銀行等によるAML/CFT業務の共同化の方向性── 金融審議会/資金決済ワーキング・グループでの討議結果を踏まえて

はじめに

国際的なマネー・ローンダリング/テロ資金供与防止(AML/CFT)に係る高度化の要請が強まるなか、日本はFATF(Financial Action Task Force/金融活動作業部会)による相互審査において厳しい指摘を受けています。その対応の一環として、国としてのAML/CFTの底上げを図るべく、複数の銀行によるAML/CFT業務共同化の実施に向けての協議を本格化させ、今般、金融庁傘下の金融審議会に設置された資金決済ワーキング・グループ(以下、資金決済WG)において、主要議題のひとつとして共同化の意義・方向性が報告書にまとめられました※1。本稿では、資金決済WGにおける審議結果のポイントを解説するとともに、今後、銀行等が進めるべき対応について考察します。

1 資金決済WGの設置

(1)共同化の検討経緯

共同化の検討は、全国銀行協会(全銀協)にAML/CFT態勢高度化研究会が2018年6月に設置され、銀行間での事務共同化等について、会員行共同で研究を行うことからスタートしています。

一方、政府では2019年10月に開催された第31回未来投資会議(首相を本部長とする「日本経済再生本部」直下の会議体)において、AML/CFT業務の共同化、効率化の検討が課題とされました。2020年1月に経済産業省所管の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から公募された「マネー・ローンダリング対策に係るシステム開発及び調査」について全銀協ほかが受注し、2021年7月に実証実験結果が公表されています。

また、「成長戦略フォローアップ」(2021年6月18日閣議決定)では、日本における金融業界全体のAML/CFT対応の高度化として、共同システムの実用化および関連する規制・監督上の所要の措置の検討・実施が打ち出されました。さらに、FATFの対日相互審査結果の発表を受け、同年8月30日に公表された「マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策に関する行動計画」では「取引モニタリングの共同システムの実用化」が掲げられました。

こうした流れを受け、金融庁の諮問会議である第47回金融審議会総会(2021年9月13日開催)は「資金決済ワーキング・グループ」(以下、資金決済WG)の設置を決定しました。同年10月13日から12月28日の間に5回の会議が開催され、2022年1月11日に報告書が公表されました。

(2)共同化の意義

資金決済WGにおいては「銀行等によるAML/CFT業務の共同化」が最重要課題として討議されました。今般公表された報告書では共同化の意義について「マネー・ローンダリング等の犯罪は、対策が十分でない銀行等が狙われる等の指摘があり、銀行等が業界全体としてAML/CFTの底上げに取り組むことは意義がある。その実効性向上は、詐欺等の犯罪の未然防止や犯罪の関与者の捕捉に直結するほか、被害者の損害回復にも寄与し、利用者保護の観点からも重要な意義を有する」と記されています。

ひとつの銀行等が強い予防措置を強いても、他の銀行の対策が甘ければ、水が高きから低きに流れるように、その銀行が狙われて、犯罪を根絶できません。その意味において、全体の底上げが重要ということです。ただし、システムの整備や人材の確保などの面で課題が多く、海外でも政府の支援の下に対策を進めるケースが散見されます。このことからも、日本においても政府には銀行等を支援する、全体の枠組みを定めるといった対応が求められていたと言えます。

2 共同機関の概要

資金決済WGの報告書において最も注目すべき点は、業務の共同化を担う共同機関の在り様です。審議結果、見解の概要は図表1のとおりです。資金決済WGの報告書において、特筆すべき点について解説します。

図表1 共同機関の適正な業務運営の詳細/業務内容および規制に関する審議結果

(1)共同化の対象/為替取引の取引フィルタリング・取引モニタリング

共同化の対象業務については「顧客等が制裁対象者に該当するか否かを照合し、その結果を銀行等に通知する業務(取引フィルタリング業務)および、取引に疑わしい点があるかどうかを分析し、その結果を銀行等に通知する業務(取引モニタリング業務)」とすることが考えられるとしています。これは、FATFの審査結果で有効性が疑問視されるコメントが散見されたほか、システムや要員負担が大きいため、対応状況に濃淡があり、出遅れている金融機関の支援余地が大きいためです。

また、対象取引は「銀行等(預金取扱等金融機関・資金移動業者)」からの委託を受けた「為替取引」が想定されています。マネー・ローンダリングに悪用された取引の約5割が内国為替、外国為替に係るものであることから、まずは、リスクベースで対象取引を選定しています。

対象業務・取引は、第1回の資金決済WGにおいて言及されています。フィルタリングに関しては、「外国送金のスイフトメッセージタイプというスイフトプラットフォームでやり取りする情報」を対象に検討されており、「将来的には、例えば、貿易書類等も検証の対象にしていくということは、今後の検討課題としてあり得る」とのことです。

また、各銀行等から共同機関に提供する情報は第2回の資金決済WGにて以下の案が提示されています。

①依頼主情報(氏名・生年月日・顧客番号・住所・国籍・業種・口座情報<預金種別・口座番号・残高>など)

②受取人情報(氏名・金融機関名・口座番号など)

