デジタル技術を活用し、新規事業の推進を目的としたデジタルトランスフォーメーション(DX)が社会、産業、個々の企業活動に必要不可欠な取り組みになっています。昨今、IT企業やスタートアップなどが提供するデジタル技術を活用したソリューションやサービスの成熟度は高まってきています。実際、ユーザー企業でも、業務の高度化および新規事業の推進にDXを積極的に実践しています。しかし、必ずしも企業が期待していたほどの成果を得られないように見受けられます。
この原因のひとつとして、新しい技術やビジネスモデル、ステークホルダーとの関係によって生じる「デジタルビジネスリスク」に対する対処が不十分であることが考えられます。
本稿ではDX推進の課題となるデジタルビジネスリスクおよびDXポートフォリオ管理について、測定・評価の考え方、意思決定の方法について説明します。
本稿においてデジタルビジネスリスクとは、DX推進における各施策によって期待される効果やリターンに対する不確実さ、加えて、デジタル技術を活用した新しい環境やプロセスに生じる信頼性や安全性に与える影響を指します。
多くの企業のDX推進では、複数の施策・プロジェクトが同時並行で進められています。目的や対象範囲によってさまざまな取り組みがあり、それぞれの施策に応じたデジタルビジネスリスクが存在します。
例えば、デジタル活用による新しいビジネスモデルや新規事業といった価値創造的な取り組みでは、顧客や市場からの認知・受容に関わるリスクだけでなく、外部環境から生じるリスクもあります。具体的には、競合他社に対する競争優位性の維持、新たなステークホルダーのニーズ対応、革新的なテクノロジーの登場といった予測困難性や成果・リターンの不確実性です。このほかに、既存のビジネスとのコンフリクトなど、内部環境から生じるリスクが存在します。
DXの取り組みでは、自律的な組織による迅速かつ柔軟な意思決定および実行が成功の鍵となります。このとき意思決定を強力に支援するのがOODAループです(図表1)。OODAループは「観察(Observe)」「情勢判断(Orient)」「意思決定(Decide)」「行動(Act)」の4つのプロセスから構成されています。さらに、暗黙の指示・統制やフィードバック/フィードフォワードのループも組み込んだフレームワークとなっています。
デジタルビジネスリスクの評価、対応、モニタリングは、これらの迅速かつ柔軟な意思決定に重要な要素となります。
デジタルビジネスには、従来の業界慣習や企業活動とは異なるリスクが存在します。そのため、リスク評価の際にはデジタルビジネスの特性を踏まえた多様な観点からリスクを抽出・特定し、その重要性や影響を評価する必要があります。
昨今、多くのデジタルビジネス事例が公開されています。他業界を含めた事例は、日々進化するデジタル技術で生じる具体的なリスクの抽出・特定や評価に有効なインプットとなります。そこで私たちは、事例を継続的に収集・蓄積・分析する仕組みを整備し、リスク評価に利用できるようにチェックリストを作成・活用しています(図表2)。
取り組みに応じて、リスクやその対応方針は異なります(図表3)。例えば、顧客向けのDXの取り組みは、新しい技術やビジネスモデルによる不確実性などのリスクを伴うものの、企業存続のため不可避の取り組みとなっています。従って、DX推進の戦略や目的を達成するために、受け入れるリスクの種類や量を見極めた意思決定により、DXから得られるリターンの最大化を目指すことが重要となります。
一方、社内向けのDXの取り組みはデジタル環境と既存IT環境の併用によって生じる二重投資や、デジタルを利用したリモートワーク化で発生する労務管理などのリスクを低減しつつ、生産性や効率性の向上を目指します。
前述した各施策は、アジャイルアプローチによる施策を担当する組織やチームの自律的かつ迅速な意思決定および実行が必要となります。そのため、各組織やチームは上記で評価・対応検討したリスク対応状況を把握し、意思決定につなげます。
さらに、必要に応じて第3者によるモニタリングを実施します。第3者によるモニタリングでは、個々の施策に対する継続的な施策の進捗やリスク管理状況のレビュー・評価を通じて、施策を担当する各組織・チームを支援します。
多くの企業ではDX推進のためにさまざまな施策・プロジェクトが同時並行で進められています。これらの施策・プロジェクトは、それぞれ目的や期待効果、影響するリスクが異なります。そのため、全社的な観点から限られたリソースを最適化し、DX取り組みの効果を最大化するための全社レベルのリスク管理や意思決定が求められます。
このとき有効なのが、従来から意思決定で利用されている事業・プロジェクトポートフォリオ管理の考え方です。以下では、DX推進のためのポートフォリオ管理と、その検討ポイントについて説明します。
DX施策・プロジェクトを共通の属性や特徴をもとに分類してみましょう。
同じものとして分類される施策・プロジェクトは、共通のKPIやリスク対応として管理できます。DX施策・プロジェクトの分類により、全社のDX投資やリソースの配分状況の把握や、各分類に応じた投資の基準や優先度、リスク対応方針を明確化できます(図表4)。
DX施策・プロジェクトの種別定義は、一般的には次のような観点から分類されます。
全社レベルのDX推進のリターンを最大化するために、リターンやリスク、投資や人的リソースの投入状況など相対的に比較可能な特性・属性を軸としてポートフォリオ化し、各施策のKPI達成状況やリスク状況把握や、投資・資源のシミュレーションに活用します(図表5)。
ポートフォリオ化で使う評価軸として、一般的には次のようなものを検討します。
ポートフォリオ化は俯瞰的な状況の把握を可能としますが、個々のDX施策・プロジェクトについて詳細な情報や時系列的な状況変化を確認するには、ダッシュボードなどを利用します(図表6)。
ポートフォリオやダッシュボード情報に基づいて全社最適の施策を行うには、個々の施策レベルの継続・中止、統合・分割、拡大・縮小、優先順位づけといった意思決定が必要となります。この場合は「ディシジョンツリー」の利用を検討します。ディシジョンツリーを使えば、不確実性を考慮しつつ、どれが成功確率の高い選択肢なのか判断できます(図表7)。
本稿では、DX推進の課題となるデジタルビジネスリスクやポートフォリオ管理について述べました。その際は、OODAループやポートフォリオ化、ディシジョンツリーなどのフレームワークやツール群が大いに役立ちます。是非参考にしてください。
PwCあらた有限責任監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部
ディレクター 高橋 卓也
PwCあらた有限責任監査法人
システム・プロセス・アシュアランス部
シニアマネージャー 伊藤 英毅
PwC Japanでは、業務プロセス・システム・組織・データ分析の領域おいて、監査業務を通じて得たナレッジから保証業務のみならず、経営課題の解決のためのアドバイザリーサービスも提供します。
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