移転価格税制の税務執行分野での提言── 税務で社会貢献

はじめに

PwC Japanグループでは、2021年6月に公開された、国税庁の「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2.0-」を受け、移転価格税制の執行およびDX対応について、2022年5月30日に国税庁のご担当者との面談を行いました。本稿では、その内容を紹介します。

1 本プロジェクトの背景

PwC Japanグループは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というパーパス(存在意義)を追求しています。PwC税理士法人もグループの一員として、重要な社会課題の解決に取り組むという観点を踏まえ、企業の税務に関わる立場からどのような社会貢献が可能か検討を続けています。

2021年6月、国税庁から「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2.0-」(以下、「DXレポート」)が公表されました※1。これを受け、税務当局とクライアントとのコミュニケーションの仲立ちをする立場にある税理士法人としても、率先してDXに取り組むべきと考えました。

移転価格税制の執行に関しては、臨場型の調査(審査)ではあるものの、特定期間に連続して臨場するものではありません。資料提出依頼書や調査官意見書を使った書面のやり取りというリモートでの執行が以前から行われており、DX対応に比較的なじみやすいと考えられる領域です。DXレポートでは、リモート調査がすでに行われており、今後、必要な機器・環境の整備を進め、その利用拡大に取り組んでいると説明されています。よって、移転価格の分野は、他の調査分野に先駆けて急速にDX対応が進んでいくものと思われます。

本プロジェクトの基本方針

  • 税務当局と納税者である企業とのコミュニケーションの仲立ちをする立場にある税理士法人の移転価格担当部門として、DXレポートをベースに、移転価格税制の執行、特に相互協議という納税者への影響が大きいものの、個別性が強く、既存のパブリケーション活動で取り上げられにくかった分野を中心に、企業からのヒアリング内容を成果物に取りまとめていきます。
  • 成果物は、PwC税理士法人の提言という位置づけにするとともに、個別の納税者の意見等は特定されないものとします。
  • 提言は、当局の担当者との面接等、さまざまな形で当局に届けるとともに、PwC税理士法人が主催するセミナーおよび専門誌投稿等を通じて、外部に発信していきます。
  • 提言の実現状況については、定期的にモニタリングを行い、その実現状況を踏まえながら、継続的に本プロジェクトを実施していきます。

2 税務DXに係る国税庁担当との意見交換

移転価格税制の税務執行および二重課税排除のための相互協議のプロセスにおけるDX化については、納税者への影響が大きく、かつ非常に関心の高い分野です。納税者である企業からのヒアリングを通じ貴重な意見・提言を入手し、今般、国税庁のご担当者※2と面談の機会を得ることができました。

面談の場では、① 移転価格税制に係る税務行政執行、②相互協議について、納税者である企業からの意見・提言を取りまとめた資料を提出しました。図表1に、同資料を抜粋しています。この意見・提言書をもとにさまざまな観点から意見交換を実施することができました。以下では、その際に当局担当者から得られたコメントなどを紹介します(以下、枠囲みがコメント内容)。

図表1:国税庁の担当者に提出した取りまとめ資料(抜粋)

はじめに

移転価格税制の執行については、臨場型の調査(審査)ではあったものの、一般調査のように特定期間に連続して対面調査形式で行われるものではなく、これまでにも資料提出依頼書や調査官意見書を使った書面のやり取りという、リモート的な面が多くみられたことから、DX対応になじみやすいものであり、税務執行の中でも、先駆けて急速にDX対応が進んでいくものと考えている。円滑なDX化の進展に資するよう以下のとおり、意見・提言を提出させていただいた。

I. 移転価格税制の執行について
1. コロナ禍での納税者とのコミュニケーションについて
新型コロナウイルス(COVID-19)禍の下、対面調査に電話会議方式や納税者のWeb会議システム利用を積極的に取り入れた調査が行われているが、アフターコロナにおいてもこの調査形式は続くものと理解している。また、同時文書化制度(2016年度税制改正)の導入後の調査では、ローカルファイルの検討を中心に移転価格調査が行われているが、移転価格税の執行においては、OECD移転価格ガイドライン(2022年)において、「正確な描写(accurate delineation)」が求められている。調査対象となる国外関連取引等について正確に理解いただくために、納税者としては、ローカルファイルでは説明しきれない部分、例えば、背景にある事実関係や事業の特質、過去の経緯に関する説明も含め、引き続き十分なコミュニケーションの場を確保してほしい。
2. DX化対応について
DX化による税務当局と納税者の双方の負担軽減メリットがあるものとして、納税者としてはDXレポートに適切に対応すべく、具体的な準備内容、そのための人員や予算の手配を検討する必要があるものと認識している。移転価格調査は、一般調査に比べて多くの情報の提出や説明が求められることから、今後は、紙ベースやUSB等の電子媒体での提出だけではなく、ウェブサイトを通じた提供も進むものと予想している。税務当局側と納税者側のDX化の対応能力の非対称化により、DX化の進展が滞ることのないよう、前広に税務当局側のDX化対応への具体的な取り組み内容を発信していただきたい。また、調査においては、新たにAIやBAツールによる分析が導入されるとのことだが、納税者側にとっても初めての試みであることから、密なコミュニケーションを希望する。
II. 相互協議について
1. 相互協議における外国当局とのコミュニケーションについて
現在、電話会議方式で行われている各国当局との相互協議のコミュニケーションについて、納税者からは対話を通じての双方の意思疎通や合意形成の在り方について懸念があるとの意見も出ている。相互協議における各国当局とのコミュニケーションにおいても、DX化によるオンラインでのWeb会議やテレビ会議の活用、情報交換の効率化を通じ、資料の共有や互いの顔の見える形で議論および合意形成を図っていただくなど、相互協議の円滑な進行に資するよう環境整備をお願いしたい。
2. 事前確認における予見可能性の確保について
二重課税排除において、事前確認が金額合意のみで両当局の見解としての利益水準が示されず、納税者として今後の実務面でどのように反映していくか、またその後の事前確認申請でどのようなポジションを構築するか等々の課題が残るケースがある。二重課税が排除される結果として合意いただくことは納税者としてたいへんありがたいが、将来における予見可能性を確保するためにも、何らかの指針を示してほしい。
3. オンライン・電子化を通じたコミュニケーションおよび資料提出等
現在、相互協議室および各国税局(審査担当部署)とのやり取りは対面・電話・郵送・ファックスに限定されており、効率的かつ適時のコミュニケーションおよび資料のやり取り等ができていない。DX化促進の観点からも、e-mail、共有サイトを含めたオンラインでのコミュニケーションおよび資料依頼・資料提出・資料共有を進め、双方の事務の効率化・事務負担の軽減を図っていく必要がある。インフラ整備の追い風になることを期待して、コミュニケーションツールに係るオンライン・電子化の積極的な推進をお願いしたい。

