オーストラリア競争法における企業結合規制の改正(届出義務化)

現在、オーストラリアは、イギリスおよびニュージーランドと並んで、OECD加盟国のうち競争法上の企業結合規制において義務届出制度を設けていない3カ国のうちの1つです。もっとも、2024年11月28日に成立したオーストラリア競争法改正(以下「改正法」といいます)*1により、2026年1月からは、一定の条件を満たすM&A取引等の企業結合については、オーストラリア競争・消費者委員会(Australian Competition and Consumer Commission。以下、「ACCC」といいます)への事前届出が義務付けられることになります。
オーストラリア政府は、今回の改正の目的について、反競争的な事業活動をより適切に確認・防止するための企業結合規制を整備し、より活発で、生産性が高く、強靭な経済育成を果たすことにあるとしています*2

届出基準や審査手続などの具体的内容を把握するためには、2025年中の整備が予定されている追加の立法(legislative instruments)やガイドラインの制定を待つ必要があるものの、オーストラリア競争法上の新しい企業結合審査制度(以下、「新制度」といいます)は2026年1月1日から施行されます。
ただし、後述する経過措置を考慮すれば、企業結合を計画している当事会社は、2025年7月1日から新制度に即した形での任意届出を行うことも現実的な選択肢となり得ると考えられることから、いち早く新制度の概要を理解しておく必要があります。

1. オーストラリア競争法上の義務届出制度の導入

現行のオーストラリア競争法上運用されている企業結合規制の下では、届出義務を課されることはなく、あくまで任意で、企業結合の当事会社は、当該企業結合が関連市場において競争を実質的に制限する可能性があるか否かについてACCCの非公式の見解を求めることができます*3

これに対して、新制度においては、法定の企業結合の定義に該当するすべての取引について届出基準(後述)が適用され、当該基準を満たす取引については、実質的にみて競争を制限するような性質がみられないような取引であっても、原則として届出が必要となります*4
届出基準を満たすと判定された場合には、ACCCへの事前届出の実施およびその後の企業結合審査プロセスを取引のスケジュールに組み込む必要があります。

2. 新制度における届出基準の概要

新制度の下で届出義務が生じる対象は、直接または間接的な支配権の変更を伴う取引(株式または資産の譲渡等)であり、かつ、以下の届出基準を満たす取引となります。

本ニュースレター執筆時点では、具体的な届出基準は法令上定められていない状況にあります。もっとも、オーストラリア政府は、以下の基準を今後法定する意向であると述べられています*5

(1) (a)結合後の当事会社(取得会社側のグループ会社も含む)のオーストラリア国内売上高が2億豪ドルを超え、かつ、(b)以下の(b-1)または(b-2)のいずれかを満たす場合

(b-1)対象会社または対象資産のオーストラリアでの売上高が5,000万豪ドル超

(b-2)当該取引全体に係る取引価値が2億5,000万豪ドル超。

(2) (a)取得会社グループのオーストラリア国内売上高が5億豪ドルを超え、かつ、(b)対象会社または対象資産のオーストラリア国内売上高が1,000万豪ドルを超える場合。

(3) なお、上記(1)(b-1)および(2)(b)の適用にあたっては、取得会社側において、直近3年間の期間中に同一または類似の商品役務の市場において連続的な企業結合が行われている場合には、該当する各企業結合の対象会社のオーストラリア国内売上高の合算値をもって当該基準に当てはめる。

少なくとも本ニュースレター執筆時点までに公表された情報を前提とする限りは、上述した取引内容及び届出基準を満たす場合には、オーストラリア国外に所在する企業間の企業結合であってもACCCに対する事前届出義務が発生することに注意を要します。

さらに、改正法において、財務長官に対して、上記の届出基準を満たすか否かに関わらず、業種といった観点から一定範囲の取引を指定して一律に特別の届出義務を課す権限が与えられている点にも注意を要します*6

3. 新制度における届出後の審査手続き

(1) ACCCにおけるクリアランスの基準・考慮要素

前述のとおり、現行制度下ではACCCは非公式のクリアランスを発出するにとどまっていましたが、新制度においては、届け出られた企業結合事案の適法性について第一次的な公式判断を下す機関と位置づけられます*7

届け出られた企業結合についてACCCがクリアランスを発出するためには、当該企業結合が関連市場において競争を実質的に制限する可能性がないことを確認する必要があるとされています。
具体的には、オーストラリア政府による改正法に関する説明資料によれば、ACCCは、クリアランスを発出するか否かの判断に際しては、取得会社の市場における地位・経済力、当該企業結合によって他の競争事業者の排除につながるか否か、関連市場における競争の性質など、広範な経済的要素を考慮するものとされています*8

(2) 届出のタイムライン

新制度の下では、届け出られた企業結合については、以下の段階を経て審査が進められます。

審査段階 原則的な審査期間
フェーズ1審査 30営業日
フェーズ2審査 90営業日
公益適合性に関する審査 50営業日

フェーズ1審査:まず、届出実施後原則30営業日を上限とするフェーズ1の期間内での審査が行われ、当該期間中に競争制限の懸念がないものと判断されればクリアランスが発出されることとなります。ACCCは、届出事案の80%については、このInitial reviewの期間中の届出実施後15~20営業日以内にはクリアランスが発出できるものと想定しています*9

フェーズ2審査:フェーズ1における審査の結果より詳細な審査が必要と判断された企業結合については原則90営業日を上限とするフェーズ2の審査に進みます。改正法では、ACCCは、届出実施から原則120営業日以内に決定を下す必要があると規定されています*10

