PwC Legal Tax Newsletter(2024年8月)

-配当に係る限度税率の適用要件に関する租税条約上の文言解釈が問題となった税務裁判例-

PwC 弁護士法人のタックス ローヤー(税法を専門とする弁護士)は、税務コンプライアンスを意識した経営を志向される企業の皆様のニーズに応えるため、付加価値の高い総合的なプロフェッショナルタックスサービス(税務アドバイス、事前照会支援、税務調査対応、税務争訟代理等)を提供しています。PwC Legal Tax Newsletter では、当法人のタックスローヤーが、企業の取引実務や税務上の取扱いに影響し得る税務に関する裁判例・裁決例その他税法に関するトピックを取り上げて、その内容の紹介や解説をします。

租税条約上、配当に係る限度税率の適用において、一定期間株式等を保有していることとの要件(以下「保有期間要件」といいます)が定められている場合が多く存在しますが、今回は、このような保有期間要件に関する租税条約上の文言の解釈が問題となった、東京高判令和5年2年16日裁判所ウェブサイト〔確定〕(以下「本件高裁判決」といいます)を紹介します。なお、本件高裁判決の第1審である東京地判令和4年2月17日税務訴訟資料272号順号13671(以下「本件地裁判決」といいます)及び本件高裁判決のいずれも納税者が勝訴しています。

1. 事案の概要

ルクセンブルクに本店を有する外国法人である原告(被控訴人)X社は、その完全子会社である内国法人(以下「本件子会社」といいます)による非適格分割型分割*1(以下「本件分割」といいます)に伴い、本件子会社が対価として取得した分割承継法人(日本の合同会社)の出資持分について本件子会社による剰余金の配当として分配(以下「本件剰余金配当」といいます)を受けました。本件剰余金の配当のうち、配当とみなされる部分(以下「本件みなし配当」といいます)について、本件子会社が20.24%の税率により計算した金額(以下「当初納付額」といいます)の所得税及び復興特別所得税の源泉納付を行いましたが、X社は、日本とルクセンブルクとの間の租税条約*2(以下「本件租税条約」といいます)の適用により限度税率が5%になることから、当初納付額は過大であったとして、被告(控訴人)国に対して、還付金及び還付加算金の支払いを求めて訴えを提起しました(以下「本件訴え」といいます)。

以下、本件を理解するために必要な範囲で、(1)関係法令等の定め、及び、(2)事実関係について、説明します。

(1) 関係法令等の定め

1 本件租税条約の正文

本件租税条約は、英語のみによって確定され、その成文は英語とされています。そのため、日本政府が本件租税条約の訳文(以下「政府訳文」といいます)を作成してはいるものの、本件租税条約の解釈は英文を基準として行われることとなります。但し、本ニュースレターにおいては、本件において解釈に争いのない部分については、政府訳文に基づいて日本語で表記することとします。

2 本件租税条約における配当に係る限度税率に関する定め

本件租税条約10条2項各号において、配当に係る限度税率について、以下のとおり定められています。

本件租税条約10条2項(a)(以下「本件規定(a)」といいます)

5 per cent of the gross amount of the dividends if the beneficial owner is a company which owns at least 25 per cent of the voting shares of the company paying the dividends during the period of six months immediately before the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place 〔政府訳文:当該配当の受益者が、利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ六箇月の期間を通じ、当該配当を支払う法人の議決権のある株式の少なくとも二十五パーセントを所有する法人である場合には、当該配当の額の五パーセント〕(以下、下線部太字にした部分を「本件文言」といいます)

本件租税条約10条2項(b)(以下「本件規定(b)」といいます)

15 per cent of the gross amount of the dividends in all other cases 〔政府訳文:その他のすべての場合には、当該配当の額の十五パーセント〕

(2) 事実関係

1 本件子会社の完全子会社化、本件分割及び本件剰余金配当

本件において、以下の時系列で本件子会社の完全子会社化、本件分割及び本件剰余金配当が行われました。なお、X社及び本件子会社の事業年度は、いずれも、11月1日から翌年10月31日までです。

2014.4.29

原告が関係法人から本件子会社の株式の100%を取得しました(本件子会社の完全子会社化)。なお、原告は、それ以降、本件子会社の株式の100%を保有しています。

2014.8.1

本件子会社を分割法人、第三者である合同会社を分割承継法人とする本件分割の効力が発生しました(本件分割)。

また、同日付けで、本件子会社が本件分割の対価として取得した分割承継法人の持分が、本件子会社の完全親会社であるX社に対して、剰余金の配当として分配されました(本件剰余金配当)。

