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PwC 弁護士法人のタックス ローヤー(税法を専門とする弁護士)は、税務コンプライアンスを意識した経営を志向される企業の皆様のニーズに応えるため、付加価値の高い総合的なプロフェッショナルタックスサービス(税務アドバイス、事前照会支援、税務調査対応、税務争訟代理等)を提供しています。PwC Legal Tax Newsletter では、当法人のタックスローヤーが、企業の取引実務や税務上の取扱いに影響し得る税務に関する裁判例・裁決例その他税法に関するトピックを取り上げて、その内容の紹介や解説をします。
租税条約上、配当に係る限度税率の適用において、一定期間株式等を保有していることとの要件(以下「保有期間要件」といいます)が定められている場合が多く存在しますが、今回は、このような保有期間要件に関する租税条約上の文言の解釈が問題となった、東京高判令和5年2年16日裁判所ウェブサイト〔確定〕(以下「本件高裁判決」といいます)を紹介します。なお、本件高裁判決の第1審である東京地判令和4年2月17日税務訴訟資料272号順号13671(以下「本件地裁判決」といいます)及び本件高裁判決のいずれも納税者が勝訴しています。
ルクセンブルクに本店を有する外国法人である原告(被控訴人)X社は、その完全子会社である内国法人(以下「本件子会社」といいます)による非適格分割型分割*1(以下「本件分割」といいます)に伴い、本件子会社が対価として取得した分割承継法人(日本の合同会社)の出資持分について本件子会社による剰余金の配当として分配(以下「本件剰余金配当」といいます)を受けました。本件剰余金の配当のうち、配当とみなされる部分(以下「本件みなし配当」といいます)について、本件子会社が20.24%の税率により計算した金額(以下「当初納付額」といいます)の所得税及び復興特別所得税の源泉納付を行いましたが、X社は、日本とルクセンブルクとの間の租税条約*2(以下「本件租税条約」といいます)の適用により限度税率が5%になることから、当初納付額は過大であったとして、被告(控訴人)国に対して、還付金及び還付加算金の支払いを求めて訴えを提起しました(以下「本件訴え」といいます)。
以下、本件を理解するために必要な範囲で、(1)関係法令等の定め、及び、(2)事実関係について、説明します。
本件租税条約は、英語のみによって確定され、その成文は英語とされています。そのため、日本政府が本件租税条約の訳文(以下「政府訳文」といいます)を作成してはいるものの、本件租税条約の解釈は英文を基準として行われることとなります。但し、本ニュースレターにおいては、本件において解釈に争いのない部分については、政府訳文に基づいて日本語で表記することとします。
本件租税条約10条2項各号において、配当に係る限度税率について、以下のとおり定められています。
本件租税条約10条2項(a)(以下「本件規定(a)」といいます) 5 per cent of the gross amount of the dividends if the beneficial owner is a company which owns at least 25 per cent of the voting shares of the company paying the dividends during the period of six months immediately before the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place 〔政府訳文:当該配当の受益者が、利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ六箇月の期間を通じ、当該配当を支払う法人の議決権のある株式の少なくとも二十五パーセントを所有する法人である場合には、当該配当の額の五パーセント〕(以下、下線部太字にした部分を「本件文言」といいます) 本件租税条約10条2項(b)(以下「本件規定(b)」といいます) 15 per cent of the gross amount of the dividends in all other cases 〔政府訳文:その他のすべての場合には、当該配当の額の十五パーセント〕 |
本件において、以下の時系列で本件子会社の完全子会社化、本件分割及び本件剰余金配当が行われました。なお、X社及び本件子会社の事業年度は、いずれも、11月1日から翌年10月31日までです。
2014.4.29 |
原告が関係法人から本件子会社の株式の100%を取得しました(本件子会社の完全子会社化)。なお、原告は、それ以降、本件子会社の株式の100%を保有しています。 |
2014.8.1 |
