気候変動リスクと企業がとるべき対応

はじめに

世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表している『グローバルリスク報告書』の2019年版によると、発生可能性が高く影響も大きいグローバルリスクとして、「異常気象」「気候変動の緩和や適応への失敗」「自然災害」がいずれも上位に取り上げられています。同報告書の近年の傾向は、気候変動が企業の経営の最重要課題の1つとして強く認識されてきていることを表しています※1

本稿では、気候変動を事業活動と結び付けて考える際の参考にしていただくために、地球温暖化がどのように進んでいるのか、気候変動対策としてグローバルでどのような動きがあるか、企業が認識すべき気候関連リスクにはどのようなものがあるか、そして、企業はどのような対応をすべきかについて解説します。

1 地球温暖化がどのように進んでいるのか

産業革命以降、大気中の温室効果ガス(GHG)の濃度上昇により、気温上昇が進み、それによりさまざまな自然災害が引き起こされています。それらを具体的に示す調査研究をご紹介します(米国の元副大統領アル・ゴア氏が立ち上げたThe Climate Reality Projectの一環として、2019年10月に東京都内で開催された気候変動セミナーで紹介された内容を一部引用)。まず、北半球における夏場の気温分布は、昔に比べ最近の方が暖かい方へ遷移していることが分かります(資料1)。また、地球の表面温度は過去から現在にかけて上下動を繰り返しながらも大きな傾向としては上昇していることが分かります(資料2)。そして、過去から現在にかけて大気中のGHGの濃度と気温は連動しており両者の関係に相関が確認できます(資料3)。近年のGHG濃度はこれまでのトレンドを逸脱して著しく高い水準になっています。なお、日本国内の二酸化炭素の排出量の内訳の内最も多いのが「産業」(製造業、建設業、鉱業、農林水産業)で34%、次いで業務その他(商業・サービス・事業所等)の22%、3番目が家庭(家庭での冷暖房・給湯、家電の使用等)の15%となっています※2

記憶に新しいところで、2019年10月12日に日本上陸した令和元年台風第19号は、関東・甲信・東北地方の広い範囲で大雨の観測記録を更新し、堤防が決壊するなどして深刻な浸水被害をもたらしました。近年日本各地で台風による大きな土砂災害や水害等が頻発しており、このことは地球温暖化による影響として論じられることがあります※3。これに関連して、国土交通省は、2018年から続けてきた検討結果を踏まえて、日本の治水計画について「気候変動を踏まえた治水計画」に転換することを2019年10月18日に発表しました。これは、気候変動が顕在化しているとの認識のもと、今後、一定程度気候変動が進んでも治水安全度が確保できるよう、降雨量の増加を踏まえ、河川整備計画の目標流量の引き上げや対応策の充実を図る計画です※4。気候変動の影響が身近になり、私たちの日常生活においても無視できない水準になってきています。

出所:James Hansen and Makiko Sato (2016) Regional climate change and national responsibilities, Environ. Res. Lett. 11 034009 doi:10.1088/1748-9326/11/3/034009を基にPwC作成

出所:National Oceanic and Atmospheric Administrationを基にPwC作成

出所:National Climatic Data Center/NOAAを基にPwC作成

2 気候変動対策としてグローバルでどのような動きがあるか

気候変動に対し、国際的な対策に関する本格的な議論が開始されるきっかけとなったのは、1992年の「環境と開発に関する国連会議」で合意された「気候変動枠組条約」でした。これを受けて、1997年に京都で開催されたCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)にて採択された「京都議定書」では、「先進国全体で、先進国のGHGの排出量を1990年比で5%減少させる」という目標が合意されました。その後COPでの各国の取り組みルールについての議論は継続されましたが、次の大きな転機となったのが、2015年12月パリで開催されたCOP21で採択された「パリ協定」です。