③取引チャネル(店頭、ATM、ネットバンキングなど)、送金金額、取扱通貨、送金目的、取引日時など

詳細は、今後設立されるであろう共同機関での検討に委ねられますが、これらの情報が完全かつ正確に提供されるのであれば、取引モニタリングにおいて、ルールベース(一定の条件に合致しない取引の検知)だけでなく、プロファイリング(過去の取引履歴からみて異常な取引を検知)での対応も可能とみられます。一方で、為替取引以外の商品・サービスに関しては対象外であり、属性情報に焦点を当てた不審取引の検知などに課題が残るとみられるほか、銀行等以外の業態の取引も対象外です。また、対象の為替取引に関しても、第1回資金決済WGでは、「当初は、各銀行等で一定の篩(ふるい)にかけられて不審取引の可能性があるとみられる取引を受け付けの対象にする」との発言がありました。

取引フィルタリング、取引モニタリングはAML/CFTフローのなかでは、コア部分を構成する重要プロセスです。全てを網羅することは容易ではないため、まずは、効果的とみられる一部に絞ってスタートするという、現実的な対応が提示されたと言えます(図表2)。

図表2 AML/CFT業務フローと共同化対象範囲のイメージ

(2)業規制の導入

各銀行等はそれぞれの経営判断に基づき共同機関を利用することができると考えられますが、この場合、委託元の銀行等は、他の委託先の場合と同様に、銀行法等に基づき、委託先である共同機関の業務の適正性を管理・監督することが求められます。共同機関の規模が大きくなればなるほど、銀行等による共同機関に対する管理・監督に係る責任の所在が不明瞭となるおそれがあります。また、共同機関の業務はAML/CFT業務の中核的な部分を担うものであり、共同機関の業務が適切に行われなければ、日本の金融システムに与える影響が大きくなります。このため、「一定以上の規模等の共同機関に対する業規制を導入する必要がある」旨の考えが示されました。

これを受け、参入要件として「一定の財産的基礎が必要。適切なガバナンスの下で業務を的確に遂行できる体制の確保」が必要であり、株式会社形態が考えられる旨が方向性として示されました。また、個人情報の適正な取扱い等との関係で兼業を規制すること、銀行等と同様の個人情報保護法の上乗せ規制である一定の体制整備義務等を課すことなども具体的に示されました。さらには、業務の適正な運営を確保する観点から当局による検査・監督を実施することも必要との認識も示されました(前掲図表1参照)。

(3)個人情報の取り扱い

共同機関について、特に慎重に議論が重ねられたのが、個人情報の取り扱いについてです。

①各銀行等が提出した個人情報の分別管理(図表3)

共同機関の運用については「各銀行等から提供を受けた個人データを、各銀行等から委託された業務の範囲内でのみ取り扱い、各銀行等別に分別管理する(他の銀行等のものと混ぜない)」との見解が示されました。米国、シンガポール、オランダなどでは、AML/CFTに係るモニタリングに関して、異なる複数の銀行等による情報の共有や、情報を共有する仕組みが検討されていますが、日本においてはプライバシーへの配慮をより重視すべきと考えられたためです。

また、報告書では「各銀行等の取引等を分析した結果(個人データを含む)は、委託元の各銀行等にのみ通知する(他の銀行等と共有しない)」との考えが示される一方、「各銀行等の間の個人情報の共有を可能とする等の対応は、国民の十分な理解を得ていく中で、…(略)…銀行等に対してより高い水準でのAML/CFTが求められる可能性があること等を踏まえ、検討すべき課題である」とも言及されています。

図表3 個人情報の取り扱い(イメージ)

②分析ノウハウの共有

報告書では「共同化によるメリットの一つである分析の実効性向上を図る観点から、これに資するノウハウを特定の個人との対応関係が排斥された形(個人情報ではない形)で共有する」という考えが示されています。システムが分析の過程で学習した各種係数を共有する場合、一般論として、「当該パラメータと特定の個人との対応関係が排斥されている限りにおいて個人情報に該当しないと考えられる」ためです。

③個人情報保護の手続きに関する考え方の整理

銀行等が利用者の個人情報等を共同機関に提供するに際して、個人情報保護法が定めるところの、銀行等によるその利用者への「利用目的の特定・通知又は公表」は必要か、という論点があります。この点、資金決済WGでは、現在公表されている銀行の「個人情報の利用目的」(犯罪収益移転防止法に基づく本人の確認等や、金融商品やサービスをご利用いただく資格等の確認のため)の範囲内と考えており、「利用目的の特定・通知又は公表」は不要としています。

また、共同機関への個人情報の提供に際しての本人同意の取得等についても、「本人同意不要」としています。銀行等ごとに分別管理し、各銀行等の取引等を分析した結果を他の銀行等と共有しない場合、個人情報保護法第23条(第5項)に第三者提供の例外として示された「利用目的の達成に必要な範囲内において個人データの取扱いの全部又は一部を委託することに伴って当該個人データが提供される場合」に該当するとの考えを採っているためです。