本件子会社を分割法人、第三者である合同会社を分割承継法人とする本件分割の効力が発生しました(本件分割)。 また、同日付けで、本件子会社が本件分割の対価として取得した分割承継法人の持分が、本件子会社の完全親会社であるX社に対して、剰余金の配当として分配されました(本件剰余金配当)。 |
2014.10.31 |
X社及び本件子会社の事業年度の末日 |
前記のとおり、本件子会社は、本件剰余金配当に係る本件みなし配当について、当初納付額(20.24%の税率により計算した金額)の所得税及び復興特別所得税の源泉納付を行いました。
その後、本件訴えの前、本件みなし配当について、X社は、本件子会社の所轄税務署長に対して、当初納付額と本件規定(a)による5%の税率により計算した金額(以下「5%税額」といいます)との差額の還付金を求める請求を行ったところ、所轄税務署長は、本件規定(a)による5%ではなく、本件規定(b)による15%の税率が適用されるとして、当初納付額と15%の税率により計算した金額(以下「15%税額」といいます)との差額についてのみ還付を行いました。そのため、本件訴えにおいてX社が国に対して支払いを求めた還付金の金額(以下「本件請求金額」といいます)は、15%税額と5%税額との差額となっています。
本件訴えにおける争点は、本件みなし配当について、本件規定(a)が適用されるか否か(具体的には、本件規定(a)が定める「during the period of six months immediately before the end of the accounting period for which the distribution of profits takes place 〔政府訳文:利得の分配に係る事業年度の終了の日に先立つ六箇月の期間〕」との要件(以下「本件保有期間要件」といいます)が満たされているか否か)であり、かかる争点に対するX社及び国の主張の概要は以下のとおりです。
X社:本件保有期間要件は本件分割に係る事業年度の末日である2014年10月31日から起算すべき 国:本件保有期間要件は本件分割の日である2014年8月1日の直前から起算すべき |
本件高裁判決は、概要、以下のとおり、租税条約の解釈に関する判断枠組みを示した上で(後記(1))、かかる判断枠組みに基づいて、日本の法令における用語の意義(後記(2))、並びに、趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味(後記(3))を検討し、結論としては、「本件規定(a)の定める本件保有期間要件を満たし、本件各みなし配当に係る限度税率につき5%の軽減税率の適用を受け…したがって、…本件請求金額に係る還付請求権を認めることができる」として、原告の請求を認容した本件地裁判決を維持(控訴を棄却)しました。
本件高裁判決は、本件における条約解釈の判断枠組みとして、条約の解釈に関する一般的な規則であるウィーン条約の31条に基づき、「まず、〔1〕本件租税条約3条2項に定められた文脈に従って、日本の法令における当該用語の意義について政府訳文を参照しつつ検討し、次いで、〔2〕ウィーン条約31条1項が提示するもう一つの規則である『趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味』についても、正文である英文に基づき検討する」(太字、下線は当職らによる。以下同じ。)ものとしています。
まず、本件高裁判決は、「文脈」による解釈として、本件租税条約3条2項に基づき、日本法上の意義を検討すべき(その際に、政府訳文を参照するのが相当である)ものとしています。
その上で、本件高裁判決は、本件文言に係る日本の法令における用語の意義について、以下の理由から、「利得の分配に係る会計期間の終了の日」を意味するとしています。
続いて、本件高裁判決は、①本件租税条約の目的及び同条約10条の趣旨、②本件規定(a)が設けられた趣旨、③本件保有期間要件が設けられた趣旨を検討し、それぞれ以下のとおり判示しています。
その上で、本件高裁判決は、上記の趣旨及び目的を踏まえて、下記のとおり、正文である英文に基づいて検討を行い、本件文言について、「その趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味としては『利得の分配(配当)が行われる会計期間の終期』を意味する」と判示しました。
本件高裁判決は、前記3.(1)のとおり、条約の解釈に関する一般的な規則であるウィ-ン条約*331条1項・2項、及び、租税条約で定義されていない用語に係る解釈規定である本件租税条約3条2項に基づき、①「文脈」による解釈として、日本の法令における用語の意義について政府訳文を参照しつつ検討し(判断枠組み①)、②「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」に係る解釈ついて正文である英文に基づき検討する(判断枠組み②)、との判断枠組みを示しました。