2014.10.31

X社及び本件子会社の事業年度の末日

2 本件訴えに至る経緯等

前記のとおり、本件子会社は、本件剰余金配当に係る本件みなし配当について、当初納付額(20.24%の税率により計算した金額)の所得税及び復興特別所得税の源泉納付を行いました。

その後、本件訴えの前、本件みなし配当について、X社は、本件子会社の所轄税務署長に対して、当初納付額と本件規定(a)による5%の税率により計算した金額(以下「5%税額」といいます)との差額の還付金を求める請求を行ったところ、所轄税務署長は、本件規定(a)による5%ではなく、本件規定(b)による15%の税率が適用されるとして、当初納付額と15%の税率により計算した金額(以下「15%税額」といいます)との差額についてのみ還付を行いました。そのため、本件訴えにおいてX社が国に対して支払いを求めた還付金の金額(以下「本件請求金額」といいます)は、15%税額と5%税額との差額となっています。

2. 争点及び当事者の主張の概要

本件訴えにおける争点は、本件みなし配当について、本件規定(a)が適用されるか否か(具体的には、本件規定(a)が定める「during the period of six months immediately before the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place 〔政府訳文:利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ六箇月の期間〕」との要件(以下「本件保有期間要件」といいます)が満たされているか否か)であり、かかる争点に対するX社及び国の主張の概要は以下のとおりです。

X社:本件保有期間要件は本件分割に係る事業年度の末日である2014年10月31日から起算すべき

国:本件保有期間要件は本件分割の日である2014年8月1日の直前から起算すべき

3. 本件高裁判決の判旨

本件高裁判決は、概要、以下のとおり、租税条約の解釈に関する判断枠組みを示した上で(後記(1))、かかる判断枠組みに基づいて、日本の法令における用語の意義(後記(2))、並びに、趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味(後記(3))を検討し、結論としては、「本件規定(a)の定める本件保有期間要件を満たし、本件各みなし配当に係る限度税率につき5%の軽減税率の適用を受け…したがって、…本件請求金額に係る還付請求権を認めることができる」として、原告の請求を認容した本件地裁判決を維持(控訴を棄却)しました。

(1) 判断枠組み

本件高裁判決は、本件における条約解釈の判断枠組みとして、条約の解釈に関する一般的な規則であるウィーン条約の31条に基づき、「まず、〔1〕本件租税条約3条2項に定められた文脈に従って、日本の法令における当該用語の意義について政府訳文を参照しつつ検討し、次いで、〔2〕ウィーン条約31条1項が提示するもう一つの規則である『趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味』についても、正文である英文に基づき検討する」(太字、下線は当職らによる。以下同じ。)ものとしています。

(2) 「文脈」による解釈-日本の法令における用語の意義

まず、本件高裁判決は、「文脈」による解釈として、本件租税条約3条2項に基づき、日本法上の意義を検討すべき(その際に、政府訳文を参照するのが相当である)ものとしています。

  • 「国際条約に関する基本的原則を定めるウィーン条約は、条約の解釈に関する一般的な規則として、『条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。』(31条1項)とした上で、ここにいう『文脈』には、〔1〕条約文(前文及び附属書を含む。)のほか、〔2〕条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意、〔3〕条約の締結に関連して当事国の1又は2以上が作成した文書であってこれらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたものが含まれるとしている(同条2項)。」
  • 本件租税条約の条約文には、本件文言…に関し、その用語を定義した規定は存在せず、これについて定めた当事国の関係合意ないし関係文書も見当たらないところ、本件租税条約3条2項は、『一方の締約国によるこの条約の適用上、この条約において定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除くほか、この条約の適用を受ける租税に関する当該一方の締約国の法令における当該用語の意義を有するものとする。』と定めている。」
  • 「本件租税条約の正文は英文であるが、本件租税条約3条2項にいう『当該一方の締約国』である我が国の法令は日本語によって定められている。そこで、上記『当該一方の締約国の法令における当該用語の意義』を検討するに当たっては、本件租税条約の締結に当たり日本政府が作成した訳文であって、国会の承認を得る際に用いられている政府訳文…を参照するのが相当である。」