「パリ協定」は、2020年以降の地球温暖化対策の国際的枠組みを定めた協定です(2016年11月発行)。地球温暖化対策に先進国、発展途上国を問わず、全ての国が参加し、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満(努力目標 1.5℃)に抑え、21世紀後半にはGHGの排出を実質ゼロにすることを目標としています。なお最新の予測では、現状のペースだと2030〜2052年の間に1.5℃上昇することが見込まれています※5。発展途上国を含む全ての締約国に排出削減の努力を求めること、各国の削減・抑制目標は、各国の国情を織り込み自主的な策定が認められていること、の2点が大きな特徴です。日本では、2030年度のGHGの排出を2013年度の水準から26%削減することが目標として定められました※6。各国の取り組み目標達成に向けて、各国政府が経済界に働きかけたり、GHG排出に関する規制を強化したりしていく動きが加速していくことが想定されます。

また、別の重要な動きとして、2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が挙げられます。SDGsの17ゴールの中に、「SDG13気候変動に具体的な対策を」として、明確に気候変動に関する目標が盛り込まれています※7。SDGsの文脈においても、政府や民間企業などの自主的な取り組みが期待されています。

以上の2つの動きに加えて、2017年6月に公表されたFSB(金融安定理事会)のTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)による提言(TCFD提言)が企業の気候変動対応の観点では非常に重要です。これは、気候変動が事業にもたらす財務的影響に焦点を当て、企業が気候変動に関わるリスク・機会や戦略のレジリエンスなどを検討し開示する枠組みを示したものです。TCFDの開示フレームワークは、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「目標・指標」という4つのカテゴリーから構成され、気候関連のリスクや機会が財務に与える影響の分析(シナリオ分析)やそのリスクの管理、監督の体制、取り組みに関する開示項目を含めています※8 ※9

2019年10月28日現在で、全世界で874の企業・機関(うち、日本企業・機関は200)がTCFDへの賛同表明をしています※10。賛同表明自体には法的拘束力はありませんが、賛同は気候変動対応に対するコミットメントを対外的に示すことにつながります。

一方、一部の国では、気候関連の開示を義務化する動きが出てきています。例えば、2019年に英国の金融監督機関であるPRA(健全性規制機構)が、金融機関を対象とした気候関連財務リスクマネジメントに関する規制とグリーンファイナンス戦略を発表し、2022年までに全ての上場企業およびアセットオーナーに気候変動リスク管理の情報開示を義務付けることを発表しました※11。欧州では他国でも類似の法規制化の動きが検討されています。

日本では、2019年5月27日に経済産業省・金融庁・環境省のサポートを受けながら、企業の効果的な情報開示や、開示された情報を金融機関などの適切な投資判断につなげるための取り組みについて議論を行うTCFDコンソーシアムが設立されました※12。2019年10月には、TCFDコンソーシアムとWBSCD(持続可能な開発のための世界経済人会議)と共催で、TCFD提言について先進的に取り組む世界の企業や金融機関などのリーダーが一堂に会する「TCFDサミット」も世界で初めて日本で開催されました。TCFDコンソーシアム設立の効果もあり、2019年に入ってから日本においても気候変動・TCFD対応に企業の関心がますます高まっています。

3 企業が認識すべき気候関連リスクにはどのようなものがあるか

TCFD提言では、気候関連リスクを、移行リスク(炭素税の導入など低炭素経済への移行に関連するリスク)と物理的リスク(洪水や干ばつなど気候変動の物理的影響に関連するリスク)の2種類に大別しています。移行リスクはさらに、政策と法的リスク、テクノロジー・リスク、市場リスク、評判リスク、の4つに、物理的リスクは急性的リスクと慢性的リスクに細分化されています。表では、それぞれの分類ごとに、具体的なリスクを例示します。

