【2020年】PwCの眼(5)デジタル時代の自動車購入体験と売り手の変化

2020-08-18

前稿では、新規事業の探索としてモビリティトランスフォーメーションの必要性と構成要素を整理した。本稿では、既存事業の深化として、デジタル時代の自動車購入体験と実現要所を提示する。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により社会と経済はニューノーマルに移行しているが、それらは必ずしも破壊的な変化だけでなく、リモートワークの普及などのデジタル化は従前からの変化の加速でもある。本題である販売領域においては非接触・移動抑制からオンライン化が加速しているが、従前より検討されてきたデジタル体験の価値がこの機会に広く消費者に認識された側面もある。今後の自動車販売を検討する上で、短期的視点だけでなくデジタル化がもたらす顧客体験を本質的に議論することが必要である。

自動車販売の目指すべき方向が単なるオンライン化ではないことを、デジタル時代の自動車購入体験を具体的に例示することで説明したい。オンライン上のバーチャルショールームでは、顧客データに基づき顧客の好みに応じた車両・仕様が並び、コンフィギュレーターでサンルーフオプションを選べば、車内の明るさをVRで体験できる。興味を持った顧客はスマートフォンのアプリケーションでチャットボットと簡単なやり取りを行いすぐに試乗車を予約、シェアカースポットにある試乗車をスマートフォンのデジタルキーで開錠し、24時間セルフで試乗できる。試乗中もARによる操作説明に加え疑問点は音声チャットボットがいつでも応え、不便に感じることはない。すべてのデジタル体験はデータとして記録され、分析され、販売員は顧客を深く理解した上で店頭やオンライン商談において接客できる。試乗時にゴルフバックの搭載数をチャットボットに確認した顧客には、ゴルフ帰りが快適となる自動運転車の提案がシームレスになされる。このようにオンラインだけでなくリアル体験にもデジタルを活用し、顧客体験全体の最適化を図ることが肝要である。

一方、販売・アフターサービスに加えモビリティサービスなど顧客接点は多様化が進み、売り手はカーライフにおけるLTV(顧客生涯価値)の最大化を図る必要がある。コネクテッドカーからのデータを含む顧客の行動・情報を一元的に把握し、一貫性のあるコミュニケーションを提供することが不可欠となる。海外ではOEMが接点横断的に顧客情報を管理する役割へ、販社は顧客とのリアル接点におけるサービス提供に特化したエージェントへとシフトする試みが見られる。これはOEMが顧客に直接車両を販売し、販社は顧客へのサービス実施(購入相談・納車など)に対するフィーをOEMから受ける商流への変化を意味する。オンライン販売で重要となる即納性を向上させるため、販社毎の車両在庫管理からOEMによる車両在庫管理一元化を図る狙いもこの商流変化には含まれる。このような構造改革に限らずOEMがオンライン販売でダイレクトセールスを開始する場合、プロフィットプールに変化が生じ、販社との対話と合意は避けて通れない。販社の事業性も考慮した上で顧客に最適なブランド体験を提供できる枠組みの策定が求められる。

海外ではサードパーティが運営するオンラインサイトでの自動車販売が拡大しており、国内でも販売におけるイニシアチブを奪われかねない。デジタル時代に適応した日本ならではの戦略的打ち手が期待される。

執筆者

細井 裕介

細井 裕介

シニアマネージャー
PwCコンサルティング合同会社
yusuke.hosoi@pwc.com

※本稿は、日刊自動車新聞2020年8月8日付掲載のコラムを転載したものです。

※本記事は、日刊自動車新聞の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

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