その上で、本件高裁判決は、本件文言に係る日本の法令における用語の意義について、以下の理由から、「利得の分配に係る会計期間の終了の日」を意味するとしています。

  • 「本件文言は、政府訳文によれば『利得の分配に係る事業年度の終了の日』であるところ、このうち『事業年度』については、法人税法13条において、法人の財産及び損益の計算の単位となる期間(会計期間)で、法令で定めるもの又は法人の定款、寄附行為、規則、規約その他これらに準ずるもの…に定めるものをいい、法令又は定款等に会計期間の定めがない場合には、同条2項以下の規定により納税地の所轄税務署長に届け出るなどされた会計期間をいい、これらの期間が1年を超える場合は当該期間をその開始の日以後1年ごとに区分した各期間をいう旨を定めている。かかる法人税法の規定に照らせば、『事業年度』とは、法人の財産及び損益の計算の単位となる期間(会計期間)で1年を超えないものをいい、法令又は定款等に会計期間の定めがある場合には当該会計期間を指すものと解される。したがって、法令又は定款等に1年を超えない会計期間の定めがある法人については、その会計期間が『事業年度』となる。」

(3) 「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」に基づく解釈

続いて、本件高裁判決は、①本件租税条約の目的及び同条約10条の趣旨、②本件規定(a)が設けられた趣旨、③本件保有期間要件が設けられた趣旨を検討し、それぞれ以下のとおり判示しています。

1 本件租税条約の目的及び同条約10条の趣旨

  • 「本件租税条約の前文は、所得に対する租税等に関し「二重課税を回避し及び脱税を防止するため」に同条約を締結するものとしており、同条約の締結の承認に関する国会審議においても、同条約の意義につき、経済交流及び人的交流等の促進を図る上で障害となる国際的な二重課税(法的二重課税)を除去することにあり、同条約を締結することにより各種の所得に対する両国(日本及びルクセンブルク)の課税権の調整が図られることとなる旨の説明がされている…。また、そもそも、本件租税条約は、基本的にOECDのモデル条約に依拠して定められているところ…、モデル条約は、OECD加盟国において法的二重課税の排除を目的とする二国間条約が締結されている状況下で、法的二重課税の領域において生ずる典型的な諸問題について統一的な基準に基づき解決の手段を提示するものとして公表されているものである…。」
  • 「本件租税条約の主たる目的は、法的二重課税(1人の納税者に対して、同一の期間、同一の対象につき、二つ以上の国の間において同様の課税がされること)を排除することにより、日本とルクセンブルクとの経済的交流(国際投資等)及び人的交流等を促進することにあるものと解される。」
  • 「本件租税条約は、上記目的を実現するに当たり、配当に対する租税は源泉地国及び相手国の双方で課することができること(10条)を前提とした上で、24条において、二重課税の除去の方法…を定めているところ、10条2項は、源泉地国における課税についてのみ、最大15%の限度税率の範囲内で課することができる旨の制限を設けている。これは、モデル条約10条2項(本件租税条約の10条2項に相当する。)のコメンタリーにおいて、「第2項は、配当の源泉地国、すなわち、配当を支払う法人が居住者とされる国に租税を課する権利を留保している。しかし、この課税権はかなり制限されたものである。すなわち、税率は、合理的と考えられる最大15%に制限されている。これを超える税率は、源泉地国が既に当該法人の利得に課税し得ているために、およそ正当化し得ない。」とされていること…を踏まえると、源泉地国では配当支払法人の利得についても課税し得ることに着目して、源泉地国における配当課税を最大15%の税率に制限することにより、両国間の課税の公平を図ったものであると解される。」

2 本件規定(a)が設けられた趣旨

  • 「本件規定(a)は、当該配当の受益者が配当支払法人の議決権のある株式の25%以上を所有する法人である場合に5%の軽減税率を適用するとしたものである。モデル条約10条2項にもこれに相当する定めがあり、そのコメンタリーにおいて、『子会社からその親会社に支払われた配当に対しては、より低い税率(5%)が明文により規定されている。一方の国の法人が、他方の国の法人の株式その他の持分の少なくとも25%を直接に保有する場合には、課税の繰り返しを避けるため、また、国際投資の促進のために、当該子会社から当該外国親会社への利得の支払に対してはより軽減された課税を行うべきとされることは、合理的である。』とされている。」
  • 「本件規定(a)の規定振りやモデル条約のコメンタリーに鑑みると、本件規定(a)において5%の軽減税率を定めたのは、源泉地国において配当支払法人の利得に対して課税した上にその利得の分配である配当についても重ねて課税しているところ、かかる課税の繰り返しは経済的二重課税として国際投資の障害となることから、子会社から親会社に対する配当については源泉地国における配当課税の税率を5%に制限することにより国際投資の促進を図ろうとしたものと解するのが相当である。」