3 銀行等が留意・対応すべき点

現状は共同機関の概要、方向性が示された段階ですが、今回の資金決済WGでの審議結果を踏まえて、銀行等が留意・対応すべき点を整理します。

(1)留意点

留意すべきこととして、前述のとおり、共同機関の業務は銀行等に求められる取引フィルタリング、取引モニタリングの業務プロセスの全てを対象としているわけではないという点が挙げられます。また、対象の為替取引であっても、情報を提出するにあたっては一定レベルの抽出・選別作業が必要となることが考えられるほか、個人情報についてもその正確性も問われることになります。

加えて、最終判断業務は銀行等が引き続き担うことになります。すなわち、共同機関の高度な機能を利活用した場合であっても、制裁対象者か否かのチェック結果を受けて取引可否をどのように判断し実行するのか、疑わしい取引の検知や届出を受けてどのように対応するのか、その責任はあくまでも銀行等にあります。共同機関は判断材料を通知するのみであり、銀行等が果たすべき義務は変わりません。これは、第1回資金決済WGにおいて明確にされています。

(2)対応の方向性

①データガバナンス

取引フィルタリング・取引モニタリングを実行するにあたって、金融庁の「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」では、対応が求められる事項を以下のとおり掲げています。

  • 確認記録・取引記録等について正確に記録するほか、ITシステムを有効に活用する前提として、データを正確に把握・蓄積し、分析可能な形で整理するなど、データの適切な管理を行うこと
  • ITシステムに用いられる顧客情報、確認記録・取引記録等のデータについては、網羅性・正確性の観点で適切なデータが活用されているかを定期的に検証すること

FATF第4次相互審査結果では、継続的な顧客管理について、情報更新が形式的に行われているに過ぎず、情報を集めることが目的化している旨の指摘が散見されました。最新データをモニタリング等に活用することが求められるなか、共同機関へのデータ提出の前提として、情報の更新および収集データの速やかかつ正確な格納・確認は必須になります。

②フィルタリング・モニタリング体制の整備継続

共同機関が担う対象業務が一部に限定されることに加え、判断義務が従来と同様に求められることから、銀行等は不審取引の検知・判断体制の整備・高度化を継続的に進める必要があります。共同機関はひとつの支援ツールであり、業務を全て丸投げできないということを認識して対応することが必要です。

そのため、すでに十分なフィルタリング、モニタリング体制を確立している銀行等は、共同機関を活用するか否か、活用するとしてもどのように活用するのかが検討課題になると思われます。

4 おわりに

詳細な内容は今後の検討に委ねられますが、銀行等によるAML/CFT業務の共同化に関しての方向性が纏められたことは、日本におけるAML/CFT業務の底上げに向けて大きな一歩となったと言えます。日本の共同化の取り組みは、今年7月に公表されたFATFのAML/CFTのデジタル・トランスフォーメーションに関する報告書(データプーリング、共同分析とデータ保護にかかるストックテイク)でも好事例として取り上げられており、実現すれば、国際的な評価にもプラスに働くものと推測されます。

一方で、本件が実施されても、しばらくはAML/CFT業務に関する負担が劇的に減少することはないとみられます。また、行動計画に示された「取引モニタリングの共同システムの実用化」の対応期限は2024年春であり、時間もそれほど残されていません。実効性を上げられるかは共同機関の制度設計をどれだけ具体的に検討できるか、そして銀行等がどれだけ準備できるか次第です。共同機関の設立・稼働に向け、官民が力を合わせて尽力することが求められています。

さらに、その後に目を転じると、共同機関は、銀行等による為替取引を出発点にして参加者やビジネスタイプも増やしていくことが期待されます。それが、まさしくAML/CFTの高度化に関する国際的な要請にも合致する対応です。

なお、資金決算WGにおいては、AML/CFT業務の共同化のほかに、以下の事項が協議され、成果を上げました。

①「電子的支払手段に関する規律のあり方」において「ステーブルコイン(法定通貨の価値と連動した価格(例:1コイン=1円)で発行された電子マネー)について、送金・決済の手段としての規律を検討」

②「前払式支払手段に関するAML/CFTの観点からの規律」において「高額チャージ・移転が可能な前払式支払手段(電子ギフト等)を発行する資金移動業者への犯収法に基づく本人確認等の規律の適用を検討」

本稿では詳述できませんでしたが、今後、法制化等の協議が進む可能性があり、日本における資金決済全体の金融規律が整備されていくことが期待されます。※2


※1 金融審議会「資金決済ワーキング・グループ」報告書の公表について、金融庁、2022年1月11日
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20220111.html

※2 本稿で詳述した「銀行等によるAML/CFT業務の共同化」(為替取引分析業の創設)を含めて法整備が進められており、2022年3月4日に「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案」(資金決済法等の一部を改正する法律案)が国会に提出されました。
https://www.fsa.go.jp/common/diet/208/03/houritsuanriyuu.pdf


執筆者

井口 弘一

PwCあらた有限責任監査法人
レギュラトリー・フィナンシャルマーケッツ・アドバイザリー部
チーフ・コンプライアンス・アナリスト 井口 弘一