本件は、「租税条約で定義されていない用語の解釈が正面から現れた初めての訴訟事件」*4とされており、本件高裁判決が示した上記の判断枠組みは、租税条約で定義されていない用語の一つの解釈アプローチとして参考になると考えられます。
また、本件高裁判決は、判断枠組み①に関連して、本件租税条約の正文は英語のみであるものの、本件租税条約3条2項所定の「当該一方の締結国」である日本の法令が日本語により定められていることから、「政府訳文は、国会審議の資料とされ、また、条約の公布の際にも正文とともに官報に掲載されるものであって、日本国内においては、本件租税条約の日本語による内容に関する日本政府の認識を公的に示したものとして効力を有する」として、前記の政府訳文を参照するのが相当であるとしています。その上で、判断枠組み①に基づく具体的な検討(前記3.(2))において、本件文言に係る政府訳文のうち「事業年度」との用語について、「事業年度」の意義について定める法人税法13条の規定を根拠としてその解釈を示しています(なお、国は本件保有期間要件の趣旨等に照らせば「計算期間」と訳するのが相当であると主張しましたが、本件高裁判決では、上記に示した政府訳文の位置づけを踏まえて、政府訳文で用いられている用語である「事業年度」の意義につき探求するものとしています)。
本件高裁判決が採用したかかる解釈アプローチは、英語のみが正文となっている租税条約において日本語の政府訳文を参照するという点で今後の実務の参考になるものと考えられます。
もっとも、本件高裁判決は、本件文言については、判断枠組み①に基づく解釈(「文脈」による解釈)と判断枠組み②に基づく解釈(「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」に基づく解釈)が「実質的に一致する」と判示しているところ(前記3.(4))、他件において、両者の解釈に齟齬が生じた場合に如何に解釈すべきかという点は今後の検討課題として残されていると考えられます。
本件高裁判決は、判断枠組み②として、「趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」に基づく解釈について正文である英文に基づき検討するとしているところ、かかる「趣旨及び目的」を特定するに際して、本件租税条約の規定に加えて、(本件租税条約がOECDモデル条約に依拠して定められていることにも触れた上で)OECDモデル租税条約のコメンタリー(以下「OECDコメンタリー」といいます)も参照しています(前記3.(3))。
この点、OECDコメンタリーの位置付けについて、本件高裁判決も引用する*5最判平成21年10月29日民集63巻8号1881頁(以下「平成21年最判」といいます)は、日本とシンガポールとの間の租税条約(以下「日星租税条約」といいます)に関して、日星租税条約がOECDモデル租税条約に倣ったものであることに触れ、OECDコメンタリーは、ウィーン条約32条所定の「解釈の補足的な手段」として、日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料であると判示しています。この「解釈の補足的な手段」については、ウィーン条約によると、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈する」(ウィーン条約31条1項)ところ、(i) これによって得られた意味を確認するため、又は、(ii) これによる解釈によっては意味が曖昧又は不明確である場合等における意味を決定するために、「解釈の補足的な手段」に依拠することができる(ウィーン条約32条)というものです。
他方、本件高裁判決では、ウィーン条約31条1項所定の「趣旨及び目的」そのものを特定するためにOECDコメンタリーを参照しているため、平成21年最判におけるOECDコメンタリーの位置づけ(32条所定の「解釈の補足的な手段」)とは、その位置づけがやや異なるように思われます(この点は理論的な観点からは議論のあるところであると考えられます)*6が、いずれにしても、OECDコメンタリーが、租税条約(少なくともOECDモデル条約に依拠して定められた租税条約)の解釈において参照されるべき重要な資料であることを示唆したものとして、重要な意義があると考えられます。