1 税務行政のDX対応の特徴

税務行政におけるDX対応の特徴として、2つの面がある。

1つ目は、税務当局側のDX化についてである。こちらについては、後述のとおり、納税者の協力を得ながら、段階的に取り組みが進められようとしている。

2つ目は、納税者およびそれをサポートする会計事務所等側のDX化についてである。税務行政の特徴として、税務当局側のDX化だけではなく、納税者等におけるDX化が税務行政としてのDX化において不可欠であると考えている。

特に、税務システムやデータ形式は、納税者により多種多様にわたるなど、データ形式の互換性等を考えると、個別対応していくことは税務当局にとってはコストの課題があると認識している。その対応の1つとして、移転価格の分野では、紙ベースでは膨大な分量となりがちなローカルファイルなどについて、統一的なデータ形式によるデータ保存制度を導入することで、データの保存が容易になり、さらに税務当局と納税者等のデータの受け渡しが効率的に実施できるのではないかと考えている。

現在、どういうところからデータ化の対応ができるかを検討、とりまとめているところである。会計事務所等からも、率直なご提案をいただけるとありがたい。

2 税務当局の具体的な取り組み

令和4(2022)事務年度においては、次のとおり、税務調査を効率的に進める観点から、一部の大規模法人を対象に、国税庁の機器・通信環境を使用したリモート調査を試行的に実地調査に取り入れる方向で検討を進めている。

① これまでは、納税者から機器・通信環境を借用してウェブ会議システムを活用したリモート調査を行っていたところ、今後は、国税当局の機器等を使用して納税者とのリモート調査が行えるよう環境を整備。

② 税務調査等の場面での納税者との書類の授受について、インターネットメールや税務当局側が準備したクラウド環境を使用して実施(納税者がアップロードした書類を取得)。

この取り組みに関しては、セキュリティの確保に最大限配意しつつ、試行に協力いただける法人と相談を重ねながら進めていきたい。一方、納税者の現状を把握している会計事務所等側からは、本取り組みに関して忌憚のない改善意見をいただきたい。

3 国際的な動向と海外税務当局の対応

国際的な動向として、各国税務当局においても、情報交換などさまざまな場面でDXを推進している。現状、相互協議、事前確認についてその申出に係る書類は紙面ベースで行われているが、前述の調査同様、事前確認、相互協議の関係部署においてもDX化が進むのではないかと考える。各国税務当局と納税者との間もクラウド環境でやり取りするといった方向に進むのであろう。

DX化は、日本にとっても、各国税務当局、納税者にとっても互いにメリットがあることから、OECDのような場で、税務当局同士のデータの互換性を図ることやデータ様式の統一のルール化が望まれている。毎年、定期開催している各国の税務長官が参加する会合※3においても、OECD非加盟国からも積極的な取り組みが紹介されている。

当局担当者からは、こうした提言を通じて、今後も積極的かつ継続的な貢献を期待しているとのコメントがありました。今般の提言にあたって、貴重なご意見等をご提供いただいた企業の皆様に御礼申し上げるとともに、今回の移転価格の分野を嚆矢として、引き続き、私たちは、税務当局と納税者である企業の皆様とのコミュニケーションのパイプ役として、お役に立ちたいと考えています。

上記議論を踏まえ、今後、PwC税理士法人として企業の皆様と関連するテーマでの議論の場を設け、当局に向けた提案、意見を集約して提示する企画を継続してまいります。


※1 https://www.nta.go.jp/about/introduction/torikumi/digitaltransformation/index.htm

※2 国税庁調査査察部調査課 松山清人課長、山内智主査

※3 国税庁「第14回OECD税務長官会議(FTA)コミュニケ(2021年12月17日 オンライン形式)」仮訳
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/fta/press/pdf/20211218_kariyaku.pdf


執筆者

黒川 兼

PwC税理士法人
パートナー 黒川 兼

藤澤 徹

PwC税理士法人
ディレクター 藤澤 徹

城地 徳政

PwC税理士法人
ディレクター 城地 徳政