気候関連リスクの種類やインパクトは、セクター、国・地域、組織によって異なりますが、ここでは気候関連リスクが比較的高いといわれている発電事業を行うユーティリティ企業の例で、具体的なリスクの考え方を深掘りします。2017年時点で、世界の電力構成における化石燃料の割合は過半を占めていますが、世界各地での炭素税などの低炭素経済に係る法規制の強化によって、先進国を中心に将来のエネルギー需要構成が大きく変化し、今後20年間で、再生可能エネルギーの構成比率が25%から40%に増加すると予測されています※13。移行リスクの観点からは、炭素税に起因する追加コストの影響をどのくらい抑えられるか、新しい市場需要に対応できるように再生可能エネルギーへの設備投資を計画的に実施できるか、が重要になりそうです。また、物理的リスクの観点からは、洪水、海面上昇、熱波等の災害増加による発電施設の稼働効率や稼働そのものへの影響をどのように回避できるか、も検討する必要があります。

4 企業はどのような対応をすべきか

企業が気候変動対応を検討する際には、TCFD提言のフレームワークが参考になります。どの企業でも共通で対応が必要な項目として気候関連の「ガバナンス」や「リスク管理」の仕組みを整備していくことが挙げられます。既にあるガバナンス・リスク管理体制に、長期的な気候変動の影響を検討する枠組みを付加することから検討を始めることを推奨します。

「戦略」や「目標・指標」に関しては、シナリオ分析を通じてリスクを把握した上で、適切な対応を考えていくことになります。シナリオ分析とは、気候変動の進行(気温上昇の幅オプション)を想定したシナリオをいくつか検討し、それぞれのシナリオで企業が受ける影響(リスクと機会)を評価する手法です。シナリオ分析によって、企業は、戦略と財務計画が2℃シナリオを含むさまざまな気候関連のシナリオの下で、いかにレジリエントであるのかを分析し、気候関連のリスクに備えることが可能となります。シナリオ分析では気候シナリオやそれに関連するさまざまな予測情報を収集し、自社事業への財務影響を推計していくことになりますので、それなりの対応負荷がかかります。現実的な対応としては、自社事業全体で移行リスク・物理的リスク(および機会)を定性的に検討した上で、重要な影響がありそうなポイントを中心に定量的なシナリオ分析を実施することが効率的です。

最も重要なことは、自社が長期的に事業ポートフォリオの変更や大きな投資を行う必要があるかどうかを早くから継続的に社内で議論することです。特に、産業特性としてGHG排出量が多いセクターや自然災害への感応度が高いセクター(エネルギー、運輸、材料・建物、農業・食料・林産物、など)は見込まれるインパクトが大きいと考えられます。シナリオ分析の目的は正確な将来予測ではなく、将来事業に影響を与えるいくつかのパラメーターを特定し、戦略にどう織り込んでいくかを検討することにありますので、小さく検討を始めて社内で気候関連の議論が早い段階で行われるようにすることをお勧めします。

PwCでは、TCFD提言の発表以降、金融、エネルギー、製造業等のクライアント企業を中心に気候変動・TCFD対応のご支援を行っています。初期的なニーズとしては、開示動向の把握と自社現状とのギャップ分析がありますが、各社の対応が徐々に進むにつれ、定量的なシナリオ分析のアプローチに関するご相談が増えてきています。PwCでは、特にリスクが高い産業については、気候変動によるP/LやB/Sへの影響を試算する分析モデルを有していますので、これをベースにして各社の事情を考慮した分析を効率的に行いながら、将来事業へ影響を与える要素を特定していくことが可能です。さらに、特定した将来事業へ影響を与える要素を、経営層の皆様が長期戦略と関連付けて検討するご支援も行っています。

5 おわりに

スウェーデン人の環境活動家のグレタ・トゥンベリさんが、2019年9月の国連「気候行動サミット」において、「あなたたちを決して許さない」というメッセージにより、地球温暖化対策の強化を各国指導者に涙ながらに訴えた演説が反響を呼んでいます※14。同サミットでは「パリ協定」の2度目標よりも野心的な1.5度目標が議論されています。気候変動は経営の重要課題として外せないトピックとなってきていますので、さまざまなステークホルダーの声を聞きながら、企業として今着手すべきことを真剣に議論し、リアクティブではなくプロアクティブに手を打っていくことをご検討いただければと思います。



執筆者

磯貝 友紀

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

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