なお、本件高裁判決は、本件租税条約がされた1992年当時から存在していた本件文言に関する「趣旨及び目的」を特定するに際して本件租税条約が締結された後に公表された2017年版のOECDコメンタリーも参照しています。この点に関連して、平成21年最判に係る調査官解説においては、平成21年最判の「判示からは、日星租税条約の締結とOECDコメンタリー改訂との先後関係は特に問題にしてはいないことがうかがわれる」とされています*7が、本件高裁判決では、(被告の主張に対応した形での判示ではあるものの)「モデル条約が2017年(平成29年)の改訂により10条2項(a)に保有期間要件を設けることとしたのは、既に二国間条約に存在していた保有期間要件を抽象化して取り込んだものと解されるのであって、濫用的な事例への対策という趣旨は、先行して保有期間要件を備えていた二国間条約と同じくする」としており、上記先後関係について一応の配慮をしているようです。
本件高裁判決後の2023年3月30日、国税庁は、「租税条約における『利得の分配に係る事業年度の終了の日』の取扱いについて」*8(以下「国税庁公表資料」といいます)を公表しました。国税庁公表資料においては、概要、以下の点が記載されています。
1 従来の取扱い 従来、みなし事業年度がないみなし配当に関して、租税条約上の親子会社間配当に係る限度税率の適用において、それぞれ以下の日を「利得の分配に係る事業年度の終了の日」に該当するものとして保有期間要件の判定を行っていたこと
2 従来の取扱いの変更 本件高裁判決を踏まえて、それぞれ以下の日を「利得の分配に係る事業年度の終了の日」に該当するものとして保有期間要件の判定をするよう、前記①の従前の取扱いを変更すること(但し、みなし配当のうちみなし事業年度がないもの以外の配当の保有期間要件の判定については、従来の取扱いに変更がなく、「みなし事業年度の終了の日」を「利得の分配に係る事業年度の終了の日」に該当するものとして保有期間要件を判定する)
3 還付請求 前記②の変更後の取扱いは過去に遡って適用されるため、源泉徴収税額が過大となっていた場合には、還付請求を行うことができること*9 |
国税庁公表資料では、その記載ぶりから、保有期間要件に関して本件文言と同様の文言となっている租税条約一般についての取扱いを示しているように思われます。もっとも、理論的には、本件高裁判決は、日本と(OECD加盟国である)ルクセンブルクとの租税条約の解釈が問題となりましたが、OECDに加盟していない国*10との租税条約の解釈においても同様に考えることができるのかという問題があるため、実務においては、租税条約ごとに慎重に検討する必要があるものと考えられます。
なお、以下の国との間の租税条約は、保有期間要件に関して本件文言と同様の文言となっています。
イスラエル、イタリア、インドネシア、オーストリア(2018年12月31日まで)、カナダ、シンガポール、スペイン(2021年12月31日まで)、タイ、韓国、デンマーク(2018年12月31日まで)、トルコ、ノルウェー、バングラデシュ、フィンランド、ブルガリア、マレーシア、南アフリカ、メキシコ |
*1 法人税法2条12号の9所定の「分割型分割」のうち、同条12条の11所定の「適格分割」に該当しないもののことです。
*2 正式名称は、「所得に対する租税及びある種の他の租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とルクセンブルク大公国との間の条約」です。
*3 正式名称は、「条約法に関するウィ-ン条約(Vienna Convention on the Law of Treaties)」です。
*4 本田光宏「租税条約において定義されていない用語の解釈についての考察――日ルクセンブルク租税条約みなし配当事件を素材として――」筑波ロー・ジャーナル33号179頁参照。
*5 但し、前記3.において、当該引用箇所は記載していません。
*6 なお、本高裁判決において要約されている当事者の主張からすると、いずれの当事者も、OECDコメンタリーの位置付けについては、ウィーン条約32条所定の「解釈の補足的な手段」であるとの主張はしておらず、本件高裁判決と同様、ウィーン条約31条1項所定の「趣旨及び目的」を特定するためにOECDコメンタリーも参照していたようです(但し、両当事者で、「趣旨及び目的」の内容については異なる主張がされていました)。
*7 『最高裁判所判例解説民事篇平成21年度(下)(7月~12月分)』(法曹会、2018)804頁〔岡田幸人〕。
*8 https://www.nta.go.jp/information/other/data/r05/0023002-077.pdf
*9 但し、納付があった日から5年を経過した源泉徴収税額については、還付を行うことはできません(国税通則法74条1項)。
*10 OECD加盟国がどの国であるかは、例えば以下のHPなどで確認することができます。
https://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/oecd/index.html