3 本件保有期間要件が設けられた趣旨

  • 「モデル条約では、2010年版以前には10条2項(a)に関しこのような保有期間要件は定められておらず、定めるか否かは各締約国の裁量に委ねられていたところ、2017年版において改訂され、保有期間要件が新たに設けられた…。その改訂の経緯について解説したコメンタリーによれば、従前からモデル条約10条2項(a)については濫用的な事例(例えば、保有率が25%未満の法人が、配当の少し前に、上記規定の特典を確保する目的から持分を増やすなど)の存在が指摘されていたところ、このような濫用的な事例についての対策が講じられることとなり、OECDの「税源浸食と利益移転(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクト」による報告書を踏まえた結果、モデル条約10条2項(a)を変更し、保有期間要件を設けることとしたというものである
  • 「上記のような源泉地国における配当課税の軽減に関する濫用的な事例への対策という趣旨からは、配当受領法人において一定期間以上、配当支払法人の株式の保有が継続していることが求められるところ、具体的に、最低保有期間の始期(又は終期)をいつとするか、最低保有期間の長さをどの程度とするかなどの要件の定め方は、条約締結国の合意によって選択、決定すべき事柄である。実際に二国間条約で定められた例としては、例えば、旧日英租税条約のように『利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ』期間とするものや、新日英租税条約のように『当該配当の支払を受ける者が特定される日をその末日とする』期間とするものが見られ、また、モデル条約2017年版では『当該配当の支払の日を含む365日の期間』という規定例が示されている。これらの例に照らすと、源泉地国における配当課税の軽減に関する濫用的な事例への対策という保有期間要件の目的を達成するためには、最低保有期間として定められる期間が当該配当と一定の関連性を有するものであれば足りるというべきであり、必ずしもこれが配当受領者の特定される時点に先立つ期間であることまでをも要するということはできない。

その上で、本件高裁判決は、上記の趣旨及び目的を踏まえて、下記のとおり、正文である英文に基づいて検討を行い、本件文言について、「その趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味としては『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』を意味する」と判示しました。

  • 「本件文言のうち『the end of the…period』という部分は、『period』が一般に、ある一定の期間の意味に解されることからすると、ある一定の期間の終期を指すものと解される。」
  • 「そして、この『the period』は『会計』を意味する『accounting』という単語によって修飾され、かつ、『for which the distribution of profits takes place』(一般に、『the distribution of profits』は『利得の分配』、『takes place』は『行われる、起きる』を意味する。)という修飾も付されているところ、これを上記…の趣旨及び目的(とりわけ、本件保有期間要件が定められた上記…の趣旨及び目的)に照らすと、上記の各修飾は最低保有期間について課税の対象とされている配当と一定の関連性を有することを示すものであると解される。そうすると、本件文言のうち『the accounting period for which the distribution of profits takes place』とは、利得の分配(配当)が行われる会計期間をいうものと解するのが相当である。」

(4) まとめ

  • 「以上のとおり、本件租税条約には本件文言を定義した規定は存在しないため、まず、本件租税条約に定められている条文解釈規定である本件租税条約3条2項の文脈(ウィーン条約31条1項)により本件文言を解釈することとし、日本の法令における用語の意義に基づいて本件文言を解釈すると、その意義は、『利得の分配に係る会計期間の終了の日』と解することができるところ、このような本件文言の解釈につき、本件租税条約には、これと別段の解釈をすべきものとする文脈はないと認められる。そして、本件文言に関する上記の解釈は、条約解釈の一般的規則であるウィーン条約31条1項により、本件文言を正文によって、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従って解釈した場合、その意義が、『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』と解されることと実質的に一致するところであって、相当であるというべきである。そうすると、本件文言の解釈については、正文に基づき検討した後者の表現に従い、『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』と解するのが相当である。」

4. 解説

(1) 本件高裁判決が示した判断枠組みについて

本件高裁判決は、前記3.(1)のとおり、条約の解釈に関する一般的な規則であるウィ-ン条約*331条1項・2項、及び、租税条約で定義されていない用語に係る解釈規定である本件租税条約3条2項に基づき、①「文脈」による解釈として、日本の法令における用語の意義について政府訳文を参照しつつ検討し(判断枠組み①)、②「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」に係る解釈ついて正文である英文に基づき検討する(判断枠組み②)、との判断枠組みを示しました。