公益適合性に関する審査:さらに、ACCCが届け出られた企業結合について承認しない旨の決定を下した場合、またはクリアランスに条件(いわゆる問題解消措置)を付す決定を下した場合には、届出義務者は、当該企業結合が公益に資するものであることを理由にかかる決定の内容を変更することをACCCに求めることができます(かかる追加の審査は原則50営業日の期間中に行われます)*11

なお、企業結合の当事会社に対しては、正式な提出前にACCCと協議し、届出実施のタイミングや申請に必要な情報について確認し、審査上問題となるようなポイントについて早期に特定することが奨励されます*12

(3) 手数料

政府は、届出時に、5万~10万豪ドルの範囲で手数料を徴収する意向を示しています*13(なお、小規模の事業者に対しては限定的な免除を適用することも予定されている模様です。)。執筆者らは、例えば、取引の規模に応じて具体的な申請手数料は決定されるような制度が採られる可能性があると予想しています*14

(4)届出懈怠時の制裁

新制度により届出義務が発生する2026年1月1日以降に、届出義務が生じているにもかかわらず届出を行わずに、または届出実施後審査手続きが完了していないにもかかわらず実行された企業結合については、無効と評価されることとなります*15。また、届出を怠った場合や届出後審査完了前に企業結合を実行した場合には、最大で、5,000万豪ドルまたは義務違反により得られた利益の3倍(当該利益が特定できない場合には、違反期間中の調整後売上高の30%)の金額のうちいずれか高い方の金額の罰金が課される可能性があります*16

なお、ACCCが競争法違反であるとして実行してはならないと決定した企業結合について、その決定が競争審判所によっても支持された場合であって、既に当該企業結合を実行している(取得してはならないとされた議決権を既に保有してしまっている等)ときには、その後原則12か月以内に取引を解消する必要があり、かかる解消を怠ると違反1日あたり6,600豪ドルの罰金刑が科されます*17

4. 経過措置

新制度の下での届出は2026年1月1日から義務付けられることが決まっていますが、改正法においては、それ以前の2025年7月1日から、企業結合の当事会社は、新制度の下での任意届出を行うことができる旨も定められました*18

かかる任意届出を行い、ACCCによるクリアランスを取得できれば、その後12カ月間の期間内にクロージングする限りは、2026年1月1日であっても届出義務は免除されるというメリットを受けることができます。

他方で、現在制度の下でACCCから非公式のクリアランスを得ているに過ぎない企業結合については、(前述の届出義務を満たす場合には)2026年1月1日以降は改めて新制度の下での届出実施が義務付けられることになります。

したがって、2025年に取引を完了することを意図している当事者は、ACCCとの関わり方を慎重に検討する必要があります。すなわち、2025年内にクロージングできない可能性がある企業結合について、前述(あるいは今後確定する)届出基準を満たす可能性が高い場合には、2025年7月1日以降に新制度の下での任意届出を実施して予めACCCのクリアランスを取得し、クロージング時期が2026年に入ってしまっても速やかにクロージングできるよう備えるという方法をとることが考えられます。

*1 改正法の全文はオーストラリア議会Webサイト(https://www.aph.gov.au/Parliamentary_Business/Bills_Legislation/Bills_Search_Results/Result?bId=r7257)参照。なお、特に断らない限り、以下で引用する条数(Section)については改正法についての条数を指します。

*2 Statement of Goals for Merger Reform Implementation (https://www.accc.gov.au/system/files/statement-goals-merger-reform-implementation-september-2024_0.pdf)

*3 詳細については、ACCCのWebサイトにおける現行制度紹介ページ(https://www.accc.gov.au/business/mergers/informal-merger-reviews)参照

*4 ただし、Section 51ABVにおいては、ACCCに対して、一定の企業結合について届出義務を免除する権限が与えられています。もっとも、かかる権限が具体的にどのような条件の下、どのような形で行使されることとなるかについては本ニュースレター執筆時点までには明らかにはされていません。

*5 2024年10月10日付のオーストラリア財務長官の演説(https://parlinfo.aph.gov.au/parlInfo/search/display/display.w3p;query=Id%3A%22chamber%2Fhansardr%2F28036%2F0011%22)

*6 Section 51ABQ,Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth)

*7 ACCCの判断に関する上訴は、連邦裁判所の判事、経済学者、およびビジネスリーダーで構成される競争審判所が担うこととなります。

*8 Explanatory Memorandum, Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth) 52.

*9 同上

*10 Section 51ABZI, Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth)

*11 Section 51ABZP, 同上

*12 Statement of Goals for Merger Reform Implementation

*13 Explanatory Memorandum, Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth) 159

*14 例えば、オーストラリアにおけるFDI規制上の手数料については取引の希望に応じて変動する形となっています。(https://foreigninvestment.gov.au/sites/foreigninvestment.gov.au/files/2024-08/schedule-of-fees-fi-apps-aug-2024.pdf

*15 Sections 45AZA, 51ABE 51ABF, Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth)

*16 Section 45AW, Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth), Section 76, Competition And Consumer Act 2010 (Cth)

*17 Section 51ABZZP, Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth)

*18 Section 189, Treasury Laws Amendment (Mergers and Acquisitions Reform) Act 2024 (Cth)

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執筆者

茂木 諭

パートナー, PwC弁護士法人

阪本 凌

PwC弁護士法人

David Thomas

ニューサウスウェールズ州弁護士

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