・従業員エンゲージメントと従業員の声との関連性
図表4 EX成熟度・従業員エンゲージメントと個別性・多様性の重視度との関連性

昨今、多くの企業が実施しているエンゲージメントサーベイはVoEを集める手段の一つです。しかしながら、エンゲージメントサーベイは従業員全体の意識や満足度の傾向を測定・数値化することができる一方で、エンゲージメント低下の要因となっている「真実の瞬間」や従業員が望んでいることを把握することは困難です(図表7)。また、年1~2回のサーベイでは従業員の反応に対する対応に遅れが生じてしまいます。

それではいかにVoEを把握すべきでしょうか。ここでは、把握方法として2点ご紹介します。

1点目はイベントごとのアンケート収集や領域・ターゲットを絞ったサーベイの実施など、小規模・高頻度で従業員のリアクションを把握する仕組みを整えることです。従業員エンゲージメント向上を実現している企業の多くがこのようなサーベイカルチャーとも言うべき文化を構築しています。

2点目は、複数の従業員像を定義してそれぞれの体験を従業員目線で可視化する、ペルソナ設定とジャーニーマップを踏まえた改善施策の検討です。まず、エンゲージメントサーベイ結果や属性情報から従業員を複数のセグメントに分けます。次に各セグメントのキャリア志向から働き方の特徴などを詳しく書き起こし、ペルソナを設定します。ペルソナの目線に立ち、彼/彼女らが自社で得る体験をジャーニーマップとして細かく整理し、マップ上の体験のなかでのゲインポイント(満足する体験)、ペインポイント(不満足な体験)を特定します。整理にあたっては、ペルソナに該当する人物が参加するワークショップの実施が効果的です。従業員目線で体験を整理することにより、従業員の個別性・多様性を踏まえた施策検討が可能になります。


コラム:CXの目線をEXに活かす

ペルソナの設定、ジャーニーマップ作成と聞いて、マーケティングで用いる概念ではないかと疑問を持った方もいらっしゃるかもしれません。まさしく、このアプローチは顧客(Customer)目線獲得のために利用する概念を従業員(Employee)に適応したものです。従業員体験(EX)の考え方は顧客体験(CX)の型と結びついており、両者の関係性を語るうえでは2つの論点があります。

1点目は良い従業員体験が良い顧客体験につながるという、EXとCXの正の相関関係についてです。PwCの調査によると、CXに従業員が大きな影響を与えると答えた顧客は71%に上り、CXとEXの両方に投資を行う企業は自社のサービスや製品に最大16%のプレミアム価格を上乗せすることができると指摘されています(PwC「Experience is everything: Here’s how to get it right」2018*)。

2点目はEmployeeをCustomerとして捉えるという視点の切り替えです。価値観の多様化が進んだ社会では、従来の「企業が提供すること・したいこと」に従業員を適合させるマネジメントではなく、多様な従業員像を前提に「企業が多様な従業員に提供できる価値」を再構築するマネジメントが求められています。従業員を企業の顧客の1人=Customerとして捉え直せば、ターゲットを縁取るペルソナ等の概念を人事の領域に持ち込む必然性は高いと思われます。

* PwC「Experience is everything: Here’s how to get it right」
https://www.pwc.com/us/en/services/consulting/library/consumer-intelligence-series/future-of-customer-experience.html
 

③デジタルツールの活用

従業員の価値観やニーズは状況に応じていつでも変化する可変的なものです。EX向上の機会を逃さず、即時的確に応答するためには「デジタルツールの活用」によって施策の効率性を高めることも重要です。昨今では、人事領域を幅広くカバーするツールだけでなく、領域に特化した従業員のピンポイントなニーズに応えられるツール(マイクロツール)も登場しています。海外の先進企業では基幹となるツールだけでなく、複数のツールを組み合わせてEX向上を実現していることが指摘されており*2、今後人事部門にはデジタルツールの動向に目を光らせ、自社のEX向上を実現するためのツールやその組み合わせを見極める目利き力が求められるようになるものと考えます。

図表5 EXツールの導入状況
図表6 EX成熟度・従業員エンゲージメントとEXツールの導入状況との関連性

④EX担当者の設置

これまで挙げてきた取り組みは多岐にわたり、日頃の業務にプラスして対応するには相当の負荷がかかることが見込まれます。加えて、EX向上の施策は人事部門のみに限定されることがなく、総務部門や情報システム部門など管理部門全体に広がるものとなります。そのため、効果的なEX向上のためには管理部門横断の役割としてEX担当者を設置することが必要となります。EX担当者のミッションはEX向上の目標設定、VoEの収集、深掘りや現場への落とし込み等の各取り組みを、全体を見据えながら着実に回すことです。とはいえ、最初から専任者を設置する必要はありません。各企業のEXの成熟度や取り組みの進捗は異なるため、プロセスに応じて適切な人材を引き入れていくことが鍵となります。

図表7 エンゲージメント調査の限界とEXアプローチの有用性

おわりに

PwCコンサルティングの調査結果をご紹介しながら、従業員エンゲージメント向上のキー概念であるEXについて取り組みのポイントを解説しました。EXの取り組みはこれまでの人材マネジメントの前提や視点を大きく変えるものだとご理解いただけたのではないでしょうか。この取り組みは従業員という多種多様な存在を相手にする以上、一朝一夕に叶うものではありません。まずは従業員の多様性やその声に耳を傾け、自社の人事施策を見直すことが従業員エンゲージメント向上の第一歩になるのではないでしょうか。

*1 PwC「第26回 世界CEO意識調査」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/ceo-survey/2023.html

*2 リクルートワークス研究所「独自のTech Stack構築で採用の高度化を実現」
https://www.works-i.com/column/ttl2019/detail031.html

EX(従業員エクスペリエンス)サーベイ2022-23 ~従業員エンゲージメント向上の処方箋とは~

執筆者

土橋 隼人

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

森岡 桃子

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

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