本件は、「租税条約で定義されていない用語の解釈が正面から現れた初めての訴訟事件」*4とされており、本件高裁判決が示した上記の判断枠組みは、租税条約で定義されていない用語の一つの解釈アプローチとして参考になると考えられます。

また、本件高裁判決は、判断枠組み①に関連して、本件租税条約の正文は英語のみであるものの、本件租税条約3条2項所定の「当該一方の締結国」である日本の法令が日本語により定められていることから、「政府訳文は、国会審議の資料とされ、また、条約の公布の際にも正文とともに官報に掲載されるものであって、日本国内においては、本件租税条約の日本語による内容に関する日本政府の認識を公的に示したものとして効力を有する」として、前記の政府訳文を参照するのが相当であるとしています。その上で、判断枠組み①に基づく具体的な検討(前記3.(2))において、本件文言に係る政府訳文のうち「事業年度」との用語について、「事業年度」の意義について定める法人税法13条の規定を根拠としてその解釈を示しています(なお、国は本件保有期間要件の趣旨等に照らせば「計算期間」と訳するのが相当であると主張しましたが、本件高裁判決では、上記に示した政府訳文の位置づけを踏まえて、政府訳文で用いられている用語である「事業年度」の意義につき探求するものとしています)。

本件高裁判決が採用したかかる解釈アプローチは、英語のみが正文となっている租税条約において日本語の政府訳文を参照するという点で今後の実務の参考になるものと考えられます。

もっとも、本件高裁判決は、本件文言については、判断枠組み①に基づく解釈(「文脈」による解釈)と判断枠組み②に基づく解釈(「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」に基づく解釈)が「実質的に一致する」と判示しているところ(前記3.(4))、他件において、両者の解釈に齟齬が生じた場合に如何に解釈すべきかという点は今後の検討課題として残されていると考えられます。

(2) 判断枠組み②について

本件高裁判決は、判断枠組み②として、「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」に基づく解釈について正文である英文に基づき検討するとしているところ、かかる「趣旨及び目的」を特定するに際して、本件租税条約の規定に加えて、(本件租税条約がOECDモデル条約に依拠して定められていることにも触れた上で)OECDモデル租税条約のコメンタリー(以下「OECDコメンタリー」といいます)も参照しています(前記3.(3))。

この点、OECDコメンタリーの位置付けについて、本件高裁判決も引用する*5最判平成21年10月29日民集63巻8号1881頁(以下「平成21年最判」といいます)は、日本とシンガポールとの間の租税条約(以下「日星租税条約」といいます)に関して、日星租税条約がOECDモデル租税条約に倣ったものであることに触れ、OECDコメンタリーは、ウィーン条約32条所定の「解釈の補足的な手段」として、日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料であると判示しています。この「解釈の補足的な手段」については、ウィーン条約によると、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈する」(ウィーン条約31条1項)ところ、(i) これによって得られた意味を確認するため、又は、(ii) これによる解釈によっては意味が曖昧又は不明確である場合等における意味を決定するために、「解釈の補足的な手段」に依拠することができる(ウィーン条約32条)というものです。

他方、本件高裁判決では、ウィーン条約31条1項所定の「趣旨及び目的」そのものを特定するためにOECDコメンタリーを参照しているため、平成21年最判におけるOECDコメンタリーの位置づけ(32条所定の「解釈の補足的な手段」)とは、その位置づけがやや異なるように思われます(この点は理論的な観点からは議論のあるところであると考えられます)*6が、いずれにしても、OECDコメンタリーが、租税条約(少なくともOECDモデル条約に依拠して定められた租税条約)の解釈において参照されるべき重要な資料であることを示唆したものとして、重要な意義があると考えられます。

なお、本件高裁判決は、本件租税条約がされた1992年当時から存在していた本件文言に関する「趣旨及び目的」を特定するに際して本件租税条約が締結された後に公表された2017年版のOECDコメンタリーも参照しています。この点に関連して、平成21年最判に係る調査官解説においては、平成21年最判の「判示からは、日星租税条約の締結とOECDコメンタリー改訂との先後関係は特に問題にしてはいないことがうかがわれる」とされています*7が、本件高裁判決では、(被告の主張に対応した形での判示ではあるものの)「モデル条約が2017年(平成29年)の改訂により10条2項(a)に保有期間要件を設けることとしたのは、既に二国間条約に存在していた保有期間要件を抽象化して取り込んだものと解されるのであって、濫用的な事例への対策という趣旨は、先行して保有期間要件を備えていた二国間条約と同じくする」としており、上記先後関係について一応の配慮をしているようです。

(3) 本件高裁判決を踏まえた実務上の対応について

本件高裁判決後の2023年3月30日、国税庁は、「租税条約における『利得の分配に係る事業年度の終了の日』の取扱いについて」*8(以下「国税庁公表資料」といいます)を公表しました。国税庁公表資料においては、概要、以下の点が記載されています。

1 従来の取扱い

従来、みなし事業年度がないみなし配当に関して、租税条約上の親子会社間配当に係る限度税率の適用において、それぞれ以下の日を「利得の分配に係る事業年度の終了の日」に該当するものとして保有期間要件の判定を行っていたこと

  • 分割型分割の場合は「分割型分割の日の前日」
  • 自己株式の取得の場合は「自己株式を取得した日の前日」

2 従来の取扱いの変更

本件高裁判決を踏まえて、それぞれ以下の日を「利得の分配に係る事業年度の終了の日」に該当するものとして保有期間要件の判定をするよう、前記①の従前の取扱いを変更すること(但し、みなし配当のうちみなし事業年度がないもの以外の配当の保有期間要件の判定については、従来の取扱いに変更がなく、「みなし事業年度の終了の日」を「利得の分配に係る事業年度の終了の日」に該当するものとして保有期間要件を判定する)

  • 分割型分割の場合は「分割型分割の日の属する事業年度の終了の日」
  • 自己株式の取得の場合は「自己株式を取得した日の属する事業年度の終了の日」

3 還付請求

前記②の変更後の取扱いは過去に遡って適用されるため、源泉徴収税額が過大となっていた場合には、還付請求を行うことができること*9

国税庁公表資料では、その記載ぶりから、保有期間要件に関して本件文言と同様の文言となっている租税条約一般についての取扱いを示しているように思われます。もっとも、理論的には、本件高裁判決は、日本と(OECD加盟国である)ルクセンブルクとの租税条約の解釈が問題となりましたが、OECDに加盟していない国*10との租税条約の解釈においても同様に考えることができるのかという問題があるため、実務においては、租税条約ごとに慎重に検討する必要があるものと考えられます。

なお、以下の国との間の租税条約は、保有期間要件に関して本件文言と同様の文言となっています。

イスラエル、イタリア、インドネシア、オーストリア(2018年12月31日まで)、カナダ、シンガポール、スペイン(2021年12月31日まで)、タイ、韓国、デンマーク(2018年12月31日まで)、トルコ、ノルウェー、バングラデシュ、フィンランド、ブルガリア、マレーシア、南アフリカ、メキシコ

*1 法人税法2条12号の9所定の「分割型分割」のうち、同条12条の11所定の「適格分割」に該当しないもののことです。

*2 正式名称は、「所得に対する租税及びある種の他の租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とルクセンブルク大公国との間の条約」です。

*3 正式名称は、「条約法に関するウィ-ン条約(Vienna Convention on the Law of Treaties)」です。

*4 本田光宏「租税条約において定義されていない用語の解釈についての考察――日ルクセンブルク租税条約みなし配当事件を素材として――」筑波ロー・ジャーナル33号179頁参照。

*5 但し、前記3.において、当該引用箇所は記載していません。

*6 なお、本高裁判決において要約されている当事者の主張からすると、いずれの当事者も、OECDコメンタリーの位置付けについては、ウィーン条約32条所定の「解釈の補足的な手段」であるとの主張はしておらず、本件高裁判決と同様、ウィーン条約31条1項所定の「趣旨及び目的」を特定するためにOECDコメンタリーも参照していたようです(但し、両当事者で、「趣旨及び目的」の内容については異なる主張がされていました)。

*7 『最高裁判所判例解説民事篇平成21年度(下)(7月~12月分)』(法曹会、2018)804頁〔岡田幸人〕。

*8 https://www.nta.go.jp/information/other/data/r05/0023002-077.pdf

*9 但し、納付があった日から5年を経過した源泉徴収税額については、還付を行うことはできません(国税通則法74条1項)。

*10 OECD加盟国がどの国であるかは、例えば以下のHPなどで確認することができます。
https://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/oecd/index.html

PDF版ダウンロードはこちら

執筆者

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

茂木 諭茂木 諭

柴田 英典

PwC弁護士法人

本ページに関するお問い合わせ